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388/410

*** 388 火星人襲来!? ***

 


 タイ王国代表のスーパーロングシュートはそれだけに留まらなかった。

 自陣であろうと直接フリーキックは全てゴールを狙う。

 間接フリーキックでも、チョン蹴りから超ロングシュートが試みられる。

 極めつけは、なんとゴールキックでキーパーがシュートを決めたことだろう。


 タイ代表は、全員が自陣ゴールラインから相手ゴールを直接狙えるキック力を持っていたのである。



 また、スローインの権利を得ると、スロワーは山なりの高いボールを50メートル以上も投げることが出来た。

 とんでもない背筋力と腹筋力と腕力である。


 そして、ゴール前に山なりに飛んで来たボールであれば、通常キーパーが前に出てジャンプし、これをキャッチする。

 中華帝国のキーパーも一応これは知っていたらしく、10メートルほど前に出て手を上に伸ばして30センチほどジャンプした。

 彼にしてみれば最高最大の跳躍であり、晴れ姿を披露する彼の表情は完全なドヤ顔になっている。



 だが……


 ボールがスローされた直後に、タイ王国代表は6人の選手が相手ゴール前に突進していたのである。

 そして、垂直飛び平均170センチの超絶ジャンプ力を生かし、ゴールキーパーが伸ばした手の遥か上でヘディングシュートを放った。

 首周りの筋肉も含め、全身の筋肉も超人級になっている選手のヘディングシュートはやはりとんでもない速度であり、ボールは硬直している相手ディフェンダーの間を縫ってゴールネットを揺らしたのである。


 そう、タイ王国代表選手にとって、スローインとはフリーでヘディングシュートを撃てる最高の得点チャンスなのであった。



 キーパーは、突然目の前に誰かの脚が見えた後にボールが消えたので呆然としていた。

 そうして、着地した後も手を上に挙げて目も上に向けたドヤ笑顔のまま口を開けて固まっていたのである。

 元々がに股だったせいもあり、その姿はもはや阿呆の権化であった。


 

 アナウンサーは、今のプレーはパスに手を使ったのだから反則だと絶叫している。



 これにより、直接だろうが間接だろうが、中華帝国側はフリーキックの際にはキッカーの前に壁を作るようになった。

 スローインの時にはゴール前に壁を作っている。



 しかし……


 フリーキックの際、たまたま低く飛んで来たボールが頭に当たった選手が、縦に後方4分の3回転して地面に叩きつけられてしまったのである。

 気の毒にこの選手は脳震盪を起こして完全に白目になっており、担架で運ばれて行った。

 実は頸椎も骨折していて瀕死の状態だったのだが、シスくんが治してやっていたようだ。


 アナウンサーは『今のは傷害罪だからキッカーを逮捕しろ!』と絶叫していた。



 おかげでセットプレーで作られる壁の連中は、タイ代表がボールを蹴ろうとすると頭を抱えてしゃがんでしまうようになった。


 そのうちに、平民選手を1人壁に仕立てたが、彼も気絶退場して選手交代が行われている。


 次に壁要員として交代した平民選手は、ボールが自分の腹に飛んで来たのを見て咄嗟に背を向けて弾こうとしたのだが、これが見事なキドニーブローとなってしまってやはり気絶交代した。

 破裂して致命傷になっていた腎臓もシスくんが治してあげている。


 そのためとうとう誰も壁として立たなくなってしまい、タイ代表は自由に超ロングシュートを打てるようになっていたのである。



 もちろんこうしたロングシュートの成功率はそこまでは高くなかった。

 よって中華帝国チームのゴールキックが増えたのだが、このキーパーのゴールキックはセンターラインまでどころか15メートルしか飛ばなかったのである。


 そして脚の速いタイ選手にボールを奪われると、すぐにまたロングシュートが襲い掛かって来るのだ。


 ゴールキックを5本ほど蹴るとゴールキーパーの脚が攣ってしまい、ディフェンダー陣が代わりに蹴るようになったが、そんなことをしたこともなかった彼らもすぐに脚が動かなくなった。

 そこで短いパスで繋ごうとしたのだが、これもまともに出来なかったためにあっという間にサイドラインを割ってしまうのである。

 おかげでまたも超ロングスローインからの高高度ヘディングシュートを浴びるハメになるのであった。



 このころになると、観客席とピッチを隔てるフェンス際や通路では大勢の男たちが転がって寝ていた。

 その数はスタジアム全体で5000人に達しようとしている。


 そう……

 フラストレーションのあまりピッチに乱入してタイ代表を殴ろうとし、治安警察部隊に麻酔銃で撃たれた男たちであった。

 平民だけでなく貴族服を着た者も多い。


 治安部隊員が大勢いた場所でピッチに乱入し、タイ代表に強制収容所行きを命じようとした貴族は、背中に無数の麻酔銃弾が刺さってハリネズミのようになって昏倒していた……




 前半終了まであと3分になった。

 得点はすでに30-0になっている。


 だがこのとき、中華帝国代表は珍しく平民選手がドリブルで相手陣内に切り込み、たまたまPKを得ることが出来たのである。


 大観衆は久しぶりに大歓声を上げた。

 これでスコンクだけは免れるかもしれない。


 もちろんPKを蹴るのは上級貴族家子弟である。

 こんな目立てる機会を平民などに渡すなどとは誰も考えていなかった。

 上級貴族家子弟の間で即席のセリが行われ、最も高い値を付けた公爵家次男がボールをペナルティーマークに置いた。


 そして慎重に蹴り込まれたペナルティーキックは、キッカーが左隅を狙っていたにも関わらず、偶然ゴール右上隅にヘロヘロと飛んで行ったのである。

 球速は遅かったが最高のコースであり、誰もが中華帝国代表の得点を確信した。


 だが……


 タイ代表のキーパー、バークリックくんが超人的な横っ飛びでこのボールを弾き返してしまったのだ。


 彼からPKでゴールを奪うには、ゴール右上隅か左上隅の50センチ四方のスペースに全力のキックを放たなければならないのである。


 アナウンサーは、今のプレーはキーパーによるハンドの反則だと絶叫していた。


 観客席では、フラストレーションの塊と化した暴徒がピッチに雪崩れ込もうとしたが、麻酔銃が乱射されてハリネズミが大増殖している。

 フェンスに辿り着いた者も大勢いたが、高圧線に触れてコゲ臭い匂いを漂わせながらビクンビクンと痙攣していた。




 前半が終了した。


 中華帝国代表は、平民出身者を除いて1時間以上の練習をしたことが無かった為に、貴族出身の選手10人は全員が立っているのがやっとなほどに疲労している。

 途中交代が試みられなかった理由は、親が大金を出して前半出場権を買ってくれていたからである。


 ベンチの選手たちも後半出場権をそれぞれ500万ドルで買っていたために、中国代表監督はハーフタイムに10人の交代を申し入れた。


 だがもちろん、国際審判員に『交代枠は3人までなので、もう交代は認められない』と言われてしまったのである。


 そんなルールも知らなかった侯爵監督と伯爵ヘッドコーチと選手たちは呆然とした。

 ハーフタイム中にサポート部隊が審判団に1000万ドルの現金を持って行ったが追い返されている。


 アナウンサーはFIFAのよこした国際審判員がタイ王国を贔屓していると机を叩いて激昂していた。



 こうして、中華帝国代表の貴族選手たちは、後半には走るどころか立っていることすらやっとになったのである。

 5人ほどの上級貴族家選手はピッチに座り込んでいたために、審判にピッチ外に出るように言われていた。

 剛球シュートを連続で喰らっていたゴールキーパーは股間を濡らし、泣きながらロッカールームに隠れてしまっている。



 おかげで後半はほとんどタイ代表のシュート練習の場と化していた。

 しかも彼らのスタミナは無尽蔵であるかのように見えたのである。


 中華帝国代表選手は、ゴールを決められた後のキックオフすら辛そうだった。

 仕方なく、センターマーク付近に平民のキックオフ要員をずっと立たせていたほどである。

 だが、あまりの疲労と筋肉痛で貴族選手はセンターマークまでボールを蹴ることすら出来なくなり、そのうちに平民選手がドリブルでボールを運んでキックオフをしていた。

 最後には、とうとうタイ代表たちがボールをパスしてやっていたようだ。



 また、通常のプレーに於いても、タイ代表は超人的な身体能力を発揮した。

 なにしろ全員の100Mの平均タイムが9秒50である。

 最速は9秒20だった。

 もちろんスタートダッシュはさらに超々人的に速い。

 仮にマンツーマンディフェンスが試みられたとしても、誰もついていくことは出来ないのである。



 試合は90対0でタイ王国代表の勝利だった。

 ちょうど1分に1点入った計算である。


 試合後の観客席には麻酔銃で撃たれたハリネズミたちが5万人ほど積み重なっていたようだ。

 そのうちの5000人ほどは当の治安維持警察官だったらしい……



 このとき皇帝陛下の侍従たちは違和感を感じていた。

 いくら陛下の顔色を窺っても陛下がご気分を悪くされているご様子が無いのである。

 それどころかお好きなワインも飲まれずに、ピッチを真剣な表情で凝視されていらっしゃったのであった。


 侍従たちはもちろん知らなかったのだが、サッカーファンには2種類あるのだ。

 それは贔屓のチームに肩入れして応援するサッカーチームファンと、サッカーの見事なプレーを楽しむサッカープレーそのもののファンである。


 どうやら皇帝陛下はサッカープレーのファンであらせられるようだった。

 その陛下は、タイ代表たちの奇跡のプレーに大いに感激されていらっしゃったのである。




 中華帝国代表の元監督らは、試合直後、現監督やコーチ陣と共に特別高等警察に逮捕され、すぐに新彊ウイグル行きの列車に乗せられた。


 だが、車内で武装警察官50名に銃口を向けられて見張られている中、元監督たちは忽然と姿を消したのである。



 もちろんタイ王国代表も試合後にロッカールームに集まったところをタイ王国に転移して貰っている。


 スタジアムの外では、殺気立った群衆50万人が車寄せにあったタイ王国選手用のバスの周りに車体が隠れるほどの薪を山積みにしていたからである。

 暴徒たちはこの薪にガソリンをかけて焼き討ちし、大歓声を上げながらザマァ踊りを踊り始めた。

 

 完全に土人の所業である。



 どうやら試合中から貴族たちが家臣に命じてスタジアム周辺で薪を調達させていたらしい。

 市内はともかく市街周辺では未だに煮炊きには竈を使っているために、大量の薪が手に入っていたようだ。




 車両のガソリンタンクは、交通事故などの際に発火炎上しないように非常に強固に作られている。

 だが、流石にこのような暴挙までを想定して設計されているわけではない。

 当然のことながらその火はタンク内の燃料を沸騰させて超高圧にし、遂にはBLEVE(沸騰液体蒸気拡散爆発)を引き起こした。


 多量のガソリンに火をつけてもそのまま激しく燃えるだけだが、強固なタンクの中で高温高圧下に置かれた可燃物は完全に物性が変わってしまうのである。

 タンク容量が400リットル以上もあるガソリン式バスを火にくべてはイケナイのだ。

 しかもそのすぐ周囲には、同様に燃料を満載した車両が数万台も密集しているのである。



 液体が沸点を越えて気体になろうとするときには急激に体積が増える。

 密閉容器が高温に晒され続けられると、この気化膨張は如何に強固な容器でも破壊すると同時に内部の可燃物を噴射させて爆発的に燃焼させるのである。


 このとき、容器内部の圧力がある限度を超えて高いと、衝撃波のもたらす断熱圧縮による燃焼も加わって、本来の可燃物の燃焼速度を遥かに超える爆発的な燃焼が発生してしまう。

 この燃焼速度が音速以下の場合には『爆燃』と呼ばれるが、気体の急速な熱膨張の速度が音速を超え、衝撃波を伴いながら燃焼する現象は『爆轟』と称される。

 この爆轟もさらなる衝撃波を齎すが、爆発前の圧力に応じてこの衝撃波の威力も到達距離も幾何級数的に伸びて行くのであった。

 


 その場にほとんど燃料気化爆弾に匹敵する大火球が出現した。

 急激な気化と同時に爆発したガソリンは、半径1000メートル以上の範囲に渡って音速の3倍を超える爆轟と衝撃波を拡散させたのである。



 如何な巨大スタジアムと雖も下方からの強大な衝撃波を想定して設計されてはいない。

 しかも莫大な建設費も太子党貴族たちによって3分の1近くがパクられていたために、鉄筋も鉄骨も必要量の半分以下しか使われていなかったのである。

 一部には鉄筋の代わりに竹や針金が使われていたほどであった。


(四川大地震の時には小中学校等の建物が6000棟以上も倒壊して多くの死者を出したが、鉄骨はおろか鉄筋すら使われていない建物ばかりだった。

 全て竹と木板と土混じりの粗悪コンクリートで造られていたのである。

 もちろん共産党支部のような政府庁舎には充分な鉄骨鉄筋が使用されていたために、ほとんど倒壊していなかったのだ)



 この激烈な衝撃波によって巨大スタジアムの半分が爆砕され、近くの駐車場内にあった上級貴族たちの超高級車8000台も粉砕されて800トンを超えるガソリンが飛び散った。

 貴族用駐車場では広大な範囲にまず業火が広がったのである。

 そして、火災旋風すら伴ったその猛烈な火炎は周辺にあった下級貴族の高級車をも火だるまにし、その燃料タンクのBLEVEも誘発して、広大な駐車場では1万2000か所にも及ぶ誘爆の嵐が吹き荒れたのだ。

 高級車のガソリンタンクほど堅牢であり、その分BLEVEの破壊力が増大してしまうのであった。



 バスの残骸はケツから火を噴きながら空高く飛んで行ってしまっていたが、1万2000台の高級車の残骸もまたその後を追って行った。

 まるでベ〇ツとロールス〇イスとベン〇レーなどで作られた直径3キロもの花火のようである。

 その中で最も高く遠くへ飛んだのは、やはり比較的軽量で空力構造にも優れたフェ〇ーリとポル〇ェとランボル〇ーニだったそうだ。


 こうして僅か数分の間に帝国貴族たちの超高級車800億ドル相当が灰燼に帰したのである。


 この超大爆発は、たまたま400キロ上空にいた国際宇宙ステーションからでも視認出来たらしい。



 このときアメリカコロラド州コロラドスプリングスの北米航空宇宙防衛司令部では、デフコン3を示すアラートが鳴った。

 直ちにホワイトハウスと国防総省との回線が繋がれ、基地司令官からホワイトハウスと国防総省に報告が為されている。



「現時点より1分前、中華帝国上空200キロを通過中のIKH(赤外線偵察衛星)No.21が、上海近郊にて大規模な赤外線反応を探知いたしました!」


「熱源は移動しているのか!」


「いえ、移動していません!

 弾道弾ミサイルではありません!

 それに赤外線の規模が大きすぎます!」


「工場かなにかの爆発なのか?」


「推定爆発規模は」


「現時点の推定では100キロトンです」


「戦術核兵器並みか……」


「上海近郊に軍事施設はあったか?」


「現在座標を既知の地図情報と照合中……

 結果が出ました。

 爆発地点は上海サッカースタジアムと一致しています」


「「「……???……」」」


「いつからサッカーで100キロトンもの爆発物を扱うようになったんだ?」


「それにしても爆発の範囲が大きすぎますね。

 推定ですが直径2キロを超える範囲で1万か所以上の爆発が観測されています。

 それも音速を超える爆轟と衝撃波を伴って……」


「引き続き観測態勢を強化せよ」


「はっ、IKH衛星の軌道を修正して24時間監視体制に移行し、光学観測機器を搭載したKH衛星も高度100キロに移動させます」


「何かわかったらまた報告してくれ」


「はっ」



 西側諸国の通信社の第一報は『上海郊外で核爆発か!?』だったそうだ……




 もちろん、バスを取り囲んで踊り狂っていた暴徒たち50万のほとんどが爆死、焼死したが、あまりの人数にシスくんも手が回らず、リポップしてもらった者も服や頭髪や眉毛睫毛は消失したままであった。

(もちろんシモの毛も)


 コゲ茶色&スッポンポンになった暴徒たちは、クルマも無くサイフもスマホもどこかに吹き飛んでいたために、フルチン、フルヌードのまま悄然と歩いて帰って行ったらしい。


 おかげで上海市内は大混乱に陥ったそうである。

 上海警察には『コゲ茶色の火星人が大群で攻めて来た!』という通報が殺到したとのことだった……




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