*** 53 恐怖の幻覚魔法(オプション付き) ***
橋の下では大地が18人の高校生に囲まれていた。
(E階梯の平均は1.2か……
知的能力もけっこう低いようだし、やっぱり攻撃性が人に対してのみ発揮される連中か……)
(ダイチー、この場所に『隠蔽』と『遮音』を掛けといたから、思う存分暴れられるにゃよー♪)
(ああタマちゃん、悪いんだけど、ついでにエリクサーも用意しておいてくれるかな。
うっかり殺しちゃわないように)
(それにゃら、あちしの『治癒系光魔法Lv8』をしばらく常時発動しておくにゃ♪
痛みはそのままのやつで♪)
(ありがとう)
(どういたしましてにゃ♪)
「さてみなさん、準備はいいですか?
あ、さっきも言ったようにエモノを使ってもいいですよ。
もっとも武器を持ってる人ほど手加減は出来なくなりますが」
「こ、こここ、この野郎ぉ――――っ!
言わせておけば頭に乗りやがってぇ――――――っ!」
「はいはい、能ガキはいいから早くかかって来なさい。
まったくいつも口だけなんだから……」
「も、もう勘弁ならねぇ!
うおぉぉぉぉぉぉぉーっ!」
「それにしても、いちいち大声出して自分を鼓舞しないと戦いも出来ないんですかねぇ……
本物の戦場では、兵士は声も音も出さずに敵を殺すんですよ……」
1分後……
その場には大地以外の全員が倒れていた。
一人平均で3か所ほど骨折し、平均2か所ほど内臓も破裂していたが、タマちゃんの光魔法で既に完治している。
まあ、痛みだけは残っていたが。
「「「「 ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…… 」」」」
(ジャッジくん、こいつらにはもう少し罰が必要だと思うんだけど……)
(同感です。このままではまた罪を繰り返すでしょう)
(どんな罰がいいかな)
(恐喝の回数と同じ数の骨折などは如何でしょうか。
このE階梯の低さでは、他人の痛みを知るためにはまず自分で経験する必要があるでしょう)
(んー、じゃあそうしようか)
「さて、これからが本番です」
(詳細鑑定……)
「ああ、あなた、カツアゲ12回もしてたんですか。
それじゃあ骨折12か所の刑になります」
バキボキメキグシャボキボキ…………
「ぐぎゃぁぁぁぁぁっ!」
「あ、あなたは15回ですね。
それじゃあ両手の指全部と肋骨5本で」
ベキベキベキベキベキ……
「あぎゃぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!」
「あー、あなたは32回もですかぁ。
こりゃ痛いぞぉ」
メキョメキョメキョメキョメキョメキョ……
「ひぎいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ―――――っ!」
・
・
・
「ふう、ようやく終わりましたか」
辺りにはうめき声と悪臭が充満していた。
どうやらみんな、各部の括約筋の力が弱かったらしい。
(それじゃあ仕上げに……
『幻覚』魔法オン。
発動条件:他人を脅して従わせようとしたとき。期間:無期限。
激痛&括約筋脱力オプション付き。
さらに『痛覚増大5倍』常時展開……)
「最後に皆さんよく聞いて下さい。
わたしはこれから至誠会の青嵐市支部をぶっ潰して来ますから。
確か事務所は本町2丁目の角のビルでしたよね。
ですから、これからはもう上納金は払わなくてもいいですよ。
それじゃあまた学校でお会いしましょう♪」
その後しばらくして、涙目になりながら川縁でズボンとパンツを洗っていた高校生たちがいたそうだ……
彼らは、何故自分たちの怪我が治っていたかを不思議には思っていたが、洗濯が忙しくてあまり考えているヒマは無かったらしい……
大地は歩きながらジムに電話を入れた。
「すみません、大地です。
ちょっと野暮用が出来たんで30分ほど遅れます。
いえ、今日は一般会員の方のレッスンはありませんので、申し訳ないんですけど特殊部隊の方々には少し待っていてもらうようにお伝え願えませんでしょうか。
延長してレッスンしますんで。
はい。
用事はすぐに終わると思いますんで。
すみません、よろしくお願いします」
大地は本町2丁目の至誠会事務所に入って行った。
既にビルにはタマちゃんが『遮音』の魔法をかけているし、大地本人には『認識阻害』の魔法もかかっている。
「こんにちは。組長さんはいらっしゃいますか?」
「誰だお前ぇは!」
「いや、名乗るほどの者じゃあありません」
「おい! シキテンはどうした!」
「た、確かサブが当番で……」
「そういえば、階段の前におひとりいらっしゃいましたけど、なんか寝てましたよ?」
「見て来いっ!」
「へいカシラっ!」
「て、ててて、てぇへんです!
サブの野郎、ボコボコにされて気絶してやすっ!」
「おいガキ…… なにしに来やがった……」
「んー、お宅の業界用語では『カチコミ』っていうのになりますかぁ。
まあまずは平和的にお願いをしてからになりますがぁ」
「なんだと…… 死にてぇのかキサマ……」
(E階梯はマイナス1.2か……
つまり他人を不幸にしないと自分は楽しめない奴か。
はは、だからヤクザなんていう最高の適正職業に就いてるんだな)
「いやね、お宅のお身内の本郷さんっていう方が、ケツモチしてやる代わりに高校生DQNたちにカネをせびってるんですよぉ。
だから組長さんに言って、それを止めさせてもらいたいんですけどぉ。
ところで組長さんはご不在ですか?」
「正気かお前ぇ……」
「さっきそこのチンピラさんがあなたのことカシラって呼んでましたよね。
っていうことはアナタが若頭さんなんですか。
でもちょっと貫目が足りないみたいですんで、やっぱり組長さんに直接頼んだ方が良さそうですね♪」
「おい…… 手前ぇらこいつをブチ殺してコンクリ詰めにしろ……」
「「「「 へいっ! 」」」」
「あー、やっぱ交渉決裂ですかぁ。
仕方ない、それじゃあゴロマキですね♪」
それから3分後、組事務所には6人のヤクザが転がっていた。
全員合わせて骨折は50か所もあったが、命に別状は無いようだ。
辺りには木刀や日本刀などの残骸も散乱している。
事務所には排泄物の臭気が充満していたが、大地だけは風魔法で新鮮な空気を呼吸していた。
また、全員の額には火魔法で「チンピラ」と焼き印が押されている。
「さて、組長さんはどちらですか?」
「ぐぅぅぅぅぅぅ…… て、手前ぇ覚えてろよ……
地の果てまで追い詰めてヤクザの恐ろしさを教えてやる……」
「痛覚2倍増……」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ―――っ!
痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇぇぇぇぇぇぇ―――っ!」
「組長さんはどちらですか?」
「や、ヤクザ舐めんじゃねぇっ!」
「痛覚3倍増……」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――っ!」
さてと、『治癒系光魔法』はかけたな。
後は『幻覚魔法』をかけてと。
今後誰かを脅したりしたら、さっきの痛みが襲ってくるやつで、期限は無期限にして。
ついでに痛覚10倍増も常時展開で……
後は、万が一俺が特定されると面倒だから、事務所内にクリーンの魔法をかけて、俺の痕跡も消しておくか……
「ダイチお疲れさんにゃ。
それで組長さんの居場所は聞けたのかにゃ?」
「うん、最近のヤクザ屋さんは根性が無くなってるのかな。
痛覚5倍増にして、上限は100倍増だって教えてあげたら全部教えてくれたよ。
東京の本家に親分さんたちが集まって集会やってるそうなんだ。
それでその本家って、静田さんの会社の東京支店からそんなに遠くないところにあるみたいだね。
タマちゃん、じいちゃんがその支店に転移マーカー付けてたりしないかな?」
「シズタの会社の支店の玄関前にはほとんど全部つけてあるはずにゃから、『認識阻害』と併用すれば転移OKにゃね」
「それじゃあ、ジムのコーチが終わったら、東京に転移しようか」
「うにゃ♪」
その日のジムでのコーチングが終わった後……
特殊部隊の兵士たちは疲れた体を休めながら話をしていた。
「なあ…… 今日のリーサルボーイの戦闘訓練……
いつもよりずっと強烈だったよな……」
「ああ、マジ死ぬかと思ったわ……」
「なんかさ、いつになく気合が入ってたっていうか、何かに静かに怒ってるみたいだって言うか……」
「俺たちにじゃあなくってなんかに腹を立ててたみたいだ……」
「うん、その腹を立てられてたヤツらはご愁傷様だな……」
「人類史上最強を本気で怒らせるなんて、そいつらもアホなやつらだわ……」
「それにしても、あれだけ殴られても蹴られても誰も骨折してないのか?」
「俺、水月にパンチ入れられたとき、確かに内臓がイっちまった感触があったんだけど、今はなんともないわ……」
「そうか、超絶強者は手加減も超絶的だったのか……」
「すげぇな……」
「上にゃあ上がいるもんだ……」
「ああ、勝てる気がまったくしねぇ……」
いや違うからね。
単なる治癒系光魔法だから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
「「「「 うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」」
「「「「 げぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」」
「「「「 どぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」」
「それじゃあ、親分さんと幹部のみなさん、もう2度と構成員にカツアゲなんかさせないでくださいね。
もちろん未成年の準構成員にも。
それから念のため、たった今から上納金は今までの10分の1にしてください。
上納金が高すぎるから構成員が無茶やらかすんですよ。
そうですね、これからはせいぜいみかじめとキリトリぐらいをシノギにされるよう通達されたらいかがですか?
それでも上納金が10分の1ならなんとか払えるでしょう。
ところで、万が一この命令を反故になんかしたら、今とおなじ痛みが襲って来ますからね。
それでは、またお会いすることが無いことをお祈りしております」
親分衆の額にはやはり『チンピラ』という焼き印が押されていて、大広間はこれもやはり排泄物の悪臭に満ちていた。
全ての銃器の銃口は何故か土で塞がれており、いくつかは暴発していて持ち主の指を何本か吹き飛ばしている。
翌日、至誠会本家では、大広間の畳がすべて交換され、清掃業者が入って徹底的な清掃が行われたとのことである。
そして翌日以降。
ヤクザ屋さんの幹部の多くは大地の言ったことを信じてはいなかった。
また、本家ではガキ1人を相手に醜態を晒したが、幸いにも組の若い連中には見られていない。
或る組では額に包帯を巻いた親分が子分たち全員を集めて吼えていた。
「手前ぇら、今月の上納金は5割増しだ!
もし1円でも未達の野郎がいたら指だけじゃあ済まねぇぞっ!」
まあガキに酷く痛い目に遭わされた上に説教までされたので、反発心もあったのだろう。
だが……
「な、なんだ? な、なんか痛ぇぞ……
う、うぎゃぁぁぁぁぁぁ―――っ!
痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇぇぇぇぇぇ―――っ!」
「「「 お、親父っさん? 」」」
突如としてその場でのたうち回り始めた親分を見た子分たちは困惑した。
しかも……
ブリブリブリブリブリ……
じょびじょばばばばばば……
「「「 う、うわぁぁぁぁっ! 」」」
そう、こうしてこのDQN群れのボスの権威は崩壊していったのだ……
また……
翌日夜、青嵐市内の繁華街で肩を揺すりながら歩く数人の高校生DQNたちがいた。
彼らはたった一人の新入生にボコボコにされてしまったフラストレーションにかなりイラついていたようだ。
「おい、あそこに西高の奴がいるぜ……」
「ああ、囲んでカネ巻き上げるか……」
「出来れば少し抵抗して欲しいもんだな」
「ああ、誰かをぶん殴りたくてしかたねぇわ……」
だが……
「「「 うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」
ぶりぶりぶりぶりぶり……
じょびじょばばばばば……
よりによって繁華街のど真ん中で暗黒歴史を作ってしまったDQNたちは、その後しばらく他人の笑い声にちょー敏感になってしまった。
テレビのお笑い番組すら見られなくなったらしい。
そうして自分を笑ったと勘違いした相手を殴ろうとするたびに、暗黒歴史を塗り重ねっていったのである……
さらに……
その日以降、青嵐市やその周辺では不思議な都市伝説が広まり始めた。
曰く、『市内に於いて、アタマに包帯を巻いている者か、キャップやワッチを深く被っている者の多くはヤクザである』
曰く、『突然絶叫して糞尿を撒き散らす者はDQN高校生かヤクザである』
曰く、『何かにぶつかったりしたときに、有り得ないほど絶叫して転げまわりながら痛がる者もDQN高校生かヤクザである』
曰く、『なんだか急に繁華街でDQN高校生たちを見かけなくなったし、ヤクザ屋さんたちは働かなくなって来た』
という話であった……