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*** 49 高校教師たち ***

 


 放課後、大地は校長室に呼ばれた。

 担任の教師も同席している。



「それで…… 体育の権田先生が柔道の授業中に怪我をして救急車で病院に運ばれたが、相手はキミだったのだね」


「はい、申し合わせ稽古の相手をして、受け身の模範演技をしろということでしたので」


「ふむ、たしかに君のクラスメイトたちもそう言っていた。

 しかし、申し合わせ稽古程度であそこまでの怪我をするものかね。

 それに君は柔道の有段者ではないのか?」


「あの、これは調書作成のための尋問ですか?

 高校には警察と違って捜査権は無いはずですが?」


「じ、尋問ではないっ!

 なにしろ、権田先生は病院でキミを訴えると喚き散らしているそうなんだ。

 だから学校側としても、詳細な事実関係を把握するためにだね」


「その詳細な事実関係を把握することを捜査って言うそうですよ。

 でしたら、この尋問の場には弁護士の同席を求めます」


「な、ななな、なんだとぉぅっ!」



(この校長はE階梯1.2か……

 やっぱり人の立場に立って考えたことなんか無いんだな。

 それでも校長になれるっていうことは、現代日本でもE階梯と地位に相関関係は無いっていうことか。

 やっぱ、碌でもない社会だわ……)



(こ、校長……

 こ、この生徒の法定未成年者後見人は、PTA会長で市の弁護士会会長も務める佐伯弁護士ですぞ……)


(な、なにっ!)




(はは、いくら小声で話しても、『聴力強化』がパッシブ発動されてるから全部聞こえてるよん♪)



「お、おほん。

 そ、それでは参考で構わんから君の話も聞かせてくれないだろうか……」


「それでしたら、私の話を録音させてください。

 そして、当然あなた方は後で調書を作って裁判所に提出されるのでしょうが、裁判の場で録音内容と調書の内容に重大な齟齬があった場合には、偽証罪の適用の可能性がありますので、気をつけてくださいね♪」


「!!!!」



「と、ところで君は、聞くところによれば市内のジムでコーチなどを務めているそうではないか!

 それはアルバイトを禁止した校則違反だぞ!」


「ふう、人の弱みを見つけた気になって、それをネタにしてまで調書を取りたいのですか……

 見下げ果てた根性ですねぇ。

 これが高校の教員だったんですかぁ」


「き、キミィ! こ、言葉を慎みたまえっ!」


「慎んで戴きたいのはあなた方の方です。

 まずなんといっても、その校則は『職業選択の自由』を定めた憲法第22条に抵触している可能性があります」


「「 !!! 」」


「万が一にも、その校則をタテに私になんらかの処分を下そうとしたとしたら、遺憾ながらわたくしは、学校とその校則を認めた県教育委員会相手に違憲訴訟を起こす必要が出て来ますね」


「な、ななな、なんだと……」


「それからもうひとつ。

 誰に聞いたのかは知りませんが、わたしは確かに市内の総合格闘技ジムで師範代を務めています」


「ほ、ほらみろ!」


「あの…… わたしは校則を重んじて給料は貰っていないのですが、それでもそれをアルバイトと定義されるんですね。

 不思議なご判断です」


「「 ! 」」


「万が一にもそれでわたしを処分したとしたら大変ですよ。

 完璧に損害賠償請求訴訟の対象になりますから」


「「 !! 」」


(はは、最もじいちゃんが払ってた特別個人鍛錬の講習費はチャラにしてもらってるけどな♪)



「ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……」



「あまり人の弱みに付け込むような『捜査』方法はお勧め出来ませんね。

 なにしろそれは『脅迫罪』に該当する可能性がありますので」


「「 !!!! 」」


「ふう、よくわかりましたよ。

 高校の教員の方々にとって、犯罪行為は日常だったんですね……

 不当捜査に脅迫ですか。


 万が一高校でそのような不法行為が行われているのを見たとしたら、必ず報告するように私の法定未成年者後見人の方に言われているんです」


「……あぅあぅあぅあぅ……」



(はは、真っ赤な顔して沈黙しちゃったよ)




「あー、ところでですね。

 権田先生は柔道3段と仰っていたんですが、本当ですか?」


「そ、そうだ…… 身上調査票にもその旨記載されておる……」


「おかしいですね、もし本当に3段なら、高校1年生で柔道未経験の私の足払いぐらい、簡単に躱せるはずなんですが……

 もう一度調べられてはいかがですか?

 あのひとの実力はせいぜい初段だと思われますので、経歴を詐称している疑いがあります」


「!!!」


「それから参考までにお聞きしたいんですけど、ここ1年間で柔道部員は何人ぐらい怪我をして救急車で運ばれたんでしょうか?」


「が、学校側が把握している限りゼロだ……」


「ということは、生徒が怪我をしても救急車は呼ばなかったのに、自分にはすぐに呼べと喚き散らしていたんですね……」


「だ、だが権田先生は、両手の指の骨全てと腕の骨が折れたと……」


「ふう、大げさな。

 私の見たところ、指も腕も骨は折れてませんよ。

 それどころか捻挫すらしていません。

 まあ、受け身を取らずに畳に落ちたせいで、多少の擦り傷ぐらいはあるかもしれませんが……」


「そ、それは本当かね!」


「ええ、大勢の新入生たちの面前で、ひとりの生徒に得意だと主張していた柔道で負けたことが相当に口惜しかったんでしょう。

 それで自尊心を保つために、虚偽申告までしてわたしを加害者にしたかったんですねぇ」


「………………」


「ですから、先生の言うことを鵜呑みにせずに、医師から診断書を貰ってください。

 あ、権田先生の手を通さずに直接医師から受け取った方がいいでしょう。

 身上調査票とおなじく改竄や虚偽記載の可能性がありますので。


 須藤総合病院でしたら知り合いがいますので、私の方から病院側に診断書を封筒に入れて用意するように頼んでおきます。


 まあ、一応個人情報保護法もありますので、それを開封するのは本人の目の前で了解を得てからということになりますが」


「「…………………」」


「それではまず、先生の経歴の確認と医師の診断書をご用意頂けますか。

 どうしても私の『尋問』がしたいのであれば、それは診断書を確認したその後でということで……

 日時を教えて頂ければ、同席する弁護士の方はもちろん私の方で用意させて頂きます」


「「…………………………」」





 翌日、校長室には権田教員の姿があった。


 その両手と腕は包帯でぐるぐる巻きになっている。

 随分とシロウト臭い巻き方だった。



「それで校長、あのとんでもない不良生徒の尋問は終わりましたかな!」


「いや、まだだ……」


「なんですと!

 3か月は入院するはずの私を呼びつけておいて、加害者の尋問すらしていないとは!


 いくら授業中とはいえ、教師にこのような大怪我をさせた不良生徒ですぞ!

 明日には私は警察に被害届と裁判所に訴訟書類を提出致しますので、早く尋問をしてください!」



「ああ、その前に少し確認させて貰いたいのだが……

 今日君が持って来た『診断書』なのだがね……

 これは須藤総合病院が用意してくれたものなのかな」


「当然です! わたしの主治医が用意してくれました!」


「この診断書には、両手の指は全て骨折、加えて前腕の骨も4本すべてが折れているとあるが……」


「ええ、全治6か月の重傷であります!

 もはやこれは授業中の事故ではなく傷害罪ですな!」


「そうか。副校長先生、聞いたかね」


「はい…… 確かに……」


「それでは権田先生。

 実はここに須藤総合病院から取り寄せた君の『診断書』があるんだ」


「!!!!」


「一応、君の了解を得てから開封しようと思ってね。

 いや、学校側としても、訴訟になるからには正確に被害の状況を把握しないといけないのだよ。

 まあ開封は了解してくれるね?」


「お、おおお、お断りしますっ!

 そ、それは個人情報でありますっ!」


「はて? 不思議だね。

 君は今自分で自分の診断書を見せてくれたじゃないか」


「うっ……」


「病院にはわたしが直接行ったのだが……

 そのとき担当医に君の容体を聞いてみたのだ。


 もちろん患者の怪我の内容については答えられないとは言っていたが、同時に顔を顰めて、『なぜ全く怪我もしていないのに救急車まで呼んで、痛い痛いと大騒ぎしていたのか理解に苦しみます』とも言っていたが?」


「うぅぅぅっ……」



「もしも被害届が受理されたら、当然警察は病院に診断書の提出を求めるよ。

 そのときには、カルテのコピーと共にこの封筒に入ったものと同じものが裁判所に届けられるだろう」


「あぅぅぅぅぅぅぅぅっ……」



 副校長が言った。


「それに君は先ほど授業中の事故だということで、わたしに教職員組合保険の支払い申請書を提出していたよね。

 両手とも全治6か月の重傷だということで。


 万が一にもこの2通の診断書の内容が大きく異なっていた場合には、君は保険金詐欺の疑いをかけられることになってしまうんだが、いいのかね?」


「!!!!」


「大怪我をしたのに保険金の請求をしないのを不審に思われないようにするためだったのだろうが……

 それにしても馬鹿なことをしたもんだ。

 これは、単に怪我を大げさに吹聴して生徒を陥れようとしただけじゃあなくって、れっきとした詐欺行為だからな」


「!!!!!!!!」



「それから、君の身上調査票には大学時代に柔道3段を取得したとあるよね。

 念のため確認させてもらったが、君は高校3年生の時に初段を取って以来、昇段はしていないはずだ」


「げっ!」


「体育の授業で柔道を行うときは、補助教員は初段で構わないが、主任教員や部活動では、責任教員には2段以上の者が求められている。


 まさか君……

 この身上調査票に詐称はないだろうね……

 それは文部科学省の省令違反であり、重大な教員内規違反になるのだが……」


「い、陰謀ですっ!

 そのような疑いをかけるというのなら、教員組合に訴えますぞっ!」


「ふう、ほんとうに疑いだけならば組合に訴えられても仕方が無いだろう。

 だが……

 君は既に保険金詐欺と経歴詐称と文部科学省の省令違反の疑いを持たれている。

 いくら組合でも、犯罪者の擁護はしないと思うがね……

 もうあの悪名高き日教組も昔ほどの力は無いよ」


「あぅ…… あぅ……」


「さあ、その大げさな包帯を解きたまえ。

 君は教育委員会からの処分通達が来るまで、謹慎処分とする。

 授業はもちろん、柔道部の指導も慎むように。

 もしこの業務命令が守れないようならば、最悪懲戒免職処分も有りうるぞ」


「あぅぅぅぅぅぅぅぅ……」





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