*** 6 タマちゃん登場 ***
天使がソファに座った。
「ダイチさんも座ったらいかがかしら」
「は、はい」
「ここがコーノスケさんの遺産の最初の部屋よ。
そして、もしあなたがアルスのダンジョンマスターになって下さったら、2つ目の部屋の入室権限もあげるわ」
「ぼ、僕がダンジョンマスターですか……」
「ええ、あなたにはその資格があるし、コーノスケさんの推薦もあったの。
コーノスケさん、自分が死んだ後はあなたに後を継いで貰いたくって、英才教育も施してたでしょ」
(そうだったのか、じいちゃん……)
「その机の上にあるのはコーノスケさんのお手紙と手記よ。
ここでじっくり読んで、ダンジョンマスターになるかどうかを考えてくださいね」
「あの…… 明日には下山しないと心配する方々が……」
天使がまた微笑んだ。
「大丈夫よ。
この部屋にいる間は、外の世界の時間は停止しているから。
だから例えここに1年間いても外に出ればさっきの瞬間に戻れるわ」
「じ、時間停止収納部屋……」
「さすがに理解が早いわね」
「あ、あの……
わたしも一応生物なんですけど、『収納』に生き物って入れるんですか?」
「ふふ、ここはレベル10の収納部屋ですからね。
生物も入れるのよ。
もしダンジョンマスターになってくれれば、この収納部屋はあなたに従属させるようにするから、麓の家でも市内の家でもどこに居ても使えるわよ」
(受験勉強し放題……)
「で、でもいくら広い部屋でも1年もいたら閉所恐怖症になりそうですね」
「それなら『窓』って言ってごらんなさい」
「は、はい。『窓』」
途端に壁に大きな窓が開いた。
外には陽光に照らされた草原が広がっている。
「あの一番左のドアを開けると外にも出られるわよ。
実際には外の環境はこの家から半径100メートルぐらいしかないけど。
それから外の環境も変化させられるの。
例えば『海岸』」
外の景色がビーチに変わった。
青い空に真っ白な砂浜、30メートルほど先からは見事なエメラルドグリーンの海が広がっている。
「す、すごい……」
「そりゃあLv10の空間収納ですもの。
因みに収納空間維持エネルギーのための魔石は、幸之助さんが体感時間で100年分溜めてあるから大丈夫よ」
(魔石もあるんだ……)
「今は景色を見せてあげるために昼間の状態にしてるけど、あなたの体内時計に合わせた時刻にしましょうか」
窓の外の景色が夜になった。
空には眩しいほどの星の海が広がり、大きな月の明かりで海も光っている。
「ほ、本当にすごいですね……
あ、でも例えばここに1年間いたとして、今僕は成長期なんで身長や顔つきも変わっちゃうかもしれませんよね。
そしたら地球の知り合いがびっくりしちゃうかも……」
天使が微笑んだ。
「すぐにそこに気づくところはさすがね。
そう、今はまだあなたは一般人ですからね。
だからここにいる時間はほどほどにした方がいいわ。
でももしダンジョンマスターになることを了承して下さったら、この空間や別の収納空間にいる間はあなたの体は成長しないようにしてあげられるわ。
意識もあるし行動も出来るけどあなた自身は経年による成長はしないの。
もちろん細胞やDNAレベルでの老化もしないわ。
だからこの空間にいる時間の分、あなたの主観寿命は延び続けるのよ」
「それは凄い……
でも、ということは、もしここで鍛錬をしても筋肉量や敏捷性なんかは上がらないんですか?」
「単なる時間経過による成長と、鍛錬による身体と身体能力の向上は、別物として認識されるわ。
だから、ここで鍛錬を続ければ、あなたは今の15歳の肉体のままどんどん強くなって行けるでしょう。
もちろんこれも、ダンジョンマスターの特権ですけど」
「至れり尽くせりですね……」
「それだけ幸之助さんの功績が大きかったっていうことよ。
なにしろあの人のおかげで惨めな死から免れた人や、食料に余裕が出来たせいで新たに生まれた子供は合計で1000万人を超えるんだもの。
元々の人口が1500万人しかいない大陸だったから、驚異的な成果だわ」
「はい……」
「幸之助さんの成果があったからこそ、神界はダンジョンとダンジョンマスター制度の存続を決定したのよ。
マスターの権限も大幅に拡大したし」
(やっぱりさすがはじいちゃん……)
「さて、わたしはそろそろ他の仕事に戻らなきゃならないわ。
代わりにチュートリアル担当として私の眷属を付けてあげるから、質問があったらその子にしてね」
「はい」
「それじゃあタマちゃん来てちょうだい」
「にゃー」
その場に子猫が現れた。
全身が真っ白な毛に覆われた金色の目の美しい子猫だ。
「ダイチ、よろしくにゃ」
(し、しゃべった……
で、でもなんで俺の名前を知ってるんだろう……)
「よ、よろしく……」
「あのねタマちゃん。
アルスでダンジョンマスターになって貰いたいから、今ダイチさんを勧誘しているところなの。
しばらく一緒にいて、ダンジョンマスターのことについていろいろ教えてあげてくれるかしら」
「畏まりましたにゃ」
「そうそうダイチさん。
この子はずっとコーノスケさん専従の補佐役だったのよ」
(この子猫も見た目通りの年齢じゃあないってことか……)
「それからこの子は姿を隠しておくことも出来るし、今の私みたいな体になることも出来るわよ。
まあいつもは子猫の姿でいる方が楽だそうなんだけど、コーノスケさんと地球で行動するときなんかには、ワーキャット姿になるの。
『変身』の魔法をかければヒト族の子供になれるから」
「天使さま、食事をするときもワーキャット姿の方が便利だにゃ」
「ふふ、そういえばそうだったわね。
それからこの子とは口に出さずとも念話でも喋れるわ。
それじゃあタマちゃん、姿を消して大地さんに念話で話しかけてあげて」
「はいにゃ」
子猫が消えた。
(ダイチ、聞こえるかにゃ?)
「あ、ああ聞こえるよ……」
(声を出すと独り言を喋るアブナイひとみたいにゃ。
心で念じるだけでいいにゃ)
(こ、これでいいかな)
(天使さま、通信状態良好にゃ)
「それじゃあタマちゃん、ワーキャット姿になってちょうだい」
(はいにゃ)
微かなぽんという音と共に、今度はその場にワーキャットの幼女が現れた。
姿形はほとんど天使さんと同じだが、背中の白い翼はかなり小さい。
(でも……
やっぱり胸のところには白い毛は無いのか……
それで胸が膨らんでなくって乳首しかないから、なんか胸のところだけ禿げてるみたい……)
「今なんかすっごい失礼なこと考えてたでしょ!」
「す、すすす、すいませんっ!」
「なんなら『変身』の魔法でロリ巨乳になってあげようか?」
「か、かかか、カンベンしてくださいっ!
ヘンな性癖に目覚めたりしたらタイヘンですっ!」
「今度失礼なこと考えたら、一緒に街を歩いてるときに突然全裸になるからね!」
「そ、そそそ、それもどうかカンベンしてください。
街中のひとから『おまわりさん、このひとです』って言われます……」
どうやらタマちゃんは子猫の姿のときだけ語尾が「にゃ」になって、幼女姿になると普通に喋れるようになるようだ。
たぶん子猫の口蓋や喉の構造のせいだろう。
「ふふ、どうやら仲良くやっていけそうね。
それじゃあそろそろわたしは失礼するわ」
「あの…… 最後に一つだけ教えて下さい。
父もダンジョンマスターだったんでしょうか……」
「いえ、残念ながらあなたのお父さまは基準に満たなかったの。
でもあなたの素質はコーノスケさんがダンジョンマスターになった頃以上だったから、コーノスケさんはものすごく喜んでたのよ」
「基準に素質ですか……」
「その辺りのこともすべてタマちゃんが教えてくれるわ。
ダンジョンマスターになる決心がついたらタマちゃんにそう言って。
またわたしがここに来るから。
もちろん断っても構わないし、罰則もないわよ。
それじゃあいいお返事を待ってるわね♪」
天使さまが消えた。
「それじゃあタマちゃん、いくつか教えて欲しいことがあるんだけど……」
「その前にお食事ね。
せっかくこの世界に呼んで貰えたんだからアレ食べなきゃ」
そう言うとワーキャット幼女は壁のドアを開け、両手にネコ缶と猫用ミルクを持って戻って来た。
それらを大地に差し出す。
まあプルタブを引いて開けろということなのだろう。
ネコ缶の中身を皿に乗せ、ミルクをカップに入れてソファの前のローテーブルに置いてやると、ワーキャット幼女はさっそく食べ始めた。
「いただきます」と言ったのは祖父の教えだろう。
箸も器用に使っている。
「美味しいわー、美味しいわー。
やっぱり地球のネコ缶は最高ね♪」
「な、なぁ、普段はなに食べてるんだ?」
「あたしたち天使さまの眷属は神界ではマナを摂取して生きているの。
でも地球やここはマナがちょっと薄いから食事も必要になるのよ」
「そうか……」
さすがにお腹はいっぱいだった大地は、コーヒーを淹れるためにキッチンに行ってケトルに水を入れようとした。
(あ、蛇口にカランは無いのか……
でもひょっとしてこの水色の石は水の魔石かな?
ここに触れると水が出るのか?)
大地が石に触れると、体の中から何かが少しだけ吸い取られるように感じた。
同時に蛇口から水が流れ始める。
半年以上放置されていたにしては綺麗な水だ。
(異世界っぽいなぁ……)
「あれ?
そういえば時間が停止してる空間でお湯って沸かせるの?」
「そこに熱の魔道具があるでしょ。
時間停止収納部屋でも魔法は使えるから、その魔道具ならお湯も沸かせるわよ」
「なんかIHクッキングヒーターみたい……」
「そういえば似てるわねぇ」
大地は棚にあったコーヒー豆をドリッパーにセットし、コーヒーを淹れ始めた。
どうやらこのドリッパーも魔道具らしく、無事にコーヒーが滴っていく。
「よかったらコーヒーを少し残しておいて欲しいんだけど。
後で魔法で冷まして少しだけ飲みたいから」
「わかった。
砂糖とミルクは要るかい?」
「両方ともたっぷり欲しいかな。
よろしくね♪」
「うん」