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*** 5 揺れてる…… ***

 


 マッパ天使が微笑んだ。


「ところで今日お邪魔したのは、コーノスケさんの唯一の子孫のあなたに御悔みを申し上げる以外にも目的があったの。

 まずは、コーノスケさんの遺産の相続ね」


「あ、あの、遺産相続ならもう手続きは全て終わっていますけど……」


「違うわ。この世界の遺産じゃぁ無くって異世界での遺産のこと」


「い、異世界っ!」


「そう、コーノスケさんは16歳の時にわたしのリクルートに応じて、こことは違うある世界で使徒になって下さったの。

 役職はダンジョンマスターで」


「だ、ダンジョンマスターっ!」


「そうなのよ。

 わたし、神さまから5つほどの世界の管理者になるように命じられてお仕事をしてるの。

 この地球はまあまあ順調に育って来てるんだけど、その中にひとつとても遅れてる世界があるのよ。

 現地名でアルスっていう名前の世界なんだけど」


「アルス……」


「そう、ちょっと気の毒な星なの。

 惑星アルスが星として生まれた時に、近くの小惑星なんかとの合体が激しすぎたのね。月もかなり近くを回っててダイナモ効果も大きいし。


 だから星が冷めて地殻が出来るまでに非常に高温の時代が長く続いて、生命が発生するのにも時間がかかったの。

 それで高温期に惑星内の金属がマントル層に沈んじゃって、地表面の金属資源がほとんど無くなっちゃったのよ。

 あっても火山噴火でマグマが噴出した場所の近くだけ」


「なるほど……」


「おかげで石器時代が長く続いたの。

 最近ようやく青銅器時代になれて、金や銀や銅も貨幣として流通し始めたんだけど、鉄器時代になるのはまだまだ当面先だわ。

 なんで鉄が最後なのかわかる?」


「鉄は金や銀や銅に比べて融点が高いからですか?」


「ふふ、さすがはコーノスケさんのお孫さんね。

 銀の融点は961度、金は1064度、銅は1084度だけど、鉄の融点は1536度にもなるからね。

 だから耐火煉瓦やコークスや大型のふいごみたいな技術革新が無いと普及しないのよ。

 一部のドワーフ族が鉄の精錬に成功しているんだけど、彼らはその技術を厳重に秘匿してるし」


(ドワーフもいるんだ……)



「しかもただでさえ惑星表面の金属資源は少ないしね。

 だからダンジョンのドロップ品として、鉄を始めとする金属製品を授けてあげようとしたんだけど、これが上手くいかなかったの」


「なんで直接授けなかったんですか?」


「わたしも一応神の使いだから、直接世界に恩恵は施せないのよ。

 だから、ダンジョンでモンスター相手に頑張ってくれたひとに、そのご褒美としてドロップ品を与えるの。

 何事にも代償は必要ですからね」


「なるほど……」


「でもね、この試みを始めたのは500年ほど前だったんだけど、正直上手くいってなかったの。

 いいえ、実際には大失敗だったわ」


「なんでですか?」


「最初は現地の好奇心旺盛なヒューマノイドたちが大勢訪れてくれて、それで頑張ってモンスターを倒した人にさまざまなドロップ品を授けてあげたわ。


 例えば『魔法のスクロール』だったり『スキルのスクロール』だったり『鉄の道具』だったり。

 そうすれば地表にいるモンスターや野獣と戦えるようになるし、畑ももっと広げられるようになると思って」


「魔法…… あるんですか」


「ええ、惑星アルスの大気や地殻にはマナが満ち溢れてるから、スクロールさえあれば初歩的な魔法を使えるようにしてあげたの。

 まあ、金属資源に乏しいハンデキャップを補うための手段でもあるわ。

 マナが多いせいで動物がモンスター化するっていうデメリットもあったから、魔法も必要だと思ったのよ。


 それで最初の頃には大勢の人がダンジョンに挑んで、その中でも生き延びてダンジョン内のモンスターを倒せたひとが魔法やスキルや道具を手に入れて……

 そういう人たちの中には、それらを使って栄えたひともいたわ。


 そして、そのひとが中心になってムラが出来て、それが大きくなってマチになって。

 マチがさらに大きくなってクニって呼ばれる集団も出来て行ったわ」


「豪族の誕生ですか…… 日本の大和朝廷成立前ぐらいですかね」



「そんなカンジね。

 でもその後は、せっかく授けた鉄製のすきくわや三又フォークなんかを武器にして大陸中で紛争状態になっちゃったの。


 わたしたちもヒューマノイドの闘争本能を甘く見てたのよ。

 特に酷かったのはアルスの中央大陸だったわ。

 たったの5年で当時の人口が3500万人から2800万人に減ってしまったんですもの」


「700万人も死んだんですか…… それは酷い……」


「ええ、まるで地球でダイナマイトが発明された後の戦争みたいだったわ」


「ですが……」


「そう、ダイナマイトは地球人の発明で、使用したのも地球人ですものね。

 でもアルス中央大陸の戦争責任は、元はと言えばダンジョンであり神界ですもの。

 神界がダンジョンなんか導入しなければ、あそこまで悲惨な事態にはならなかったはずだわ」


「…………」



「しかも当時の担当天使と宙域管轄神の報告が遅かったせいで、その後の5年間でさらに300万人も亡くなったの。

 きっとみんな神界とダンジョンを呪いながら死んでいったことでしょうね……」


「……それでその後はどうなりましたか?」


「もちろん神界は大騒ぎになったわ。

 アルスの担当天使は天使威を剥奪され、宙域担当神も神威を剥奪されて永久追放されたの。

 それ以外にも大勢の神や天使が処罰されたわ。


 わたしはその後任なの。

 ダンジョン政策もすぐに変更されて、ダンジョンのドロップ品や宝箱の中の武器になるような鉄製品の量を減らしたのよ。

 魔法もダンジョンの外では生活魔法以外は使えないようにしたし」


「でもそれじゃあ……」


「ふふ、さすがはコーノスケさんのお孫さんね。

 もちろん、そうしたらダンジョンに入るひとが極端に減っちゃっただけだったの。

 状況はほとんど変わらなかったわ」



「ところで外では、そうした豪族たちが統一王朝を打ち立てて平和にならなかったんですか?

 大和朝廷や鎌倉幕府みたいに規模が小さいのはともかくとして、徳川幕府みたいな中央集権体制で」


「それには長い時間がかかるわ。

 それに狭い日本と違って広い大陸内だから、遠征や連絡も大変だったのよ。

 一番大きなクニでも日本の半分ぐらいの広さね。


 そうそう、そうしたクニでは初代王の偉業を讃えて魔法伝説が残されてるわよ。

 まあみんな大したものじゃないけど。

 それから城の宝物庫には、初代王の鉄製武器が飾られていたりするわ。

 神から授かった『聖なる武器』として」


「そ、それってまさか……」


「ええ、あなたから見れば単なるくわね。

 なんだかエクスカリバーとか大仰な名前をつけて、黄金の台座に乗せて飾られてるわ」


「せ、聖鍬せいくわエクスカリバー……

 とほほほほ……」



「それでダンジョンに挑戦するひとが減っちゃったんで、アルスの進歩もまた停滞しちゃったの。

 やっぱり神や天使やダンジョンコアが、ヒト族や獣人族なんかの現地種族じゃなかったから、原住民の行動が読めなかったのね」


(獣人もいるのか……)


「だから、480年ほど前からこの地球や他の世界の住民をダンジョンマスターとしてリクルートして、アルスに送り込むようにしたんだけど……」


「それも上手くいかなかったんですか?」


「ええ、やっぱりダメだったの。

 だってみんな魔法だ剣の天才だ俺TUEEEEだとか言って、自分のことしか考えなかったんですもの」


(やっぱりそうなるか……)



「中にはダンジョンから出て自分の王国を作ろうとした莫迦者までいたわ。

 450年前の日本人だったんだけど、『この地に我が領地を打ち立てるのじゃ! さすればワシも大名、いや幕府を起こして将軍に成り上がれるわい!』とか言って。

 まあそういう輩は、最初の殺人を犯そうとしたときに私が排除したけど」


「排除……ですか」


「ええ、神界の怒りとしてっとい雷を落としてやったの。

 消し炭しか残らなかったわね」


(こ、怖ぇ~……)



「だから、その後はダンジョンマスター候補者の人柄を重視することにしたの。

 そしたら多少はマシになったんだけど、でもどの大陸でもダンジョンによる恩恵はほとんど広がって行かなかったのよ。

 しかも数は多少減ったとはいえ、中央大陸では戦争は収まらなかったし」


「神の怒りの雷は落とさなかったんですか?」


「あれは神界が連れて行ったダンジョンマスターだったからだもの。

 神や天使がアルスの住民を直接殺すことは出来ないわ」


「なるほど……」



「その後は長らく停滞の時代が続いたの。

 どんなにダンジョンのドロップ品を工夫しても、ほとんど誰もダンジョンには入ろうとしなかったし。

 いくらダンジョンマスターを交代させても無意味だったし。

 あと500年努力して、それでダメだったらダンジョン廃止論も出ていたぐらい」


(さすがは神界、タイムスパンが長いわ……)



「でもそのマスターたちの中でも、飛びぬけて優秀だったのがコーノスケさんだったの。


 アルスには大きな大陸が3つあって、そのそれぞれにダンジョンがひとつずつあるんだけど、コーノスケさんにはそのうちの南の大陸にあるダンジョンを任せたら、20年ほどでダンジョンに挑む人が激増して、紛争もほとんど無くなって、生活も大幅に改善したのよ。


 50年後には人口も3割近く増えてたし、80年前には1500万人だった大陸人口が、今では2500万人にもなっているんですもの。

 もちろん生活環境も大幅に改善されて」



(さすがはじいちゃん)



「どうやったんですか?」


「ふふ、それはたぶん遺産の中の手記に詳しく書いてあるはずよ。

 それじゃあまずは、幸之助さんの遺産が置いてある最初の収納部屋に行きましょうか。

 収納部屋オープン」



 天使がそう唱えると、その場に直径2メートルほどの白い渦が現れた。


「今は私と一緒じゃないと入れないんだけど……

 さあ、ついてきてちょうだい」


 そう言って猫人型ワーキャット天使は渦に向かって歩き、その中に消えた。


(お、おっかないけど、俺も行くしかないか……)


 大地はヘッドライトを装着するとランタンの火を落とした。

 暖炉の火灯りもあったが、白い渦も微かな光を放っている……





 渦をくぐるとそこは広い部屋だった。

 机に書棚、ソファにテーブルにベッドも置いてある。

 天井には照明も灯っていて、部屋の隅には小さな台所もあった。

 反対側にも多くの扉がある。


 祖父の死後半年以上放置されていた部屋だというのに、なぜかまったく埃も無い。

 机の上には封筒に入った手紙と本が何冊か置いてあった。



 美少女ワーキャット天使はソファまで歩いて行っている。



(揺れてる……

 ナニがとは言わないが揺れてる……

 ノブラさんだとあんなに揺れるんだ……)





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