*** 54 白兵戦訓練 ***
数日後。
放課後の大地の教室にガタイのいい生徒たちが5人ほどやって来た。
(またかよ……
あ、でもなんとなくだけど、DQN族じゃないみたいな……)
その中でも一番強そうな奴が大地の前に立った。
「なぁ、君が北斗大地くんか?」
「そうですけど?」
「いやいっぺん君に会ってお礼を言いたかったんだよ」
「?」
「君があの権田のアホウを柔道の授業でブチのめしたんだろ。
俺は柔道部で主将をやってる3年の須崎っていう者なんだけどさ。
その後権田は何故か謹慎処分になって、柔道部の顧問も馘になったんだよ。
あいつって、柔道はてんで弱っちくて俺たちと乱取りすると負けるもんだから、いつも指導なんかしないで威張ってばっかりだったんだ。
あいつがいなくなったおかげで、ようやくまともな柔道の練習が出来るようになったよ」
「まあ僕が何かしたわけじゃないですけど、よかったですね」
「それで、君にお願いがあるんだ。
出来たら柔道部に入って欲しいんだけど……」
「いえ、ほとんど毎日MMAのジムに行ってるんで、それはちょっと……」
「そ、それならさ、一度でいいからあの権田を人間風車にしたっていうツバメ返しを俺たちにも見せてくれないだろうか。
頼む!」
後ろにいた4人ほども主将に合わせて頭を下げている。
(礼儀正しいひとたちだな。
1年生に頼みごとをするのにちゃんと頭を下げられるんだ……)
「わかりました。
ジムに行くまで1時間ほど時間がありますんで、1時間なら」
「あ、ありがとう!」
こうして大地は柔道部に於いて特別レッスンをすることになったのである。
「それではみなさん、よろしくお願いします」
「「「「 押忍! 」」」」
「それじゃあ最初はみなさんに軽く足払いをかけてみますね。
受け身はしっかりとお願いします。
形式は普通の乱取りでいいでしょう」
大地は自重しながら高校生の柔道部員たちをぽんぽん転ばして行った。
中には大きく足を後ろに引いていた者もいたが、それも縮地が残っている大地の敵ではない。
25人の柔道部員を畳に這わせるのに10分とかからなかった……
(うん、みんな受け身は確りしてるな……
受け身がちゃんと出来ないとケガするから)
「き、聞きしに勝る強さだ……
いくら俺たちが弱いからって言っても、君ならインターハイ優勝も夢じゃないんじゃないか?」
「いや、そういう競技とか大会とかにはあんまり興味が無いんです。
MMAの大会にも出て無いぐらいですから」
「そ、そうか……」
「それじゃあ次は『ツバメ返し』をお見せします。
みなさんわたしに足払いをかけて来てください」
「お、おう……」
柔道部員たちは、大地に足払いを掛けるたびに返されて、空中でくるくる回っていた。
やはり返し技の方がその威力が大きくなるようだ。
もちろん大地は手を添えて、彼らが頭から落ちたりしないようにしている。
「す、すげぇ……」
「人の体があんなに簡単に回ってる……」
「な、なあ、MMAにもツバメ返しってあるのかい?」
「まあ似たようなものはありますね。
あちらは足払いではなくローキックですけど」
「す、すまんがもう一度全員にツバメ返しをかけてもらえないか」
「ええ、構いませんよ」
「みんな、よく見ておくんだぞ。
特に北斗君の重心の位置や足の出るタイミングだ。
瞬きしてるヒマはないからな」
「「「「 押忍! 」」」」
「な、なんとなくだけど見えた……」
「すげぇ…… あれが完璧なタイミングか……」
「それじゃあみなさん、そろそろ時間なんでこれで失礼させて頂きますね」
「な、なあ。北斗君はこれからMMAのジムに行って訓練をするんだろ?」
「ええ」
(まあ、訓練をするって言うより、実際には『訓練してあげてる』なんだけど……)
「そ、それさ、俺たちも見学させてもらうわけにはいかないかな?」
「「「 お願いしますっ! 」」」
(確か今日の予定は最初に外で特殊部隊員さんたちとの訓練だったな……
あそこなら見学用のスタンドもあるし、大丈夫だろう……)
「ええ、ジムの師範に頼んでみます。
たぶん大丈夫ですよ」
「「「「 あざーすっ!! 」」」」
伴堂師範は大地の頼みを快く了承してくれた。
「そう、大地ちゃんの高校の柔道部のひとたちなのね。
だったら見学はスタンドからじゃあなくって、グラウンドに降りて見たらどうかしら。
その方が臨場感があっていいわよ♪」
「ありがとうございます」
実はジムにとってこうした高校生は優良ターゲットである。
大学生や社会人になっておカネを手にした後、正会員になってくれる可能性の高い者たちだからである。
(さすがは大地ちゃんね♪
見学の高校生が25人も……
このうち半数でも大学生になってバイトを始めて正会員になってくれたら……
ジムの月収20万円増しね。
しかも追加費用はほとんど無し!
ぐふふふふふふ……)
伴堂師範の目が『¥マーク』になっている。
大地たちはジム裏のグラウンドに出た。
すぐに10人の兵士たちが走り寄って来て大地の前に整列する。
『全員揃っております、教官殿!』
兵士たちの体躯は皆巌のようだ。
体重もほとんどの者がスーパーヘビー級である。
さらに顔や裸の上半身には無数の傷跡が走り、その風貌は真の強者の持つ実力を存分に秘めたものだった。
その兵士たちが、大地の目の前で綺麗に整列し、足をやや開いて手を後ろに回し、視線をやや上方に向けて教官である大地に敬意を示していた。
聴力強化している大地の耳に、柔道部員たちが唾を呑む音が聞こえる。
『みなさんこんにちは。
すみません、今日は私の知り合いたちが大勢見学に来てるんです。
よろしくお願いします』
兵士たちは目だけで高校生たちを見た。
柔道部員たちは思わず全員一歩下がっている。
『えーっと、今日の訓練メニューは……』
『教官殿!
本日のCQC訓練はまず1対10の格闘戦であります!
その次は模擬ナイフを持ったやはり1対10の戦い。
そして最後は、防具をつけて模擬サーベルを持った1対10の戦いであります!」
『そうでした。
それじゃあまず格闘戦からですか。
皆さんは拳を保護するためのMMA用オープンフィンガーグローブを着けてください。
それからラグビー用のヘッドガードも。
わたしは、皆さんに怪我をさせないように8オンスのボクシング用グローブをつけて、足にもシンガードを巻きますね』
軍曹がにやりと笑った。
『教官殿!
訓練で痛い思いをするのは我々兵士の給料の内であります!
さらに我々のモットーは、『訓練で泣いて戦場で笑え』でありますっ!』
『はは、さすがですね。
それでは始めましょうか』
高校生たちには大地と兵士たちとの英語での会話は理解出来なかった。
だが……
大地を取り囲んだ10人の兵士たちが、それぞれファイティングポーズを取るのは良く見えている。
闘争心がオーラとなって立ち上り始めているのも。
また、既にタマちゃんが治癒系光魔法を常時展開してくれているので、大地は手加減せずに存分に戦えるだろう。
見返りは最高級ササミ肉とショートケーキなので、これほど安いものも無かった。
この白兵戦訓練には開始の合図は無い。
戦場にそんなものは無いからである。
声も無く音もなく、大地に向かって5人の兵士たちが四方八方から飛び掛かって来た。
残りの5人は敢えて1歩遅らせて、最初の5人の後に続いている。
これは彼らの教本にも載っている多対1の戦いの基本形だった。
大地は最初の5人の内の1人に縮地で迫り、姿勢を低くして足元にローキックもどきの激しい足払いをかけた。
宙に浮いて半ば回転している兵士が、反対側から迫っていた兵士に頭からぶち当たる。
そのときには既に大地の拳が横にいた兵士のレバーに突き刺さっていた。
すぐ横から迫って来ていた兵士は、後ろを向いたまま下方から突き上げた大地の踵で顎を跳ね上げられている。
踵落としならぬ踵跳ね上げである。
レバーを押さえて蹲る兵士に躓きかけていた者の後頭部には、大地の回し蹴りが入っていた。
(これで一方が開いたな……)
その隙間を埋めようとして回り込んで走っていた兵士の前方に、縮地を使った大地が突然現れた。
走っていた勢いのまま、カウンター気味に大地のストレートが顔面に入った兵士が半回転して後頭部から地面に沈む。
最初に足払いローキックで転がした兵士がようやく起き上がろうとしていた。
またも縮地で迫った大地の右足が、その兵士の水月に入る。
その足をそのまま落として、ぶつかられてまだ地面にいた兵士のレバーも貫いた。
MMAルールではグラウンド状態の相手をキックで攻撃するのは反則だが、これは殺し合いのための近接白兵戦訓練である。
文句を言うものは一人もいない。
その隙に後ろから大地に迫っていた男のテンプルに、大地の後ろ回し蹴りが入った。
(これで残り4人……)
その4人は大地の前後左右を固めた。
こうした場合のセオリーは、敵の背中を見ている者が最初に攻撃を仕掛けることである。
逆に大地は前方に飛び、慌てた相手のガードの隙間から顎にワンツーを入れた。
フリッカーも入っていて、相手の兵士の膝がくしゃっと崩れてその場に沈む。
後方から迫って来ていた兵士には、ミドルの後ろ回し蹴りを放って水月を迎撃した。
(あと2人……)
その2人は、ほとんど動いてもいないのに額から汗を流していた。
(( き、教官殿の隙が全くわからねぇ…… ))
敵が2人になれば、縮地の使える大地には各個撃破は容易である。
すぐに2人も地面に沈んだ。
この間僅かに45秒。
まさに世界最強の男の為した神業だった……
見学者たちの口は大きく開いている。
5分ほど経つと、兵士たちはようやく立ち上がり始めた。
『教官殿……
こ、講評をお願いいたします……』
『そうですね、みなさん大分動きが速くなって来ました。
ですが、移動するときは、重心をブラさないようにもう少しだけ歩幅を小さくされた方がいいと思います。
それから、走りながら攻撃しようとすると、やはりどうしてもガードが疎かになってしまっていますね。
攻撃に走るスピードはあまり必要ではありません。
それよりも初撃は主にキックに任せて、腕は上半身の急所をガードしている方が有効だと思います。
例えばピーカブースタイルのまま走るとか。
ということでですね、実は本気の戦闘のときの姿勢って、あんまり格好良くないんですよ。
ピーカブーのままちょこちょこと走るとか、けっこうヘンですよね。
でも、その方が実戦には向いてるんで、是非試してみてください。
以上ですかね。
それにしてもみなさん向上が早いですねぇ』
『教官殿に敬礼っ!』
10人の猛者たちが、ややフラつきながらも大地に敬礼した。
当初は大地も真似して敬礼を返していたが、民間人は敬礼の必要が無いと言われて、今では胸に手を当てて敬礼に応えている。
ここで、ギャラリーの高校生たちには、大地が訓練をするためにジムに来たのではなく、訓練をしてやるために来たのだということがようやく分かったらしい。
全員の目が見開かれていた。