*** 63 大森林の種族たち ***
翌朝、大地の前に8歳ぐらいの男の子と女の子が現れた。
「ダイチさま、このような分位体の体を賜り、誠にありがとうございました」
「おお、君は収納くんの分位体かな?」
「はい」
「っていうことはだ……
ま、まさか、君は……」
「はい、わたくしがジャッジメントの分位体でございます」
「ジャッジくん…… 女の子だったんだ……」
「い、いえあの……
元々は中性という設定だったのですが、神界に分位体をご依頼する際に性別を選べと言われまして……
それで女性型にしてみたのですが、まずかったでしょうか……」
「い、いやそんなことはないぞ。
本人が決めたんならそれで十分だ」
「ありがとうございます」
「そ、それでダイチさま……」
「ん、なんだ?」
「も、もしよろしければ我らに名前をつけていただけませんでしょうか……」
「そうだな、『収納くん』に『ジャッジメント』だと味気ないもんな。
うーん、それじゃあ収納くんは『ストレー』くんでどうだろうか。
それからジャッジメントは『テミス』ちゃんで」
「「 あ、ありがとうございます 」」
(ダイチ……
ふつーの名前も考えられるんにゃな……)
余談だが……
数日後、淳はイタイ子とシスくん、ストレーくんとテミスちゃんを連れて地球に行き、母親にその世話を頼んだのである。
そして……
一人息子が一人前になってしまっていた良子は、持て余していたその母性本能を大爆発させてしまったのだ。
6歳ほどに見える子2人と8歳ほどに見える子2人を引き連れた良子は、7人乗りの大型車を運転手付きでチャーターし、全員を連れまわした。
旅行社の添乗員までつけて、子供服の店はもちろん、ありとあらゆる料理、千葉のネズミーランド、映画館、温泉旅行など、そのツアーは3週間に及んだ。
まあ、みんな分位体なので、アルスでの仕事は本体が行っていたので問題は無かったのだが……
大地の助役でもある良子にとっては、このような小さな子たちが同じ助役仲間であることにシンパシーを感じたのだろう。
おかげで、4人がアルスに帰って来た時には、全員がふっくらと太っていたそうである。
そして、この地球旅行はアルス中央大陸ダンジョンの将来に大きな影響を与えることになった。
特にシスくんは、本体が神界の管理する銀河世界でも最先端のAIコンピューターでもあったため、ありとあらゆる経験を記録しただけでなく、地球のネットにも接続して膨大な情報を溜め込んだ。
そうして、それらを後のアルスでの仕事に役立てたのだ。
おかげで、ダンジョン村での料理の献立は劇的に増加し、また各種エンターテイメントも驚くほどの充実ぶりを見せるようになっていったのである。
また、4人がアルスに帰るときには、良子もついて来た。
どうも、子供たちと別れるのに耐えられず、迎えに来た息子の淳に頼み込んだらしい。
「ところで良子さん、須藤さんは放っておいていいんですか?」
「ええ、何と言っても大地さまのお手伝いですから。
まあ、地球が夕方になりましたら、そのときは一旦家に帰って夕食ぐらいは作ってあげようと思いますけど」
「そ、そうですか」
「それでは大地さま、なんなりとご用命くださいませ」
「それじゃあ、モン村のご婦人たちに地球の料理を教えてあげていただけませんでしょうか。
やはり我々では料理はなかなか教えてあげられなくって」
良子は嬉しそうに微笑んだ。
「畏まりました。お任せくださいませ」
さすがに竈を使った料理は良子も経験が無かったが、最初は熱の魔道具を使いながら竈にも慣れていったようだ。
そうして、栄養士の資格も持った良子の指導で、モン村の食事も劇的に変わっていったのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
兎人族と鼠人族と鶏人族を受け入れた翌日から、大地は大森林周辺の村周りを始めた。
(まあ、ヒト族の街に行ってみるのは後回しでいいだろう。
それよりも飢えに苦しんでる種族を助けてやらなきゃだ。
言ってみればこれも、『ダンジョンの資源を使って、アルス中央大陸のヒューマノイドに幸福を齎す』っていう俺の本業のうちだろうからな……)
ある猫人族の村にて。
ワーキャット形態になったタマちゃんを前に、村長を始め村の主だった者たちがひれ伏した。
「あ、あなたさまはもしや……」
「そうよ、あたしはインフェルノ・キャット一族の者よ」
「おおおおおお……」
「あ、あの神界の使徒としてご活躍の……」
「それでみなさん、森の恵みが少なくなって食べ物に困ってると思うんだけど、森が元通りになるまでわたしたちの村に避難して来られたらいかがかしら」
「あ、ありがたき思し召し……
そ、それでは我ら一同、お言葉に甘えさせていただいても……」
「もちろん。歓迎するわ」
「「「 ははぁぁぁ―――っ! 」」」
こうして周辺の猫人族の5つの村、600人がダンジョン村に避難することになったのである。
(さすがはタマちゃん、一撃で猫人族が従っちゃったね)
(まああたしの手柄というよりは一族のおかげだけどね)
(それにしてもさ、なんか東の方から西の方にかけて、だんだんと強くて体の大きな種族が住んでるみたいだなぁ。
やっぱり、小柄な種族は危険なヒト族のテリトリーに近いところに追いやられてたんだね)
(そうね、だからこれから村々を訪ねるときには、隣り合った村の村長さんだけじゃあなくって、モン村の族長さんたちにも一緒に来て貰ったらどうかしら。
あのひとたち、ダイチとの戦闘訓練でもう相当に進化して来てるし、強い種族ほど強い者には従うから)
(うーん、あんまり力で従わせるのもねぇ)
(まあ、緊急避難っていうことでいいんじゃないかな。
また森の奥からウルフたちやグリズリーベアが襲ってくる前に)
(そうだね、人命優先か……)
或るコボルト族の村では、既にウルフ・ジェネラルに進化していたフォレストウルフ族族長の前に村人たちがひれ伏した。
また、ゴブリン族の村ではこれもゴブリン・ジェネラルに進化していた族長の前に村人たちがひれ伏し、オーク族の村ではオーク・ロードの族長の前に村人がひれ伏した。
だが、ある狼人族の村では、フレスト・ウルフ・ジェネラルに進化していた族長の提案に対し、若い男たちのグループが異を唱えたのである。
「なんでぇなんでぇ!
熊公や狼が怖ぇから逃げ出せだとぉ!」
「そんなもんが怖くって森で生きていけっかよぉ!」
「そんなんが来たら俺たちのグループがぶっ殺してやるぜぇ!」
村の主だった連中は、そうした若い者たちを苦々し気に見ていた。
(ははは、こいつら見たところ地球なら高校生ぐらいの歳だな。
大人に反抗するのがクールだと思ってるお年頃か。
うーん、狼人族にもDQNはいたんだなぁ)
「手前ぇ! なにニヤニヤしてるんだコラ!」
「舐めたマネしてっとぶん殴るぞっ!」
「そうかい。
それじゃあさ、そのグリズリー・ベアを実際に見てみるかい?」
「「「 !! 」」」
「ちょうど俺がやっつけたばっかりの奴の頭があるんだ。
まあ体の方はみんなで食べちゃったんだけど」
「な、なんだとぉ!」
「お前ぇみたいなチンケなヒト族が殺ったとかフカシ入れてんじゃねぇぞ!」
「それじゃあ君たち少し前に出て来てくれるかな。
今からその熊の頭をここに出すから」
「ど、どっから出すって言うんだよぉ!」
「俺は『収納』っていう便利なスキルが使えるんだ。
そこから出すからさ、怖がらないで前に出て来てよ」
「んだとコラ!」
「俺たちにゃ怖いもんはねぇぞ!」
「はいはい。それじゃあ出すからね。
ストレーくん、よろしく」
(畏まりました)
DQNたちの目の前にグリズリー・ベアの頭部が出現した。
飢餓と闘争本能に狂い、目を血走らせて大地を襲おうと大口を開けたままウインドカッターで落とされた新鮮な首である。
縦横高さはそれぞれ1メートル近くあった。
((( うひぃぃぃぃぃぃぃ―――――っ! )))
じょびじょばばばばばばばば……
(あー、汚ったねぇなぁ。
こいつら座りションベンしちゃったよぉ)
肉食動物から進化した獣人にとって、排泄行為とは深い意味がある。
特に小便はそのテリトリーを主張するものであって、群れの外側に広範囲に渡って少量ずつ撒いていくものなのだ。
故に村の中で排泄をするのは乳児だけであり、成人が恐怖のあまり尿を漏らすという行為は、地球と同様、彼らの社会でも致命的と言っていい恥辱を意味していた。
村人たちは汚物を見るような目で若者たちを見ていたし、この狼人族のDQNたちもしばらくは再起不能だろう。
(やっぱりある程度強い種族ほど少しE階梯が低くなるか……
それでも村の平均で2.0もあるけど)
村長らしき大男が前に出て来た。
熊の首の前でしゃがんでその切り口を触っている。
その手には熊の血がべっとりとついていた。
「これは…… つい先ほど落とされたばかりのようだ……
こんな森の遥か奥にしかいない強力な野獣がこの近辺に現れたのか……」
「どうやら森全体の恵みが極端に減ってしまったみたいでな。
餌を求めて森の奥から外に出て来ているようなんだよ。
だからまあ、森が元通りになるまで安全な俺たちの村に避難することを勧めてるんだ」
「了解した。
だが本当に我らワーウルフ族を全員受け入れてくださるのか?」
「もちろん。
既に8種族2000人近くが避難して来ているからな」
「そうか、それでは我らは大強者である貴殿に従おう」
「いや、別に俺に従う必要は無い。
単に村のルールを守ってくれるだけで十分だ」
「村のルールとは?」
「強者が弱者を脅して従わせる行為を禁止している。
俺たちの村の住民は全員が平等だ」
「それだけか?」
「後は、働ける者は畑や果樹園で働いてくれ」
「そうか、それではこの莫迦な若者たちはこの村に置いていくことにしよう。
貴殿らのルールは守れそうにないからな」
「「「 !!! 」」」
「お前たちはこの場に残って村を守れ」
「そ、そそそ、そんな……」
「し、死ぬ…… すぐ死んじゃう……」
「ゆ、許して……」
「ところで我らは狩りが得意だが、貴殿の村の周りには獲物は多いのか?」
「いや、実は村の周辺では狩りはしないことにしてるんだ。
狩りで2000人を養おうとすれば、周辺の野生動物があっという間に絶滅してしまうからな」
「そうか…… 貴殿の言う通りだ。
だが、それでは我らの闘争本能を発露させる場所が無いな……」
「そうそう、俺たちの村にはダンジョンがあるんだ。
というか、元々はダンジョンから広がった村なんだが。
だから、ダンジョンに入ってモンスターと戦ってみたらどうかな。
そうすると、ダンジョンポイントっていうものが稼げて俺たちの収入にもなるんだよ」
「だが、モンスターはかなり強力なのだろう」
「そうだ。特にダンジョンの奥に行けば行くほど強者が出て来るぞ。
なあ族長、戦闘形態になってくれるか?」
「御意」
その場に体長5メートルの巨大狼が現れた。
村人たちは声にならない悲鳴を上げながら後ずさっている。
「だ、ダンジョンのモンスターとはこれほどまでの強者だったのか……
これでは我らがダンジョンに入ったりすれば、あっという間に全滅だの」
「いや、実はダンジョン内で死んでも、すぐに別の場所で生き返るんだよ。
だから、ちょっと痛い思いをするだけで誰も死なないんだ」
「なんと…… ダンジョンとは不思議な場所なのだな」
「はは、そうだな。
それに俺は村長というよりはそのダンジョンの長なんだ」
「だからこのグリズリー・ベアを屠れるほどの強者なのか……」
「まあ一応俺が一番強いみたいだけどな」
(ほんとは一番強いのはタマちゃんだよね)
(うにゃん♪)
「はは、ワーウルフ族村長殿、こちらのダイチさまは我らモンスター300体を相手に戦い、これを全滅させるお力を持った超絶的強者であらせられるのだ」
「なんと……
それではグリズリーベアごとき敵ではなかったのか……」
「うむ、一瞬で首を落としていたぞ」
「まあそんなことはどうでもいいんだが……
あんたたちもダンジョン内で戦うと、戦った者はより強くなって行くし、ダンジョンにも収入が入るんだ。
だからさ、普段は畑で働いて、闘争本能が抑えられなくなって来たらダンジョンに入って戦ってみたらどうだろうか」
「すべて了解した。
それではこれからよろしくお頼み申す」