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*** 51 或るスライムの生涯 ***

 


 収納庫内ダンジョンに体感時間で3か月籠り、死にまくってレベルを上げて『異世界言語理解Lv3』を取得したスラくんは、ようやく外に出て来た。


 そうして彼は、頭の上に浅い籠を乗せ、それが落ちないように紐で頭に縛り付けて歩いていたのである。


 その籠には周囲に窪みが10個ついていて、その中にはぷよぷよとした小さなスライムの子供たちが納まっていた。


(スラ兄ちゃん、こんどはあっちに行ってー♪)


(その次はあっちー♪)


(もっと速くー♪)




(いいなぁー……)


 ぱしん!


(痛てっ!)


(なに羨ましがってるのよスラ太!

 あなたはもう子供じゃなくってお父さんなんだからね!)


(はいはい……)




 スラ太とスラリンの会話を聞いていたスラくんは、たまにソンブレロみたいな巨大な籠を被って歩くようになった。


 直径1メートルもあるその籠には、大きな窪みが10個と小さな窪みが10個ついていて、その全てにスライムたちが納まっていたという……


 だが、さすがにビッグスライムに進化し始めていた親たちは重い。

 スラくんは赤い顔をしながらふらふらと歩いていた。



 そして……

 その姿を羨ましそうに眺めるスライムの子供たちがいたのだ。

 そう、1年前や2年前に既にダンジョンで生まれていた子供たちである。


 見かねた淳もスラくんを手伝うようになった。

 2人の頭の上の籠には山盛りになったスライムたちがいる。

 見た目はかなり異様である。



 さらに……

 それを羨ましそうに眺める、ゴブリンやケイブバットやホーンラビットや、その他多くの種族の子供たちがいたのだ!

 中にはゴーレム族の幼児まで!



 見かねた大人たちの何人かが手伝ってくれることになった。

 特にオークやオーガやゴーレムやラプトルたちは、子供たちが何人上に乗ろうがまったく苦にしない。


 それぞれの体にはネットやハンモックやおくるみが装着され、やはり山盛りになった乳幼児たちが群がっている。

 遠目には、中心にいるのがどの種族の大人なのかも不明になっているほどで、まるで乳幼児の塊が移動しているような異様な光景だった。



 こうして毎日朝8時半から3時間ほど、モン村の乳幼児たちは当番制になった大人たちに遊んでもらえるようになったのである。

 お遊びの後は大地や淳たちからおやつも振舞われた。



 おかげでその間、モン村のお母さんたちは果樹園や畑の仕事に出かけられるようになっている。


 そう……

 これこそは、アルス初の『保育園&幼稚園』の萌芽だったのだ!


 そしてそれはスラ太の『いいなぁー……』という一言から始まったのである!





 淳やスラくんがいないときには、スラ太自身が子供たちと遊んでやることもあった。


 ぷよんぷよんぷよんぷよん。


(きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪)



 そう、スラ太の上で子供たちが跳ねているのである。

 スラ太の弾力を利用していつもの何倍も跳ねることが出来るので、子供たちも大喜びだ。

 しかもこれは、スライムの移動術の基本である跳ねるという行為の練習にもなっていた。



(((( いいなぁ…… ))))


(( みんなも、おいでよぉ♪ ))



 いつの間にか、スラ太の周囲には同期のスライムの子供たちが並んでいる姿があった。



 ぷよんぷよんぷよんぷよんぷよんぷよんぷよんぷよん。


((((きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪))))


 スラ太、大人気である。



 そして……

 その姿を、鍛錬を終えて戻って来たモン村保育園・幼稚園の園長であるスライム大好きスラくんが、恍惚の表情で見ていたのである……

 ちょっとだけヨダレも垂れていた……




 おかげで……


「さあみなさん、今日はスラ太おじちゃんに遊んでもらいますよぉ。

 みんなでスラ太おじちゃんにご挨拶しましょう♪」



 ぼ、ボクまだ召喚されて1年も経ってない『お兄さん』なんだけど……



「「「「 スラ太おじちゃん、よろちくおねがいちまぁ~ちゅ♡ 」」」」


(あ、ああよろしく)



「それじゃあみなさん、スランポリン(・・・・・・)の前に小さい順に並びましょう♪」


「「「「 はぁ~い♡ 」」」」



 各種族の子供たちがスラ太に乗って跳ね始めた。


 びよん、びょん、びょん、びょん。


(ぐおっ!)(ぐおっ!)(ぐおっ!)(ぐおっ!)


「「「 あはははは、スラ太おじちゃんおもしろぉ~い♪ 」」」



(い、いやあの、ウケるために出してる声じゃないんだけど……)



 やはり子供たちにとって、行動には効果音が伴う方が楽しいらしい……



 列はどんどん進んで行って、年長さんが跳ね始めた。


 どん、どん、どん、どん。


(ぐえっ!)(ぐえっ!)(ぐえっ!)(ぐえっ!)


「きゃはははははは―――っ!」



 そして最後は……


(げっ! ご、ゴーレム族のレム子ちゃん!)


「あ、あの…… やっぱりわたし重いからだめでしゅか?」


 レム子ちゃんは泣きそうだった。


(い、いや大丈夫だよ! スラ太お兄さん(・・・・)は強いんだ!)


「あいがとう!」


 ぱぁぁぁっと笑顔になったレム子ちゃんがスラ太に乗って跳ね始めた。


 どごん、どごん、どごん、どごん。


(ぶぎゅぅっ!)(ぶぎゅぅっ!)(ぶぎゅぅっ!)(ぶぎゅぅっ!)



「お、おじちゃん大丈夫?」


(あ、ああ、お兄さん(・・・・)は、強いからだいじょうぶだよ……)


「わーい、おじちゃんほんとに強いのねぇ♪

 それじゃあもうちょっと高く跳ねてもいい?」


(あ、ああ……)



 と、レム子ちゃんが高く跳ね始めたそのとき、スラ太の体が光に包まれた。


 その光が収まると、またひとまわり大きくなったスラ太がいる。


「すっご~い!」


「スラ太おじちゃんが進化したぁ♪」


「あたち、大人が進化するところ見るの初めて♡」


「「「「 わぁぁぁぁぁぁ~! 」」」」


 ぱちぱちぱちぱちぱちぱち……



 な、なんというありがたみの薄い進化だ……

 幼児に上で跳ねられたのを、攻撃を受けても耐え続けたと判断されたとは……




 その日の夜、スラ太の家では……


(ねえねえママ、パパって幼稚園では大人気なんだよ♪)


(それに今日みんなの前で進化して、すっごい拍手と歓声を浴びてたの♡)


(それにこんなに大きく進化もしてるし♪)


(ふふ、さすがはママの選んだ旦那様ね♡

 ママも鼻が高いわぁ♪)



 因みにスライムに鼻は無い。



(スラリン…… 代わってあげようか?)


(い、いえいえいえいえ、あたしはみんなと一緒に畑で雑草を食べる仕事があるから……)


(……………………)




 翌日スラ太はスライム族の族長に呼ばれた。


(ただいま参りました族長さま)


(おおスラ太か、よく来てくれた!

 そなたはモン村保育園&幼稚園で子供たちに大人気らしいな。

 今朝の族長会でスラ殿が直々にスライム族にお褒めのお言葉をくださったぞ♪

 わしも実に鼻が高かったわ♪)



 重ねて言うがスライムに鼻は無い。



(は、はぁ……)



(特に子供たちが跳ねるたびにお前が出す効果擬音が子供たちに大人気とのことじゃった。

 他の種族の族長たちにも礼を言われたわ!)



 あれ、擬音じゃないんですけど……



(そこでじゃスラ太、そなたには当分の間、モン村保育園&幼稚園にて専従で働いて貰いたい)


(!!!)


(これはジュンさまとスラさまからのご要望でもある。

 スライム族としては実に名誉なことじゃ!

 よろしく頼んだぞ♪)



(とほほほほほほほほほほ……)




 ドンマイ! スラ太!





 スラ太の活躍などもあり、『モン村保育園&幼稚園』は大成功のうちに始まった。


 半年後には、とうとう初めてのお遊戯会も開催されることになる。


 その客席には、子供たちの可愛らしさに悶え、涙とヨダレを垂れ流している淳とスラくんの姿があるはずだ……




 そして、この時期に発見されたことがあった。

 それは、スラ太の上でいつも跳ねている子は、レベルの成長が早いという事実だったのである。


 スラ太自身は既にビッグスライムからスライムソルジャーに進化していたために、そのスラ太の上で跳ねて遊ぶという行為が、どうやら『遥かに各上の者相手に攻撃をしている』とダンジョンに認識されるかららしい。


 たぶんスラ太自身が『数多くの攻撃を耐えている』と認識されてレベルが上がったことの裏返しなのだろう。


 こうして、スランポリンでのお遊びは、たまのお遊びから必須の日課へと変った。

 まあ、子供たちにとっては楽しければ何でもいいのであって、遊びでも日課でもどちらでもよかったのだが。



 この子供たちのレベルアップ促進という大功績と、スライムコマンダーにまで進化していた実績により、数年後には、引退を表明した族長によってスラ太は見事次期族長に指名されるのである。


 前族長の階級はスライムソルジャーであって、もはやスラ太の階級はスライム族最高になっていたために、誰からも文句は出なかった。


 スラリンのドヤ顔は輝かんばかりである。



 そして、族長となってもスラ太はスランポリンの仕事を続けた。

 まあジュンさまやスラさまよりのご要望もあったのだが。

 おかげですぐにスライムジェネラルにまで進化している。


 そうして、スラ太の上で跳ねて遊んでいた子供たちは、『モン村幼稚園』を卒業し、『モン村学校』に入学し、その後はダンジョン内で仕事を続けて成体になり、やがて結婚して親になっていった。


 そしてその子供たちもまた、スラ太の上で跳ねて遊ぶようになるのである。


 お母さんになっていたレム子ちゃんの子供が上で跳ねたとき、スラ太は感無量だった。


 もはや(ぶぎゅ)などという声は出ないほど強くはなっていたが、声を出すと子供たちが喜ぶために、なるべく苦しそうな声を出してあげている。



 そして…… 

 他の種族の成体たちは、皆子供のころスラ太の上で跳ねて遊んだ楽しい経験を持つため、スラ太は『スランポリンさん♪』と呼ばれて慕われて、とうとう種族会会長にまで栄達するのである。


 まさに人身の極み、い、いやモン身の極みであった。


 スラリンのドヤ顔は止まることを知らない。



 スラ太は、スライムバロン、スライムデューク、スライムキングなどを経て、遂には全てのスライムの至上の憧れである最終進化形、超巨大スライムエンペラーにまで進化していった。


 このころになると、一度に100人の幼児が上で跳ねていても、スラ太自身はうたた寝が出来るぐらい強くなっている。

(100人乗っても潰れない!)



 なにしろ、戦闘スペースで大地とサシで戦っても、1分以上は耐えられるという破格の強さも手に入れていたのだ。


 攻撃手段は、体内に取り込んで窒息させる以外には体当たりしか無かったが、800キロを超える巨体が時速300キロで飛んで来るのである。

 さらに進化に伴って『硬化』のスキルも手に入れたため、岩石並みの固さになってブチ当たって来るのだ。

 普通のモンスターではひとたまりもない。

 また、その分厚い体は大地の魔法ですら1分近く凌げるという凄まじく強靭なものになっていた。


 もはやダンジョンモンスターの中では最強である。




 スラリンは、スライムバロネスで進化が終わっていたために、スライムエンペラーのスラ太よりは寿命が短かった。

 そうして、孫たちやひ孫たちやそのまた子供たちに囲まれた幸せな100年の生涯の後にダンジョンに召されたのである。


(す、スラ 太…… あなた に プロ ポーズ して、 ほんとう に よかった わ♡)


(スラリンスラリンスラリンスラリン!!!

 やだやだやだやだやだぁぁぁぁぁぁぁ―――っ!!!

 死んじゃやだぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!!)


 スラリンは、号泣しながらスラリンの名を呼び続けるスラ太を優しく抱擁しながら、(しょう が ない 子 ねぇ…… よし よし ♡)とやはりドヤ顔のまま言いながら逝った。


 奇しくもプロポーズのときとおなじセリフであった……



 スラ太は体積が半分になるほど涙を流して嘆き悲しんだ。


 そして、ジュンとスラくんにスラリンの魔石を自分に与えて欲しいと願い出たのである。


 やはり号泣していたジュンとスラくんは、一も二もなくすぐにこれを認め、スラ太は愛しいスラリンの魔石を体内に取り込んだのだ。


 スラ太の体の中をよく見れば、巨大な魔石ともう一つの魔石がいつも寄り添っているのが見えたことだろう。




 スラ太はまもなくモン村保育園・幼稚園にスランポリンとして復帰したが、ともすればスラリンを思って泣き出しそうになるスラ太の心を支えたのは、やはり子供たちの笑顔だったようだ。


 こうして、種族会会長になった後も、相談役になった後も、スラ太はモン村幼稚園・保育園で働き続けたのである。


 そうして幸福の内に、エンペラー特性で伸びまくった200年もの寿命を全うすることになる。



 スラ太がダンジョンに召されるとき、その周囲は号泣する500体もの子孫たちと、6500体の園児たちと、かつて幼児期に遊んであげた同じく号泣する5万体のモンスターたちに囲まれているだろう。


 そうした伝説の大族長としてのスラ太の最後の言葉は、『い、一度でいいから誰かの上で跳ねて遊んでみたかった……』になるのだ!





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