*** 59 襲撃 ***
「なあ村長さん」
「お、おお、ダイチさんとやら。
赤子を助けて下さって本当にありがとうございましたじゃ。
それにこのように大量の食物まで……」
「まああまり気にしないでくれ」
「それにしても、どのようにしてお礼申し上げたらよいものか……」
「それなら、少し村の土地を貸して貰えないかな。
あの母親たちとその世話役や護衛をしばらくここで暮らさせたいんだ」
「おお……
あのご婦人たちをここに居させて下さると……」
「まああの母親の乳が出るようになるまでな」
「な、なんとお礼を申し上げれば……」
「それじゃあ少し土地を借りるぞ」
「畏まり申した。
今すぐに男たちに小屋を作らせましょうぞ」
「いや、こちらで作るから気にしないでくれ。
シスくん、こちらに来てくれるか」
「ただいま参上いたしましたダイチさま」
「この辺りに土魔法で小屋を作ってくれ。
20人用の小屋を2つだ。
それから、待機中の何人かに言って家具やベッドも運び込ませてくれ。
外には竈もよろしく」
「はっ!」
「そうだ、クリーンの魔道具を置いた部屋も作るか……」
見れば兎人たちの毛並みは大分汚れていた。
空腹のあまり水浴びをする余裕も無かったのだろう。
小屋というよりは大きな家がみるみる出来上がっていく。
兎人たちは、その様子を口を開けて茫然と見ていた。
まもなくゴブリン族やオーク族たちがやってきて、シスくんが転移させたマットや毛布を家に運び込み始めている。
竈の中には薪も置かれ、冷めかけた粥が温められ始めた。
(やはり相当に食べ物の匂いも広がっているな……
風向きは北からか……)
「村長さん」
「はい」
「念のため警備用の戦士を増やしたいのだが構わないだろうか。
それから周辺警戒のために村の周囲の木を少し取り除いておきたいのだが」
「そ、それはもちろん構いません……
で、ですが、ここは大森林の中でも浅いところですので、それほど恐ろしい獣は出ては来ないと思われますじゃ……」
「まあ、念のためだ」
「は、はい……」
「シスくん、ダンジョンに待機中の戦士たちのうち、半数を呼んで村の周辺警戒に当たらせてくれ。
それから村から50メートル以内の木を土ごと引き抜いて、ダンジョンに転移させて…… そうだな、南側だけ100メートルにしよう。
代わりに同量の薪もこちらに転移させるように」
「はっ!」
「タマちゃんは特に南方向からの敵性反応のチェックをお願い」
「にゃ、任せてにゃ♪」
3つに増えた白い渦からは、続々と戦士たちが現れ始めている。
「全員村の周囲に散会して戦闘形態になり、警戒に当たってくれ。
ケイブバット族とハーピー族は交代で空中から哨戒だ」
「「「「 ははっ! 」」」」
「おっ、おい…… あれ、ゴブリンコマンダーだ……」
「お、オークジェネラルも……」
「うわっ! あれオーガソルジャーだぞ!」
「ご、ゴーレムにラプトルにトロールも……」
「フレストスパイダーまでいる!」
「ああああ…… フォレストウルフのソルジャーがあんなにたくさん……」
「はは、どうだい兎人族のみんな、これがウチの戦力だ」
「す、すごい……」
「あ、あなたさまはいったい……」
「ん? まあただの村長みたいなもんかな」
「「「 ………… 」」」
村の周囲の木が引き抜かれた跡は、シスくんが土魔法で平らに均していた。
「なあ村長、やっぱりここ2年ほどは森の恵みが少なかったのか?」
「え、ええ、何故か急に木の実も草の実も減ってしまいまして……」
「やっぱりそうか…… だとすると……」
「ダイチ! 南から敵性反応接近中!
形からしてウルフ、距離は約5キロ、数は約50にゃっ!
その後方5キロに同じくウルフ、こちらは中型から小型にゃけど数は約80!」
「えっ! そ、そんなに!」
「食べ物の匂いにつられて来たんだろう。
戦士たちは警戒をより厳にせよ」
「「「「 おう! 」」」」
(ふむ、近くの50は戦闘要員か……
後方は雌と子供たちっていうところかな……)
「ダイチさま、是非我らホーンラビット族に先鋒をお任せくださいませ!」
「我らゴブリン族にも!」
「我らも!」「我らも!」
「はは、皆の気持ちはわかった。
だがここはまず俺に任せてくれ」
「「「 は…… 」」」
「収納くん」
(はい!)
「森から空き地に出た辺りに、収納庫にあるドッグフードの10キロ袋を20袋ばかり出してくれるか。
盥も3つ用意してそこにもドッグフードを出しておいてくれ」
(畏まりました!)
大地は村から50メートルほど離れた空き地の真ん中に進み、その場で宙に浮いた。
まもなくウルフの群れが森から飛び出して来たが、いきなり空き地になっているのを警戒してそこで止まっている。
先頭にいるのは一際大きな雄で、その体長は尾を除いて2メートルはあるだろう。
(あれがアルファ雄か……)
群れのリーダーであるアルファは、まず大地を凝視した。
(よし、ウルフ全頭にロックオン、続けて『威圧Lv3』……)
アルファが低く唸り始めた。
その眼は大地を見ていたが、同時に兎人族の村の前にいる超強力なモンスターたちも見ている。
アルファ以外のウルフたちの尾が下がり始めた。
アルファが盥に盛られたドッグフードをチラ見し、大地から視線を外さないようにしながらドッグフードに近寄って行ってその匂いを嗅いでいる。
「ウォン!」
リーダーの合図で群れのウルフたちがドッグフードに殺到した。
彼らが食料に群がる間にも、アルファは仁王立ちになったまま大地を凝視している。
(はは、どうやら彼我の戦力差と、食料を置いてある意味を理解してくれたかな……)
「ウォォン!」
リーダーの一声を聞いて、大柄なウルフたちがドッグフードの袋を咥えた。
そのまま全頭が森に帰って行く。
リーダーは最後まで大地を見つめていたが、その目つきからは闘争心は失われていた……
群れの全員が森に消えると、ようやくアルファも踵を返した。
だが……
大地の目には、そのときアルファが微かに頭を下げたようにも見えたのである。
(やるにゃあダイチ。
全頭を殲滅するのは簡単だったにゃろうけど、少々の食料で戦いを回避してみせたんにゃね……)
モンスターたちからも感嘆の声が上がっている。
「さ、さすがはマスター殿だ……」
「そうか、食料さえあれば闘争は回避出来るのか……」
「戦いを求めて猛っていた自分が恥ずかしいの……」
「いやウチにもフレストウルフ族はいるだろ。
ここはもうダンジョン領域になっているからリポップはさせられるけど、親戚みたいなウルフたちを惨殺したら、気分悪いからな。
兎人族の女性や子供たちにもあんまりスプラッタな光景は見せたくなかったし」
「さ、さすがのご配慮でございました……」
「でもまあお前たちの恐ろし気な姿を見せつけてやったから、また腹を空かせてももう襲って来ないんじゃないかな」
「はは、我らの姿も少しはお役に立ちましたかな」
「野生の肉食獣ってお互いが出会ったときには恐ろし気な表情で吼えて威嚇するけど、あれは基本的には相手を逃げさせて闘争を回避するための行動なんだ。
だからお前たちみたいな怖い顔もけっこう役に立つんだぞ」
「「「 わはははは! 」」」」
「この怖いだけの顔が役に立つとは思いもよりませなんだ!」
「その通りじゃの!」
固まっていた兎人族たちもようやく我に返って食事を再開し始めた。
赤子たちも一心に乳を吸っている。
「なあ村長さん」
「か、重ね重ねありがとうございました……
あれだけの数のウルフに襲われていたら、この村は全滅していたことでございましょう……」
「まあ、それはともかくとして、ちょっと困ったことになったよな。
これ、いつもは森の奥にいる肉食獣たちが、やっぱり森の恵みが少ないせいで森から出て来ようとしてるわ」
「はい…… そのようですの……」
「この村で盛大に食事を始めたもんだから、その匂いを嗅いでまず鼻が利いて足の速いウルフたちが来たんだろう。
俺が用意した食事のせいでこの村が標的になっちゃったようだよなぁ」
「そ、そんな……」
「いや俺も最初はここに数人の護衛とホーンラビットのおっかさんたちを常駐させればいいと思ってたんだけどさ。
もちろん食料も置いて。
だけど、これじゃあ毎日のように野獣やモンスターに襲撃されちゃうよな」
「…… はい ……」
「それで相談なんだけどな。
この野獣たちの大移動が落ち着くまで、この村の兎人族全員で俺たちの村に避難して来たらどうだろうか。
なんなら永住しても構わないが」
「お、お言葉は大変にありがたいのですが……
我々には御礼として差し出すものがなにもございません……」
(実はいてくれるだけでダンジョンポイントが入るんだけど……)
「い、いやそんなものは要らないけどさ。
でも、ちょうど畑を広げようと思ってたんで、そこで働いてくれればいいぞ」
「あ、あの…… 税は如何ほどでございましょうか……」
「ははは、そんなものは要らん」
「な、なんと……」
「畑で普通に働いてくれれば毎日の食事も保証しよう」
村長はその場に跪いて頭を地に着けた。
「ま、誠に有難き思し召し……
この村に居ても飢えて死ぬか野獣に喰われて死ぬかしかございません。
も、もしよろしければ……」
「でもまあいきなり移住しろっていうのもなんだからさ。
ここには数日いるからその間にみんなと相談して決めてくれ」
「はい……
ただ…… あの……」
「ん? どうした?」
「あなたさまの神のごときご厚情に甘えてばかりで誠に心苦しいのですが……
我らにはここから少々離れたところに兄弟村がございまして……
私の弟が村長をしているのでございます」
「なるほど、森の恵みを枯れさせないようにするために、村の人数が増えると村を分けてたんだな」
「は、はい、その通りでございます」
「その村には何人ぐらいの兎人族がいるんだ?」
「およそ80人ほどでございましょうか」
「そうか、それじゃあ……」
「ダイチ! また南南東5キロに敵性反応にゃ!
相手は1体にゃけど大分大きいにゃ! 推定体長4メートル以上!」
「ま、まさかフォレスト・グリズリー……
あれはもっともっと森の奥にしかいないはず!」
「いや村長。
きっとその森の奥の恵みも少なくなっていたんだろう。
収納くん」
(はい!)
「ここから南南東方向の森から出たところに、配合飼料を盥に入れて置いてくれ。
野菜もだな。
熊は雑食だから、飼料や野菜も喰うだろう」
(畏まりました!)
大地はまた村から50メートルほど離れた場所に移動した。
まもなく森から巨大な熊が現れる。
体長5メートル近い熊は、一瞬立ち止まったものの唸り声を上げて大地を睨みつけた。
そうして前足で飼料の入った盥を弾き飛ばし、大地に向かって突進して来たのである。
(食料を粗末にしやがって……
そうかい、闘争本能と飢餓に目が眩んで、どうしても俺たちを喰いたいっていうんだな……
よし!
他者を喰おうとした者は、逆に喰われても文句が言えないってことを教えてやろうじゃねぇか!)