*** 70 衛兵撃退 ***
「あ、街の門が見えて来たよ」
(なんだあの貧弱な門は……
壁だって石を積んで粘土で繋いでるだけだし。
こんなんじゃグリズリーベアなんかに襲われたらひとたまりもないぞ……)
「なあ、街に入るときにカネとか要るのか?」
「あたいたちや街や村の住民はタダだけどさ。
でも住民以外は銅貨1枚払わなきゃなんないそうだぞ」
「でも街の外からなんか滅多に人は来ないから、銅貨を払ってるところなんか見たことはないけどな」
「なるほど」
(盗賊の拠点を潰しておいてよかったな。
銅貨が無かったら入れなかったところだ)
「それじゃあ、なんにも持ってないのは不自然だから、お前たちには木の枝を出してやろう。
俺は適当に物を詰めたザックを背負っていくか」
門の横には4人ほどの衛兵がいた。
服装は雑多だったが、領主の紋章らしきものが描かれている革の胸当てをつけている。
皆手に木槍を持つか腰に木剣を差していた。
「おいそこのガキ共止まれ!」
「な、なんだよ。
あたいたち木の枝を拾って来て薪ギルドに売りに行くところだぞ」
「おまえら孤児団の者だな。
その枝を1本置いていけ」
「それからそこのお前、見ねぇ面だな。
お前はその背中の荷物を半分置いていけ」
「な、なんでだよ!」
「なんだメスガキ、衛兵様に逆らおうっていうのかぁ?」
「罰として木の枝全部置いていけや」
(E階梯はマイナス2.5とマイナス2.1か……
枝が欲しいっていうよりは、衛兵の地位を笠に着て弱者を甚振ろうっていうことかい……
やはりな……)
「わははは、この街は門に盗賊団が常駐してるんか。
そりゃあ出歩かなくっていいからラクだろうなぁ」
「なんだとこのガキ……
お前は荷物全部置いていけっ!」
「なあ、衛兵の給料ってそんなに安いんか?
それで孤児たちに木の枝恵んでもらわなきゃなんないほど暮らしに困ってるんか?」
「この野郎…… 死にてぇらしいな……」
「あーあ、途中で出て来た盗賊野郎共とセリフがおんなじだぜ。
そうか、お前らみんな盗賊団上がりか。
なんともご立派な門番だぜ♪」
「お前にはどうやら教育が必要らしいな。
衛兵様に逆らったらどうなるか思い知らせてやる!」
衛兵が木剣を振りかぶって襲って来た。
(やっぱり遅いなぁ。
こんなんじゃ縮地も必要無いわ)
大地はその木剣をなんなく躱した。
慌てた衛兵は滅多矢鱈に木剣を振り回し始めたが、まったく当たらない。
普段鍛錬もしていないのだろう。
すでに息が上がって脚がもつれ始めている。
「おーい、見物の皆さん。
よく見てくださいねー♪
俺、このクズ衛兵に指一本触れてませんからねー♪」
辺りには門に入ろうと並んでいる住民たちが30人ほどいた。
全員が大地と衛兵たちを見ている。
「おいクズ衛兵よ。いやゴミ盗賊よ。
なんでさっきから踊ってばっかりいるんだ?
いったい俺に何を思い知らせたいんだぁ?
まさかそのヘタクソな踊りじゃあないよなぁ、あはははは」
「こ、こここ、この野郎っ!」
一際大きく木剣を振りかぶった衛兵が走って来た。
『念動』……
見えない手に足を掬われて、顔から地面に突っ込む衛兵。
「ぶぎゃぁぁっ!」
「あーははは、武器も持たないやつひとりとも戦えないのか。
なんて弱っちい盗賊だよ」
鼻血をダバダバに垂らした衛兵が立ち上がった。
「ぜ、全員で囲んでこやつをぶち殺せっ!」
3人の衛兵がそれぞれの武器を大地に向けた。
(E階梯は全員がマイナスか……)
「なあ…… いいこと教えてやるよ。
殺そうとして武器を向けた奴は、殺されても文句言えないんだぜ」
「や、やかましいっ! 死ねっ!」
(ウインドカッター……)
ひゅんひゅんひゅんひゅん……
ぼとぼとぼとぼと……
4人の衛兵の武器が腕ごと地面に落ちた。
「「「「 うぎゃぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」」
(このままだと出血多量で死ぬからな……
痛覚はそのままで血だけ止めてやろう……
はは、さすがはウインドカッターで、切断面がキレイだな)
騒ぎを聞きつけたのか、門脇の小屋からばらばらと衛兵たちが6人ほど飛び出て来た。
「こ、殺せっ! このガキを殺せぇぇぇぇっ!」
警戒しながらも一斉に武器を構える衛兵たち。
だが……
ひゅんひゅんひゅんひゅん……
ぼとぼとぼとぼと……
「「「「 うぎゃぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」」
(さて、追いかけて来られても面倒だな。
ストレー、こいつらの革鎧も服も全部収納してくれ)
(はい)
「『念動』…… 1日そのまま……」
すっぽんぽんになった衛兵たちが門の上に浮かんだ。
「い、痛い痛い痛いっ!」
「て、手前ぇ、お、覚えてやがれっ!」
(ねえタマちゃん、こいつら煩いから『遮音』の魔法かけといてくれる?)
(にゃっ♪)
途端に衛兵たちは口パクになった。
逆に騒々しくなったのは見物人たちである。
「ぎゃははははは」
「なんだあの情けない恰好は!」
「あいつ、あんなに厳つい体つきなのに、ちんちんは豆みたいに小っちゃいぜ!」
「いつも威張りくさってるからどんだけ強いのかと思えば……
ただ威張ってるだけだったんか……」
「な、なあ兄ちゃんよ。
確かにあんたは衛兵共に手も触れていなかったが、なんで腕を切り落とせたんだ?」
「単なる魔法だな」
「魔法って……
あ、あの500年前の建国王が使ってたっていう魔法かよ!」
「そうだ」
「っていうことは、あ、あんたはどっかの国王なんか?」
「いや、ただの村長だ」
「…………」
「それじゃあ邪魔者もいなくなったから、行こうぜ」
「「 あ、ああ…… 」」
少女たちが薪ギルドで木を売りたいということで、大地たちは通りを歩き始めた。
さて、俺にとっては異世界初のヒトの街だな……
って期待してたんだけどさ。
なんだよコレ……
ここ、ヒトの住む街っていうよりは、原始人の集落だろ。
そうか。
鉄製品が無い。
→ 大工道具が無い、あっても青銅製の道具なんで碌に板も作れない。
→ 故に丸太と石と粘土で家を作る。
→ ほぼ原始人集落。
そういうことなんだな……
まあ、繊維製品は作れるみたいだから、とりあえずみんな服は着てるけどさ。
それも中世風っていうよりは、古代日本の貫頭衣みたいなもんばっかしだし。
だから横から見るとほとんどおっぱい丸見えなんだよ……
くっ…… ここでも男子高校生は精神修行を強いられるのか……
「兄さんそんなに街が珍しいかい?」
「さっきからきょろきょろしてるし……」
こ、こいつらだって越布で前後ろは覆ってるけど、胸は剥き出しだもんなぁ。
俺はまだこのアルスの住民の見た目で年齢がわかるほど馴染んじゃいないからさ。
だから、最初はおっぱい年齢でこいつらは13歳ぐらいって勝手に思ってただけなんだけどさ……
『あたしらの胸になんかついてるかい?』とか聞かれたら致命傷になりかねないから、必死で視線逸らしてるけど……
「でもさあミミ、なんかこの兄さんも兄貴たちとおんなじだから、なんかほっとするよな♪」
「そうだなピピ、たまにちらっとあたいらの胸見てすぐに目を逸らすとこなんか、兄貴たちとそっくりだよな♪」
ぐはぁぁぁぁぁっ!
「でも兄さんは命の恩人だからな」
「見たけりゃいくらでも見てやってくれよ。
減るもんじゃないし」
「あ、痛い痛い痛いっ!
タマちゃん爪立てないでってばっ!」
「う゛に゛やぁぁぁぁぁ―――っ!」
「と、突然どうしたんだい兄さん」
「た、タマちゃん、もう『隠蔽』解いてもいいんじゃない?」
「にゃぁ」
「あ、兄さんの頭の上に猫の子が……」
「こいつはタマちゃん。
俺の相棒なんだ」
「姿を消せるなんてすごいな!」
「にゃ、よろしくにゃ」
「し、喋った……」
「あちしは猫人族なんにゃよ。
猫にも姿は変えられるけど」
「そ、そうか……」
「喋るのが珍しいにゃら猫人族の姿ににゃるかにゃ」
また微かなポンという音と共にタマちゃんが猫人族姿になった。
「す、すげぇ……」
「便利だな……」
(タマちゃん……
無理して見栄張って『変身』の魔法で胸を膨らませなくってもいいのに……)
(うるさいわね!
見せてあげないわよ!)
(そこまでして見たいとは思わないんですけど……)
(なんですって!)
(い、いやいやいや。
是非拝見させて頂きたく……)
(おっぱいが見たいんならあたしのを見せてあげるから、他の女のは見ないように!)
(へいへい……)
あ、なんか屋台っぽいのが出てる……
両側には店らしきものもあるか。
「なあ、ここがこの街の中央通りなのか?」
「そうだよ、ここがこのゴンゾの街の大通りなんだ」
「ゴンゾっていう名前の街なのか」
「うん、こことあと2つ村があるんだけど、それがゴンゾ准男爵の領地なんだ」
こんなボロい街と村2つで准男爵とか名乗ってるのかよ……
やっぱりヒャッハー族やDQN族って、暴力で成り上がった後は名誉を求めて見栄を張るんだな……
「でもさ、なんかご立派な服を着てるやつがいたら、そいつは准男爵家の奴かその従士たちだからな」
「すぐに道端に座って下を向かないと、無礼者とか言って棒きれで殴られるから気をつけろよ」
「あいつら俺たちが目を合わせるとそれだけですっげぇ怒るんだよ」
あー、現代地球のDQN族と完全に同じだな。
「手前ぇガンつけやがったな!」っていうわけか。
それに、江戸時代の参勤交代行列とも同じだし。
でもみんな、それってサル由来の本能だって気づいてないんだよなぁ。
サル社会って、下位のサルが上位のサルの目を見ると、序列を上がろうとする挑戦行為だと見做されてすぐ闘争になるんだよ。
「でも兄さんの服、ちょっと立派過ぎて心配だよ」
「あいつら街人がまともな服着て歩いてるだけでアヤつけてくるからな」
「あたいたちがよく見てるから、あいつらが来たらすぐ隠れようぜ」
「そうするか」
はは、そこまでして尊敬してもらいたいわけか……
中身がない奴ほど着る物が大事だってわけだ。
平安時代の貴族なんか、娘や嫁に5枚6枚も着物着せてたもんなあ。
アホとしか思えんわ。
「そういえば兄さんはカネは持ってるのかい」
「少しは持ってるぞ」
「そうか、でもあの屋台では絶対に買い物しない方がいいぜ」
「それはなんでなんだ?」
「それは後で人気のないところで教えてやるよ」
そのとき、ちょうど厳つい大男が屋台の前に立った。
革鎧を着ていて背中には大きな木槌を下げている。
「おう、このパンはいくらだ」
「へい、銅貨1枚でやす」
「ひとつくんな」
「ありがとうございやす」
大男がパンを一口齧った。
「ぶわっ!
な、なんだこのパンは!
完全に中身が腐ってるじゃねぇか!」
男はパンを吐き出し、残りのパンを店主に向かって投げつけた。
「あの…… 銅貨1枚でやすが……」
「フザケんな! こんな腐ったパンにカネなんざ払えるか!」
店主が嫌らしくにったりと笑った。
「おおーい! 食い逃げだぁ!」
途端に周囲の屋台や店から棍棒を持った男たちが10人ほども飛び出して来た。
すぐに出て来たところを見ると、待ち構えていたのだろう。
「な、ななな……」
大男は慌てて背中の大槌を降ろそうとするが、多勢に無勢で街の男たちに滅多打ちにされている。
すぐに男は動かなくなった。
(いくらなんでも気の毒だな。
死なないように『治療系光魔法Lv3』……)
「さーて、この鎧と大槌はけっこうな額で売れるとして、カネはいくら持ってるかね」
「お、銀貨が10枚もあるじゃねぇか。
傭兵のくせにカネ持ってやがったな」
「それじゃあいつも通り、食い逃げ被害者のパン屋に銀貨1枚だ。
あとは衛兵に銀貨2枚と俺たちで銀貨2枚を山分けだな」
「残りの5枚は商業ギルドに持って行くぞ。
これで半期の納税ノルマはほぼ達成だ」
「武器と鎧の分は後で分配だぞ」
「いやー、儲かったな」
「もっと余所者が大勢来てくれればいいんだけどよぉ」
「最近余所者が減ってるからなぁ……」
「なんで減ってるんだろうなぁ……」
「それじゃあこいつをゴミ捨て場に捨てて来るか」
「おう」
(それにしても酷ぇ街だわ。
やっぱ武装強盗やその子孫が統治してるクニだとこうなるんか……)
少女の1人が小声で言った。
「ダメだよ兄さん、そんな立ち止まって見てたりしたら。
そんなことしてたらあたいたちも因縁つけられて殴られちまうよ」
「急いで逃げるよ」
(よし、あの被害者の大男にはロックオンしたし、あとで光魔法Lv5で完治させてやるか……)