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*** 50 スライムくん ***

 


 家に帰った大地に淳から連絡が入った。



「大地くん、先日はありがとう。

 今度もポーションは見事にその効力を発揮したよ」


「それはよかったですね」


「やっぱり彼、泣くほど喜んでたんだ。

 僕は一生の恩人だって」


「ははは」



「と、ところでね、大地くんは以前、『助役の候補者がいたら紹介して欲しい』って言ってたよね」


「はい、確かに言いました」


「そ、それで、彼はかなり有望な候補者だと思うんだ。

 だから、一度会ってみてもらえないかな。

 もし日本人じゃなきゃダメっていうなら、他を当たるけど……」


「いえ、国籍には全く拘りがありません。

 それでは一度、その方に会わせて頂けますでしょうか」


「それじゃあ早速彼の都合を聞いてみるよ。

 大地くんはいつがいい?」


「平日の夕方6時まではジムでレッスンを見ていますから、7時以降でしたらいつでも大丈夫です」


「了解」





 数日後、淳の指定した日本料理屋に行くと、個室では淳と髪がフサフサの青年が待っていた。


「初めまして。

 タイ王国出身のスラークン・イムチャンロンと申します。

 よろしくお願いします」


(!!! 略してスライムっ!

 な、なんという異世界向きの名前だろうか……)



「はは、もちろんスライムとお呼びいただいて結構ですよ」


「いえいえいえいえ、年上の方にそんな!

 あ、わたしは、北斗大地と申します。

 こちらこそよろしくお願いいたします」


「いや実は私の家族内での愛称は、日本語で言えば『スラちゃん』とか『スラくん』という意味だったんです。

 ですから是非『スラくん』とでもお呼びください」


「そ、それでは、『スラさん』とお呼びしてもいいですか?」


「もちろんですよ」




 その後は美味しい日本料理をいただきながら歓談が続いた。


 話題はやはり異世界モノのラノベや『なろう』の話が中心になっている。



(すごいなこのスラさん……

 E階梯が4.9もあるよ。

 ふつー王族とか言ったらもっと傍若無人かと思ってたんだけど、ぜんぜんそんなこと無いし……

 やっぱりタイって仏教が盛んで、王族も徳を重んじた質実剛健な暮らしを旨としているって言われてるからかな……)



「北斗さんも異世界モノはよくお読みになるんですか?」


(さすがのE階梯だ。

 俺がちょっとでも黙ってるとすぐにこうやって話題を振って来るんだな……)



「ええ、淳さんは私にラノベを貸してくれるために、いつも電子書籍ではなく本を買ってくださってましたからね。

 ほとんど全部読ませてもらっていました」


「ほう、それはそれは」


「それに淳さんの卒業レポートも全部読みましたし」


「ああ、あれは素晴らしいレポートでしたねぇ。

 それでは大地さんはどのようなストーリーを好まれますか?」


(このひとの日本語、マジすごいわ。

 さっきから『異言語理解』が全く仕事してないもんな。

 ああそうか、このひとの知的能力も努力する能力も5.0超えてるからか……)



「ええ、主人公がモンスターたちと仲良くして、モンスターや異種族と一緒に楽園を作っていくような内政モノが好きです。

 モンスターを殺しまくってレベルを上げて行くようなモノはちょっと……」


「おお! わたしも全く同じです!

 多分、そうしたジャンルのラノベを読むことで読者は自らの闘争本能を昇華させているんでしょうけど、あまりに残虐な殺戮ぶりに途中で読むのを止めざるを得なくなって、悲しい思いをすることが多いです」


「はは、気が合いますね。

 わたしも全く同じです。

 アリやハチなどの昆虫系は別として、相手が集落を作るような知性あるモンスターならば、当然家族も家族愛も持っているでしょうから」


「よく自分のレベル上げのためだけにゴブリンやオークの集落を探して、『殲滅してやったぜ!』とか得意げに言ってる主人公がいますけど、彼らはその集落に乳幼児や子供もいたはずなのに全て無慈悲に殺した大鬼畜ですよね。

 そういうことを平然と書ける作者はいったいどういう神経をしているのか疑問に思います」


「仰る通りです。

 そうした身内を殺戮されて生き残った種族がヒト族を襲って復讐するのは当然のことでしょうし」


「もしも作者や読者が自分の殺戮願望を満足させたいのなら、スポーツでも格闘技でも自分でやればいいんですよ。

 もしくは格闘技を見に行って、選手に感情移入することで闘争本能を昇華させるとか」


「どうも、自分では全く体を動かさないひとほど『殺戮モノ』を書いたり読んだりするのがお好きなようですね」


「ははは、仰るとおりです。

 なんかサイコパス予備軍の集団みたいでブキミです」


「それにどうやら感想欄に酷い誹謗中傷を送ることだけを目的に作品を読んでいる読者も多いようですね。

 あれも一種の攻撃衝動なんでしょう」


「普通の神経を持ったひとならば、作品の内容に嫌な点があったらそこで読むのを止めるだけだと思うんですけど……」


「ええ、わたしもそうした『途中で読むのを止めた作品』を入れるカテゴリを作ってそこに移しています」


「ブクマは外さないんですか?」


「一度でも読ませて貰った作品ですからね。

 作者さんへの礼儀として、よほど酷いものでなければブクマは外さないんです。

 もちろん完結してもブクマはそのままにしてあります」


「ということは、ブラウザ上のブクマではなく『なろう』にログインした上でのブクマですね」


「その通りです。

 きちんと『なろう』にログインしてブクマしなければ、作品にポイントが入りませんからね」


「実はわたしもそうしているんですよ。

 わたしは常々あのブクマポイントは、演劇を見る際に払う入場料のようなものだと思っているんです。

 まあお金を払う必要はありませんけど」


「はは、それじゃあ評価ポイントは『おひねり』ですか」


「そうです。

 ですから、途中で読むのを止めても完結しても、ブクマは外さないんですよ。

 その劇の内容が期待外れだったり、面白かったけど見終わったから入場料を返せ、っていうのも失礼な話ですからね」


「なるほど。

 それにしても、『読むのを止める』代わりに『誹謗中傷感想』を送り付けて来るひとがいるんですか」


「わたしは『なろう』では、各作品の感想欄は読んだことが無いんですけど、どうやら一部は本当に酷いそうですねぇ」


「そうした方々って、ちょっと『病んで』いませんか?」


「もしくは、あれがいわゆる『ネット弁慶』っていう方々なんでしょう」


「あるいは『病的重度クレーマー』とか。

 聞くところによれば、『どこそこにこんなクレームをつけてここまで詫びさせてやったぜ! どうだすごいだろう!』みたいなことを自慢するサイトまであるそうですし。

 彼らにとってのトロフィーとは、自分の暴言感想で作者の心を折って、何件エタらせたからしいです」


「ははは、いろいろなストレス発散方法があるものですね。

 だから相手が折れたり詫びたりしないと発散出来なくて却って逆上するんですね。

 企業相手に電話でクレームすれば、相手はとりあえず詫びてくれますもんね」


「あれはストレス発散というだけでなく、自己顕示欲も相当に入っているんでしょう。

 虚言症のひとが常に嘘を吐き続けないと窒息感を感じるように、病的重度クレーマーはクレームを吐き続けて自己顕示しないと体調まで悪くなるそうですし」


「そんなに自己顕示したくて文句感想ばっかり書いてるヒマがあるなら、自分で小説を書いて投稿すればいいのに」


「でも、ああいう方々は、クレームは書けてるつもりでも、基本的な文章力は極めて低いみたいですよ。

 丁寧語すら碌に使えないようですし。

 というよりも丁寧語を使った経験が無いのかもしれませんが」


「『ネットでは丁寧な言葉で文章を書いてはいけない』と思い込んでるひとも多いですしね。

 謙譲語や丁寧語を使うと、相手にマウント取られると思い込んでるみたいです」


「そもそも謙譲語と尊敬語と丁寧語の区別が出来るのかも怪しいですし」


「そういう方々は他人の感情を理解する能力も低そうですねぇ」


「病的クレーマーは、ほぼ全員がアスペルガーだと聞いたことがありますよ。

 あの病を患っているひとで、それを自覚出来ているひとはほとんどいないそうですし」


「なるほど」



「そうそう、あの『誤字脱字報告機能』なんですけど、報告の半数は指摘の内容の方が間違っているそうですね。

 ある投稿者さんが指摘の内容が間違っていたんで放置していたら、長大な抗議文が送り付けられて来たそうですし。

 それで辞書の用例欄をコピペして見せてあげたら、『俺もみんなもそんな使い方をしていない!』って書いて来たそうです」


「あはははは、単に自分が無知だっただけでしたか。

 それにしても、他人の間違いを指摘する前に、自分の指摘が本当に妥当なものかどうか調べたりはしないんですかね?」


「そんなことを調べる暇があったら次の指摘をしたいんでしょう」


「うーん、それも一種の自己顕示欲ですかぁ」


「きっと、そのために作品を読んでいるんでしょうねぇ」


「それで自分の指摘が採用されたかどうかもチェックしていて、すぐに変更されないと逆上するんですか」


「まあ、我々平和な読者からすれば理解し難い世界ですねぇ」


「中には『誤字脱字機能』で主人公の名前を変えるように要求して来たひとまでいるそうですよ」


「ええっ!

 そ、そこまでするんですかぁっ!」


「それ以外にも、『これを書け!』『あれを書くな!』『この部分を削除しろ!』『なぜ俺がわざわざ書いてやった意見を採用しないのだ!』とかは、もう日常茶飯事みたいですね」


「それはいったいどんな動機から来ているものだと思われますか?」


「これはもちろん推測なんですが……

 何しろわたしは一度も感想を送ったことがないもんですから。

 ですけどね、彼らはきっと、『どうもありがとうございました!』とか『参考になりました!』って言って貰いたいんだと思いますよ」


「きっと普段お礼を言われるようなことはしたことが無いんでしょうねぇ……」


「それにどうも、『俺は読んでやってるんだぞ!』という上から目線が多いと思うんです」


「読者から見れば『面白い作品を読ませてくれてありがとう!』、投稿者から見れば『読んでくれてありがとう!』っていう対等な相互感謝の関係だと思うんですけど……」



「それにしても、そういうひとたちは、本当になんで自分で創作してみようと思わないんでしょうか?」


「さあ、ひょっとしたら、自分みたいなひとたちから指図や批判を受けるのがイヤだからかもしれませんね。

 もしくは一念発起して投稿してみたけど、どんなに投稿してもブクマが1ケタしかつかなかったんで、人気作品を呪いながらすぐに削除したとか」


「ははは、それで批判文を送り付けまくって他人の作品を貶しまくって、歪んだ『創作意欲』を満足させているんですか」


「批判文でしか創作意欲を発揮出来ないとか……

 病んでますねぇ」


「ええ病んでます。

 だからこそ、読んでいた作品が気に入らない展開になったときに、『読むのを止める』という極めて常識な選択肢を取ることなく、全身全霊を込めた呪詛のような批判文を送り付けて来るんだと思います」



「まあ、大多数は純粋にお話を楽しむ読者なんでしょうけど、どこの世界にもDQNはいるんですね」


「あはははは、相手の顔が見えない匿名の世界で、言葉でしか暴れられないDQNですか。

 相当に病んでますねぇ」


「しかもたぶん自分が病んでいることにも気づけないでいるとか」


「「 ははははは 」」



 さらにいろいろな分野に渡った会話は弾み、2時間の会食はあっという間に終わっている。



 大地と淳は料理屋を出ると、自分たちに『認識阻害』をかけ、アルスに転移した。



「それで、どうだったかなスライムくんは……」


「いいんですか、そんな呼び方して。

 タイ王国って確か王室不敬罪っていう法律がありましたよ」


「いやそう呼ぶと彼は喜ぶんだよ。

 そもそもラノベにハマったのも、スライム好きから来たみたいだし」


「そ、そうなんですか……

 ところであの方は完全に合格です。

 というより、是非助役になって頂きたいと思いました。

 タマちゃんはどう思った?」


「うにゃぁ、ダイチの言う通りだにゃ。

 ダンジョンマスター候補にしてもいいぐらいだにゃあ」


「そういえば、本来ダンジョンマスター候補の選定と勧誘はタマちゃんがやってたんだったっけ」


「そうにゃ。

 あちしやあちしの姉ちゃんなんかの親族がやってたにゃ」


「そ、それじゃあ……」


「ええ、まずは淳さんから勧誘してみていただけませんか。

 少し実情を伝えたあとは、『誓約ギアス』か『短期記憶消去』の魔法をかけることを了承してもらって。

 それから詳しい話をしてあげてください。


 それで、もし助役になることを了解してくれたなら、地球で大学に通うことも構いません。

 なにしろ、この場所と日本は時差がちょうど12時間ですからね。

 睡眠は時間停止収納庫で取れますし、俺と同様学校に通うことも十分可能でしょう」


「了解」





 2週間後、スラくんは淳と共にアルスにやってきた。


「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――っ!」


 そして、彼は5日間使い物にならなかったのであった……





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