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*** 40 括約筋弛緩ポスター ***

 


 大地が受験した県立青嵐高校では、合否判定会議が開かれていた。



「それにしても県教委も思い切って出題傾向を変えたもんですな」


「どうやら、中央の指導で同じように傾向を変えた県も多かったようですが」


「暗記に頼る学習ではなく、応用力や発想力まで試そうという試みですか」


「ですが、改革初年度の受験生にはちと酷だったようですなぁ。

 県が発表した平均点は、400点満点で210点、標準偏差は38点だったそうですぞ」


「でもまあ、平均点が下がったということは合格点も下がったということで、特に問題は無いかもしれません」


「これで今年から県内の中学校の暗記重視の教育姿勢が改まってくれればよいのですが」



「ところでみなさん、あの難問テストで5教科とも満点を取った生徒がいたそうです。

 しかもその生徒は我が青嵐高校を受験していました」


「ほう! あのテスト内容で満点ですか!」


「2位の生徒は331点でしたから、断トツでトップ合格ですね」


「平均点210点、標準偏差38点のテストで400点満点ということは、偏差値で言えば100ですか……」


「うーむ、ということは、単純計算で500万人に1人の成績ということですね」


「今年の高校受験生は全国で約130万人だったそうですが」


「それは凄いな。

 各教科ごとに満点を取る生徒はいるだろうが、全科目とは……」


「その子の内申書と身上調査票はありますか?」


「こちらに用意してあります」



「ふむ、内申点もほぼ満点ですか。

 所見欄にも、『明朗活発、公明正大、リーダーシップ有り』とありますな……」


「ああ、この子でしたか。

 髪型が特徴的だったので試験監督をしていたときに見たのを覚えています。

 どの科目でも半分ほどの時間で終わらせて、あとは退屈そうにしていたのが印象的でした」


「は、半分の時間……」


「そ、それで全科目満点とは……」


「ええ、出来具合が心配で、見回るついでに答案用紙をさりげなく見てみたんですが、すべて埋まっていたので安心していたんです。

 それにしても、あれで全科目満点とは……」


「7歳の時にご両親を事故で亡くされて、唯一の肉親だったお爺さまも去年の夏に亡くされていたのですか」


「それで現在は家庭裁判所の指名で法定未成年者後見人がついていると……」


「おお! この法定後見人は市の弁護士会会長の佐伯三郎氏ですぞ!

 副後見人兼保証人は、県内最大の私立病院理事長である須藤正義氏とあの静田物産社長の静田雄造氏ですか……

 既に途轍もない人脈ですなぁ」


「まさにスーパー中学生ですな。

 他に受験した私立高校は無いと書いてありますし、この生徒が当校に来てくれるのですね」


「うーん、楽しみですねぇ」



「ああみなさん、本日の合否判定会議の審議事項なんですが、例年通り辞退を見込んで受験生の上位から300名を合格させるということでよろしいでしょうか?」


「異議なし」「異議なし」「異議なし」「異議なし」


「それでは異議もございませんようですので上位300名とさせて頂きます」



 因みに、青嵐高校は戦後のベビーブームの後、最盛期には800人の生徒を抱えていた。

 その後、日本全国の多くの小中高校では、少子化に伴って生徒数を減らしていったが、こと青嵐市に於いては通学圏内に青嵐ニュータウンが出来たために、生徒数がほとんど減っていない。



「ということは、足切りはちょうど平均点付近ということになりますか。

 ふう、それにしても、これほどの難問テストで満点ということは……」


「はは、現時点では学力日本最強の中学生かもしれません」


「いや総合学力と言う点では15歳までの人類最強かもしれませんぞ……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 天界では天使ツバサが微笑んでいた。


 ふふ、さすがはダイチさん。


 戦闘能力も頭脳もものすごい進化ペースね。



 でも……

 それでもアルスの中央大陸は手強いの……


 なにしろ住民の平均E階梯が僅かに0.3しか無い上に、支配階級のほぼ全員と住民の半数以上が武装強盗を当然の経済行為だと思ってるんですもの。


 ただ、わたしや神界も、なぜかダイチさんには可能性を感じるのよ。


 いったいどうやって中央大陸を救うのか見当もつかないけど、それでもあなたなら何かしてくれるんじゃないかと思ってしまうの。



 でも焦らないでね。


 神界は結果が出ないからといって、すぐにあなたを解任したりはしないわ。


 それこそ一生をかけてでも構わないから、ほんの少しでも大陸に平和をもたらして、ひとりでも多くの住民を幸せにしてあげてね……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 地球時間で3週間もすると、伴堂師範もかなり回復して来た。


 今日も大地が持参した高級料亭謹製特別弁当を3人前、ばくばくと食べている。



「そうそう、わたし大地ちゃんにお願いがあるの」


「なんでしょうか?」


「今回のことに懲りずに総合格闘技を続けて欲しいのはもちろんなんだけど、これからは正式に3人目の師範代として、日に1時間で構わないからジムの会員さんたちに基礎を教えてあげて欲しいのよ」


「えっ……」


「例えばサンドバックに向かってるところとか、コンビネーションの型を見せてあげるとか。

 そういうデモだけでもいいからお手本を見せてあげて欲しいの。

 そうね、日替わりで格闘技エクササイズコースと護身術コースとプロアマコースの全員に」


「あ、あの……

 あのスパーを見て、怖がった会員さんたちが大勢退会しちゃったようで申し訳ないです……」



 伴堂師範が微笑んだ。


「そんなことないわ。

 いえ、最初は減るかもしれないけど、すぐに新たな入門希望者が押し寄せて来るから心配しないで」


「そ、そうなんですか?」


「もちろん。

 それもみんなあなたを見に来るのよ。

 だからきっと、あなたのワザを間近で見られるだけで大満足するわ♪」


「は、はぁ……」





 家に帰った大地はタマちゃんに相談してみた。


「ねえタマちゃん。

 師範にあんなこと頼まれたんだけど、どうしようか……

 アルスを放っておいて地球でそんな仕事をするなんて……

 実は高校も最初の1か月だけ行って、後は休学か中退でもしようかと思ってるんだ」


「何の問題もにゃいにゃ」


「え?」


「ダイチがここまで強くなれたのは、あの怪物師範のおかげもあるにゃろ?」


「う、うん」


「それにこれからも白兵戦戦闘術を教えて貰いたいんにゃろ?」


「で、出来れば…… 俺もまだアルスで死にたくないし」


「そういう関係は貴重にゃ。

 それに神界は気が長いのにゃあ。

 特にダイチがこれだけの短い期間でみるみる成果を上げてるのをみて、きっとますます期待してるにゃよ。

 だからそんなに焦らなくていいにゃあ」


「そ、そうなの?

 結果を出せないと3年で馘になるかもしれないと思って……」


「それはふつーのダンジョンマスターにゃ。

 ダイチは特命全権マスターなんにゃから、事実上寿命が任期にゃよ」


「えっ……」


「この地球で高校に通うのも、ジムで師範代をするのも、きっとダイチの役に立つにゃ。

 しかも、高校とジムに行っても時間は12時間近く余るし、日本が夜になったらアルスは朝っていう時差もあるにゃろ」


「う、うん……」


「それにゃら、地球の夜12時間でアルスでは5日も働けるし、時間停止収納庫では十分な睡眠が取れて無限の時間鍛錬が出来るにゃ。

 だから問題にゃいのにゃよ」


「そうか……」


「そういうことにゃ。

 しかも、高校は土日は休みにゃし、夏休みや冬休みなんかにはほとんどアルスに集中して仕事が出来るんにゃから、さらに問題はないにゃあ」



 大地が微笑んだ。


「わかった、アルスでも地球でも頑張ってみる!」


「うにゃ♪」





 伴堂師範がジムに復帰した日から、大地は正式に3人目の師範代になった。


 受験も終わって、中学3年生は卒業式までは早めの春休みとなったために、時間的には大幅に自由になっている。


 タイムテーブルとしては、毎日朝8時に剣道場に行って1時間ほど真剣を使っての巻き藁切りや居合術を学ぶ。

 どうやら師匠は、近いうちに大地に『免許皆伝』の書状をくれる準備をしているらしい。



 その後は自宅に戻ってからアルスに転移して、ダンジョンで戦闘訓練、時間停止収納部屋で魔法訓練をみっちりと行う。


 午後3時からはMMAジムに行って伴堂師範から1時間白兵戦の訓練を受け、休息の後はやはり1時間、4つあるコースのいずれかで師範代を務めた。


 もっとも師範代と言っても、主に皆の前で実際のコンビネーションなどを見せるデモをするだけだったが。


 その後は再び自宅に帰ってすぐにアルスに行き、またダンジョンで戦闘訓練、時間停止収納部屋で魔法訓練を繰り返した。




 そして……


 驚いたことに伴堂の予想は見事に当たった。


 特に『春のMMA特別体験』と銘打って会費を割安にした季節コースは、新規の会員で溢れかえったのである。


 しかもそのうちの9割がJKやJDやOLさんなどの女性だった。

 中にはJCまでいる。



 伴堂はそれらの季節会員のほとんどを大地に回した。


 おかげで大地は多数のお姉さまたちに囲まれて、ムンムンした空気の中で毎日困惑しながら過ごすこととなったのである。




(ねえタマちゃん……

 やっぱりさー、あのジムの正面に貼ってあるポスターのせいだと思うんだ……)


(うにゃ……)




 通常こうしたジムは、通りがかりのひとが中を見やすいように、表通りに面したところは大きなガラス張りになっている。


 そして、今はそこに巨大な3枚組のポスターが外に向けて貼ってあった。


 あのガチスパーの日にリングを4方向から撮影していた映像のうち、伴堂師範が選んだ名場面を固定して画像処理し、それを引き延ばしたポスターである。



 1枚目のポスターの上部には片手で逆立ち姿勢になっている大地の姿があった。

 背筋こそ伸ばしてはいるが、脚はバランスを取るためにやや折り曲げて前後に広げている。


 左手も伴堂に掴まれないように斜め上方に伸ばしていたため、見た目はまるでブレイクダンスのエアチェアー・フリーズだった。



 そして……


 そのポスターの下半分には伴堂師範の上半身が見える。


 そう、大地は伴堂のアタマに手を乗せて倒立しているのである。



 伴堂の姿といえば、悪鬼羅刹のような表情、しかもその顔色はチアノーゼのせいで赤から紫になりつつある。


 目はカッと見開かれてはいるものの、血走りながらやや焦点が合っておらず、さらに、上に飛んだ大地を追っていたためかなりの上目遣いになっていた。


 まるで理性を失った狂人の顔である。



 両腕は大地を捉えるべく思い切り力を入れながら広げられていた。


 体脂肪率が5%しか無い筋肉ダルマが全身に力を込めると、全ての筋肉が浮き上がって腱までもはっきりと見えるようになる。


 もはや体はすじだらけで、網目に覆われているように見えた。


 しかも伴堂は40代後半の男であるために、血管もすべて浮き上がっていて、まるで人体構造模型のようだ。


 もはやほとんど人外の姿である。



 その凶悪な体躯が少年を捕まえるべく迫って来ている。


 気の弱い人なら、その姿を見ただけで膀胱括約筋が緩むだろう……




 2枚目のポスターには、片手跳躍を行った大地が空中で半回転してバランスを取り、その右足が伴堂の後頭部やや右側を捉えた瞬間が見事に映っていた。


 伴堂の頭部から飛び散った無数の汗の玉が、リング上部の照明の光を浴びてキラキラと光っている。



 首は有り得ない方向に曲がり、目は完全に白目になっていた。


 いや白を基調として、無数の太い赤い血管が縦横に走り、まるで異種生命体の目のようである。


 その赤白目のまま、大地に蹴られた衝撃で眼球が半分ほど眼窩から飛び出していた。



 この顔を間近で見たら、肛門括約筋も緩むかもしれない……





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