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*** 65 ドワーフ族と酒 *** 

 


 3日後、大地は再びドワーフの村を訪れた。

 村長と長老たちの前に、角瓶とジム・〇ームを5本ずつとショットグラスを並べる。


「こ、この瓶やカップはガラスで出来ているのか!」


「そうだ」


「な、なんという美しさだ……」


「それにすべて形が揃っておる!」



(そうか、ガラスのことまで知っているのか。

 さすがは『技術のドワーフ』だな……)



 大地は角瓶の封を切り、ショットグラスに注いだ。

 芳醇な香りが辺りに広がる。

 何人かのドワーフたちが目を閉じて深呼吸を始めた。



 そのとき、若いドワーフが大地に顔を近づけて凄んで来た。


「おいおいおいおい兄ちゃんよ。

 いくらなんでもこんな小せえカップに酒を注ぐたぁ、俺たちドワーフを馬鹿にしてるんかぁ?

 もっとデカいカップに入れて出せやぁ!」


「この馬鹿者がぁっ!」


「ぶべらばっ!」


 村長が若者をぶん殴った。

 そ奴は壁まで飛んで行って伸びている。



「うちの若い者がたいへんな失礼をした。

 この酒の香りを嗅いで価値が分からんとは……

 どうかお許しくだされ」


「ああ、気にしてないぞ」


「そ、それでの。

 失礼ついでにもう少しだけ待っていてはくださらんか」


「別に構わんが」



 村長が村人たちを振り返った。


「お前たち、今からすぐに川に行って身を清めて来い。

 口の中もよく洗って来るんじゃぞ。

 この酒にはそうする価値が十分にある!」


「「「 へい村長! 」」」




 しばらくしてまたドワーフたちが戻って来た。

 まだ碌に髪の毛も髭も乾いていないが、そんなことはどうでもいいようだ。



 大地は20個のショットグラスに角瓶のウイスキーを注いだ。

 村長以下、まずは長老格の老人たちがそれを口にする。



「「「 お、おおおおぉぉぉぉぉぉ―――――っ! 」」」


 5人は目を見開き、5人は体を震わせ、そして9人は泣いている。

 村長はひとりで3つともやっていた。


 続けて中堅どころらしきドワーフたち、次には若手のドワーフたち。



「へっ、これっぽっちの酒で何をそんなに感激してるやら。

 おやっさんたちもヤキが回ったな」


 そう言った若者がショットグラスを一気に呷った。

 同時に上を向いたままウイスキーを噴水のように吹き出す。


「げはっ! げはげはっ! な、なんだこの酒はっ!」


「この大馬鹿者がぁぁぁっ!」


 村長のストレートがそ奴の顔面を捉えた。


「どべらばっ!」


 若者はやはり壁際に飛んで行って、先ほどの若者の横で気を失った。


「いったん口に含んだ酒を吐き出すとは、ドワーフの風上にも置けぬ痴れ者めぇっ!

 お前は今後3年酒を禁止するっ!」


 どうやらそれは懲役3年よりも遥かに重い刑罰らしい。



 それから大地はグラスに『クリーン』の魔法をかけ、ウイスキーに続いてバーボンを振舞った。


 もはやほとんどのドワーフが手を震わせながら泣いている。




「のう…… この酒はどなたが造られたのかの……」


「あ、ああ、俺の母国の職人たちだが」


「なんじゃ、酒の神が御造りになられたではなかったのじゃな……」


「神ではないが、2000年近い技術の蓄積の上で造られた酒だ」


「そうか…… 

 これはたぶん、エールのように発酵させた酒から水分や不純物を取り除いて作ったものじゃろう。

 また、熟成は内側を焼いた木の樽を使ったはずじゃ」


(さ、さすがはドワーフ……)


「じゃが、このガラスの器といい、酒精の濃さといい、香りといい、何もかもが素晴らしすぎる……

 特に酒精に至っては、この小さなカップ一杯の酒には、我らの酒の大カップ一杯よりも遥かに多く含まれておる。

 この飲み降すときの喉が焼けるような感触は素晴らしい。

 わしらもいつかこうした酒を造れるようになりたいもんじゃ……」


 多くのドワーフたちが頷いている。



「のう……

 貴殿の村は、酒造りの技術はともかくとして、作物の実りはどうなのかの……」


「幸いにして大豊作だな」


「そ、そうか……

 それでは我らが避難したとして、酒を造ることを許可して貰えるのだろうか」


「そうだな、それじゃあドワーフ族には広い畑を任せよう。

 そこから出来上がった作物は、すべて酒にして構わんぞ。

 だが、出来た酒は他の種族とも分かち合って欲しい」


「税は如何ほどか」


「税は無い」


「なんと……」


「ただ、村の畑で出来た作物は、避難民も含めて村人みんなのものだ」


「そ、それで、この神の酒の製造方法は……」


「俺たちは酒造りの経験は無いが、俺の母国から持って来た酒造りの指南書がある。

 それを見せるし、母国からはいろいろな道具を取り寄せてやろう」



「わかった。

 我ら一同、是非とも貴殿の村に移住させて頂きたい」


「歓迎する。

 だが、今日振舞った酒はかなり高価なものなんだ。

 そう大量に与えるわけにはいかないぞ」


「我らが普段呑む分は我らが育てた作物で造ろう。

 じゃが、もしも出来るものならば、この酒も年に一度は呑ませて貰えんだろうか」


「了解した。

 年に2回は呑めるようにしよう」



「よし、皆の者、移住の支度をせよ。

 もう酒も呑めんような生活は懲り懲りじゃ!」


「「「「 おおおおおう! 」」」」


「して、貴殿の村はどれほどの距離にあるのじゃな?

 それから村人の数は?」


「歩くとすれば50日はかかるだろう。

 だが今から『転移の輪』という道具でここと俺たちの村を繋ぐぞ」


「『てんいのわ』だと?」


「シスくん、エフェクト無しの輪をよろしく」


(畏まりました)



「どうだい村長さん、この輪の向こうに見えるのが俺たちの村だ」


「おおおお…… な、なんという凄まじい力!」


「それから村人は今5000人ほどいるが、まだまだ増えるだろう」


「そ、そんなにいるのか!

 それになんという数の種族たちがいることよ……」


「まあ、強い種族も力の無い種族もいるからな。

 みんなと仲良く暮らしてくれ。

 それに、この輪を潜ればいつでもこの村に帰って来られるから、荷造りの必要もあまり無いぞ」


「そうか、貴殿はこうやって村人を集めておられたのか……」


「それで村長さんに相談なんだが、他のドワーフの村にも避難を勧めて欲しいんだ」


「先ほどの酒は使わせて貰えるかの」


「ああ、あと90本ほどあるから村長さんに預けよう。

 足りなければ俺の母国からまた持ってくるから言ってくれ」


「わかった。

 この酒を飲んで避難や移住に応じぬドワーフはおらんだろう」


「それはなによりだ」



「それでは今から若い者を他の村々に使いとして送ろう。

 明日以降に6つの村を一緒に回らせて頂くということでよろしいか」


「手間をかけさせて申し訳ないな村長」


「ドワルじゃ。わしのことはドワルと呼んで下され」


「俺は大地だ。大地と呼んでくれ。

 ところでドワル村長、あなた方は鉱山や鍛冶場を持っているのか?」


「極秘の場所に7つのドワーフ村が共同で作った鉱山街と鍛冶場がある。

 特にヒト族に襲われないように厳重に防衛もしているがな」


(地球から金属製品を輸入するのは簡単だが、ここアルスでの独自技術発展は貴重だな……)



「そうか、それでは俺もその防衛に力を貸そう」


「兵を派遣されるというのか?」


「まあウチにはかなり強力な戦力はいるが、そこまですることはないだろう。

 あんた方に侵略を疑われても困るしな。

 代わりに土魔法で強固な城壁を築いて差し上げるよ」


「ダイチ殿は魔法が使えると仰るのか……」


「俺も使えるし、俺の仲間も使えるぞ」


「農地も技術も素晴らしい酒もお持ちの上に、魔法まで使えるとはの……

 それならば例え貴殿の村にヒト族共が侵攻して来ても大丈夫そうじゃのう」



「実は俺たちの村はこの大森林の奥地にあるんだよ。

 だから、どんなヒト族のクニからも歩いて20日以上かかるんだ。

 あんな森の奥を20日も歩いてたら、強力な野獣たちにみんな喰われてしまうだろうね。

 仮に村に辿り着けたとしても、更に強力な兵士たちがいるし」


「そ、その強力な兵士たちとは……」


「それじゃあドワル村長さんと長老さんたち、今から俺たちの村に行ってみるかい?

 ウチの戦士たちを紹介しよう」


「お、お願い出来ますかの。

 他の村の者たちを説得する材料になるかもしれんでな……」





「さあ村長さん、長老さんたち。

 ここが俺たちの村だ」


「「「 お、おおおおおお…… 」」」


「な、なんというたくさんの種族がいることか……」


「シスくん、手が空いている族長さんたちに集まって貰えるように伝えてくれるかな」


「畏まりました」



 ドドドドド……


「ん?」


 ドドドドドドドドドドドドドドド…………


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…………



(あー、手が空いてるって奴って言ったのに、これみんな走って集まって来てるわー)



 まもなく四方八方から巨人・巨獣たちが全力疾走しながら集まって来た。

 皆、遅れまいと鬼の形相である。


 気の毒にドワーフさんたちの何人かが腰を抜かした。


「みんなストップ!」


 びた!!!


「「「「 ぶはーぶはーぶはーぶはー 」」」」


「そ、そんな走ってた格好のままストップしないでいいからな……」



 ずし――――――ん!


「あー、言わんこっちゃない。

 そんな恰好で固まってるもんだからゴレム族長が倒れちゃったよー。

 族長たちはその場で楽にしてくれ。


 さあ、ドワーフさんたち、これが我がダンジョン村の誇る精鋭部隊の指揮官たちなんだ。

 族長たち、こちらはドワーフ村の村長さんと長老さんたちだ。

 俺たちの村の見学に来て下さったんだよ。

 ご挨拶してくれ」


「「「 よろしくお願い申す! 」」」

((( よろしくお願いします )))


「さあみんな、それじゃあお前たちの戦闘形態も村長さんたちに見せてあげてくれるかな」


「「「 御意っ! 」」」

((( 御意っ! )))



 20体の族長たちがその場で戦闘形態になった。

 皆その体躯は倍から3倍近くになり、色も濃くなって顔つきも恐ろし気なものになっている。


 気の毒にドワーフさんたちは全員が腰を抜かした。



「ん? ラッピー族長、なんか進化してないか?」


「ははっ! つい先ほど進化致しましたっ!」


「へー、戦闘訓練もしてなかったろうに、なんで進化したんだ?」


(それにしても、これまるっきりアロサウルスじゃん……

 なんでラプトルが進化してアロサウルスになるんだよ……

 ダーウィンさんが怒るぞ……)



「はっ!

 農作業をしていたところ、突然進化したのですっ!」



「あ、淳さん、ちょうどいいところに。

 こちらは、ダンジョン村への移住を検討して下さってるドワーフ村の村長さんと長老さんたちです」


「ジュンと申します、よろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願いいたしますじゃ」



「ところで淳さん、ラッピー族長にはいったいどんな農作業をして貰ってたんですか?」


「いやそれがね、いま収穫が終わった野菜畑の土を、次の作物を植える前に耕してるところなんだよ。

 でも、土は硬くなってるし前の作物の根も残ってるしでけっこうたいへんなんだ」


「ええ、農業で最も重労働なのは『耕運』だって言いますもんね」


「まあ、大柄な種族のみんなに大型のくわを使って貰って作業してたんだけどさ。

 でもラッピーさんは手が小さいんで鍬を持ちにくそうにしてたんだよ。

 それで、県の郷土資料館で見た『牛すき』を思い出して、木工所で作ってみたんだ」


「ほう」


「そうしたら、さすがはラッピーさんで、ものすごい勢いで引っ張ってくれたんだ。

 それで、めちゃくちゃ畑の荒起こしが捗ったんだけど。

 でも勢いが凄すぎて、重しとしてすきに乗ってる人が振り落とされちゃうんだ。

 だから、橇みたいなもんの底に鉈をくっつけたものを作ってみたんだよ」


「よくそんなもん作れましたね」


「設計図を書いて板と鉈を渡したら、妖精さんたちが錬成と融合で作ってくれたんだ」


「なるほど」


「それで橇には重しとして石を乗せて、小さな舵を持つ人も乗せて引っ張るようにしたんだ。

 ラッピーさんにはハーネスを着て貰って、それと橇をロープで繋いだんだけど。

 そしたらこれが大成功でね。

 やっぱりとんでもない勢いで畑の荒起こしが進むんだ。

 さすがはラッピーさんだよ」


「はは」


「荒起こしさえ出来れば後は土の塊を砕いていく作業だから、そんなに力を使わなくても出来るからさ。

 おかげでみんなの大歓声の中で、ラッピーさんが大活躍してくれたんだ。

 そうしたら……」


「そうか、重いものを引いて畑を何往復もするって……

 その強烈な重労働が、激しい鍛錬だと見做されて、だからレベルが上がって『進化』もしたんだ……」


「そうだね。

 別に戦わなくっても鍛錬を続けても進化出来るんだもんね」



「ぐ、ぐおぉぉぉぉぉぉぉ――――んっ!」


(あー、ラッピー族長、泣き出しちゃったよ……)



「わ、わしは手が小さくて畑ではほとんどお役に立てなかったのですじゃ……

 で、でもジュンさまが『竜鋤』を作ってくださって……」


(竜鋤…… ま、まあ確かに牛の代わりに竜が引いてるもんな……)



「そうして、ようやくお役に立てると思って張り切って働いていたら……

 みんなにありがとうって言われて……

 それで嬉しくってもっと頑張って働いていたら、『進化』までさせてもらえるなんて……

 こ、こんなありがたいことは……

 ぐ、ぐおぉぉぉぉぉぉぉ――――んっ!」



 大地は族長に近づいていき、その太っとい脚をぽんぽんと叩いた。


「ラッピー族長、進化おめでとう。

 そして、お前のおかげでみんなの作業が楽になったんだ。

 ありがとう……」


「あおぉぉぉぉぉぉぉ――――んっ!

 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――んっ!

 ぶぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――んっ!」


 その場には超大粒の涙がぼとぼとと落ちていた……





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