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*** 39 死闘決着! ***

 


 薄れて行く意識の中で伴堂は覚悟を決めた。


(もう何発かいいのを貰うかもしれんが、とにかく捕まえなければ話にならんな……

 あのスピードと反射神経はもはや人類最速だろう……)



「がぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 伴堂が吼えた。


 そのまま両手を開いて姿勢を低くし、鬼の形相でノーガードのまま大地に向けて突っ込んで来る。



(お、おおお、おっかねぇぇぇぇぇぇっ!)




 堪らず大地は師範の水月に軽い前蹴りを入れた。

 そのまま後方に倒れ込みながら、水月に当てたままの足を思い切り伸ばす。

 脚力だけでは足りずに背筋も目いっぱい使って師範の体を上に飛ばした。



 図らずも無手の巴投げを喰らった伴堂の体が上に飛んだ。

 呆然とした顔のままゆっくりと回転しながら飛んで行く伴堂。

 そのままロープに当たって跳ねたが、恐ろしいほどのバランス感覚で体勢を維持して足から着地している。



 大地に向き直った伴堂がまた獰猛に微笑んだ。


 水月付近に着いた大地の足型は、普通ならば笑いを誘うものだろうが、もちろん誰も笑う者はいない。

 というよりも、この時点でギャラリーの大半が白目になっていた。

 ギャラリーたちの手から落ちたスマホが床に散乱している。




 凄まじい勢いで突進して来た伴堂が大地の前で姿勢を低くした。


(うわっ!

 足首のすぐ上を狙っての足払いかよ!

 それって足払いっていうよりはローキックじゃん!

 そんなん喰らったら足首粉砕骨折じゃん!)



 大地はやや前方に出していた左足を左後方に素早く引いた。

 伴堂の右足が空振りした瞬間に、それを上回る速度でその足を右方向に蹴る。

 ツバメ返しを喰らった伴堂が、またもや茫然とした顔をしたまま横回転して空中にいた。



(チャンス!)


 ドゴッ!



 大地の右足が下方から伴堂の脇腹に突き刺さった。

 伴堂の体が空中で横方向のままくの字になる。



「げぶぅぅぅぅっ!」


 ズダァァァァァンッ!



 音を立ててマットに落下した伴堂は、それでもすぐに跳ね起きた。

 もはや完全に呼吸不全になっていて、上半身が真っ赤になっている。

 もはやここで決めないと酸欠で倒れると判断した伴堂は、またもや両手を広げたままタックルを仕掛けて来た。



(あ、巴を警戒して姿勢が低い……

 しかも左手を上に伸ばして右手は下か。

 何としてでも俺を捕まえるつもりだな……

 唯一の安全地帯はやっぱり『上』か……)



 大地は前方に半回転しながら上に飛んだ。

 伴堂の頭に右手をついたが、とっさのことで勢いが足りず、一瞬倒立姿勢になっている。


 左右から伴堂の手が迫って来ると、右腕の力と脚を伸ばす勢いを使って上にジャンプした。


 さらに空中で半回転すると、空振りした伴堂の手を掻い潜ってそのまま回し蹴りを放つ。



 ゴギィィィンッ!



 大地の空中蹴りが伴堂の後頭部に入ったと同時に嫌な音がした。


 体勢を整えて着地した大地の目に、ふらつく伴堂が頭部を傾けたまま背を伸ばし、こちらを振り返ってファイティングポーズを取ったのが見えている。



(追撃のチャンスではあるんだけどな……)



 大地は伴堂師範の姿を観察した。


 よく見れば伴堂の目玉は完全に裏返っている。


 少し揺らいでいた伴堂の体が次第に前に傾き始めた。


(あ、あぶねぇっ!)


 そのまま受け身も取らずに前方に倒れる伴堂の前頭部に大地が手を当てて支える。


 ズゥゥゥゥ―――ン……



 遂に伴堂の巨躯がマットに沈んだのである……






 100人近くもギャラリーのいる広いジムは静寂に包まれていた。

 というよりも、意識を保ちつつリング上を見ている者はもう10数人ほどしかいない。

 至近距離でこの死闘を見るのは素人にはキツかったのだろう。

 ほとんどのスマホが床に転がっていた。



「延岡さんっ! 救急車を呼んで下さいっ!

 それから担架も!」



 大地の声で我に返った師範代や上級者たちが慌てて動き出す。


 そのとき大地の目に、師範の体が淡く光るのが見えた。


 同時に呼吸も回復したようで、胸が大きく上下に動いている。



(ダイチ、勝利おめでとうにゃ♪

 これで格闘技地球人類最強の座はダイチのものにゃあ♪)


(た、タマちゃん! 師範にエリクサーをかけてあげて!)


(安心するにゃよ。

 その怪物は、頚椎骨折と脳挫傷を起こした上に両方の腎臓と肝臓が破裂して瀕死にゃったけど、あちしが『治癒系光魔法Lv9(エフェクト控えめ)』で治しておいたにゃ)


(それ…… もう完全に死ぬ一歩手前だったんじゃないか……

 そこまでの状態なのに、最後までファイティングスピリットを失わなかったのか……)



(確かに凄いモンスターだったにゃあ。

 あ、完全に治すと騒ぎににゃるから全治1か月ぐらいにしておいたにゃよ)


(そ、そうか。あ、ありがとう……)




 間もなく救急車が到着し、息子の剛と延岡師範代に付き添われた師範は病院に運ばれて行った。


 大地も付き添おうとしたが、救急隊員に付き添いは2人までと止められている。




 大地は惨憺たる有様のジムを見渡した。


 斎藤師範代やプロ選手たちが白目を剥いているギャラリーたちを起こして回っている。


 意識が戻ると、顔を赤らめながらトイレやシャワー室に駆け込むひとが多かった。



(うっわー、何故か椅子や床が濡れてるよぉ……)



 仕方なしに大地は散乱したスマホを乾いている椅子の上に乗せ、モップを持って来て床を拭き始めた。


 そんな大地をプロ選手たちが畏怖を込めた目で見つめている。


 大地はそんな視線は気にせず、水場でモップを洗っては床を掃除した。




(まいったよなぁ……

 これ、あまりにも恐ろしい思いをしたんで、女性会員でジム辞めちゃうひととか大勢出るかもだよぉ……

 これでジムの経営が傾いたら困るよなぁ。

 あ、そのときは佐伯さんに頼んで俺が出資すればいいか……)




 ジムの清掃を終えた大地は、姿を隠したままのタマちゃんを頭に乗せ、斎藤師範代らとともに伴堂師範が運ばれた病院に向かった。


 師範はまだ意識が戻っておらず、酸素吸入機や各種バイタルチェックのためのコードに囲まれていて、病室には主治医となる医師もいた。


 最近生まれた子を抱えた伴堂師範の奥さんもいる。


 大地はみんなに黙礼して椅子に座った。



「お待たせしました。

 それでは検査の結果をお知らせしますが、まずは結論から申し上げますと、命に別状はありません」


 その場の全員が大きくため息を吐いた。



「ですが内臓、特に肝臓と腎臓が酷く腫れています。

 また重度の脳震盪を起こしてはいますが、今のところ脳内出血や脳のむくみなどは見られません。

 肋骨は5本も折れています。

 わたしの診断では絶対安静3週間ですな。


 今日から1週間は毎日検査を行いますが、退院時期についてはその後の経過を見てから判断したいと思います」



 そこで言葉を切った医師は全員を見渡した。


「ところで……

 見たところ患者さんは格闘技の選手の様ですが、いったい何と戦えば、このような頑健な体にここまでの損傷を受けるのでしょうか……


 動物園から脱走したゴリラとでも戦ったんですか?」



 その場の全員が大地を見た。


 皆の中で最も若い少年を……




 そのとき伴堂が目を開けた。


 周りを見回して状況を確認している。



 大地を見つけると伴堂は微笑み、やや掠れた声を出した。



「大地ちゃん、おめでとう……


『格闘技人類最強』の称号はアナタに譲るわ♪


 8歳のときから戦闘を教えて来た愛弟子に譲れて、アタシは幸せ者よ♡」


「あ、ありがとうございます……」



 伴堂の長男の剛が茫然とした顔で大地を見ていた……





(ねえタマちゃん……)


(なんにゃ?)


(もしも俺がスキルを持ってなかったら、今ここで横になってるのは俺だったはずだよね)


(うにゃ)


(ということは俺もまだまだだっていうことだね……)


(スキルもレベルもダイチが努力して手に入れたものにゃ。

 それも含めてダイチの実力なんにゃから、気にする必要は無いにゃあ)


(そうか……

 それじゃあこれからもアルスでの訓練はがんばるよ……)


(それでこそダイチにゃ♪)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 それから大地は毎日病院に見舞いに行った。


 数日後にはジムにも行ってみたが、ジムの壁には新しい級や段位の欄に会員たちの名札が下がっている。



(ふーん、師範が延岡さんたちと相談して級・段位を決めたみたいだな。


 お、健吾さんは4段か。

 雄二さんも2段にして貰えたんだな。


 あー、半分が暫定級位・段位からの昇格で、残り半分は留め置きか。

 下がったひとはいないみたいだ。


 なるほどね、これがジム経営って言うものか……

 やっぱりみんなレベルが上がるのは嬉しいだろうからな。


 ところで俺の段位はどうなったんだろう?

 なんでどこにも俺の名札が無いんだ??)



 大地が壁をよく見ると、『総合格闘技級位・段位』とあるスペースの隣に、『バーリ・トゥード段位』という欄が追加されていて、そこには1枚だけ大地の名が記された札がかかっていた。



 そうして、その名札の上には『10段:人類最強』という表示が為されていたのである……





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