表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/410

*** 38 最強決定戦 ***

 


 大地と伴堂師範はリング上で対峙した。


 ギャラリーのほとんどがまたスマホを上げて構えている。



(うっわー、師範、完全にガチだわー。

 もう目が据わっちゃってるよー。


 ああそうか、俺のコンビネーション見てスイッチ入っちゃったんだ……。

 やっぱりこのひとも戦闘狂だったんだな……


 それにしてももんのすごい威圧感だよぉ)




 2人が向かい合うリングの周りにはもちろん大勢のギャラリーがいたが……


 師範の顔が見える位置にいるひとたちは、もはや顔面蒼白になっている。

 エクササイズ会員や護身術会員だけでなく、プロを目指す練習生たちも。

 スマホを構える手が震え、録画を諦めて手を降ろす人が続出し始めた。



(うー、なんていう強烈な威圧か……

 師範って実は魔法使えたんじゃないか?


 このままじゃあ、いくら『精神耐性』があっても呑まれちゃうよ。

 仕方ない、俺も対抗して『威圧』を出すか。

 レベル3ぐらいでいいかな……)



 大地が『威圧Lv3』を放射すると、今度は大地の顔が見える位置にいたギャラリーたちが仰け反った。

 中には既に白目になっている者もいる。

 やはり構えられていたスマホが震えながらパタパタと下がっていった。




 師範が微笑んだ。

 これほどまでに獰猛な笑みは誰も見たことが無いだろう。

 同時に師範の威圧がさらに膨れ上がる。



(し、仕方ない…… 『威圧Lv5』発動……)




 もはや誰もが黙った。

 いや身動きすら出来ず、女性会員は皆涙目になっている。

 もう構えられているスマホはほとんど無い。

 リングの上では得体のしれぬ禍々しいオーラが渦巻いていた。



(ううー、いくら『身体強化』と『防御』と『敏捷強化』と『動体視力強化』がパッシブ展開されてても、勝てる気がしないわ。


 こ、こうなったら、『時間加速Lv2』も発動……)




「健吾くん…… 開始の合図をお願い……」



 硬直していた延岡レフェリーが我に返った。


「は、始めっ!」



 小声で「状況開始」と言った師範が前に出て来て構えを取った。


 口元に拳を固めたオープンフィンガ―グローブを揃えて、その上から野獣のような目が覗いている。



ピーカブー(いないいないばぁ)スタイルか……

 これほど名称と現実が一致してないスタイルも珍しいな……)



 大地は変わらず軽いデトロイトスタイルである。


(この怪物相手じゃ例え完全にガードしても相当なダメージを受けるだろう。

 全ての攻撃は避けるしかないぞ。

 そのためには師範の全身を広く見て……)



(こ、この子アタシの体を見ていない……

 強いて言うならアタシの遥か後ろに目の焦点を合わせてる……

 こ、この歳で『遠山の目付』が出来るとは……

 あれは頭では理解していても、いざ実戦で行うのは相当の勇気と経験が必要なんだけど……


 そうか、剣道場でも特別訓練を受けてるって言ってたから、そこで身に着けた技なのね……

 それにしても凄い能力だわ。

 これならわたしも久々に本気を出せるかも……)



(うーん、やっぱり師範からは仕掛けて来ないか……

 よし! 俺から行こう!


 そうは言ってもリーチ差が大きすぎるから、ジャブじゃあなくってキック主体にするべきだな。

 カウンターとか喰らったら轟沈しそうだし。

 それじゃあまずは様子見のミドルキックから……)



 シュン!



(うっわー、俺の足を肘と膝で挟みに来てるよ!

 なんちゅー攻撃的ディフェンスだ!


 こんなんに挟まれたらヘタすりゃ一発で足首骨折か捻挫で大ダメージだわ。

 止めるのは無理だから軌道を変えよう!



 ん? なんか膝蓋骨のすぐ下が薄っすら光ってるぞ。


 あーそうか、今は『弱点看過』は使ってないけど、ダンジョンでの訓練でけっこう試してたから、少し残ってるのか……)



 ビチュン!



 レフェリーをしている延岡の目が見開かれた。


(し、信じられん……

 こ、こいつ、師範のガードを見てからミドルの軌道を変えたぞ!

 それで膝を避けてその下に一発入れたのか……)



 伴堂も驚愕していた。


(こ、この子、キックにもフリッカー入れてるわ……

 しかも途中で軌道を変えて膝のすぐ下を狙って。

 その軌道差が図らずもブラジリアンキックにすらなってる……


 な、なんという威力のミドルかしら……

 スピードはフライ級以上で、威力はヘビー級以上なのね……)



 伴堂の左膝下が見る間に赤くなって行った。

 もう数発同じところに入れば流血すらありえるだろう。



(うーん、キックの軌道を途中で変えるのって、思いのほか上手くいったぞ。

 もういちど試してみるか……)



 シュン!



(同じミドルね……

 それじゃあわたしもキックに軌道を合わせて膝を下げてみるわ)



(うおっ! 微かに肘と膝が下がった!

 膝蓋骨で俺の足を迎撃する気か!

 それじゃあ今度は上に軌道を変えてと。

 あ、肘のすぐ上も微かに光ってる……)



 ビチュン!



(こ、今度は上に軌道を変えたっていうの!


 これ……

 まさかプレーンなミドルでガードを誘っておいて、それを途中で軌道を変えて掻い潜ることでフリッカーキックを放っているって……


 とんでもないことをする子だわ……。


 ヒトの体には急所がたくさんあるけど、そのなかでも目立たない急所が関節部のすぐ上か下かとは教えたけど……

 いくら筋肉を鍛えてガードに使おうとしても、関節部のすぐ隣は靭帯しか無くって筋肉は薄いからね。

 そこをピンポイントで突いてくるとは……

 しかもキックで……)




 伴堂の笑みがますます獰猛なものになった。

 色白な彼の体のうち、膝のすぐ下の外側部分と肘のすぐ上の外側部分は既に赤くなっている。



「大地ちゃん、今度はアタシから攻撃するわよ……」



 宣言の後、距離を詰めて来た師範のジャブが大地の顔面を襲う。

 もはやジャブと言うよりはストレートに近い。



(うへっ、重いだけじゃなくって速さまであるのか……

 これスライム族の族長のアタックより速いぞ!

 こんなもんガードしたらそれだけで腕が死ぬわ!)



 大地は首から上をズラしてジャブを躱した。

 だがそれを読んでいた師範のストレートが大地の顔面に迫る。

 ガードごと吹き飛ばそうとする意図がありありと読めた。

 しかも17センチの身長差のせいで、やはり角度のついたブラジリアンキックのようなパンチになっている。



(し、縮地っ!)



 大地の体が左にブレた。


((( !!! )))



 伴堂にも延岡にも斎藤にも、その動きは瞬間移動のように見えている。

 首から上を動かして躱すのではなく、体全体で左に動いたのだから。



(お、伸びて来るストレートが見える…… よし!)



 大地が右手で伴堂の手首を掴んだ。

 そのままパンチの方向に伴堂の手を引っ張る。

 微かにバランスを崩した師範の右半身が大地の目の前にあった。



(ここだ!)



 ドムドムドムドムっ!



 1発目は左腕で伴堂のキドニーへ。


 2発目は手首を離した右腕でレバーへ。


 3発目は再び左キドニーブロー。


 そして4発目の右フックが、伴堂の水月を深々と貫いた。



 しかも……


 通常であれば分厚い腹筋がその水月打ちを阻んだことだろう。

 だが大地は右拳のうち中指の第2関節を突出させていた。

 その中指を残り4本の指でしっかりと固定し、大地の一本拳は伴堂の腹筋の繋目を正確に突いて、水月に刺さっている。


「ぐはぁぁぁっ!」


 さすがの伴堂も大きく喘いだ。



(通常の修斗の試合だとキドニーブローは反則だから、俺は一発反則負けだろうけど、これはバーリ・トゥードなんでもありだからな。


 まあ許してもらおう……)




 延岡は戦慄した。


(放たれたストレートがまだ伸びている途中で手首を掴んで引き、相手のバランスを崩すとは……

 ま、まるで宮本武蔵が飛んでいる蠅を箸で捕らえたのを見たようだ……


 しかも、腰の入ったモーションで、キドニー・レバー・キドニー・水月への連続ブロー!

 こ、これ、俺だったら確実に1度で沈むな……)


 無意識に右わき腹をさすっている。




 伴堂の顔面がチアノーゼを起こし始めた。

 連続のボディーブローで横隔膜が麻痺して呼吸が出来なくなったのだろう。


 目と拳で大地を威嚇しながら下がる伴堂。


 と、突然両の拳で胸部のやや下方を叩き始めた。

 肺の機能を復活させようというのだろう。



 ドコドコドコドコドコ……



(まるでゴリラのドラミングだなぁ……)


 大地は思わず笑いそうになるのを必死で堪えている。



「ぶはぁぁぁぁぁぁ―――っ!」


 呼吸を取り戻した伴堂が大きく息を吐いた。

 目つきがさらに凶悪なものへと変わる。



 一瞬にして間合いを詰めて来た伴堂は、今度は姿勢を低くしたタックルを仕掛けて来た。

 大地をテイクダウンしてグラウンドに持ち込むつもりだろう。



(この巨体で抑えられたら何も出来なくなるよ……

 まるで漬物石に乗られたハクサイみたいに……)



 咄嗟に大地は跳んだ。

 伴堂の手を掻い潜り、頭部に手をついて跳んで伴堂の上方に逃れる。

 そのまま伴堂の後方に向けて縦に回転したが、このままでは着地と同時に伴堂に背を見せると悟って、さらに空中で捻りを入れた。


 まるで跳馬の演技である。


 視野の片隅にあんぐりと口を開けた延岡と斎藤の顔が見えた。



 大地が体勢を整えて着地した時、伴堂はタックルの勢いを殺し切れずに前に出た右足で体を支えていた。


(チャンス!)


 ドムドムッ!



 一瞬で間合いを詰めた大地の連続フックが伴堂の左右のキドニーを襲う。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 分厚い腹斜筋の上からでも手ごたえを感じる。


 右足で体勢を支えているために、右の腹斜筋にはかなりの力が入っていて効果は薄かったが、左の腹斜筋は無防備だった。


 その左キドニーを大地の拳が突き刺している。



 血走った目のまま振り返った伴堂は、息を整えることもせずに大地にミドルキックを放って来た。

 空気を切り裂く音が聞こえるほどの強烈なキックが大地に迫る。

 身長差のため、ミドルと言うよりはハイに近い。



(このファイティングスピリットはすごいな……

 ダメージを受ければ受けるほど闘気が膨らんでるよ……)



 大地がダッキングでキックを躱すと、それを読んでいたかのようにすかさず低めの後ろ回し蹴りが飛んで来た。



(うん、避けるだけだと芸が無いぞ……)



 大地は後方にステップしながら右手で伴堂の足を掴んだ。

 強烈な蹴りの威力を殺そうとするのではなく、足を掴んだまま足の進行方向に押し込む。

 さすがにバランスを崩した伴堂の体が揺らぐ。



(よし、崩せた!

 ここでコンビネーション7だ!)



「ビチュンビチュンドパン、ズドドドン、バキーン!」



 およそ人体が出すとは思われない音がリングに響き渡った。



 身長差17センチのためにハイキックは肩に入ったが、左ジャブと右ストレートはまるでフックのように下から伴堂の顎に入っている。



 ふらつく伴堂が大地の手を掴みに来たが、大地は縮地のバックステップで躱す。


 伴堂の目の焦点がやや合わなくなって来ていた……





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ