*** 4 なぜ8個だとダメで、2個だとウレシイんだ? ***
(おっとそろそろ肉が焼けたか。リゾットもいい感じになったな。
さて、夕食にするとしよう)
通常の冬山登山では考えられない豪勢な食事を堪能しながら、大地はまた須藤邸での出来事を思い出していた。
(それにしても淳さん、異世界ラノベが好きなんだなぁ。
まさかあそこまで研究するとは。
でもまあ、おかげで俺も数百冊のラノベ読ませて貰えて楽しかったけどさ。
じいちゃんまで読んでたのには驚いたけどな。
『こんなことは現実にはあり得ない』とかぶつぶつ言いながら、それでもけっこうたくさん読んでたっけ……)
食事を終えると、大地はナイフやフォークを紙ナプキンで拭き、全て紙製の皿もごみ袋に入れた。
この小屋には近所の沢から強化ゴムのパイプで水が引いてあるが、冬季は完全に凍結してしまうため水は抜いてある。
貴重な水で食器を洗うことはない。
窓の外は既に暗くなり始めていた。
ガソリン式の発電機と照明もあるが、大地は小屋に置いてあった大型の燃料式ランタンに灯を入れ、併せてダウンジャケットのポケットにヘッドライトを用意した。
山での必需品は数あるが、簡易テント、コンロ、雨具に続いてこのヘッドライトも重要な品になる。
なにしろ曇った夜などは、目の前に持って来た自分の手すら見えないほどの闇に覆われるのだ。
電池は登山前に常に新品に交換し、替えの電池も必携である。
大地は軽量化を考えてボタン電池型のヘッドライトを使っており、予備の電池も3つ持っていた。
食後は小屋の裏手にあるトイレで用を足した。
興味深いことに、山に登っているときにはほとんど小用の必要は無い。
大量にかく汗が排尿の代わりになっているのだろう。
そのためか、5日も山にいて同じ靴下を履いていると、靴下が尿臭くなってくるが……
大地は小屋のソファに戻るとザックから淳の『卒業レポート』を取り出した。
(まだ5時だし2時間ぐらいならかまわないだろう……
本当に凄いレポートだよこれ。
『より良い異世界生活のために』と銘打ってるけど、ここまでまとめると、まるで原始時代から産業革命前夜までの人類の技術進歩の歴史だよな。
俺たちは確かに『文明人』かもしらんけど、知識もなく石器時代に戻ったら現地人とほとんど変わらない生活しか出来ないだろうし。
『知識チート』もそれなりにたいへんだっていうことか……
それにしてもだ。
じいちゃんは休みのたびにいろんなところに連れてってくれたけどさ。
北九州のたたら製鉄所とか北海道の牧場でのチーズやバター製造体験とか。
あと千葉で醤油醸造所の見学とか新潟で酒造り見学とか。
そうそう、焼津でひもの作りの見学や、瀬戸内での塩の製造現場の体験もあったか。
スエーデンの武器博物館にも連れてってもらったし、受験が終わったらアメリカに行って陸軍の体験入隊もさせてくれるって言ってたし。
それってまるで……)
「トントン」
そのとき、山小屋のドアにノックの音がした。
大地の全身の毛穴がぶわりと広がり、冷めたい汗が噴き出て来る。
この季節、この場所に人がいるはずはない。
人家からは東西南北とも10キロ以上は離れているはずである。
特に西側はそのまま山地に至るため、数十キロの範囲には誰もいない。
また、ここは登山コースからは完全に外れている。
単独行の登山者は稀に幻聴を聞くことがあるというが、大地にそのような経験は無かった。
「トントン」
またノックの音がした。
幻聴ではない。
「あのぉ、北斗さん、いらっしゃいますか?」
声まで聞こえた。
それも涼やかな少女の声だ。
「は、はいっ!」
思わず返事をしてしまった。
返事をしたからにはドアを開けなければならない。
ドアの強化ガラスは凍り付いていて外の様子はよく見えないが、それでも人影らしきものがドアの向こうにいるのがわかる。
大地の手は少し震えた。
冷汗もその量を増しているが、勇気を振り絞ってドアに向かう。
振り絞るという比喩表現が比喩とは思えないほどに迫って来ている。
ドアを開けると、外には身長150センチほどの小柄な少女が微笑んでいた。
真っ白な肌に銀色の長い髪と碧い目。
完全に日本人離れした美少女だった。
体には薄手のトーガと呼ばれる衣装を纏っている。
大地は慌てた。
特にその軽装に。
仮にその少女が人間であれば、この気温の中では10分で意識が混濁し、20分で意識不明となって、1時間も経てば死に至るだろう。
ここは家庭用冷蔵庫の急速冷凍庫よりも遥かに気温の低い場所なのだ。
一刻の猶予もならない。
「ど、どうぞ!」
大地はドアをいっぱいに開いて小屋に少女を招き入れた。
「ありがとう♪」
そうして大地は見てしまったのだ。
少女の背中にある一対の小さな白い翼を。
「い、いますぐ暖炉に火を入れます!
そ、それまでこれを!」
分厚いダウンジャケットを脱いで渡す。
「どうもありがとう。
でもその前に……
コーノスケさんのことは本当に残念でした。
心より御悔やみ申し上げます」
少女はぺこりと頭を下げた。
トーガの胸元から見えてはいけないものが見えてしまった。
大地の全身から先ほどとは違った種類の汗が噴き出す。
「あ、ありがとうございます。
で、ですが、いかに若く見えて行動力があったにしても88歳ですから。
寝ている間に心筋梗塞を起こしても不思議ではない歳でした……」
「それでも御悔み申し上げることには変わりありません。
それにしても実に素晴らしい人生でした」
「はい…… 重ねてありがとうございます」
「それからダウンジャケットありがとう。
でもわたしなら大丈夫よ。
『耐熱』と『耐寒』のスキルを持ってるから。
というか、『完全状態異常耐性』持ちだから。
でもなんで暖炉に火を入れて無いのかしら?」
「それは……」
「ああそうか、薪が少ないのね。
コーノスケさんが薪を用意する前に亡くなってしまったから。
でもやっぱり冬は暖炉に火が入ってた方がいいわよね。
確か薪も持ってたはずだけど……」
「…………」
「あ、あったあった」
少女が手を下げるとそこに薪の束が現れた。
「あ、アイテムボックス……」
「あら、よくご存じね。
でもこれはアイテムボックスっていうより空間魔法ね。
『収納』っていうのよ」
「………………」
「それじゃあこれ暖炉で燃やしてもいいかしら?」
「は、はい……」
薪の束がふわふわと飛んで暖炉に収まり、少女が指さすと一瞬で火がついた。
すぐにパチパチと木がはぜる音が聞こえ始める。
「これは『念動』と『発火』の魔法ね。便利でしょ」
「は、はい……」
(淳さんが見たら狂喜乱舞するだろうなぁ……)
「ところで大地さん。
あなたさっき祠にコーヒーをお供えしてくれたでしょ。
眷属から連絡があったんだけど、他の場所でお仕事をしてたんで来るのに時間がかかってしまって。
だからもうすっかり冷めちゃってて半分凍ってるの。
もしよろしかったら、もう一杯ご馳走して頂けないかしら」
「は、はい……」
(他の場所に居てもすぐに来られるのか……
それってやっぱり……)
大地は小屋にあったコーヒーカップをコッフェルのぬるま湯で洗い、新たにコーヒーを淹れ直した。
「ありがとう。
ああいい香りねぇ。これモカ・マタリでしょ。
最初幸之助さんが淹れてくれたのはモカ・ジャバっていう豆だったんだけど、産地のコーヒーの木が病気で全滅しちゃったんですってね。
でも、このマタリもおいしいわ」
「あ、あの、祖父とは昔からのお知り合いなんですか?」
「ええ、コーノスケさんが16歳の時からね」
(マジかよ……
それじゃあこの子はやっぱり……)
「それじゃああなたが祠様なんですか?」
「うーん、その呼ばれ方、可愛くないからあんまり好きじゃあないんだけど……
でもコーノスケさんはそう呼ぶのよねぇ」
「…………」
「もしよかったらあなたが私の名前を考えてくれないかしら?」
「も、元々のお名前は?」
「あのね、天使族は軽々に真名を明かしてはいけないのよ。
だからまあニックネームみたいなものでいいわよ」
(『天使の天ちゃん』とか言ったらグーで殴られそうだな……
それ以外の印象だと……
ノーブラだから『ノブラさん』とか『ビーチクちゃん』とか……
い、いやこの世から抹殺されるかもしらん……)
「あ、あの、白い翼が綺麗なんで、『ツバサさま』では如何でしょうか……」
「まあ! ステキな名前をありがとう!
私たち天使族は別名白い翼族とも呼ばれてるからぴったりだわ!」
「…………」
(やっぱり天使だったか……
そ、それにしてもノーブラ+薄着はその胸ポチのインパクトが強すぎて……
気が散ってしょうがないぞ……)
「うふふ、幸之助さんが16歳の時とそっくりね。
あのひともわたしの胸が気になってしょうがなかったみたいで、よく『お願いだから乳帯をつけてくれ!』って叫んでたわ♡」
(ち、乳帯……)
「でも別に見たければいくら見ても構わないわよ。
この体はあなたたちヒト族に似せたものであって、私の本来の体じゃないもの。
だからぜんぜん恥ずかしいとは思わないし。
なんだったら服も脱ぎましょうか?」
「お、おおお、お願いですから服は着たままでっ!」
「じゃあこんなのはどうかしら?」
途端に少女の頭に白銀色の毛に覆われた三角耳が生えて来た。
首回りや手首の周りも白銀のふわふわの毛に覆われている。
(ね、猫耳……)
「これなら服を脱いでも大丈夫そうね♪」
目の前の美少女猫人の服が消えた。
大地も15歳の男の子である。
悪いと思いつつもガン見してしまった。
(背中の翼はそのままなんだ……
あ…… 下半身のアブナイところはビキニのボトムみたいな形の白銀の毛で覆われてる……
足首にもアンクレットみたいな形で毛の房があって可愛い……
しっぽもすげぇ可愛い……
うわっ!
おっぱいだけは剥き出しで白銀の毛は生えてないんだ……
でも……
ところでさ……
このものすごい違和感はなんなんだ?
どうしてこう一瞬にしてエロっぽいカンジが吹っ飛んじまったんだ?
うん、たぶんおっぱいが8個あるからなんだろうな……
やっぱり猫は通常乳首8個だからか??
それにしても、どうして俺はおっぱい2コだとコーフンして8コだと萎えるんだ???)
「あれ? どこかオカシイかしら?」
「い、いやその……
やっぱり猫だからおっぱいは8個なんですね……」
「ああそうか、ヒト族は通常2個ですもんね。
じゃあこれでどう?」
途端に乳房が6つ消えて2つになった。
(や、ヤバイ……
これはドストライクだ……
しかしなぜ8個だとダメで2個だとウレシイんだろ?????)
「うふふ、どうやら気に入ってくださったようね♪
それにしても不思議ね。
ヒト族の男の子はみんなおっぱいが好きみたいだから、8個にしたら4倍喜んで貰えるかと思ったんだけど、違ったのね。
なんでかしら?」
「すいません……
自分のことながら僕にも本気でわかりません……」