*** 66 王とは何者か ***
大地とドワーフの一行は畑に向かった。
「ダイチ殿。我ら皆感じ入りましたぞ」
「そうかい?」
「あれほどまでの強者が、誰に命じられたわけでもなく、皆のために働けることを喜んでいるとは……
ここは、まっこと素晴らしい村ですのう……」
「はは、俺も誇りに思ってるよ」
畑では他のラプトルたちやゴーレムやミノタウロス、オーガやトロールといった連中が交代で『竜鋤』を引いていた。
「おお、ジュン殿!
お願いがございます、竜鋤をもっとたくさん作ってくだされ!」
「順番待ちが長くて困っております!」
「出来ればあと2台、いや5台は!」
「はは、わかったよみんな。
後で作っておくからね」
「「「 ありがとうございます! 」」」
荒起こしが終わった畑では、ゴブリンやオークなどの中型種族が普通の鍬で土塊を砕いていた。
その後に続いて小柄な種族が一回り小さな鍬で畝を作っている。
その作業が終われば、四つん這いを苦にしない兎人族や鼠人族たちが身をかがめて畝に小さな穴を開け、種を埋めて行くだろう。
そうして、隣の畑では、スライム族が動き回って雑草を排除し、鶏人族が作物についた害虫をついばんでくれている。
また、中型種族が幅の細いリヤカーを引き、そのリヤカーに乗せた水桶から柄杓で水を汲んでは小柄な種族たちが畑に水を撒いていた。
(きゃっ!)
「あ、ごめんごめん!
スライムさんたちそんなところにいたんだ。
水かけちゃってごめんね……」
(い、いえちょっとびっくりしただけよ。
少しのどが渇いてたからちょうどよかったわ。
もう少し水を頂けるかしら)
「はいどうぞ」
(ありがとう♪)
ドワーフたちは、この多種族の共同作業にさらに感じ入っている。
「のうダイチ殿、あの皆さんが使っておられる鍬を見せてはもらえまいか……」
「どうぞ」
「こ、これは……」
「て、鉄で出来た農具か……」
「こ、この形といい、鉄の色合いといいなんという素晴らしい出来じゃ……
これならいくら土を耕しても、青銅のように鈍ることはあるまい……」
「ダイチどのはこのような鉄製品を作る技術までお持ちなのか……」
「いや、実はそれは俺の母国から持って来たものなんだ。
だからこの村で造ったものじゃあないんだよ」
「そ、それはどこにある国なのですかの」
「このアルスが球体なのは知ってるかい?」
「うむ、遠くの山は頂上付近だけが見えるが、近づくにつれて麓も見えて来る。
これは、この地が丸いということを意味しているとは思っていたが……」
「それに太陽も月も丸いのじゃから、この地が丸くてもおかしくはあるまい」
「じゃが、なぜ横や下にいる者が滑り落ちんのかはまだ議論が為されているところじゃがな」
「そうだ。
夜空に見える星も皆丸い地を持っているんだ。
そして、俺は別の星から来た者なんだよ」
「なんと!」
「俺の星は地球って言うんだけど、神さまがここアルスに来てこのダンジョンの長になれって言ったんだ。
それで俺はここに来てダンジョンマスターをやってるんだけど、元の星との行き来も出来るんだ。
それでこの世界に無いものも少し持って来ているんだよ」
「ダイチ殿はやはり神に見い出されたお方様であらせられたか……」
「まあ、体はみんなと同じヒューマノイドだけどな。
でも、いろんなスキルや魔法を使えるようにもして貰えたんだ」
「魔法……でございますか……」
「遥かな昔、我らドワーフの王も魔法を使えたとのこと。
それでダイチ殿もこの国で王になられたということでございますな……」
「いや俺は王では無いぞ。
単なるダンジョンの責任者であるマスターだ」
「すみませぬ。どこが違うのでございましょうか」
「どの世界でも、建国王とは例外無く大量殺人者だ。
もしくは武力を背景に他の勢力の財産を奪った強盗だ」
「なんと……」
「い、言われてみれば……」
「そうしてその子孫も王を名乗り、民から税と言う名の強奪を繰り返している。
その税が払えなければ見せしめに殺したり、奴隷に落としたりしてな。
さらには、自らは単に大量殺人者の子孫であるというだけであるにも関わらず、他者に尊敬を強要している。
そうして、自らはなんの力も実績も無いのに、単に前王の子だというだけの理由で王の地位を引き継いでいる。
つまり、王とは統治者ではない。
武力をもって他者を脅して甘い汁を吸っている盗賊団の親玉に過ぎないんだよ」
「「「 ………… 」」」
「だがこの村には税がない。
それから俺は誰にも命令しない。
単に指示するかお願いしているだけだ。
故に、俺の言うことを聞かないだけで殺したりもしない。
そんなことをしたら、神界が怒って俺を罰するだろう。
さらに、俺が死んだ後は、神界がまた別のダンジョンマスターを選ぶことだろう。
俺の子が後を継ぐわけじゃあないんだ。
ということで、俺は『王』ではないんだよ。
まあ、一応神界に任命されてはいるが、単なる統治者に過ぎないんだ」
「なるほど…… よくわかり申した」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜の幹部会にて。
「ということでだ。
大森林の北側の僅かな領域を調査した結果、多くの種族が様々な困難に直面していることが分かった。
それもこれも、全て過去2年間このダンジョンがマナの噴出を停止していたのが原因と思われる。
つまりまあ、この森はダンジョンが出来て500年でここまで拡大すると同時に、マナの噴出に合わせた生態系が出来上がってしまっていたのだろう」
「「「 ………… 」」」
「ということは、現在の多くの種族の危機は、このダンジョンにも責任の一端があると思うんだ。
そこで、各種族の村を訪問して避難や移住を勧めつつも、他の対策も打って行きたいと思う。
俺たちの救援が間に合わずに、全滅してしまう村が出ないように」
「確かに我らにも責任はあるの……
それでどんな対策があるのかの……」
「まずはシスくん」
「はい」
「第1の対策として、大森林の外郭を50キロ幅で調査領域としよう。
その領域内で幅1メートルの外部ダンジョンを作るが、グリッドは1キロ四方とする。
また、獣道などを見かけたら、それを辿って出来るだけ多くの村の位置を把握して欲しい」
「森の外周50キロ以内でよろしいのですか?」
「それよりも森の内側に入れるほど強い種族なら、自力でなんとか出来るかもしれないからな。
それよりも内側については、取敢えず外周50キロの範囲の対処が終わってから考えよう」
「畏まりました」
「第2の対策としては、特定した村に対して、同じような種族の勧誘団を送り込もう。
元からダンジョンにいるモンスター種族の族長を中心に、現在移住して来ている種族の村長や長老に依頼して、各村に送り込む。
この際に食事を振舞うときには、出来れば転移の輪を通じてこのダンジョン村に来て食べて貰おう。
そうしないと食事の匂いを嗅ぎつけた肉食獣たちに襲われてしまうからな」
「「「 はい 」」」
「第3の対策としてはだ。
大森林の外周から100キロ入ったところに防衛ラインを作る。
シスくん、このライン上には10キロおきに直径100メートルほどの外部ダンジョンを作ってくれ。
木も抜いて整地も頼む」
「畏まりました」
「ストレーくん、その外部ダンジョンには、ドッグフード、キャットフード、配合飼料、野菜なんかを置いておいてくれ。
足りなくなったら補充も頼む」
「はい」
「淳さんはそれら食料物資の更なる調達をお願いします」
「了解。
そこに潤沢な食料を置くことで、肉食獣たちがそれより外に出てこないようにするっていうことか。
でも結構なコストがかかるね」
「まあ大森林のマナが元通りになるまで、長くても2年ほどの話ですから」
「それもそうか」
「のうマスターダイチや。
ダンジョン村の農業は順調とは言え、そこまでの量や種類を揃えるのは無理じゃろう。
ほとんどは地球で贖うことになると思うが、資金は大丈夫かの……」
「大丈夫だ。
実は俺のじいちゃんが南大陸でダンジョンマスターをしていたときに、地球から鉄を持ち込んで現地で金に交換していたんだよ。
南大陸は当時かなり安定して来ていて戦争も無くなっていたからね。
それでさ、このアルスでは、鉄は同じ重さの金の5倍の価値があるんだけど、地球では逆に金は同じ重さの鉄の約5万倍の価値があるんだ」
「なんと……
それでは地球産の鉄をアルスに持ち込んで金に両替し、また地球で売れば25万倍の価値になるというのか……」
「そうなんだ。
それで溜めた地球通貨が、このアルスの通貨価値で言えば金貨10万枚ほどあるんだよ。
贅沢しなければ、金貨1枚で地球ではだいたい1人の1年分の食料が買えるから、なんとかなるんじゃないかな」
「なんとまあ……」
「それにこの前地球で売ったアルス産の材木は、6本で金貨120枚相当の金額で売れたんだ。
だから資金が足りなくなったら、また材木でも売るよ」
「マスターは、我らに喰わせるために、そんな仕事までしていたのじゃな……」
「はは、それが俺の仕事でもあるからな。
それじゃあみんな、大変だろうけどよろしく頼む。
この作業が上手くいけば、大勢の種族たちを救えるだろう」
「「「 畏まりました! 」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大地は翌日からドワーフの村回りを始めたが、これは驚くほど順調だった。
ドワーフたちの村は、決して野獣やティックなどの脅威に直接晒されていたわけではない。
青銅製の剣や矢じりもそれなりに保有していたし、ドワーフたちもけっこう戦えたので、野獣についてはなんとか対処出来たのだ。
また、ティックなどの害虫についても例の毒草を使った虫よけで防ぐことが出来ている。
だが、やはり食糧難は深刻だった。
まあ、じり貧ながら、食べて行くだけならなんとかなったが、やはり酒造りに回す穀物が無かったのが辛かったらしい。
つまり、地球産のウイスキーとバーボンが最大限の威力を発揮したことになる。
数日後には7つの村の村長と長老たちがダンジョン村の見学に訪れた。
そうして、ストレーくんの収納庫に堆く積み上がっている20万石の小麦袋を見て、腰を抜かすほど驚いたのである。
さらには、ダンジョン周囲の畑には、膨大な量の作物が青々と実っていた。
しかも、その畑では30種類を超える種族やモンスター族が、和気藹々と働いていたのだ。
さらに……
(なんか『竜鋤』が進化しとる……
形が流線型になって塗装もされて、まるで幅の広いボブスレー橇みたいだ。
その中にチャイルドシートとバケットシートが付いていて、重りの代わりに子供たちが10人も乗っとるわ……
しかも全員四点支持のハーネスをつけてて、まるでジェットコースターみたい……
あ、あのバケットシート、レカロだ……
橇の上にはロールバーまで付いてるわ……
お、ラッピー族長が橇を引き始めたか……)
ドドドドドドドドドドドド……
「「「 うわーい♪ 」」」
「「「 きゃぁ―――っ♪ 」」」
(す、すげえ、橇の後ろから土が跳ね上がってるよ……
まるでジェットボートの後ろで吹き上がる水みたいだ……)
「橇の下につけたブレードの形を工夫してみたんだけど、上手くいったよ。
あれなら畑の荒起こしも完璧だね」
「淳さん……
なんか農作業がエンターテイメントになってますね……」
「うん、見てごらんよあの子供たちの楽しそうな様子。
それにラッピー族長なんか最高に嬉しそうだよね。
畑仕事をお手伝いした子供たちは『竜鋤』に乗せてあげることにしたんだけど、今他の大柄な種族のみんなにも頼まれて、新型『竜鋤』を増産しているところなんだ。
なにしろ、子供たちが大喜びする上に、作業が捗って進化まで出来るからね」
「お見事です。
辛い重労働の農作業でここまで楽しめるとは」
「ははは、まあ何事も楽しいのが一番だから」
もちろんドワーフの面々も、この光景を大口を開けながら見ていたのである……