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*** 41 白兵戦訓練 ***

 


 3枚目のポスターには、完全に意識を失って俯せにリングに倒れている伴堂と、そのすぐ前で仁王立ちになっている大地が写っていた。


 首が横を向いているせいで見えている伴堂の目は、白と赤のままで黒い部分は無い。

 さらに口からは弛緩した舌がハミ出ている。



 その伴堂を見下ろして立つ大地は、延岡に救急車を要請しようと大きく息を吸って力を入れていたために、一見細身に見えながら全身の筋肉に力が入って見事な肉体美を見せていた。


 年相応よりもやや幼く見える表情に、完璧な肉体の組み合わせのアンバランスさは、筋肉フェチに加えて年下好きの女性たちのハートのど真ん中を貫いているらしい。


 これら3枚組のポスターの上部には、

『格闘技人類最強決定戦! ~~~ キングコンガー対超人 ~~~』

 とキャプションが添えてあった。




 この見ただけで括約筋の緩む強烈なポスターを見て立ち止まらない通行人はいなかった。

 通学途中の児童が立ち竦んだまま泣き出すほどである。

 児童たちは足が震えて動けないために、朝のジム前にはガキンチョが溜まっていった。

 ついでに歩道には何故か水も溜まっている。


 近隣の小学校からの抗議を受けて、朝のジム正面ではシャッターが降ろされるようになった。



 そうして日中は、『3枚組大判ポスター6000円、中判ポスター3000円、ジム内で販売中』という表示を見て、驚くほど多くの通行人がジムの扉を開くのである。


 まあ、2割ほどのひとたちは、ジムのトイレを借りるために入って来るのだが……




 このポスターはとんでもなく売れた。


 その様子はすぐにSNSで拡散し、伴堂がネットショップに委託して仮想商店街での販売を始めるとさらに売れた。


 なんと日本全国から10万組近い注文が入ったのである。


 それも、購入者の8割は女性だったそうだ。

 世間には意外に筋肉フェチ&年下好きの女性が多いらしい。



 世のお父さんたちは、娘の部屋に貼られたこのポスターを見て何を思うのだろうか…………




 そして……


 このポスター購入者の内、さらに物好きな人々(主に女性)が、続々とジムの季節会員になっていったのである。


 春休みが終わっても、その大半は正会員として残った。


 彼ら(彼女ら)には、入会と同時に大地がジムに来る日時のタイムテーブルも配られるようになっている。



 こうして大地は総合格闘技ジムの客寄せパンダになったのである。


 伴堂の高笑いは止まることを知らなかったという……





 そのころ神界の天使ツバサの私室では、壁一面に貼られた大判ポスターをうっとりと眺めるツバサの姿があった。


 おっぱいが楽し気に左右に揺れている。


「ダイチくん…… カッコいい♡」



 どうやらヒト族の女性に変化へんげして、わざわざジムまで買いに行っていたらしい……


 あんたも筋肉フェチ&年下好きだったんか……





 さらにこのときの級位・段位認定試験のダイジェストとガチスパーの様子がDVDになると、これもバカ売れした。


 未成年者ということで、大地の目にはポスターと同じくややボカシが入っていたが、それでも肉体美は隠されていない。


 スパーの前座として中級者や上級者たちの試技も映っていたために、伴堂や大地の超人ぶりがよくわかる。


 このDVDは大評判となって地元テレビ局でも取り上げられ、それが全国ネットに乗ったせいで50万枚も売れた。


 このテのものとしては空前の大ヒットである。





 出張で横須賀ベースに来ていた米海軍特殊部隊(SEALs)の白兵戦主任教官マイケル・スカラー上級曹長も、たまたまこのDVDを目にした。


 上級曹長は、かつて新兵であったころ、チャールズ・伴堂上級曹長から白兵戦戦闘技を叩き込まれた教え子である。


(ついに…… ついに、あの化け物(キングコンガー)を完膚なきまでにノックアウトした男が現れたかっ!)


 拳を固めて肩を震わせ感動している上級曹長の目の端には涙が滲んでいたという……





 大地のもとへ米海軍から正式に臨時教官としての招聘が来た。


 直接依頼に来たマイケル上級曹長は、伴堂をハグして再会を喜んだ。


 もっとも伴堂のハグ返しがベアハッグになって、すぐにタップしていたが……



 また、上級曹長は大地の英会話能力に驚いた。


(こ、この青年の英語はカンペキだ……

 完全にネイティブだ……


 しかも最初は標準的な東部イングリッシュで話していたのに、私の微かなカンザス訛に気がついて、それを模倣までして来ている……

 これなら全く問題無いだろう……)



 だが大地はこの招聘を断ったのである。


「ホ、ホワイ?」


「まだ中学生なもので……」


 そう答えた大地の言葉を聞いて上級曹長は仰け反った。


(じ、ジュニアハイスクールの生徒だとっ!)


 いくらなんでも、米軍は18歳未満の者は雇えないらしい。



 だが……


 それからは、米海軍特殊部隊の上級兵士たちが続々と伴堂ジムに臨時会員としてやって来たのである。

 そのほとんどが教官級の猛者たちばかりだった。



 本来軍の白兵戦訓練は、リングやマットの上では行われない。

 常に実戦を想定して荒れ地などで行われるのである。


 例え雨が降っていても訓練は行われるそうだ。

 もちろん戦場にも雨が降るからだが。




 伴堂はポスターとDVDで儲けたカネで、ジム裏の広い空き地を買い取った。

 ジムは市内中心部からそれなりに離れていたし、表通りにも面していなかったためにけっこう安く買えたらしい。


 そこではほぼ毎日、猛者兵士たちに囲まれた大地教官による実践訓練が行われるようになったのである。


 その空き地の2面には、すぐに300人収容のスタンドも作られた。

 訓練が始まると、スタンドはいつも満員になっていたようだ。



 観客の中には佐伯弁護士や須藤夫妻、静田社長の姿もあった。

 彼らは大男揃いの兵士たちに囲まれた大地を見て、当初は手に汗を握りながら見学していたのだ。

 良子などは完全に涙目になっていた。


 だが、兵士たちを次々に地面に沈める大地を見て、次第に会心の笑みを浮かべるようになった。



「我らの使徒さまはお強くなられましたのう」


「さすがは幸之助さまのお孫さまですなぁ」


「頼もしい限りであります……」


 こうして、スタンドには常に助役の誰かの姿も見られるようになったのである。




 実はこの兵士たちとの鍛錬は、大地にとって最高の対人戦訓練になった。


 なにしろ相手は皆プロの兵士である。

 レベルを見ても、ほとんど全員がアルス中央大陸のヒト族最強の兵士よりも上だった。



 大いに喜んだ大地は真剣に彼ら兵士の相手をした。


 最初は1対1の格闘だったが、次第に1対2、1対3となっていく。


 また、お互いが模擬戦用ナイフを持っての対戦もあった。

 刃の部分が赤インクの出て来るマジックペンになっているものである。


 さらに、ナイフの刃自体は軟質プラスティックで出来ていて、先端を体に押し付けても刺さることはなく、刃が柄の部分にバネで押し込まれるようになっている。

 そうして、刃の内側に仕込まれた赤いインクが飛び出て来て、相手の体に直径5センチほどの赤い丸がつけられるのだ。

 それによって、訓練後には場所によっては死亡判定か行動不能判定が下されることになる。



 さすがにこのナイフ格闘戦訓練のときには、大地は最初『時間加速Lv5』を使った。


 この訓練を5分も続けると、上半身裸の兵士たちの体は赤丸と赤い線だらけになって来る。

 10分後にはほとんど碁盤目模様になる。



 大地は徐々にスキルのレベルを下げていった。


 最初に大地の胸に赤い線を描いた兵士は、仲間たちから盛大に奢ってもらえたらしい。




 プロの兵士たちの戦いぶりはかなりエゲツない。


 スポーツとしての格闘技ではなく、殺し合いのための白兵戦なのだから当然である。


 目つぶしや金的蹴りも使うため、目には硬質プラスチック製のゴーグル、股間には金属も入ったファウルカップも装着しての訓練になる。


 手に砂を掴んでの目くらましや、隠し持った模擬暗器による攻撃も当たり前だった。



 だが、大地とて、7歳のころから他ならぬ伴堂師範に白兵戦を学んで来たエリートである。


 プロの軍人たちも15歳の少年の殺人技に舌を巻いていた。


 大地のニックネームは『リーサル・ボーイ』になっている。




 また、兵士たちの中には高校や大学でフェンシング部に所属していた者もいた。


 彼らにはエペ用の剣や競技用サーベルを持って相手をして貰う。


 サーベルを持った兵士3人の攻撃を掻い潜り、全員の急所にパンチを入れた時には兵士たちから盛大に拍手が沸き起こったものである。



 さらに大地がサーベルを手にすると、もう手が付けられなかった。


 やはりサーベルを持たせた兵士8人に周りを囲ませ、一斉に襲い掛かられても『時間加速』と『縮地』の併用で全て切り伏せて行く。


 スキルを使わずに全員を叩きのめしたときは、さすがの大地も感無量だった。



 調子に乗って、真剣を用いての居合術まで披露してしまったほどである。


 居合の構えから「シュン!」と鞘走りの音がした後は、すぐに刀が鞘に収まった「チン!」という音がした。


 誰も刃が動くところを見ていない。



 だが……


 数秒後に真っ二つに切られた巻き藁が地面に落ちると、大地は歓声を上げて殺到する兵士たちに胴上げをされてしまったのである。


 もちろんスタンドのギャラリーたちも大喜びだった……




 そして……


(あ…… もうレベルが上がってる……)


(やっぱり上級者相手の鍛錬は効果的だにゃあ♪)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 或る日大地は収納くんに聞いてみた。


「ねえ収納くん、収納くんの広さってどれぐらいあるの?」


(小屋の周りの空間は草原や海岸を忠実に再現しているために有限ですが、収納空間としては異次元空間も使っているために事実上無限大であります)


「っていうことはさ、収納くんの中にダンジョンみたいな空間って作れるのかな?」


(もちろん可能でございますが……)


「それさ、その収納空間内疑似ダンジョンの中で死んでも、リポップされるような設定に出来るかい?」


(可能だとは思われますが、ジャッジさまのご了解とシスさまのご協力が必要になります)



「ジャッジくん」


(はい)


「この収納空間内に疑似ダンジョンを作って、その中で俺やモンスターが死んでも確実にリポップされるような設定って許されるかな」


(利用者はモンスターとダイチさま限定でございますか?)


「あと助役の淳さんも利用すると思う」


(それでしたら構いません)


「いいの?」


(その試みは純粋に任務を達成するためのものであり、かつ他の知的生命体の命を脅かさないために、何の問題もございません)


「ジャッジくんありがと。シスくん」


(はい)


「ということで、収納くんと協力して収納くんの中に疑似ダンジョンをつくってもらえるかな」


(あの、10万ダンジョンポイントほどコストがかかりますがよろしいでしょうか?)


「もちろん」




 こうして大地は収納部屋内に戦闘訓練施設を作り、モンスターたちを呼んで訓練をすることになった。


 これで事実上、戦闘訓練も時間無制限で出来るようになったのである。



「ということでタマちゃん、戦闘に参加する以外のモンスターたちの面倒を見てもらうために、淳さんをアルスに呼ぼうと思うんだけどどうかな?」


「それがいいにゃ」





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