*** 407 大地大ピンチ ***
あのデスレル平原北部の森の民は、猛特訓の甲斐あってアゴラフォビアとヘリオフォビアを克服しつつあった。
また、大地に深く恩義を感じていた民たちは実に熱心に読み書きを学び、なんと成人や10歳以上の子供のほとんどが中級検定に合格していたのである。
このため、大地はシスくんに指示して500人用の結界付き模範村を50か所作ってやった。
住民総数1万5000から見れば大分キャパが大きいが、1万人ぐらいはあっという間に増えるだろうと思っての事だった。
結界で覆われて日中気温が20度に保たれた特別模範村では、既に麦が30センチほどに育ち始めている。
それら畑では、今日もニコちゃんマスクとハートグラサンをかけた村人たちが大勢働いていた。
春になって収穫が終わるころには、この中規模行政区にもフードコート付きのダンジョン商会支店が出来ていることだろう。
試しに一度大地が1人に1つずつプリンを振舞ってみたところ、気絶者が続出する阿鼻叫喚の大騒ぎになった。
気絶している間に残りのプリンを食べられてしまった村人は、毎晩血涙を流しながら呪いの踊りを踊っている。
春の収穫が終わったら、麦の一部を売ってこのプリンが買えるようになると教えたところ、皆目をギラギラさせながら1日中畑にいるようになったらしい。
アルス中央大陸各地の避難施設で暮らしていた避難民たちは、ダンジョン商会やその他の商会を見て心底驚いた。
そうして、読み書き計算さえ学べば『もはんむら』に入植出来、あの素晴らしい商品が買えるようになることを知って、それはそれは熱心に学び始めたのだ。
大地は食料緊急増産の必要から、こうして中級検定に合格した避難民たちを続々と『特別模範村』に送り込んでいったのである。
この『特別模範村』では、結界の魔道具と熱の魔道具によって気温が20度ほどに保たれている。
要は、村ごと温室にしてしまったわけだ。
おかげで周囲は何メートルもの積雪があるにも関わらず、模範村ではすくすくと麦が育っていたのである。
しかもその麦は、あの『麦ねえちゃん』が育てた『姉ちゃん麦』であり、実っても穂が分離しにくくまた大きな実の生る品種だった。
この特別模範村は、ワイズ王国はもとより、ゲマインシャフト王国、ゲゼルシャフト王国、デスレル平原、サウルス平原、旧ヒグリーズ王国、旧サズルス王国などに、合計で2000か所も作られた。
それぞれが1000反の畑のある村が2000、つまり200万反の畑が作られたのである。
もちろんこれらの畑の収量は、麦換算で半年につき6石だった。
つまり6月ごろには1200万石の収穫が得られることだろう。
その後は、検定合格者たちがさらに1万の模範村に入植していく予定である。
また、大地は高原の地を訪れ、ドルジン総攬把や大攬把たちに依頼をした。
それは、予想以上に寒波が激しく、結局中央大陸2500万の民をほとんど全員保護することになったという報告から始まったのである。
「2500万人……」
「高原の民の500倍……」
高原の首脳陣は冷や汗をかきながら絶句している。
「それで急遽食料の大増産を始めなきゃなんなくなったんだ。
俺の母世界でも大量に食料を買い付けてるけど。
それで、申し訳ないんだけど、ここ高原の地で予定を早めて野菜畑を作らせてもらえないかな」
「それはもとより我らの方からお願いしたこと。
もちろん構いませぬが、これだけの雪と寒さでは……」
「まず雪は魔法ですべて収納する。
その後は畑を作って、その畑は結界で覆うつもりだ。
そうすれば雪は吹き込まないし、中の気温も春並みに保てるからな」
もちろんこの結界内では高原の冷涼な気候を再現するために、夜の気温は自動的に下げられることになっている。
「魔法とはそのようなことまで出来ますか……」
「それでな、なんといっても食料をたくさん作らなきゃならないんで、予定より広いけど5キロ四方ほどの畑を4つ作らせて貰いたいんだ。
頼むよ」
「もちろん構いませぬ」
「ありがとう」
「礼を言うのは我々の方でございますよ」
「いや、俺にもあんた方に恩があるからな」
「と、仰いますと?」
「この高原の民がいち早く大寒波の到来を教えてくれた。
おかげで準備が間に合って、中央大陸2500万の民が生き延びることが出来そうなんだよ。
これはたいへんな功績だよな」
「そのようなことでお役に立てたとは何よりです……」
「それでさ、これからのことも考えて、高原の畑では主に野菜を作りたいと思ってるんだ。
そうすれば平原の畑では麦の作付けを増やせるから。
もちろん出来た野菜は俺が買い取るし、高原の人たちはそれで得たカネで麦を買えばいいだろう」
「それももちろん構いませぬ。
たしか、高原の気候は野菜作りに適していたのですな」
「そうなんだよ。
特にハクサイやキャベツ、チンゲンサイなんかの栄養豊富な野菜作りに適しているんだ。
それで、畑で働くヒトを大勢雇いたいんだ。
もちろん野菜の買取りとは別に、日に銅貨25枚の給料も払うから」
「いえ、賃金を頂けるのなら、出来た野菜は全てタダで納めさせていただきます」
「いや、それだと収穫の喜びが無くなっちゃうんだよ。
だったら野菜の買取価格は少し安めにさせて貰って、その売却代金はボーナスっていうことにしたらどうかな」
「『ぼーなす』……ですかの?」
「まあ、よく働いたご褒美みたいなもんだな」
「ありがたいことでございます……」
こうして越冬で体力を持て余していた高原の民たちは、広大な『特別模範村』で働いてくれることになったのである。
その数は実に3万人を超えていたのであった……
毎週賃金を貰えるようになった高原の民たちは、ダンジョン商会高原支店に殺到した。
毎日たくさんのご馳走を食べ、色とりどりの服を買っていくようになったのである。
春になって放牧が始まれば畑は縮小せざるを得ないだろうが、その時にも5000人ぐらいは農業を選んでくれるかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さしもの大寒気団も、3月も下旬になるころには衰えを見せ始めた。
例年であれば既に溶け出しているはずの積雪はまだ分厚く残ってはいたが、それでも日々僅かずつその嵩を減らして行ったのである。
高原の地では総攬把や大攬把たちを前に政務庁の者たちが報告会を行っていた。
「10月にここ越冬施設への入居が始まりまして5か月になりますが、その間のご報告をさせて頂きたいと思います。
まずは民の死亡者数ですが、合計で553名でした」
「その者たちの年齢と死因は?」
「全員が60歳以上でございまして、死因はすべて老衰と見られます」
「そうか……
全員が天寿を全う出来たのか……」
「わしの氏族の長老も1人亡くなったのだがの。
孫や曾孫に囲まれて、暖かい部屋で微笑みながら静かに逝ったそうだ」
「そうか……」
「わしの叔母も68歳で亡くなったのだが、最後に『ぷりん』を食べたいというので曾孫たちが交代で食べさせてやっていたわ」
「はは、わしの父親なぞ、今際の際の言葉が『はんばあぐが旨かった……』じゃったぞ」
「みな穏やかに逝けたようじゃの……」
「そういえば女衆たちの出産はどうじゃったかの」
「はい、2538人のご婦人が2650人のお子さんを出産されました」
「皆無事であったのか?」
「出産は全て『神殿』で行われたために、出産事故は1件もありませんでした。
母子ともに死亡者はいません」
「なんと……」
「そこまでであったか……」
「もちろん産褥で苦しむ母親もいませんし、乳の出ぬ者もおりません。
赤子が熱を出してもすぐに『神殿』で治して貰えますし」
「例年のことを考えれば奇跡よの……」
「ああ、神の御使いさまが為された奇跡じゃ……」
「さらに羊たちですが、おおよそ65万頭の雌羊が妊娠しています」
「それも凄まじいな……」
「暖かい環境と十分な餌を与えられて、安心して仔を宿したのじゃろう」
「我らはおよそ8万頭の13歳以上の羊を売ったが、それに8倍する乳羊が生まれるのか……」
「それで、ダイチさまからご提案を頂いたのですが、これら母羊が出産して乳羊が無事に育ち、草が食べられるようになるまで、氏族の一部の者と一緒にここ越冬施設で過ごさせてはどうかと仰られているのです」
「なんと……」
「それならばほとんど全ての乳羊が無事育つであろうの……」
「あの羊用神殿も作って頂けたしな」
「それで1日中羊の世話をしているわけではないので、空いた時間は畑で働いてもらえないかということでした」
「うーむ、それならば秋までの滞在費を受け取って貰わねばの」
「いえ、今は『食料増産大きゃんぺーん中』だとのことで、滞在費は無料だそうです」
「「「 ………… 」」」
高原の越冬施設には1万人の民が残り、母羊や乳羊の面倒を見ながら畑で野菜作りを続けてくれることになった。
また、彼らは来年の施設利用料を貯めた後は、その所得のほとんどを消費に使ってくれたのである。
時折訪れる放牧中の氏族の連絡係には、雄羊たちの面倒を見て貰っている礼として保存の効く麦や銀貨をたっぷり渡してもいた。
12人の大攬把の本拠地には大型のパン焼き竈が設置されて、毎日奥様族で賑わうようになり、売店では転移の輪で運ばれたウインナーやラーメン、ホットドックやプリンなども大量に売られている。
高原の民の幸福度は劇的に跳ね上がっていたのだ。
「のうドルー。
我ら高原の民はあのダイチさまにこれほどまでの恩恵を受けた。
あのお方は交易をしているだけだと仰せだが、なにか我らで恩返し出来ることはないかのう」
「そなたの言う通りだのダワー。
ダイチ殿に聞いても何も要らないと仰るだけだが、重臣のシス殿に何かいい恩返しはないか聞いてみるかの……」
翌日。
「ダワーよ、シス殿が良いことを教えて下さった」
「ほう!
して、どのようなことだったのだ?
なにか良い御恩返しはあったのか?」
「それがの、我らが真剣なる感謝の祈りを捧げると、それが『ぽいんと』という物になって、ダイチ殿の神界に於ける位階が上がるというのだ」
「おお!」
「しかも、その感謝の祈りは真剣なものでさえあればほんの10秒でよく、また特に神殿ではなくゲルの中でも良いそうだ」
「そうか!
ならば、高原の民全員に説明し、朝晩真剣なる感謝の祈りを捧げて貰うこととしよう!」
同じことは海の民の避難所でも起こった。
シスくんからこのことを聞いた海の民800万が、朝晩大地に真剣なる感謝の祈りを捧げるようになったのである。
さらに1100万の民が暮らす避難施設でも、シスくんから教えて貰った互助会隊の代官たちが、感謝の祈りの風習を広めて行ったのだ。
あの北の森の地では、互助会隊の村長からこの話を聞いた村人たちが、毎晩大地に捧げる感謝の踊りを踊ってくれている。
プリンを食べることが出来た日には、涙を流しながら延々1時間踊っているそうだ……
通常、ヒトが神に祈る時は、何かを祈願する場合のみである。
家内安全だの幸福招来だのを神にお願いするだけなのだ。
ごく稀に感謝の祈りを捧げる者がいたとしても、それは『神さまありがとうございます』というものであって、特定の神や天使に捧げられる祈りではない。
だがこのアルスの人々の祈りは違った。
祈願などは一切なく、ただただ日々の暮らしを感謝する祈りであり、それもダイチ個人に向けられたものであったのだ。
実はこれはE階梯UPのためのポイントとしては実に高かった。
単なる祈願の祈りがほぼ0ポイントなのに対し、特定個人に対する感謝のみの祈りはそれこそその何万倍ものポイントになったのである。
同じことは北大陸でも起こっていた。
こうして、中央大陸1900万、北大陸300万のヒューマノイドたちの感謝の祈りは、地球全体のポイントに匹敵していったのである。
神界の神さまたち:
「むう、ダイチのE階梯が8.8まで上がっておる!」
「もうそんなに上がったのか!」
「9.0に届いたら神威が与えられるレベルじゃぞ!」
「どうしたものかのう。
神威を与えてしまえば、もはや奴はアルスや地球で行動出来なくなってしまうぞ」
「仕方あるまい。
神界政務庁に報告した上で初級神心得とし、神威を授けるのはあと100年ほど待ってもらおうか」
「そうするほかあるまいの……」
「それにあのシスやストレーの活躍も大したもんじゃった」
「ダイチに神威を授けるときには、あの分位体2人にも天使威を授けるとするかの」
「「「 うむ 」」」
「それにしても恐ろしい男じゃ。
あ奴がアルスに行ってからまだ2年と少々しか経っていないのだぞ」
「あの、神さま方、ご報告させて頂きたいことがございます」
「なんじゃの?」
「神界未認定世界を管理する天使たちより、神界政務庁に惑星全域を覆うダイチ型ダンジョンの設置願いが大量に届いております」
「そうか……
皆ダイチライブカメラを見ていたのだろうの。
それでダイチ型ダンジョンの設置依頼は何件来ておるのかの」
「あの……
未認定世界約7200万全てから来ております。
一部認定世界からも……」
「「「 !!! 」」」
「さらに分位体の創造願いは1億を超えて2億に迫っております」
「「「 !!!!!! 」」」
「そ、それはたいへんじゃ!」
「分位体だけでひとつの種族が出来てしまうぞ!」
「神界の神々全員が全力で働いても5000年はかかろう……」
「お、恐ろしいことじゃ……」
「そうじゃ! 良い考えがある!」
「どんな考えかの?」
「あと100年ほどしたら、ダイチを『ダンジョン設置・運用担当初級神』として、全てを任せてしまおう!」
「そ、それは素晴らしいアイデアじゃ!」
「うむ、そうしようではないか!」
「「「 賛成! 」」」
大地くんピーンチ!!!




