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*** 399 中華帝国皇帝陛下 ***

 


 後年、地球の学者たちによって『神界の恩寵』に関する意識調査が行われた。


 それは、地球人類にとってどの恩寵がどれだけ幸福を齎し、社会に貢献したかを詳細に調査するものだったのである。


 もちろん『重篤疾病治療』や『障碍の回復』、『若返り』は幸福への寄与度が大きかった。

 だが、これらの恩寵は受益者の人数そのものはさほどに多くなかったのである。

 だが、『言語理解』の恩寵はかなりの人々を幸福にした。


 単に外国語が理解出来るようになったという恩寵ならば、それほど幸福の実感は無かったであろう。

 だが、軽度LD者は実際にはかなりの人数がいたのである。

 彼らは自分が文章を読んで理解出来るようになったことに驚いた。

 そうして、知識の取得が格段に進んだだけでなく、古典を含めたあらゆる文学作品を身近に感じられるようになっていったのである。

 驚くべきことに、漢籍の原文を読んでもその意味がわかるのだ。


 この幸福度は実に実感がしやすかった。




 余談:

『なろう』の『投稿の仕方』には、1話当り2000字から4000字程度が良いと記載されている。

 また、最近投稿された作品を見ても、1000字から2000字ほどの作品が増えて来ている。

 これはやはり原稿用紙2枚から5枚程度以上の文章を読むと眠くなってしまうLD者をも読者に取り込もうとする試みであろう。

 もちろん短編の作品が多いのも同じ理由と思われる。

 1万字以上の文章を読むと、主人公の名前すら忘れてしまうような気の毒な読者に配慮したものだろう。


 また、作品検索欄には『会話文の割合』などという項目も存在したりする。

 これも会話文のような平易な文章を求めるLD者たちに配慮するものと考えられる。


 因みに、筆者は読もうとする作品を探す際に、あらすじ欄の文字数と投稿話数を見て1話当り文字数が2000文字以下の作品は敬遠するようにしている。

 あまりにもブツ切りにされた話を読むと、それだけで不快に思えてしまうからである。


(新聞連載小説は1000字ほどだが、あれは毎日必ず掲載される上に、当代最高の作家さんたちの技の冴えが見られるために、実に読みごたえがある。

 たった1000字の中に起承転結を盛り込むなどという神ワザも拝見出来るのだ。

 しかも、連載終了後にそのまま単行本になってもほとんど違和感が無いのである。

 流石としか言いようがない)



 ついでに言えば、最近投稿作品中の『あとがき』がヤタラに増えて来ているようだ。

 中には本文と同じほどの長さのものまである。


 それも、【重要!】だの【重要なおしらせ!】だのと題名を打って、内容は全てブクマやポイントを媚びる内容ばかりである。


 投稿者が苦心して作品を著し投稿する動機とは、ほとんどがマズローの言う第5欲求によるものであろう。

 社会的承認を求める第4欲求を追求するにしても、それは見苦しい物乞いによって得るものではないと思うのだが……

 

 こうした物乞いあとがきを読むと、如何に面白い作品であろうとも実に後味が悪いのだ。

 こうした不快感を感じないように、あとがきが無いか極めて少ない作品を探すのだが、最近ではそれも難しくなって来ている。


 運営さん、読み手のために『あとがきをカットする機能』を作ってもらえないものだろうか……



 そして考えてもみて欲しい。


『物語が1話当り1000字~2000字程度で極めて短い』&『こうしたブツ切の話の間に長文の物乞いあとがきが頻出する』という状況が如何に不快かを。


 例えば演劇を見ていたとしよう。

(その劇自体はまあまあ面白いとする)


 だが、その劇中10分ごとに幕が下りて脚本家や監督が舞台にしゃしゃり出て来るのである。

 そうしておひねりを強請ねだったり、フォロワーになってくれと見苦しい懇願をするのだ。


 これでは観客が不愉快になるのは当然だとは思わないのだろうか?


 それとも、タダで俺の作品を見ているのだから、そのぐらいの不快感は耐えろということなのか?




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 LD者たちは、障碍を完治してくれた恩寵に対する感謝の祈りを神界に捧げた。

 神界だけでなく、その使徒であるアスラさまにも。


 おかげで、大地のE階梯はさらに爆上りして行ったのであった。


 そう……

 感謝の祈りを捧げられた者は、それがポイントになって自動的にE階梯も上がっていくのである。

 ダンジョン内のHPと同じまさかのポイント制なのであった……




 神界の神さまたち:


「ダイチのE階梯がついに7.5に届きおったか……」


「もはや天使に昇格どころか、上級天使威を授けるレベルになっておるの……」


「いや、このままいけば、あと数年以内に神威レベルにまで到達するだろう」


「ほんに恐ろしい男じゃのう……」


「ヒト族にはこんな男もいたのだな……」


「なにか褒美も考えてやらねばいかんの……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 中華帝国についてのシスくんの調査が終了した。



「あの皇帝と皇太子のE階梯っていくらだった?」


(それが皇帝は3.9もありました。

 皇太子も3.5です)


「ほう、皇帝はもう少しでダンジョンマスターになれるレベルじゃないか。

 皇帝の言動を見ていて、意外にE階梯が高いんじゃないかと思ってはいたが、そこまで高かったか。

 それで共青同の政治テクノクラートたちの調査は?」


(E階梯の順に氏名、所属、得意分野のリストアップは終わり、人事案も作りました。

 後でチェックをお願いします)


「いやお前が作ったリストなら大丈夫だろう」


(恐縮です)


「なあシス、あの極悪鬼畜中華帝国にもひとつだけ救いがあると思うんだ」


(『救い』…… ですか……)


「太子党の連中はもうどうしようもないけどさ。

 その太子党貴族も共青同の連中も民も、あの皇帝の言うことだけには従うんだよ」


(なるほど。

 それで皇帝の暮らしぶりを見ていらっしゃったのですね)


「そうだ。

 ならばまともな皇帝がいるうちに国を造り変えてしまえばいいだろう。

 それじゃあ俺は俺で動くとするか……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 或る朝、中華帝国皇帝陛下がお目覚めになると、そこは見知らぬ場所だった。


(ここはどこであろうか。

 どうやら皇宮ではないようだが……)


 窓の外からは微かに波の音も聞こえる。

 立ち上がって窓辺に寄れば、そこには砂浜の先に海が広がっていた。


(随分と美しい海であるの……)



 そのときドアにノックの音がした。


「お入りなさい」



 ドアが開いて25歳ぐらいに見える男が入って来た。


「やあ皇帝陛下、おはよう」


「おはよう。

 ところで貴殿は……

 ひょっとしてまさかアスラ殿かの……」


(ほう、随分と落ち着いてるな。

 小人物はこういうときやたらに喚き散らすものだが)



「そうだ。

 俺は神界からの使徒アスラだ。

 ここ神界が作った施設に陛下を勝手に招待したことをお詫びする」


「それは問題ない。

 一度お会いして御礼申し上げたいと思っていたのだ」


「御礼?」



 皇帝陛下は頭を下げられた。


「貴殿のおかげで朕の甥子が死なずに済んだ。

 心から礼を言わせて欲しい。ありがとう」


「頭を上げてくれ。

 それに皇帝陛下は頭を下げてはいけないんじゃなかったのか?」


「それは公式の場でのことだ。

 ここはどう見てもそのような場所ではなかろう。

 ならば身内の命の恩人に頭を下げて礼を言うのは当然のことだ」


(うーん、思ってたよりもさらにマトモだわー)


「だが言ってみればあれは食料調達のための商業活動だ。

 代価を払っている以上そこまで感謝する必要は無いぞ」


「それでも貴殿がいたおかげで我ら一族は悲しみに暮れずにすんだのだ」


「そうか、陛下の気持ちは確かに受け取った。

 それじゃあ取り敢えず顔でも洗って来たらどうかな。

 あのドアの先に洗面所とトイレがある。

 歯ブラシもタオルも着替えも置いてあるから自由に使ってくれ」


「ありがとう」


「1人で身支度は出来るか?」


 皇帝は微笑んだ。


「建国皇帝陛下は建国に際し長征を行われた。

 そのときの生活は山野の中での野営がほとんどだったそうだ。

 そのために、子孫にも身の回りの世話は自分でせよという教えが為されているのだよ」


「そうか」



 身支度を終えた皇帝と大地はテーブルについた。


「茶にするか、それとも朝食にするかい?」


「それではよろしければ茶を一服頂きたい」


「中国茶にするか。それとも紅茶がいいか」


「紅茶を頂けるかな」


 その場に紅茶が出て来た。


「ほう、神界からの使徒殿はこのようなことも出来るのだの。

 それでは頂こうか」


 皇帝はまず紅茶の香りを楽しみ、ストレートで一口飲んだ後は少しだけ砂糖を入れていた。



「旨い…… 神界は茶も旨いのだな。

 ところでアスラ殿、皇宮に連絡は取れるかの。

 朕は構わんが、もし朕がいないことに侍従たちが気づけば大騒ぎになってしまうのだ」


「安心してくれ。

 この場所にいる限り、外では時間が止まっている。

 陛下が皇宮に戻るときには元の時間に帰ることになる」


「さすがは神界の為せることというわけか。

 ところで、このような場所に朕を『てんい』させた理由を聞かせてもらってもよいかの」


「実は俺は、アルスだけではなく地球の面倒も見るように神界から指示されている。

 まあ一応地球総督に任命されているということだ。

 その総督としての任務の件で呼ばせてもらった」


「なんと。

 神界より、アルスだけでなく地球総督にまでご任命されたと仰られるか。

 それであれほどまでのご恩寵を地球に下されたのですの」


「もちろん個別の国の政治を司る気はないけどな。

 ところで陛下は俺がアスラだと信じるのか?」



 皇帝は微笑んだ。


「貴殿のお姿もお声もネットやテレビニュースで散々拝見いたしましたし、あの警戒厳重な皇宮からこうしてわたくしを連れ出すお力を見れば、信じぬわけには参りませんでしょう」


「そうか」


「この上はわたくしのことは沢北北ツーペーペーとお呼びください。

 中華帝国建国者、マオ沢東東ツートントンの4代後の子孫でございます」


「いや、そんなに畏まらなくてもいいぞ。

 俺のことはアスラと呼んでくれ」


「畏まりましたアスラ殿」


「それにしても陛下はネットもテレビもよく見ていたのか」


「建国皇帝の教えでしての。

 皇帝は政治に口を出さず、ただ国の象徴として『在る』ことが使命だというのですよ。

 だから大いに暇なのです。

 せっかく政治やら経済を学んでも、生かす場もありませんし。

 おかげで毎日ネットやテレビでニュースやサッカーをたっぷりと見られているわけです」


「そうか。

 それで陛下をここに呼んだ理由だが、最近中華帝国の民が苦しんでいるだろう。

 それをなんとか出来ないかと考えたからなんだ。

 なにしろ地球人の7人に1人は中華帝国人だからな。

 神界に任命された地球総督としては、中華帝国人民を放置するわけにもいかないんだ」


「なんと、地球総督閣下が我が中華帝国を気にかけて下さったと仰せですか。

 軍部が暴走してタイ王国、ひいては神界にたいへんなご迷惑をおかけしたばかりですのに。

 ありがたいことです。

 確かに最近の我が国の情勢は、それはそれは酷いものがございます」


「特にあの輸出関税は酷かったよな。

 しかもその悪法を起草施行した国務大臣や次官や共産党政治局も、何故あの法が大不況を引き起こしたかも理解していなかったし」


「あれは法人税の大増税に他なりませんからな。

 しかも二重課税であるだけでなく、我が国の根幹を支える輸出を妨害するとあらば、不況の引き金には十分でしたでしょう」


(この皇帝、かなりわかってるじゃねぇか……)



「また、党政治局はさらに酷かったな。

 陛下は単に『民をダンジョンに行きやすいようにしてやれ』って言ったのを拡大解釈し過ぎて、タイやら神界を武装脅迫しようとするし」


「その節は本当にご迷惑をおかけしました……」


「それで失った軍備を再建しようとしてあの莫迦げた関税だからなぁ」


「お恥ずかしいことです……」


「あんたの国を立て直すのは並大抵のことじゃあないだろう。

 だが、さすがに神界の使徒が一国の政治を司るのは躊躇われるんだ。

 だからさ、相談には乗るし手助けもするから、陛下が主導で改革を始めてくれないかな」


「お言葉誠にありがとうございます。

 ただ、少々困りましたことに、初代建国陛下から伝わります『至尊の教え』には、『勅令は下策也、無言をもって臣下を動かすことこそ最上也』という有名な文言がございまして。

 それこそ貴族全てと皇宮の侍従侍女や民までもが固くそれを信じておるのです」


「あーそれなんだがな。

 実はあんたんところの初代皇帝毛沢東東さんは、皇帝の座に就いた後にも、政治をほとんど部下に任せずに毎日とんでもない数の勅令を出してたんだよ。


 それで、歳とって記憶力が衰えてもそれを続けてたもんだから、大勢の部下たちに矛盾した勅令を出すようになっちゃって、一時国が大いに混乱したんだ。

 まあ、次代以下の皇帝には建国なんていう過酷な仕事はやらせたくないって思ったから、自分の代で国の体裁を整えてしまおうと思ったんだろうな」


「やはりそうでしたか……」


「なんだ、知ってたのか」


「ネットでは帝国内で禁書にされるような文書も見る事が出来ます。

 どうやら初代さまは、他人に任せるということが出来なかったようですね。

 それで自分のご寿命が近づくにつれて、全てを造り上げようとされてああなられてしまったのかと……」


「そうか。

 もしくは次代以降の皇帝に権力を持たせると、すぐに暗殺されたり自分がやったような革命を起こされたりすると思ったんだろう。

 既に出来上がった国の何の権力も持たないお飾りの皇帝なら、血筋がずっと続くと考えたんだろうな」


「はい。

 どうやらそのようです」


「ところで陛下は政治にも経済にも詳しいんだろ。

 だったらここらで皇帝親政を始めてみないか?」


「お言葉はありがたいのですが、何分にも中華帝国全ての人民に『皇帝は勅令を出さず』という考えが染みついておりまして……」


「そのことに関してなんだが、俺に策があるんだ。

 聞いてくれないか?」


「策…… でございますか。

 是非お聞きさせて頂きたく思うのですが、ひとつお願いがございます」


「なんだい?」


「我が国の立て直しには10年どころかそれこそ50年100年の年月がかかるかもしれません。

 幸いにもわたくしの次の皇帝になります皇太子、沢東南ツートンナンも親の贔屓目を抜きにしてもかなりまともな男に育ってくれました」


「ああ、知ってるよ」


 皇帝は微笑んだ。



「それでは、よろしければその策を、皇太子にも聞かせてやって頂けませんでしょうか。

 それにもうひとり、わたくしたちには非常に優秀で忠実な侍従がおります。

 実際には侍従というよりも我ら親子の相談役のような男なのですが。

 もしもわたくしたちが政を行うとすれば、この男は絶対に欠かせないと常々考えていたのです」


「わかった。その男の名は?」


周恩来来チョウエンライライと申します」


「シス、周恩来来の動向は見ていたか」


(はい。E階梯は4.3もございました。

 わたくしのリストではトップクラスです)


「そうか、すごいな」



「あの、アスラ殿。

 今、頭の中に聞こえて来たお声は?」


「俺の部下でシスという名前の者だ。

 これから俺に連絡を取りたいときには、頭の中でシスに呼び掛けてくれ」


「おお、これも神界のご恩寵でございますな。

 それでは早速」


(シス殿、よろしくお願い申し上げます)


(こちらこそよろしくお願い申し上げます陛下)


「おおおおお……」



「さて、それでは毛沢東南皇太子と周恩来来氏を呼ぼうか」





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