*** 380 質疑応答 ***
「NYタイムズのヒポパタマスです。
先ほどはわたくしの悪性腫瘍を治癒して下さって誠にありがとうございました。
ところで、お伺いしたかったのはアルス救済のためのご資金調達ということですが、何故それが地球だったのでしょうか」
『それはアルスと地球を管轄されていらっしゃる天使さまが同じ方だからです』
また一斉にどよめきが起きた。
「オーストコアラリア・タイムズのウルルです。
昨年は我が国の危機をお救い下さいまして、誠にありがとうございました。
ご質問ですが、アルスと地球は近い位置にあるのですか」
『はい近いです。
ですがこの銀河系第28象限にはあまり知的生命体居住世界がありません。
ですから2000光年ほど離れています』
またどよめきが起きた。
「BBCのローストビーフです。
あなたはそのアルスと地球を移動出来るのですか」
『はい出来ます。
(毎日日本の高校に通学していますって言ったらびっくりするだろうなぁ……)
先ほどご紹介した転移門は、神界の使徒には個人の能力として与えられています。
ですからいつでも任意に転移出来ます』
「フラフランス、フィガロのボナペティです。
あなたは神なのですか」
『いえ、わたしは神ではありません。
天使さまにリクルートされ、神界に任命された神界の使徒です。
ですから単なるヒューマノイドです』
またどよめきが起きた。
「あ、あなたはこの地球出身なのですか!」
『そのことにつきましては秘匿事項ですのでお答えする権限を与えられていません』
「どうやってリクルートされたのですか!
また、どれほどの権能や恩寵を与えられているのですか!」
『それらの情報につきましても、当面秘匿事項とさせてください』
「ノルノルウエー・タイムズのオマエラ・アホヤネンです。
ダンジョンは最低1か所その地に入り口が無ければならないそうですが、なぜそれがタイ王国だったのでしょうか」
『(タイ国王が元ダンジョンマスターだったからって言ったら驚くよなぁ……)
先日たまたま地球に出張して来た際にタイ王国の洪水危機を知り、天使さまにお伺いしたところ、救援するよう勧められました。
その際に、タイの人々が非常に協力的だったからです。
また、その後のアルス救援のための食料購入につきましても、大勢の方々が実に熱心にご助力くださったからです』
タイのひとびとがガッツポーズをした。
「それにしてもなぜタイなのでしょうか。
失礼な言い方ですが、もっと先進国ですとか人口密集地に近い所ですとか……」
『銀河の技術文明は、ほぼ100億年の歴史を持っているとお伝えしました。
その文明から見れば、地球の先進国も後進国も原始社会も大差ありません』
「「「「 ………… 」」」」
『それに、転移門があれば人口密集地に近い必要もありませんので。
また、国連本部にキャパシティーが無いのであれば、皆さんが今おられるような施設を洋上などに浮かべます。
国連本部とその施設は大きな転移門で繋げばよろしいでしょう』
「先ほど見せて頂いた恩寵は、神の御業なのでしょうか」
『いえ、実際には100億年の歴史を持つ科学技術です』
「そ、その技術の一端は教えて頂けるのでしょうか」
『それは秘匿事項になっています』
「ですが、たとえば世界各国がエージェントを送り込んで来て技術を盗もうとすることも有り得るのではないでしょうか」
『ダンジョン内の機器や薬品をダンジョン外に持ち出すと、全ての効力が失われるようになっています。
また、もし分析機器を持ち込まれても、ダンジョン内では全ての電子機器が使えません。
この機器や薬品の効果をダンジョン内に限るのは、主に詐欺防止のためです。
ダンジョン外で恩寵品を売りつけようとする行為は全て詐欺と思えばいいでしょうから』
「な、なるほど……」
『また、仮に分析に成功したとしても複製は出来ません。
それは火を使い始めたばかりの原人にスマホを見せて複製させようとするよりも、遥かに困難なことでしょう』
大きなため息が漏れている。
「医療保険制度の無い国もたくさんあります。
そうした国の人々は、治療を受けられないのではないでしょうか」
『そういう場合こそ大国が援助すればいいのではないですか?
また、十分な資金が集まった後には、人口に応じて施療に招待させて頂くことも検討しています』
「しかし、健康保険制度の無いような国の患者を招待すると言われても、独裁大統領やその一族だけになってしまうのではないでしょうか」
『我々はそのヒトの疾病の深刻度を測るセンサーを持っています。
重篤でない患者は施療をお断りしてお帰り頂くでしょう。
また、それら招待に当該国政府の推薦は不要です。
いくつかの国にご協力を願って、その国の大使館や領事館から特別転移門で運ばせて頂くことにするつもりです』
「し、しかしそれでは施療希望者が殺到するのでは……」
『ダンジョン内部はいくらでも拡張出来ます。
例え地球と同じ広さであろうとも』
「「「「 !!! 」」」」
『また、施療室などにご案内する職員も、募集すれば多くの応募を頂けるでしょう』
「で、ですが招待者ばかりが殺到してコストだけが激増してしまうのではないでしょうか」
『あの施術のコストはほぼゼロですので特に問題はありません』
「「「「 !!!!! 」」」」
「そ、それでは、医療保険がある国の施療希望者が保険制度の無い国に移動して応募するのは防げないのでは……」
『我々は『鑑定』の能力も有しています。
その方の本名、年齢、国籍、居住地などは全て瞬時にわかりますので、そうした方にはお帰り願って政府に申請するよう申し上げるでしょう』
「な、なるほど……」
「あの、神界がこうした施療活動を始められると、世界中の医療機関や製薬会社が破綻してしまうのではないでしょうか」
『まず、医療機関については、『ダンジョンで施療を受ける際に国の医療保険を使うことを推奨する』という診断書と処方箋を出すことで、存続が可能になると思われます。
もしくはダンジョンに行くまでもない軽度の疾病治療ですね。
また、製薬会社につきましては、元々彼らが作っている薬品はその99%以上が対処療法薬です。
根本治療薬は1%以下しか作っていませんし、また開発研究もしていません。
これは、そんなものを開発してしまうと対処療法薬が売れなくなってしまうという意図的怠慢によるものです。
そのような怠慢が蔓延している産業に配慮する必要は無いと考えました』
「しかし、大学の研究室ですとか、国立の研究所などでは開発研究が為されているのでは……」
『製薬会社は厚生族と呼ばれる国会議員や官僚に莫大な寄付金を支出して、そうした研究に国家資金を提供させないよう妨害しています。
本来は、そうした先の見えない基礎研究こそ国が資金を出して保護すべきなのでしょうが、政治家も官僚も目先の献金に目が眩んで逆に妨害しているのです』
「「「「 ………… 」」」」
『神界はこうした状況を非常に憂慮しているのです。
このままでは、地球の薬学は1000年経っても微々たる進化しかしていないでしょう。
製薬会社は、やはりダンジョンでの施療を受けるほどではない軽微な疾病のための家庭薬を作っていればいいのではないでしょうか』
「な、なるほど……」
「あなたは地球のことに相当お詳しいとお見受けします。
やはりあなたは地球出身なのではないでしょうか」
『神界の持つ権能の中に、スキルや知識を得るというものがあります。
それを使用すればこの程度の知識や情報の取得は一瞬で可能です。
現にわたしの英語能力も、『言語理解』というスキルによるものです。
そうそう、申し遅れましたが、この『言語理解スキル』も恩寵品に含まれています。
これを取得すれば如何なる言語についてもネイティブ以上の理解が得られるでしょう。
価格は1000ドルにする予定です』
「そ、そのように安くすれば世界中の外国語教育機関や教師が失業してしまうのではないでしょうか!」
『外国語の取得には非常な労力と時間がかかります。
そのような労力を費やす時間が有れば、科学や数学や社会学に向けた方が有益だと考えました。
それに、多国籍企業の悩みは現地で英語などに堪能な従業員を雇用するのが困難なことでしょう。
ですが企業がコストを負担してこの恩寵を受けさせれば、その従業員はネイティブと区別出来ないほどの能力を得られるのです。
これによって世界の失業率は急低下して行くのではと考えています』
「そ、その『すきる』には、言語理解以外のものはないのですか?」
『もちろんあります。
一例を挙げれば、数学理解、社会学理解、自然科学理解、物理学理解、化学理解、医学理解、薬学理解などですね。
ですが、これらは恩寵品には含まれていません』
「なぜ含まれていないのでしょうか……」
『それは、神界が地球人類に独力で進歩していって欲しいと考えているからです。
『言語理解』によって、誰でも英語で論文が書けて読めるようになれば、こうした進歩も早まっていくと期待されています』
「な、なるほど……」
『これからもこうした疑問に思われることは多いと思います。
その場合はタイ王国政府が作って下さった『神界ダンジョン』というホームページにアクセスしてください』
「その質問には誰が答えて下さるのですか」
『我々の仲間であるAIコンピュータ―です』
「世界中から質問が殺到することと思います。
そのAIで捌ききれるのでしょうか」
『この地球で言うAIとは、単にソフトウエア上のプログラミングによるものでしょう。
この場合にはこう処理しろという無数の場合分けが用意されていて、判断に困る時には乱数によって選択肢が決められるというものです。
あんなものはAIではありません。
ですが、銀河世界のAIコンピューターはハードウエアそのものであり、完全なる人工知能なのです。
喜怒哀楽や恐怖心、愛情、ユーモア、羞恥心の感覚も持っていますし、経験を積ませれば成長もし、ひどく驚かせると失神することもあります』
(えへへへ……)
『そしてその処理能力は、地球の全てのコンピューターを合わせたものの数京倍から数垓倍ですので、何の問題もありません』
(えへへへへへへへ……)
(こらシス、分位体が失禁することもありますって言っちゃうぞ)
(そ、そそそ、それはお許し下さい……)
「す、すごい……」
「あの……
申し上げにくいのですが、タイ王国に対して一神教徒たちがテロを行うことも考えられると思います。
その対策は為されていらっしゃるのでしょうか」
『はい、強力な対策を準備しています。
内容については詳しくは申し上げられませんが、その一部は近日中にサイト上で公開されるでしょう』
「それを伺って安心いたしました……」
『それでは皆さん、これで恩寵品のデモンストレーションと質疑応答を終了させて頂きます。
本日はご来場どうもありがとうございました……』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さすがは中華帝国で、翌日から市内で偽造恩寵品の販売が行われ始めた。
「さあさあ、神界の『若返り』恩寵品の大安売りだよ!
公爵さまが神界に分けて貰った分を特別に民にも売って下さるそうだ!
タイに行って買えば10万ドルだけど、今日だけはたったの1000元での大安売りだよ!
さあ買った買った!」
「おいおい、本物かよ。
偽物じゃあないのか?」
「いえいえ、公爵さまが偽物を下げ渡されるはずがないでしょう」
「そうかい。
それじゃあひとつくれや」
ご丁寧にサクラも用意してあったようだ。
だが……
サクラがカネを払って瓶を受け取り、中の液体を飲み干そうと栓を開けると、その辺り一帯に凄まじい悪臭が広がったのである。
(もちろんシスくんの仕業)
その匂いは、あのシュールなストレミングを100個大鍋にブチ込み、ぐつぐつと煮込んだのと同じほどの爆臭だった。
(気の毒に、刑期短縮を条件にシスくんの実験に志願した囚人は、三日三晩寝込んだらしい)
周囲の人々は悲鳴を上げて逃げ出していた……
その場で気絶していた詐欺師とサクラは、化学戦防護服を装着した軍に逮捕されている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さてシス、早速だが、タイ王国内でロックオンしていた火薬、爆薬、雷管、ミサイル推進薬、ナパームなんかを全て不活性化してくれ。
合わせて『幻覚の魔道具』の発動もよろしく」
(はい)
「これでタイ王国内では火器・兵器が使えなくなったな。
ナイフやこん棒を持って暴れようとした奴も、激痛にのたうち回ることになるだろう。
あと心配なのは弾道ミサイルぐらいか。
あれは途中で推進薬が燃え尽きて後は慣性で動いてるだけだからな」
(その対策も終了しました。
タイ王国王宮を中心とする半径5000キロの範囲に入った弾道ミサイルは、全てストレーさんが収納してくださる態勢が整っています)
(ご苦労さん)
大地の記者会見の翌日、『神界ダンジョン』のホームページにタイ王国政府と共同の声明が乗った。
【神界ダンジョン声明】
この度神界は、タイ王国政府のご了承を頂き、タイ王国とその国民を守るためにいくつかの恩寵品を発動させました。
その恩寵品の効果は多数ございますが、そのうちのひとつが『暴力・脅迫犯罪抑止』であります。
この恩寵品の発動条件は、或る者が他者に暴力を働こうとした場合、暴力を匂わす脅迫で他者を従わせようとした場合、もしくはそれらを配下などに教唆した場合であります。
その発動効果は、今までの生涯で最も痛みを感じた時と同じ痛覚を30分に渡って追体験させる幻覚を与えることです。
もちろん幻覚ですので実際に怪我その他を負うことはありません。
また、この恩寵品を発動させた者は、神界により過去の罪状が精査され、犯罪歴に応じて刑務所に収監されます。
最高刑は死刑ではなく終身刑ですのでご安心ください。
恩寵品の効果は他にもございますが、いずれもダンジョン入り口を設置させて下さったタイ王国の平和と安寧を守るものでございます。
以上




