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390/410

*** 390 IOC ***

 


「し、しかし、ダンジョンチャレンジはタイ王国の軍人だけに限られているではないですか!」


 日本人記者がまた喚いた。

 タイに超大敗したのがよほどに悔しかったのだろう。



「わたしどもはその点を神界に問い合わせました。

 その結果『あれはテストケースであり、今後一般開放の予定あり』との回答を頂いています」


「「「「 !!!!!! 」」」」


「ただし、ダンジョンチャレンジャーになれるのは、神界が定めた一定の基準を満たした方だけになるそうですね」


「そ、その基準とは……」


「これは特別に教えて頂きました。

 また、公開の許可も頂いています。

 その基準とは『他者を思い遣ることの出来る能力』だそうです」


「「「 え? 」」」



「神界のノウハウでこの能力は数値化出来てすぐにわかるそうですね。

 ダンジョンチャレンジを申し込んでも、この数値が一定の数字に達していないとチャレンジが認められないそうなのですよ。


 ですから皆さん。

 自国のチームを大敗させたり、今後強力なライバルになりそうなチームをドーピングと非難し、蹴落とそうなどとしている暇があったら、ご自分の『思い遣り能力』を上げる努力を為されたら如何でしょうか。

 今のままでは、たとえダンジョンチャレンジが一般開放されても、あなた方は参加させてもらえないかもしれませんよ?」


「「「 ……あぅ…… 」」」



「し、神界は何故そのような基準を設けたのでしょうか……」


「それは不明です。

 ですが、こう解釈することは出来ますでしょう。

『他者を思い遣る心』を持った方がダンジョンで努力すれば、健康と素晴らしい身体能力と、そして10年単位の寿命の伸びが手に入るのです。

 つまり他人を思い遣れる人ほど身体能力が上がり、また寿命も延びるのですね。

 思い遣りの無い人は身体能力もそのままで寿命も変わりません。

 これが広まれば、世の中が遥かに思い遣りに満ちたものに変わるとは思われませんか?」


「「「「 ………… 」」」」



「まあさすがに神界のお考えになられたことだということですね。

 ひょっとすると、この基準によって地球全体に思い遣りの精神が一気に広がり、人類の幸福度も跳ね上がるかもしれません。

 それが出来ない人は己を嘆きながら早死にしていくのでしょう」


「「「「 …………………… 」」」」





 FIFAが『ダンジョンチャレンジによる身体能力向上をドーピングと見做さず』という決定をしたことは、他のスポーツ界にも多大な影響を与えた。



 まずはIOCが非公式にFIFAに連絡を取り、ダンジョンチャレンジの調査内容について教えを請うたようだ。


 IOCはFIFAの全面的な協力の下、チャレンジャーたちのあらゆるデータを検証していった。

 そして、医学・生理学的検査では如何なるドーピングの痕跡も見つけられなかったという結果を受けて、IOC理事会はFIFAの紹介でタイ王国にダンジョンチャレンジャーとダンジョンの調査を申し入れたのである。


 だが、ダンジョンチャレンジャーたちの調査は断られてしまった。

 既にFIFAが綿密な調査をしたあとであり、その調査結果を見せてもらえばいいだろうとのことだったのである。


 ダンジョンチャレンジは神界が特例として認めてくれた。


 だが、このときからE階梯チェックも始まっていたのである。

 その結果、理事1名を含む20人の調査官がダンジョン実地調査に赴いたのだが、20人中19人がダンジョンチャレンジを断られてしまったのだ。


 弾かれた理事は激怒し、スラさんを怒鳴りつけた。



「貴様、IOC理事であるわしがわざわざ調査に来てやったのに、謝礼も払わず接待もしない上にダンジョン入場まで拒否すると言うのかぁっ!」


「はい。残念ながらあなたは『思い遣りの心』が大分足りませんでしたので」


「な、何だと若造っ! 

 わしはIOCのドーピング問題担当理事だっ!

 わしがダンジョンをドーピングと定義すれば、タイの選手をオリンピック出場停止処分にすることも出来るのだぞぉっ!」


「神界がIOC理事に謝礼を払わず接待もせず、ダンジョン入場も認めないと、ダンジョンチャレンジャーはオリンピックに出られないとオリンピック憲章を書き換えられるのですね?」


「謝礼金や接待は常識だろうがぁっ!」


「ほう、オリンピック開催地選定の度に、調査の謝礼と称して理事や委員が100万ドル単位の賄賂を受け取っているという噂は本当だったのですね」


「わ、賄賂ではないっ! 当然の謝礼であるっ!」


「あの、あなたは神界に対して、ドーピングの定義を盾に金銭や行動を強要する恐喝を為さっているということを認識されていますか?」


「なっ!

 き、貴様IOCの理事たるわしになんという無礼な口を利くかぁっ!

 お前のような若造は、もっとわしのようなVIPに対しては敬意を払えぇっ!」


「思い上がりもここまで来ると驚異的ですね。

 だからダンジョンチャレンジに必要な『思い遣り能力』が全くないのですねぇ。

 『思い遣りの心』が『思い上がり』にぜんぶ行ってしまったのですか……」


「!!!!!」



「神界に恐喝を行おうとしても無駄です。

 お引き取り下さい」


「こ、後悔するなよぉっ!」


「いえ、全くしないと思います」




 そしてその10分後……


 この抗議の録画がタイ王国の『神界ダンジョン』HPに掲載されてしまったのである。


 その題名は、『神界を恐喝しようとしたIOC』であった。


『神界ダンジョン』のサイトの閲覧者は日々数億人にのぼっていたが、この映像が掲載されると、一気に10億人単位に膨れ上がっていたようだ。




 IOCは翌日緊急理事会を開催し、神界に対して公式に謝罪した。

 さらにその理事を解任したことを発表したのである。


 解任の表向きの理由は、『神界に対して無礼を働いたため』だったが、本当の理由は『今後理事やIOC委員がダンジョンチャレンジを行って、寿命を伸ばせるようになる途を閉ざそうとしたため』であった。


 ダンジョンをドーピングと見做したりしたら、IOCの理事も委員も全員ダンジョンに入れなくなってしまうではないか!


 解任された理事は憤怒のあまり脳溢血を起こしたが、すぐにダンジョン施療室に搬送されて命は取り留めたそうだ。




 スラさんを通じて神界はこの謝罪を受け入れると表明した。

 これを喜んだIOCは、200名近い調査団によるダンジョン実地調査を申し入れて来たのである。

 内訳は理事と委員126名のうち、イスラム圏のメンバー28人を除いた98名とその護衛100名だった。


 どうやら寄生レベルアップにより、なんとしてでも寿命を伸ばしたいらしい。


 この198名の調査団の内、E階梯チェックで178人が撥ねられた。

 残ったのは委員10名と護衛10名だけだったのである。



 この20名は勇躍ダンジョンに挑んで行った。


 護衛も含めた全員が自分の寿命を伸ばすことに逸り、タイ王国軍士官が親切にもダンジョンの注意事項を説明してくれたのを碌に聞きもせず、またガイドを依頼することも無くダンジョンに入って行ってしまったのである。


 ガイドなどつけたら、その分自分の寿命の延びが減ってしまうだろうに!



 もちろん中央に委員10名が固まり、その周囲を10名の護衛が固めた布陣であった。

 委員たちはケブラー防弾服を身に着け、チタン合金製の軽鎧も纏った上に、碌に使ったことのない剣も持っている。


 護衛たちも同様な装備であり、手にはタングステン合金製の斧や剣を持っていた。

 どうやらダンジョン内では火器は使用不能だということぐらいは知っていたらしい。



 だが……

 ダンジョン内で彼らを迎えたのは、ベテランのビッグスライム10体と若手スライム10体だったのである。


 ダンジョンでは、チャレンジャーが集団だった場合には同数のモンスターが相手をするシステムになっている。

 そして、そのモンスターのレベルは、チャレンジャーの装備品込みのレベルに応じて決まるのであった。

 つまり、強力な装備を付けているほどより強いモンスターが出て来るのだ。



 武器や装備も含めて護衛の平均レベルは18だった。

 このために平均レベル17.5のビッグスライムが10体出現している。

 また、武器装備込みのIOC委員のレベルは5であったために、平均レベル4.7の若手スライム10体が出て来ていたのであった。


 だが、IOC委員10人が中央で固まって震えていたために、護衛10人だけで20体のスライムを相手にしなければならなかったのである。



 スライムたち20体の連携戦闘は見事だった。

 これに対して、護衛たち個々人はまあまあの戦闘力を持っていたものの、10人での連携戦闘訓練などは全く行ったことが無かったのである。


 しかも、敏捷なスライムたちには使い慣れない斧や剣がほとんど当たらなかった。

 また、万が一にも武器を取り落としてしまうと、途端にレベル10以下の弱兵になってしまうのである。



 スライムたちは、若手スライムが囮になっているうちにビッグスライムが護衛の武器を持つ手を狙って攻撃していた。

 単なるアタックではなく、武器を握る手に巻き付いて武器を離させようとしていたのである。

 手がスライムに取り込まれて溶かされ始めた護衛は、絶叫を上げながら武器ごとスライムを振り払っていた。


 武器さえ奪えば後はレベル差によってスライムたちの圧勝である。

 中には、剣を自分の体に取り込んだまま護衛に体当たりして串刺しにしていたスライムもいた。



 護衛たちは1人、また1人と倒れてダンジョンに吸収されていき、5分もすると残っていたのはIOC委員10名とスライム15体だけになった。


 もしここで委員たちが逃げ出していたならば、スライムたちは決して襲うことは無かっただろう。


 だがしかし、どうしても寿命を伸ばしたかった男が、手に持った剣で正面にいた小さな若手スライムに打ちかかってしまったのである。



 その結果……


 IOC委員たちはその場でスライムたちにボコボコにされた。

 なにしろ体重が30キロもあるにも関わらず、ビッグスライムの本気アタックは時速200キロを超えるのである。

 顔面にダイレクトアタックを喰らった者は顔面の骨が粉砕された上に耳から脳漿を噴出し、腹に喰らった者は内臓が破裂して尻から腸が飛び出していた。

 まるでナマコのようである。

 手足でガードしようにも、軽鎧の関節部分を砕かれてしまい、当然自身の関節骨も砕けてしまっていた。



 それはとんでもない激痛だった。


 まだHPがわずかでも残っていれば、その激痛は延々と続く。

 泣き叫びながら入り口に向かって這いずって行く者にはスライムは攻撃しないが、その場合でも入り口までの数十メートルは激痛の中での撤退になる。


 いっそのこと、それでもスライムたちに反撃して返り討ちに遭えば、すぐにリポップされて怪我も治っていたであろうに……




 激痛はスタミナを消耗させ、HPも減らして行く。


 こうして10分ほど経つと、委員たちは徐々にダンジョンに吸収されてリポップされて行ったのであった。

 最後まで残された軽傷者たちは、スライム15体に囲まれて助けを呼びながら泣き叫んでいたそうだ。

 それでもどうやら半数が撤退し、半数はHPがゼロになってリポップしていた。




 リポップルームから逃げ帰ったIOC委員たちと護衛たちは、数日後に恐る恐るまたダンジョン入り口に行った。

 もちろんそこで自分のステータスボードを見て、どれほどレベルが上がったか、つまり自分の寿命がどれほど延びたのかを確認するためである。


 護衛たちの半数はレベルが1上がっていた。

 これはおおよそ半年ほどの寿命の伸びとなるため、まばらな歓声が上がっている。


 だがもちろん、IOC委員たちのレベルの伸びは全員がゼロだったのである。

 ダンジョン内では努力をする=モンスターと戦わなければレベルは上がらないのだ。

 寄生レベル上げなど大地が許すはずも無かったのであった。



 IOC委員たちは衝撃に崩れ落ちた。


 そして何人かは、FIFAの調査官たち5人が1か月も毎日ダンジョンに潜り、1人平均100回近くも『死んだ』ことに思い至ったのである。


 彼らはPTSDの治療も受けずにスイスイ連邦のIOC本部に逃げ帰っていった。


 その結果、この10名の委員は大きなボールを見るとフラッシュバックを起こして泣き喚くようになってしまったのである。

 特にバレーボールやバスケットボールが跳ねているのを見ると、その場で気絶するようになったそうだ。





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