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*** 391 世界に羽ばたくタイ王国代表たち ***

 


 しばらくすると、『神界ダンジョン』のHPに、『一般公開に向けてのダンジョン注意事項』というページが加わった。


 そこではIOC委員たちの匿名醜態記録映像が流されながら、ひとつひとつ注意事項が説明されていたのである。



【ダンジョンチャレンジ注意事項】


・ダンジョンに複数人で入った場合には、相手のモンスターも同数出て来ます。

 彼らは連携戦闘に習熟していますので、連携訓練をしていない場合には1人もしくは2人程度での入場をお勧めします。


・ダンジョンに入場する際に、棍棒や剣、軽鎧などで武装されていた場合には、その分強力なモンスターが出て来ます。

 つまり、ダンジョンは入場者の装備込みのレベルをチェックして、チャレンジャーの勝率が50%強になるようなモンスターを出して来るのです。

 このため、武装戦闘に慣れていない方には、防具無し武器無しでの入場をお勧めします。


・ダンジョン内でモンスターに敗れても死ぬことはありません。

 その場で死んだとしても、怪我が治った状態でリポップされるのです。

 ただし、闘争中の怪我や痛みは本物です。

 そして、逃げることもせず痛みにより動けなくなっていた場合、モンスターは攻撃して来ませんが、チャレンジャーの激痛は延々と続きます。


 痛みもHPを減らし続けますので、そのうちにHPがゼロになりリポップされることになりますが、怪我が軽傷である場合には酷く時間がかかります。

 最悪餓死するまでその場にいることになりますので、モンスターに勝てないと思われた場合には、早めの撤退をお勧めします。


・以上のことから、ダンジョンチャレンジには、相当な勇気と覚悟が必要になります。

 この勇気と覚悟に加えて、恐ろしいモンスターと戦うという努力も必要になるのです。

 ただダンジョンに入場し、護衛などの仲間が戦っているのを見ているだけでは、ダンジョンの恩寵を得ることは出来ません。


・2年以内にダンジョンチャレンジャーの公募が始まりますが、応募される方は以上の注意事項をよく踏まえた上でご応募下さいませ。





 意外なことに、IOCもFIFAと同じくダンジョンチャレンジをドーピングとは見做さないと発表した。


 これは、100人近いIOC委員のうち、E階梯チェックで10名しか合格しなかったこと、及びその10名も泣き叫んでいただけで全く恩寵が得られなかったという事実を公表されたくなかったからである。

 ドーピングと見做してこれを公表されるよりも、隠蔽する方を選んだようだ。


 ただし、タイ王国に対しては、混乱を避けるためと称して次のオリンピックにはダンジョンチャレンジャーたちを出場させないように依頼が行われている。

 タイ王国オリンピック委員会もこれを受け入れた。




 その後、IOCはタイ王国内の各種スポーツ大会に大勢の視察団を派遣して来た。

 タイ王国国王もダンジョンチャレンジャーたちの各種競技への参加を推奨したのである。



 その結果。


 陸上競技など身体能力がモノをいう競技では、ダンジョンチャレンジャーたちは圧倒的だった。


 100Mでの優勝者の記録は、ついに9秒を下回って8秒95になっている。

 それ以外にも200M、400M、1500Mなど競争種目では全ての記録が大幅に世界記録を更新しており、マラソンの記録は1時間39分台だった。

(サブ100)



 また、走り幅跳に於いては、踏切版から砂場までは2メートル以上、砂場の長さは8メートル以上というのが国際規格だったが、ダンジョンチャレンジャーたちはこの競技で全員が軽々と砂場を飛び越えたのである。

 優勝者の記録はなんと12M05だった。


 走り高跳に関しても、高校時代に走り高跳び選手だったという軍人が3M00を跳んだ。

 どうやらそれ以上はバーの高さを上げられなかったらしい。


 やり投げについては、急遽スタジアムではなく軍の演習場が会場となったが、ここでも優勝者は120メートルもの投擲を行っていたのである。

 もしもスタジアムで競技を行っていれば、ほとんどの槍が反対側の観客席に突き刺さって計測不能になっていただろう。



 軍にはサッカークラブ以外にもバレーボール部もあった。

 こうした球技はさすがに身体能力だけではどうにもならないと思われたが、軍チームのアタックの打点は床から4メートルを超えていたのである。


 もちろん相手チームの如何なるブロックも全てその上を通ってコートに突き刺さっている。

 相手の攻撃に際しても、軍のブロッカーたちはまるでハンドボールのゴールキーパーのように脚を広げて飛んでいた。

(もちろんファウルカップも装着している)


 そうすると全身がネットよりも上に出ているのである。

 これを3枚のブロッカーが行うのは、まさしく人外魔境の光景だった。


 IOCのバレーボール担当委員は、試合中ずっと目がまん丸になっていたために、眼球が乾いて仕方なかったそうだ。


 もちろん水泳競技も優勝者はすべて世界記録を叩き出している。


 流石に卓球など高度な技術を要する競技は普通に行われるかと思われたが、軍の卓球同好会選手の動体視力、反射神経、そしてパワーも並外れていた。

 なにしろ1試合平均でボールが10個以上も破壊されてしまうのである。


 これはバドミントンも同じだった。


 テニスでもガットやボールが粉砕される事故が相次いだ。

 このために、急遽ガットの太さが5ミリもある張りの緩いラケットが使用されるようになっている。

 まるでスパゲティの皿を振り回しているかのようだった。


 また、ラインズマンは生命の危険があるということで、急遽全員がレベル20以上の軍人になっている。


 尚、ボールが当たった芝はすべて剥がれ、1試合終わるとコートが水玉模様になっていたためにクレーコートの試合ばかりになったが、10分おきにローラーをかけないとコートがデコボコになってしまっていた。


 因みに、ムエタイやボクシングの大会では、やはり生命にかかわるということで、軍人と一般人の試合は禁止されている。



 こうしたIOCの視察結果を受けて、各種競技団体ではルール改正協議が本格的にスタートしそうであった。



 さらに北米からは、NFL、NHL、NBA、そしてMLBのスカウトマンたちが続々とタイ王国にやって来るようになった。


 これら競技の経験者はタイにはほとんどいなかったが、例えば100Mを9秒20で走れる上に2メートル近いジャンプが出来るWRなど、NFLのチームにとっては悪夢でしかないだろう。

 QBが山なりのボールを遠投出来さえすれば、全てがタッチダウンパスになるのである。


 また、MLBのスカウトが、試しにレベル25の軍人にボールを投げさせてみたところ、フォームもコントロールもめちゃくちゃだったが、スピードガンは時速200キロを表示していた。


 こうしたレポートを受けて、北米4大スポーツの選手やプロテニス選手、全世界のサッカー選手たちは、シーズンオフには皆格闘技ジムに通うようになっているそうだ。


 ついでながら、世界各地の専門学校などで『思い遣り力上昇講座』も続々と開設されたらしい。

 その学校長や講座担当講師のE階梯があまりにも低かった時には、シスくんが常時その数値をポップアップで公開してくれている。

 E階梯マイナスの経営者が運営する専門学校には生徒が全く集まらず、すぐに潰れていたそうだ。





 タイ国軍に所属するサッカーチームメンバーに欧州有力クラブから移籍の申し入れが殺到した。

 その数は実に50クラブに及んでいる。


(スポーツクラブに属していなかったダンジョンチャレンジャーに対しても、NFL、NBA、MLBの育成リーグからのオファーが殺到している)



 特にあのバークリックくんには、高額の移籍金を提示してそのうちの45クラブから移籍の勧誘が来たのである。

 各クラブとも中華帝国からの逆移籍金収入によって資金は潤沢だった。

 そのカネを使って、どのクラブもあの奇跡の身体能力を持つ選手を自分のクラブに取り込みたいと思ったのだろう。


 つまりまあ、各クラブは中華帝国から吸い上げたカネを使ってタイ王国選手に高額移籍金を提示出来たのであった。



 国防大臣はまたアスラさまにお伺いを立てに来た。

 彼らの移籍を認めてやってよいものなのだろうか。



「神界もわたしもまったく構いません。

 すべて軍と彼ら自身の判断です。

 もし欧州のクラブに移籍してダンジョンチャレンジが出来なくなったとしても、わたしとしてはまったく含むところはないのです」


「そうですか……」


「ただ、これはわたくしの個人的意見なのですが……」


「ぜひお聞かせください」


「彼らは今やタイ王国の英雄です。

 そしてその実力は、彼ら自身が努力して勝ち取ったものです。

 わたしとしても、彼らが欧州の各リーグで活躍するところを是非見てみたいですね♪」




 チームの面々はアスラさまのこの御言葉を聞いて号泣したそうだ。


 そして、新たな決意と共に欧州に旅立って行くのである。


 きっと彼らの未来は明るいだろう。


 まずE階梯は文句なしの水準であり、現地の言葉も『言語理解』によりネイティブ級である。

 そして、モンスターと対峙して怯まぬ勇気も、軍人としての規律も、チームワークの心も持っていた。

 これにあの身体能力が加われば、何の問題も無いものと思われたのである。


 彼らはダンジョンの恩恵を体現した最高の伝道師として各地で活躍してくれるに違いない。




 バークリックくんは、陸軍特殊部隊に志願してまだ日が浅かったために、あの伝説の大洪水阻止作戦のメンバーには選ばれていなかった。

 それでも糧食を運ぶ任務をしていた際にアスラさまのお姿は遠目で見る事が出来た。

 その時は後光も拝見することが出来て、感激のあまり涙が1時間も止まらなかったほどである。


 そのバークリックくんは、アスラさまの激励を受けて、決意も新たにリーガ・エスパニョーラの有力クラブに移籍して行ったのである。



 クラブでの練習初日。

 彼はまずは身体能力測定を受けた。


 体を暖めた後は握力、背筋力、垂直飛びなどを測定した。

 ここで彼はどの測定でもクラブ最高記録を叩き出したのである。

 特に垂直飛びは身長に迫る190センチだった。

 身長195センチの大男がほぼ自分の身長と同じ高さを飛ぶのである。

 計測担当のフィジカルコーチたちの目がまん丸になっていた。



 だが、意外なことに反復横跳びの記録は平凡なものだったのである。

 キーパーコーチたちは少しがっかりしている。


「すみません、この3本のラインなんですけど、幅は1メートルですよね」


「ああ」


「これ、幅2メートルにして頂けませんか?」


「あ、ああ構わんぞ」



 幅2メートルの線が3本という条件で反復横跳びを始めたバークリックくんは、既定の30秒の間に60回の横跳びを行い、コーチたちの目が零れ落ちそうになった。

 どうやら幅1メートルでは狭すぎて実力が発揮出来なかったらしい。

 この60回の記録も幅1メートルのコースでのチーム最多記録を上回っていた。



 だが、そんなバークリックくんにも苦手なものがあった。

 それは、ゲーム中一番深い位置からディフェンダーに指示を出すコーチングだったのである。

 まだ経験が浅くこれだけは未熟だったので、チームキャプテンでもあるセンターバックがコーチングを代行することになった。


 ディフェンダー陣は、そんな彼をやや冷ややかな目で見ている。



 そんな中、シーズン直前のプレシーズンマッチにこのバークリックくんが先発出場したのである。


 前半開始早々、相手サイドバックがライン際を上がってボールを受け、見事なフェイントでディフェンダーを躱してゴール正面に矢のようなセンタリングを蹴り込んだ。

 味方フォワードとの呼吸も完璧であり、強烈なボレーシュートがゴールマウスに飛んでいる。


 だが……


 あのバークリックくんが3メートル近い距離を横っ飛びしてこれをセーブしてしまったのである。

 しかも弾くのではなくキャッチングまでしていたのだ。

 観客が総立ちになって拍手を送ってくれた。



 ボールが相手陣内に入るとセンターバックがバークリックくんに近寄って来た。


「さっきは俺たちディフェンダー陣が抜かれちまって済まなかった。

 それにしても、よくあんなシュートをセーブ出来たもんだ。

 お前ぇはもうそれで十分だわ。

 コーチングは俺に任せておけ」


ありがとう(グラシアス)



 そしてその5分後。

 バークリックくんのゴールキックシュートが炸裂し、相手ゴールに突き刺さったのである。

 終端速度でも250キロ近く、かつ野球のナックルのように落ちながら曲がるボールに、相手キーパーも対処出来なかったようだ。

 味方ディフェンダー陣もあんぐりと口を開けて硬直していた。



 観客は拍手も歓声も忘れて呆然としている。

 国中の如何なるサッカーファンと雖もこんな光景は見たことが無かったのだ。

 数秒後には耳をつんざく大歓声が沸き起こった。



 その後のパントキックシュートも相手ゴールに吸い込まれた。

 そしてバークリックくんは、その試合でハットトリックを達成してしまったのである。

 リーガ・エスパニョーラの長い歴史の中でも、キーパーのハットトリックは初めての事だったそうだ……



 そう……

 ゴールキック、パントキックを含めれば、試合中最もシュートチャンスが多いのはフィールドプレイヤーではなくゴールキーパーだったのである。

(超人的なキック力は必要だが)


 しかも、常にほとんどドフリーの状態で狙ってシュート出来るのであった……





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