*** 401 建国皇帝陛下御命令書 ***
スペペインでのサッカー観戦から2週間後。
中華帝国宮内省より、翌日正午に皇帝陛下から最重要発表があるとの告知が行われた。
そして翌日、中華帝国14億の民が見守る中、中華帝国皇帝その人がテレビに映ったのである。
実際のお姿を初めて見る者も多かった。
「中華人民共和帝国皇帝、毛沢北北である。
本日は我が帝国の臣民に大慶事を伝えられることを喜ばしく思う」
現皇帝陛下のお姿は実に堂々としていた。
流石は建国皇帝陛下のご子孫だと思わせる迫力である。
「2週間前、我が枕頭に建国皇帝毛沢東東陛下が立たれた。
そして、余すところ10年ほどで建国100周年を祝えることを寿ぎ、併せて朕にご指示を賜られたのである。
このご指示は、陛下の建国より90年が経過した際に、中華帝国が無事繁栄を遂げている場合にのみ下される予定となっていたそうだ。
そしてそのご指示の内容とは、陛下が革命運動を始められた拠点である井崗山の奥深くにある祠の下に、現在の中華帝国へのご命令書が存在し、その内容を実行するようにとのことだったのである。
朕は宮内省に命じ、ご指示にあった祠を捜索させた。
そして、建国皇帝陛下のお言葉通り、その場所にご命令書が発見されたのである」
中華帝国全土に大歓声が響き渡った。
やはり未だに建国皇帝の人気は高い。
「ご逝去されて70年余、その深謀遠慮と我が枕頭にお立ち下される程のご厚情に、今はただただ恐懼して建国皇帝陛下ご感謝申しあぐるのみである」
今上皇帝陛下は瞑目して天を仰がれた。
もちろん実際に感謝しているのは、貴族制度と共産主義というアタマオカシいレベルの矛盾する負の遺産を残した建国皇帝ではなく、アスラさまに対してであったが。
(それにしても、さすがは神界からの使徒であらせられることよの……
この上は、21世紀最大最悪のファシズム国家である中華帝国を内部から解体出来るよう、粉骨砕身努力させて頂くとしようか……
はは、国政大改組の革命を起こすのが皇帝自身とはの……)
帝国全土ではほとんどの民が頭を垂れて建国皇帝に感謝していた。
泣いている者も多い。
「そのご命令書についてはこれより宮内大臣に説明させるが、朕はこの建国皇帝陛下のご命令を必ずや実行するという意思を固めた。
そのご命令内容はそのうちに詳しく公表されよう。
それでは宮内大臣。
我が帝国臣民にご命令書発見の経緯を説明せよ」
画面が宮内大臣の姿に変わった。
「まずはその建国皇帝陛下の御命令書ですが、今上陛下がお告げを受けられた場所と寸分違わぬ場所に石室が存在し、その中に厳重に封印された状態で保管されておりました。
尚、その石室は分厚く苔で覆われ、明らかに75年の歳月が流れたことを示しておりましたのです」
(もちろん石室を周囲も含めてストレーくんの時間加速収納庫に入れて75年経たせたもの♪)
「そして、今上陛下のご指示により、そのご命令書の真偽が入念に確認されたのでございます。
まずは御筆跡の鑑定が行われました。
ご存じの通り建国皇帝陛下はご崩御の2年前から筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患われていらっしゃいましたが、この時に残された文書の文字には微かに震えが見られます。
そして、我が国の筆跡鑑定の専門家集団によれば、このご命令書は紛れもない御真筆だということでございました」
(もちろんシスくんが毛沢東東が残したあらゆる文書の筆跡を分析してデッチ上げたもの♪)
「そして、そのご命令が記されていた紙と文字の墨につきましては、これも我が国の専門家集団があらゆる測定法により厳密に調査いたしましたところ、今より75年前、まさに建国皇帝陛下が病の床に就かれる直前にお使いになられたものと確認されました」
(もちろんシスくんが書いたものを石室と一緒にストレーくんの時間加速倉庫に入れて、75年経たせたもの♪)
「これら調査により、我が帝国は公式にこのご命令書をご真筆と確認致しました。
今上陛下の御意思により、これらのご命令は直ちに実行に移されます。
また、このご命令書は現在複製印刷作業が進められており、近日中に出版されることになります。
それまで今しばらくお待ちくださいませ。
宮内省からの発表は以上でございます」
それからしばらくは、中華帝国臣民の間では『ご命令』の噂で持ちきりだった。
いったい如何なるご命令が書かれているというのだろう。
民たちは期待半分、懸念半分で揺れていたのであった。
1週間後、中華帝国全臣民が待ち望んでいた『建国皇帝陛下御命令書』が出版された。
それは厚さが3センチもある大部であるにもかかわらず、たいへんな売れ行きとなった。
価格が安かったこともあり、国内だけで10億部近くが売れて、あの『毛沢東東語録』以来の販売数となったのである。
ただ、そのご命令書は古文調且つ達筆の自筆であり、その上300ページもあったために、全て読んだ貴族家当主はほとんどいなかった。
また、読んだ貴族の中でも、内容の持つ真の意味を理解出来た者はこれもほとんどいなかったのである。
やはり、貴族たちの知能水準は相当に低かったようだ。
彼らの知能は見栄と不労所得の追求にのみ特化されていたのである。
しかし企業経営者たちは違った。
幹部で集まって読書会を開催し、この命令書の中身が実行に移された場合、経済に、ひいては自分たちのビジネスにどのような影響があるかを徹底的に議論していたのである。
「なあ、この命令書って、体のいいことを言いながら貴族の権力を思いっきり削ぐものじゃないか?」
「そうか、建国皇帝陛下は建国100年を迎えられるのなら、国は相当に安定していると見て、皇室に独裁権力を握らせようとしたのか……」
「今上陛下の手腕は未知数だが、少なくとも貴族に賄賂を渡す意味は全く無くなるな」
「となると、あの莫大な賄賂予算が必要無くなるのか。
ならばこの大不況の中でも一息つけるな」
「それにしても、あの輸出関税はどうにかならんかなぁ」
「いくら皇帝親政といっても、国の威信、メンツというものがあるから、そう簡単には撤廃出来ないだろうな……」
ご命令書が出版されて数日後。
今上陛下は皇宮大講堂に中華帝国の貴族家当主1200人を集められた。
病気その他の理由で出席出来ない者については、略式の当主交代を許し、各貴族家当主は必ずや宮殿に伺候するよう命令が下っていたのである。
「皆の者、よく集まってくれた。
これより建国皇帝陛下の御命令書に基づいてその内容を説明し、そのご指示に従う新たな制度を発表したい」
大講堂は緊張の静寂に包まれている。
「まずは建国陛下の御命令書第1条『貴族家』について説明する。
陛下は、我が中華帝国の建国にもその後90年に渡る繁栄にも、貴族家の果たした役割は大変に大きいと称賛されている」
貴族家当主たちの表情が綻んでいる。
やはり我らは正しかったのだ!
「そして、貴族家の功績を称えた上で今以上に手厚く遇せよとのご命令である。
具体的には全貴族家の爵位を一段陞爵させよというものであった」
歓声が上がった。
どうやらほとんどの者は、全員の爵位が上がるということは、貴族の中での自分の位置は変わらないということには気づいていないようだ。
まさに朝三暮四を地で行っているサルである。
「尚、公爵家についてはこれ以上の爵位が無いため、新たに『上級公爵家』という爵位を創設するものである。
また、これら陞爵した貴族家当主には、全員に『元老』の称号を与え、今までの貴族年金に加えて元老年金も下賜するものとする」
また歓声が上がった。
「尚、貴族家に連なる者たちも、その全力をもって元老を支えよというご命令である。
この元老は、全員で元老院を構成し、国家の目付け役となる役割を持っている。
つまりは国の重石であり、要となる極めて重要な地位と言えよう」
(皇宮府や行政府が目付の意見に従わねばならないとはどこにも書いていないがな)
皇帝はそう思って心の中で微笑んだ。
「それ以外にも、皇帝に対する立法の要請、立法への批判、法改正の提案、政策提言など全てを内包する専門の役職とするようにとのご命令である。
そのために、貴卿らは最低でも年1回政策提言書、もしくは政策批判書を提出して貰いたい。
この提出書類の内容によって、貴卿らはさらなる陞爵が与えられる可能性がある」
さっきよりも大きな歓声が上がった。
そんなものを提出するのは面倒だが、家臣に書かせればいいだろう。
「尚、いかなる提言、批判が為されようともそれに対しての処罰などは一切行われない。
何故ならば卿ら元老は国の良心であると見做されるからである」
貴族たちはみな誇らしげな顔をしている。
(その良心が腐りきっているからこそ、このようなことをしているのだがな……)
皇帝はまたそう思った。
「また、これら提言や諫言、批判は全て文書によって行えとのご命令もあった。
これは、優れた提言などをした貴族家当主の名を未来永劫称えていくためのものである」
また歓声が上がった。
自分たちの名が中華帝国の歴史に残るかもしれないのである。
『これは家臣ではなく優秀な学者を雇って、そ奴に書かせねばならんな』
ほとんどの当主がそう思った。
自分が書こうなどとは誰も思っていない。
「それでは第2章、『皇帝』について説明する。
建国から90年経過したということは、中華帝国が安定して発展していることの証左であると建国陛下はお喜びである。
これは卿ら貴族の功績であると同時に、建国陛下の子孫である皇族の功績であるともお認めくださっている。
そして、建国後間もない国の混乱を避けるために封印していた2代目以降の皇帝勅令を解禁せよとのお言葉もあった。
ただし、その勅令もあまり頻繁になることなく、年に数回程度までになるよう真に重大な勅令のみにせよということである。
このご命令を遂行するために、朕は皇宮に『皇宮府』を設立して勅令の立案と吟味を行わせることとする。
また、第3章から第5章までに書かれている立法府、行政府、司法府の人事はこの『皇宮府』が司れとのご命令であり、この任務については皇帝自身と皇宮府の総力を挙げて取り組めとのご命令もあった。
ただし、その三権の行使に於いては、皇宮府は助言を行うのみで、その実行までには口を挟まぬようとの厳命もある。
従って、皇宮府が管掌するのは人事のみである。
ほとんどの貴族たちの表情は変わらない。
ほんの数人が驚いているだけである。
(実際の権力というものはこの人事権そのものなのだが、これを理解出来る貴族家当主はほんの数人しかおるまい。
なにしろこ奴らは人事とは全て爵位とカネで贖うものと思っておるしの。
それに、皇宮府の助言に従わぬ役職者はすぐに罷免出来ることにも気づいておらんだろう……)
皇帝はそう思ってまた心の中で微笑んだ。
「また、国の目付け役がそなたら貴族であるのと同じように、こうした三権の場の目付けとして、新たに『平民元老』も任命される。
この者たちの役割は、貴族元老と同じく、三権の行使に関して皇宮府に文書で提言を行うことになる」
(これで賄賂の追求しか頭にない役人どもをまとめて排除出来るの。
また、その提言が皇宮府に対するものということも重要だのう。
なにしろ現場に口を出すことは禁じられたのだから)
皇帝はまた心の中でそう思った。
「尚、国の最重要機関である貴族元老院の設立は直ちに行われるが、三権の場を監督する平民元老院の設立は国政の混乱を避けるために、徐々に行われて行くことになる。
朕はこうした建国陛下の御命令を忠実に実行していく所存である」
貴族たちは、建国陛下に褒めて頂いたことと、元老年金を貰えることを単純に喜んでいた。
これからのことを思って蒼白になっているのはほんの数人である。
皇帝陛下はその者たちの顔と名前を心に刻んだ。
こうして、中華帝国の権力は皇帝に集中していくこととなったのである。
別名独裁化ともいう。
まあ、口では国のためと言いながら、実際には利益誘導による賄賂の追求しか行っていなかった貴族統治システムよりは1000倍マシだろう。
大地は、こうした独裁者が善意の統治者であれば、民主政治と言いながら実際には衆愚政治やポピュリズムに陥っている民主主義よりも遥かに優れた国政運営が可能だと思っていた。
もちろん皇帝が暴走すれば、これを大地が排除するのもまた簡単なことである。
ストレーくんの地球犯罪者用刑務所には、まだまだ大変な収容能力があるのだ。
一方で世界各国は中華帝国を最大級に警戒した。
『言語理解』により建国皇帝命令書を精読出来た各国主脳部にとって、これはどう見ても皇帝の独裁政治を目指すものと思われたからである。
これに気づいていないのは、生まれに胡坐をかいて学問も努力も怠って来た脳ミソの足りない中華帝国貴族たちだけだったのだ。
皇宮内に早速『皇宮府』が設立された。
初代皇宮府大臣はむろん周恩来来である。
周恩来来大臣は直ちにスタッフの人選を発表し、その全員を皇宮府に呼んで説明と組織作りを行った。
そのメンバーは完全にシスくんが作った推薦書通りである。
彼ら皇宮府の新官僚は皆感激していた。
今までは共産主義青年同盟でいくら努力しても、民間から賄賂を受け取らず、貴族や上司へ賄賂を贈れなかったために、課長どころか係長にすらさせて貰えていなかったのである。
それがいきなり皇帝陛下直属の皇宮府の課長や部長や局長に大抜擢である。
しかも陛下直々のお言葉まで賜ったのであり、彼らの意欲は最大限に膨らんでいた。




