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*** 385 ドーピングとは ***

 


 大地は、今度は慎重にスタートを切った。

 スターティングブロックは少し歪んだだけで済んでいる。


 そうして、トップスピードも抑えた大地はそれでも気持ちよく走って行き、無事ゴールした。



 電光掲示板に数字が出て来た。


 記録は5秒40。


 広い競技場に今度こそ完全な沈黙が広がった。


 しかも、大地の走ったレーンのタータンは、足跡の形のままベコベコに捲れ上がっていたのである……



「す、すみませんっ!

 このタータントラック、弁償しますので代金はスラークンさんに請求して下さい!」



 大地はこの後垂直飛びの計測も行った。

 もちろんタータンを破壊しないようかなり手を抜いている。


「た、ただいまの記録、計測不能!

 目視による参考記録7メートルっ!」




 大地くん……

 これ、棒高跳の世界記録を越えてるんだけど……

 オリンピックに出場して『エア棒高跳』とかやったらウケるかもよ……


『ああっ!

 神界代表のアスラ選手、途中でバーを放り捨ててそのまま飛びましたぁっ!

 あああっ! それでも試技成功ですぅぅぅっ!』

 とか言われて……


 ついでに上空で『伸身5回宙返り10回捻り』とか披露して着地もキメてみせるとか……




 後日、空軍基地の滑走路の隅に100Mの走路が設置された。



 通常の空港の滑走路はアスファルト舗装だが、空軍基地の滑走路は強化コンクリートで覆われている。

 これは、アフターバーナーを使用して戦闘機が緊急発進スクランブルする際に、アスファルトだと溶けてしまうからである。

 普通のアスファルトでは、やはり大地のガチの走りに耐えられないだろうという配慮であった。



 因みに、この時の記録は1秒85だったそうだ。


 それでもコンクリートに穿たれてしまった足跡の周囲には、空軍の軍人たちが集まって立ち尽くしていた。

 そのうちにその場で全員が正座して合掌し、深く頭を下げたそうである。

 その足跡は、聖遺物として永久保存されることになったらしい。


 足跡の数は、たったの8個だったそうだ。

 100M走の歩幅が走り幅跳びの世界記録を遥かに上回っていたのである……




 因みに、『身体強化』を使えば0.1秒以下の記録が出ただろうが、音速突破の衝撃波で空軍基地の滑走路が破壊されるために自粛したそうである。


 大地くんも、惑星殲滅戦略兵猫のシロルン族長さんには遠く及ばないものの、空軍基地破壊兵人ぐらいには成れたらしい……

(破壊方法は滑走路の真ん中をただ全力で走るだけw)



 こうしたアスラさまの身体能力を見たダンジョンチャレンジャーたちは、ますます気合を入れてダンジョンに挑むようになった。


 そんな中、国軍の本部からアスラさまにお伺いが来たのである。


「あの……

 国軍の軍人たちはサッカークラブに属している者もいまして、余暇に練習もしているのです。

 まあ、練習時間もあまり取れないのでさほど強くはないのですが、それでも陸軍チームは国内の3部リーグ、海軍チームは4部リーグに属しています。

 その中にはダンジョンチャレンジャーのメンバーも多いのですが、彼らを公式戦に出してもいいものでしょうか……」



 因みに、タイ王国で最も人気のあるスポーツは、昔はムエタイだったが今はご多分に漏れずサッカーに1位の座を譲っている。



「全く問題ないと思いますよ。

 皆さんの身体能力は医学的措置や薬品で得たものではなく、ご自分の努力で勝ち取られたものですから」



 この国に於けるアスラさまの発言は、もはや完全に天の声と見做されるため、タイ王国サッカー協会もダンジョンチャレンジャーの公式戦出場を認めたのである。

 その結果、陸軍も海軍もそれぞれのリーグで常勝無敗のチームとなってしまったのだ。


 なにしろどちらのチームも全員が100Mを9秒台で走るのである。

 何人かは9秒台前半で走り、未公認世界記録保持者なのである。

 ボール捌きはまだまだだったが、それでも動き出しからトップスピードに乗るまでが異様に早い。

 一般のサッカー選手では、如何なる選手もついていくことは出来なかった。


 しかも垂直飛びは全員が1メートル50センチ以上であり、最高で1メートル90を飛ぶ選手もいる。

 このため、コーナーキックでは、相手キーパーがジャンプして伸ばした手よりも遥か上に頭があるため無敵状態になっていた。



 また、陸軍チームのゴールキーパー、バークリックくんは、身長が195センチもある上にダンジョンチャレンジのおかげで垂直飛びも185センチ飛べるようになっていた。

 元々はその大きな体を買われ、特殊部隊の先輩に勧誘されて陸軍サッカー部に所属していたそうだ。


 厳しい訓練の後でのサッカー練習は大変だったが、そこでは大勢のチームメイトとの触れあいがあった。

 軍の演習とはまた違ったチームワークが楽しかった上に、サッカー部での練習にはカネはかからない。

 また、リーグ戦でPKを止めたりスーパーセーブをするたびに上官や先輩たちが奢ってくれたのである。

 その分、家族への仕送りが増やせたのでいいことづくめだったとのことである。



 彼は反射神経も超人クラスになっていたために、PKの時でもイチかバチかどちらかに飛ぶ必要も無く、相手がボールを蹴ってからでも対処が間に合った。

 さらにはやはり超人的な動体視力によって、相手がボールを蹴る瞬間の足の位置や向きからボールの軌道予測まで出来るようになっていた。


 このためにPK阻止率90%以上という奇跡的な数字を残していたのである。



(こいつらなら、うちの国のうさぎさんチームともいい勝負が出来そうだな……)


 試合の録画を見た大地はそう思った。



 こうした国軍チームの大活躍は全国的な話題になった。

 そのために、欧州から招聘されていた代表監督も彼らの試合を観戦しに来たのである。


 因みにこの監督は、タイ王国政府の好意でほぼ無くなっていた頭髪がフサフサになり、『若返り』で見た目が10歳以上若くなっていた上に『言語理解』でタイ語まで理解出来るようになっている。

 おかげでタイ王国には超好意的だったのであった。



 国軍チームの試合を見た代表監督は仰天した。

 こんな凄まじい身体能力は見たことが無い。


 ボール捌きや戦術はまだまだだったが、そんなものは自分やコーチが教えればいいことだ。

 なによりも若手に必要なのは身体能力なのである。


 代表監督はその後も国軍チームの練習や身体能力測定も見学し、次の代表候補招集で国軍チームから20人も招集した。

 折から始まろうとしていたワールドカップアジア1次予選に投入したくてウズウズしていたのである。



 国軍本部はこれを喜び、代表候補招集者たちには無期限の有給休暇を与えた。

 しかもダンジョンチャレンジは自由である。

 こうして、タイ王国代表は1次予選を勝ち抜いていったのであった。




 また、代表監督は昔のチームメイトを説得してタイに出張して来てもらった。

 この男は引退後に薬学の学位を取り、今はFIFAでドーピング対策局の局長補佐兼調査部長をしていたのである。


 この局長補佐は昔からの友人のフサフサ頭を見て驚き、若返った顔を見て羨ましそうにした。

 そうして、国軍の紹介で調査目的としてダンジョンで施療を受けさせてもらったのである。

 もちろん髪の毛はフサフサになっていた。



「どうだね、あの光がドーピングだと思うかい?」


「いや、いくら何でも光を浴びただけでドーピングとは言えんだろう」


「そうか、それでは次にうちの有望選手たちの練習風景と身体能力測定を見て貰えるかな」



 その光景を見たFIFAの局長補佐は仰け反りまくった。

 なにしろ代表のうち20人が100Mを9秒台で走り、うち5人が9秒台前半のタイムを叩き出したのである。



「お前のチームには100Mの世界記録保持者が5人もいるのか……」


「驚くのはまだ早いぞ、うちのエースキーパーを見てくれ」



 局長補佐はまたもや仰け反り倒れた。

 なにしろ身長195センチの男が垂直飛び185センチを飛んだのである。

 また、PK練習では本当に阻止率90%の実力を見せていた。



「なあ、これもドーピングの成果だと思うか?」


「いや……

 かつて行われた如何なるドーピングでも、ここまで凄まじい成果を見せたことは無い。

 それに、ドーピングとは、医学的、生理学的にドーピング行為を証明出来なければドーピングと認定するわけにはいかんのだ」


「そうか」


「それで、これがダンジョンにチャレンジして得た身体能力だというのか?」


「そうらしい」


「一度そのダンジョンとやらを見学してみたいものだな」


「まだ軍のダンジョンチャレンジャー部隊にしか入場は許されていないからな。

 いちおうお伺いは立ててみるよ」


「頼む」




 スラさん経由で上がって来たこの要望に対し、意外なことに大地はOKを与えた。


 実は大地としてもこの問題には興味があったのである。


 ダンジョンでモンスターと戦ってレベルを上げ、身体能力を高めることが、果たしてドーピングに当たるのか否か。


 その判断によってはこれからの地球のヒト族の歴史が変わるだろう。


 もしドーピングと見做されれば地球ヒト族の身体能力はこのままになる。

 だが、もしもドーピングではないとなれば、ヒト族の暮らしはこれから実に興味深いものになると思われたのである。


 まあ正義か悪かなどという問題は主観的なものであり、神界としてはまったく気にすることはないだろう。

 基本的に、神界はヒューマノイドが餓えず、死ななければ何事もあまり気にしないのである。

 自由な進化こそ文明の多様性と強靭さを生むと考えているらしい。


 ただ、もしドーピングでないと見做されれば、大地は徐々にダンジョンチャレンジを一般に向けて開放してやらねばと思っていたようだ。



 また、これと同じようなことは『言語理解』にも言えた。

 言語理解によって、外国語の試験で満点を取った者は、果たして認められるのだろうか、または不正行為扱いされてしまうのだろうか。

 それによってもこれからの地球ヒト族の未来は大きく変わって行くだろう。


 これについても、神界としては『べつにどうでもいい』という立場であり、道を選ぶのはヒト族自身だと大地は思っている。




 FIFAのドーピング対策局局長補佐兼調査部長は、大勢の部下を伴ってタイ王国に戻って来た。


 そうして、ダンジョンチャレンジャーたちにあらゆる医学的生理学的検査を行ったのである。

 その作業を部下に任せると、局長補佐は4人の部下と共に自分たちの身体能力を測定した。

 そうしてダンジョンチャレンジャーたちと一緒にダンジョンに入り、なんと実際にモンスターたちと戦ったのである。


 局長補佐は、自分たちの判断によって、これからの人類の未来が変わるかもしれないということを理解していたのであった。




 1か月に渡って調査を行った局長補佐は部下たちを集めた。


「まずは医学・生理学部門から報告してくれ」


「はい。

 徹底的な検査を致しましたが、ダンジョンチャレンジャーたちからは如何なる医学的生理学的ドーピングの兆候も見つかりませんでした」


「そうか……」


「あの、実地調査は如何だったのですか?」


「我々の身体能力は驚異的な伸びを見せた。

 今や私は100Mを10秒台前半で走れるようになっている」


 どよめきが上がった。


「だがもちろん、我々はこの1か月というもの、如何なる医学的生理学的処置も受けておらん。

 風邪薬すら飲んでいなかったのだ」


「やはりそうでしたか……」


「果たして、神の恩寵とはドーピングに当たるのかな……」


「「「 ………… 」」」


「それで……

 理事会にはどう報告されるおつもりですか?」


「どうもこうも、我々にはその人物がダンジョンチャレンジャーか否かを医学生理学的に証明する手段が無いのだ。

 ただ単に運動能力が異常に高いということだけをもってドーピングと扱うことは出来まい」


「ドーピングであるというデータを提示出来ないならば、それはドーピングではないということですか……」


「結論はそうなるな」


「なんとかしてあの身体能力増強のメカニズムを知ることは出来ないでしょうか」


「それは無理だろう。

 あの全ての疾病を僅か10分で治癒させてしまう光の効果のメカニズムを解明出来ると思うか?」


「いえ……」



「あ、あの、神界はこのダンジョン効果をどのように考えているのでしょうか。ドーピングと思われているのか、それともドーピングではないのか……」


「それについてはネットで聞いてみたんだがな。

 答えは、『どちらでもかまいません』だったよ……」


「「「 ………… 」」」


「だがこうも言われたんだ。

『もしこの効果を不正なるドーピングであると見做したとしたら、人類の身体とその能力の進化はここで止まるということですね。

 選ぶのはあなた方地球ヒト族です』とな……」


「それは……」


「俺としては、俺の判断で人類の進化の芽を摘んだりしたくはないんだ。

 それに、もし神界によるダンジョン効果を不正だとしてみろ。

 それはあの奇跡の疾病治癒も不正だと主張しなければならなくなるということなんだぞ。

 それをフサフサ頭になった俺に言わせるのか?」


「ということは……」


「ああ、『あの身体能力を齎したものは、あらゆる医学的生理学的検査によってもデータとして示すことは出来ませんでした。ドーピングと証明出来ないものはドーピングではないのです』と報告するしかあるまい」


「僭越ながら、わたくしもそのご判断に同意させていただきます……


 ですので、わたくしも、その…… 出来ればフサフサに……」





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