*** 48 高校生DQNと教師DQN ***
大地が帰ろうとして立ち上がりかけたとき、教室のドアが大きな音を立てて開かれた。
クラス全員の視線がそちらを向く。
目つきの悪い少年を先頭に、4人のDQNっぽい奴らが肩を怒らせて入って来た。
「おい! このクラスに北斗とかいう奴がいるだろう!
どいつだ!」
クラスのほとんどが大地を見た。
さっきの入学式の挨拶で、みんな大地の顔と名前は知っている。
(やれやれ…… さっそくDQNたちがマウント取りに来たか……
新入生代表をシメれば、それだけで自分たちの格が上がるとでも思ったんだろうな……)
「お前ぇが北斗か!」
「スカした頭しやがってっ!」
4人のDQNが大地を囲んで威圧して来た。
正面にいるのは体重80キロぐらいの大柄なヤツである。
(な、なんという貧弱な『威圧』だ……
これならレベル3のスライムの威圧の方がよっぽど上だぞ……
それにE階梯は全員が1以下か……
こいつら、生まれてこの方他人を思い遣ったことなんか無いんだろうなぁ……)
「でけぇ面してんじゃねぇぞ、コラ!」
「だがまぁ話によっちゃあお前も俺たちのグループに入れてやってもいいぞぉ」
「お前ぇ、一軒家にひとりで暮らしてるんだってな」
「それじゃー寂しいだろうからよー、俺たちが遊びにいってやんよ」
「だからお前ん家、俺たちのグループのたまり場として提供しろや。
オケ屋で屯ってるとカネがかかってしょうがねぇんだ」
「それともお前ぇがオケ代出してくれるんならそれでもいいけどよ」
「わはははは、それもそうだな!」
「ああ、両方にしよう。オケ代もたまり場もだ!」
「その代わりお前ぇを俺たちのパシリにしてやっからよ。
そうすりゃあ、これからの3年間、怖いもの無しだぜぇ♪」
「なにしろ俺たちのグループには2年生も3年生もいるからなぁ」
「しかも3年の頭はとんでもねぇ実力者だ!
来月の修斗の県大会に出ようかっていうお方だぜ!」
(まさかそれって……)
「ゴルァっ!
黙ってねぇで何とか言えやコラ!」
大柄な少年が大地に顔を寄せて来た。
大地がびびりもしないで泰然としているのが気に喰わなかったのだろう。
「僕の名前はもう知ってるみたいだけど、君の名前は?」
金魚のフンが横から吼えた。
「こ、この野郎っ!
西中をシメてた千田粕さんを知らねぇのか!」
「これだからシロウトは困るわ!」
(なんのシロウトだよ……)
「そういえば君は誰なんだい?」
「俺は尾畑だ!
西中じゃあちょっとした顔だったんだぞ!」
「ねえ君、まさか名前は『けん』じゃあないよね……」
「だ、だったらどうした!」
「マジか! 本当に『けん』なの?」
「だからそれがどうしたって言うんだよっ!」
「ぷぷっ!」
「な、なにがおかしいっ!」
「だって、『おばた けん』だって…… ぷぷぷぷぷ……」
「勝手にウケてんじゃねぇぞコラっ!」
「だってだって…… 『お バター犬』……」
周囲のクラスメイトたちのうち何人かが堪らずに吹き出した。
別の何人かは顔色を悪くしている。
バター犬は真っ赤だ。
千田粕とかいう大柄な少年がさらに大地に顔を寄せて来た。
「手前ぇ、ナメた口きいてるとただじゃあおかねぇぞ……」
「なぁ、チンカスくん……」
「な、なんだとこの野郎ぉっ!」
チンカスくんが大地の胸倉を掴もうとして手を伸ばして来た。
(遅っそいなぁ……)
大地はその手首を掴んだ。
「こっこの野郎っ! は、離しやがれっ!」
だが、どんなに力を込めても大地に掴まれた手はビクともしない。
「こ、こここ、この野郎―――っ!」
左拳が大地の顔面目掛けて飛んで来た。
大地はその拳もなんなく捕まえる。
「こ、こここ、このぉこのぉっ!」
「なあチンカスくん…… 僕、ちょっと君にお願いがあるんだ……」
「な、ななな、なんだ!」
「あのさ、君の口、ものすごく臭いんだ。
まるで口の中にチンカスが湧いてるみたいに。
だから僕に向かって喋るときは、口を閉じて喋ってくれないかな……」
「な、ななな、なんだとぉっ!」
チンカスくんは大地を蹴ろうとして脚を振り上げた。
だが……
ぴしっ…… みしっ…… ぺき…… ぽきぽき……
少年の手首と拳の骨がイき始めた。
また静まり返っていた教室にその音が響く。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁ―――っ!」
「「「 な、なにすんだこの野郎っ! 」」」
金魚のフンたちが殴り掛かって来た。
(『ロックオン』『威圧LV1』……)
3人のフンが大地を見ながら固まった。
チンカスくんは、大地の手から逃れるために、とうとう頭突きをかまして来ようとしている。
(『ロックオン』『威圧LV3』……)
「うひぃぃぃぃぃぃぃ――――――っ!」
じょびじょばばばばばばばば……
ブリブリブリブリ……
(あー、しっこもンコも漏らしちゃったかぁ……
レベル3はちょっと厳しかったのかな……
おっといけない、手首と拳に『治癒系光魔法Lv3』をかけて元通りにしておくか……)
チンカスくんは、目に涙を浮かべて茫然としている。
まるで突然この世の終わりが来たかのような顔だ。
脚はガニ股になっていて、ズボンの尻の部分が膨らんでいた。
極めて不名誉な匂いも漂って来ている。
「なぁチンカスくん……」
「あぅ……」
「キミのンコ、異様に臭いんだ。
ひょっとしたら君、ハラワタが腐ってるかもしれないから、一度病院で検査して貰った方がいいよ」
「あうぅぅぅぅぅぅぅぅっ……」
「「「 お、覚えてろよこの野郎っ! 」」」
フンたちが、ガニ股のチンカス君を連れて逃げようとしている。
上履きに溜まった水分がびちゃびちゃと音を立てて床に零れた。
(『ロックオン』『威圧LV1』……)
「待て」
フンたちと、フンを出した奴が凍り付いた。
「教室の床が汚れてしまった。掃除をしていってくれ……」
「な、なんだとこら……」
「きみたちも床を汚したいの?」
『威圧』のレベルを2に上げる。
顔面蒼白になったフンたちが慌てて掃除用具箱からモップを取り出した。
「あぅ…… あぅ…… あぅ……」
汚れを作り出した張本人は、ガニ股で固まったままでいる。
「ああチンカス君、キミは掃除しなくていいから。
もし動いたりして、パンツの中のモノが床に落ちたら大惨事になるからね。
あ、こらこら、君たち、一度拭いて終わりじゃあダメだよ。
トイレでモップを洗って来てあと2回拭いてくれたまえ。
なにしろここは教室だからね」
「あ、あの…… モップ絞り器は……」
「ん? 手があるでしょ?」
「「「 ………… 」」」
チンカス君は完全に泣き出しているが、教室も無事綺麗になり、DQNたちは逃げ帰って行った。
(まあそりゃそうか。
クラス内ヒエラルキーを確立するのは入学して最初の3日が勝負とか言われてるのに、初日に大勢の前でンコ漏らしちゃったんだもんなぁ……
もう、再起不能かもしらんな……
まあ、俺には関係無いけど……)
クラスの皆のフリーズが解けて動き始めた。
半数の女子の目がハート形になっている。
「「「 あ、あの、北斗君…… 」」」
半数近くの男子も大地に話しかけようとしている。
(これって、強者のガールフレンドやオトモダチになることで自分の地位を上げようっていう本能行動だよな……)
「ああ騒がせてごめんみんな。
ところで、俺これから行かなきゃなんないところがあるんだ。
それじゃあまた明日」
(仕方ない、いったんアルスに戻るか。
本屋やファーストフード店で時間潰してて、クラスの誰かに見られたら気まずいし……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日から授業が始まった。
4時間目は体育だったが、なんとイキナリ柔道の授業である。
(ふつー、柔道って冬とかにやるもんだけど……)
柔道担当の体育教師は、重量こそヘビー級だったが、体重のかなりの部分は腹のアブラが占めていそうだった。
「それでは柔道の授業を始める!
中学時代に柔道部だったやつ前に出ろっ!」
3人ほど前に出た。
「よし、横受け身と後ろ受け身をやれ!」
「「「 はい…… 」」」
「声が小さいっ!」
「「「 は、はいっ! 」」」
ぱたん…… とん…… ぱしん……
「ふむ、まったく十分ではないが、受け身とはこのようなものだ。
それでは、順番に真似してみろ!」
(あー、めんどくさ……)
大地の番になった。
ばしん! どん! ばしーん!
「おいお前っ! お前柔道経験者だろう!
なぜさっき前に出なかったっ!」
「いえ…… 柔道はやったことありません……」
「そんなはずはないっ!
柔道3段の俺の目に狂いはないぞ!
よし、お前柔道部に入れ!」
(あれ? 『鑑定』によれば、このおっさん『柔道初段』なんだけど……
段位詐称までしとるんか。
しょーもないやっちゃ……
ついでにE階梯は0.3しか無いのかよ。
こんなんでよく今まで現代社会で生きて来られたな……
ああそうか、だから普通の会社員は無理だと思って教師になったのか。
E階梯が低くても知能指数まで低いとは限らないもんな……)
「お断りします」
「なぁに、俺の指導について来られたら、県大会どころかインターハイも夢ではないぞ」
「ですからお断りします」
「?」
「柔道には興味がありませんのでお断りさせて頂きます」
「な、ななな、なんだとこの野郎っ!
教師の言うことが聞けないのかっ!」
「本人の意思を無視した部活動への強引な勧誘は、県教育委員会からの通達で固く禁じられているはずですが。
それも対象は生徒による勧誘なのですが、教師が率先してその通達を無視するんですか?」
「ぐぎぎぎぎぎぎ……
そ、それではキサマ、皆の手本になれ。
受け身を見せてみろ!」
「それぐらいならいいですよ。
その程度なら授業の内でしょうから」
「こ、こここ、この野郎っ!
さあ来いっ!」
「あれ? 受け身の模範演技じゃあなくって乱取りなんですか?」
「光栄に思えっ!
柔道3段のこの俺が相手になってやるから、乱取りの中で受け身を見せてみろ!」
「へいへい……」
(この馬鹿教師、新入生相手にマウント取りに来てるよ……
そうか、だから最初の体育の授業を自分の得意な柔道にしたんか……
本格的にしょーもないやっちゃな……)
馬鹿が大地の襟を取ろうとして手を伸ばして来た。
ばしっ。
もちろんなんなくパリィで捌く。
また手が伸びて来た。
ばしっ。ぱしっ。
(な、なんという甘い手の動きだろうか……
これじゃあジムの3級の選手のジャブ以下だわ……)
「な、何をするっ!」
「えー、だって柔道って襟の取り合い競技ですよね。
いい位置で組めたら、上級者は間違いなく相手を投げられますし」
「こ、これは申し合わせ稽古だっ!
お、大人しく襟を掴ませろっ!」
「へいへい」
襟を掴んだ教師は大地に足払いをかけて来た。
すかっ……
もちろん大地は躱す。
足元に来たローキックを躱すのは基本である。
すかっ…… すかっ……
「ええい! いくら俺が怖いからと言って逃げるなぁっ!」
「ええー、足払いを躱すのも柔道の基本中の基本でしょうにぃ。
そんなことも知らなかったんですかぁ?」
「な、ななな、なんだとおっ!」
教師の顔面が屈辱と怒りで真っ赤になった。
(お、両手で俺の襟を引っ張り始めたか。
それで俺を近づけておいて、足払いを喰らわせようっていうハラだな……)
だがもちろん大地は動かない。
微動だにしない。
怒り狂った教師は、強引に大地の左足を払いに来た。
(なんだよおい、足の内側で払うんじゃあなくって、これ足の甲で蹴りに来てるじゃねぇか。
これじゃあ完全にローキックだろ……
いくらなんでも生徒相手にそこまでするかね。
よし!)
教師のケリが大地の足に当たりそうになる。
教師の顔が愉悦に歪んだ。
ローキックが足の3センチ前まで来たところで、大地は左足を引いた、
キックが通過すると、すぐにキックの進行方向に向けてDQN教師の足を払う。
傍から見ていると、教師の蹴りが大地の足を素通りしたように見えただろう。
(あ、ヤベぇ……)
ボキボキボキボキ……
あー、指の骨がほとんど折れてるわぁ。
ついでに尺骨も橈骨も……
まあ、あんだけ力入れて道着を握り込んでたところに、高速回転喰らったらそうなるか……
つい力が入ってしまった大地のツバメ返しのせいで、体育教師は空中でくるくると回っていた。
それも愉悦の表情のままなのでかなりキモい。
途中、高速回転の遠心力で手足が大の字に伸びて、さらにキモくなっている。
まるで人間風車だ。
2回転と90度回った教師は畳に叩きつけられた。
「ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!」
(720プラス90の演技でしたぁ♪
仕方ない、『治癒系光魔法Lv4(エフェクト控えめ)』かけてやるか。
もちろん痛覚はそのままで……)
「えー、先生ぇ~、これ『受け身の模範演技』ですよねぇ。
ちゃんと受け身取ってくれないとぉ。
もういっぺんやりますかぁ?」
「い、痛い痛い痛いっ!
ほ、骨が折れたぁぁぁぁぁぁ―――っ!
き、救急車を呼べぇぇぇぇぇっ!」
「えー、骨なんか折れてませんてばぁ」
「や、やかましいっ! は、早く救急車をぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「へいへい……」
まもなく救急車が到着し、痛い痛いと喚き散らす教師はそのまま運ばれて行った。
行先はどうやら『須藤総合病院』らしい……
「ほ、北斗君……
す、すごいツバメ返しだったね……」
「ん? あのおっさんの足払いの勢いが強すぎたからで、単なる自爆じゃないか?」
「…………」