*** 376 タイ王国への依頼 ***
「魔法技術をダンジョン内限定にする理由は詐欺防止です。
効果の無い見せかけだけ似せたものを売ろうとしても、わたしたちは『効力があるのはダンジョン内だけ』と大々的に宣伝致しますので」
「なるほど」
「また、神界と神界認定世界について、それからダンジョンについても公開の許可を頂いて来ました」
「それは……
大騒ぎになるだろうの……」
「ですがそれでは世界中から途轍もない数の疾病患者が来ることでしょう。
余程に空港が整備された場所でないとなりませんな」
「いえ、実はあの転移の輪も売ろうと思っているんです」
「なんと……」
「それでは航空産業や海運が大打撃を被りますぞ」
「そのようなことが無いように、当初は政府への販売と使用に限定します。
具体的には各国に1組ずつ売り、首相官邸や大統領府と国連本部を繋ぐように設置して貰うことにするつもりです。
そうして、国連本部からダンジョン内診療所への転移の輪も設置し、ダンジョンでの治療を望む患者は各国の首相官邸や大統領府に集めて貰えばいいでしょう」
「なるほど。そうすれば空港整備は必要無いですな」
「しかも各国首脳が瞬時に国連本部に集まれるのか……」
「国連本部のキャパシティについては、国連が望み、アメリカの合意が得られたら、近くの洋上に大きな円盤を浮かべます。
入国審査や治療の振り分けはそこで行えばいいでしょう。
もし賛同が得られなければ、それこそ絶海の孤島や魔法で作る人工島にでも転移ルームと会議施設を作り、ダンジョンのロビーと転移の輪で繋げばいいですね」
「そうですか。
さすが実に良く考えておられる」
「ところでダンジョンに受け入れるのは患者だけですかの。
一般の挑戦希望者はどうされますか」
「当面の間、挑戦者は限定して受け入れるつもりです。
例えば軍人などの規律ある集団の内、E階梯が2.5以上の方などですね」
「そうか、モンスターと戦わねばドロップ品は手に入らんからな。
そういう意味でも軍人の方がいいということか」
「その治療に制限はあるのでしょうか。
例えば疾病は治せても四肢欠損は治せないとか」
「いえ、制限はありません。
なにしろ銀河先端技術ですからね。
失明していても四肢麻痺があっても脚や手が欠損していても全て完全に治ります。
失った歯すら生えて来るそうですし」
「それはすごい……」
「ダンジョンが提供するのは疾病治療だけですか?」
「『痩身』や『美肌』などの効果のあるものも売ろうと考えています。
これらの効果は大幅に見た目を若返らせる効果も持っています。
6人ほどで実験したのですが、皆さん15歳から20歳ぐらい若返って見えました。
どうも実年齢の3割ほど見た目が若返るようですし、多分ですが実際の寿命も延びていると思われます」
「すごいなそれも……」
「希望者が億人単位で殺到するでしょうな……」
「それらの施術費はおいくらにされますか」
「疾病などの治療については、どれだけの病気や障碍を抱えていても1人3万ドルにしようかと思っています」
「ふむ、疾病を治せるのは金持ちだけということになるか……」
「いえいえ、治療費については各国政府に払って貰うつもりです。
各国の医療保険金以外、患者本人からの治療費は受け取りません」
「そうか!
例え3万ドル払っても、疾病患者が完全に治癒すれば、その分将来に渡って国の医療費負担が減るのか!」
「はい」
「それにしても少々安すぎませんか?」
「わたしたちの計算では、各国の医療予算の損益分岐点は1人当り約10万ドルになります。
つまり疾病を持つ患者がそのまま生涯健康保険を使い続けると、平均で国庫負担は10万ドルほどになるでしょう。
医療保険制度を持つ先進国政府が計算すれば、その医療予算がダンジョンによって3分の1以下になることを理解して貰えると思います。
このように医療施術を格安にするのは地球のヒト族の幸福のためでもありますから。
その分美容施術で儲けようと思っています。
そちらは1回の施療につき10万ドルにするつもりですので」
「ははは、金持ちからカネを吸い上げようというのか」
「もちろんそのカネは農産物購入という形で地球社会に還流させますので、マネーサプライが減って不況になることも無いでしょうね」
「なるほどなぁ……」
大地が来訪の本題を切り出した。
「それでですね。
本日ご相談にお邪魔させて頂きましたのは、まずはお2人がダンジョンについてよくご存じだということもあるんですが、もし出来ればダンジョンの入り口をタイ王国に作らせて頂けないかと思ったからなんです」
「それは……」
「あの洪水危機を回避する作戦の際に、こちらの王宮の敷地などに簡易的なダンジョン分室を作らせて頂いていましたが、あれを本格的に拡張したダンジョンにしたいと考えたのです」
「「 ………… 」」
陛下と首相は腕を組んで熟考を始めた。
ややあって国王陛下が口を開く。
「もしダンジョン入り口が国内にあれば、我が国は計り知れない恩恵を得られますな。
アジアの主要国どころか世界の主要国になれそうですね。
ですが……」
「そうです。
神界とダンジョンを不快に思う方もまた多いでしょう。
特にキリスト教徒とイスラム教徒です。
彼らは厳格な一神教徒ですからね。
神界が存在して、多くの神々がいるという事実は簡単には受け入れがたいでしょう。
時が経てば教義を修正するなり現実として受け入れることも出来るでしょうが、なにせ既存の支配層の支配原理を揺るがしますからね。
最悪の場合、テロリズムに走るかもしれません」
「そうですの……」
「その場合の対策をお聞き願えませんでしょうか」
「是非お聞かせ下さい」
大地の説明は1時間ほど続いた。
「ふう、それにしてもよくお考えですな」
「ええ、皆で集まって、都合3か月ほどブレーンストーミングも行いましたし。
まあそれでも漏れはあるでしょうけど、わたしも部下たちも皆強力な魔法が使えますのでなんとかなるでしょう」
「わかりました。
それではわたくしとしては、このタイ王国にダンジョンの入り口を作ることを了承させて頂きたいと思います」
「悔しいがそれはデカン高原では難しそうだな。
ムンバイにもそれほどのキャパシティはないだろう」
「ですがダイチ殿、わたくしは単に象徴である国王に過ぎません。
ですから、恐縮ですが一度政府首脳や議会指導部にもご説明願えませんでしょうか」
「もちろんです。
いつでも参りますので、ご都合のいい日時をご連絡ください」
タイ王国に於いて、天界のアスラさまの存在感は途轍もないものがある。
あの大洪水危機からまだ2年も経っていないために、閣僚のほとんどは留任しており、天界の余剰農産物買い付けでタイ経済は空前の大活況に沸いていた。
おかげで内閣支持率も80%を超えていて、首相を初めとする閣僚や議会指導層も経済界の代表も、国王陛下を通じてのアスラさまの招集には何を置いても駆けつけて来たのである。
2日後、王宮府に近い政府所有の会議施設に、タイ国王を初め、人民代表院(下院)と元老院(上院)の議長と幹部、首相、閣僚全員、野党幹部、国策企業サイアムの代表者たちが集結したのであった。
もちろんアスラさまの代理人としてのスラさんもいる。
アスラ姿に変化した大地は、その場でまず神界について説明した。
タイの地では神界というよりも天界と呼称されていたが、どちらもまあ同じような意味なので、今後は神界という名称が使われることになっている。
大地は、神界は銀河宇宙の神界未認定惑星の文明発達を助けるためにダンジョンというものを利用することがあること、銀河の知的生命体居住世界8000万の内、約4万の世界にダンジョンがあること、そしてもちろんダンジョンについても詳しく語ったのである。
タイ王国の首脳たちは感動していた。
名前は変わっても天界は確かに存在していたのだ。
しかもその神界は銀河の8000万世界を導くお立場だというのである。
大地はその後もアルスに於ける任務の状況、食料輸入の必要性、金価格下落の懸念、金に代わる換金品目の選定、そしてダンジョンの恩寵品について説明した。
「ということでみなさん、我々は神界のご承認と推薦を得て、地球にもダンジョンを創って神界の恩寵品を売りたいと考えています」
首相が感激に身を震わせながら口を開いた。
「そ、その『ぽーしょん』や『治癒の魔道具』があれば、病気は全て治ると仰られるのですか……」
「ええもちろん。
加えて四肢欠損や失明、精神疾患や遺伝病も治ります。
この医療は銀河宇宙の先端技術であり、おかげで銀河の先進世界では障碍者はもちろん疾病死もほぼゼロになっていますので。
多分寿命も相当に伸ばせるでしょう」
「何と素晴らしい……
しかもそれらを贖わせていただくことで、神界のお役に立ち、加えて他世界の救済にもなると仰られるのですな……」
その場の全員が深く頷いている。
「ただし、この恩寵品は地球人類への押し付けではありません。
あくまでアルスの食料購入のための資金調達が目的です。
従って、買わねばならないという義務も全くありません。
この神界の恩寵を受け取るか否かは完全に個人の自由に任されています」
「それでも治療希望者は大変な人数に上りますでしょうな……」
「それでですね、このダンジョンにはひとつ制約がありまして、入り口が最低1か所その世界と繋がっていなければならないのです。
本日皆さまにご参集頂いたのは、そのダンジョン入り口をここタイ王国に作らせて頂けないかと考えたからなのですよ」
会議場が大騒ぎになった。
「し、しかしアスラさま、そのような大規模な構造物を創る土地がありますかどうか。
あっても山間部などの僻地になってしまうかと……」
「いえ、入り口からいったんダンジョン内に入れば、中の空間はいくらでも拡張出来ます。
たとえ地球規模の広さにでも」
また盛大にどよめきが上がった。
「ですから必要なのはエントランス施設のみであり、20メートル四方ほどの土地があれば十分でしょう」
その場の皆が歓喜の表情を浮かべている中、ひとりタイ警察大将(長官職)だけは難しい顔をしていた。
「アスラさま、わたくしはあなたさまや天界、いえ神界のご意思に背くつもりは毛頭ございません。
深い深い感謝の気持ちでいっぱいでございます。
ですが、警察機構の長としてひとつご指摘させて頂きたいのです。
この世界には神界の御恩寵を理解出来ない蒙昧な者が大勢いる事でしょう。
そうした者たちが、神界のご意思に反するようなことを為すことが心配でなりませぬ」
大地は微笑んだ。
「ご指摘誠にありがとうございます。
なにしろ地球の3大宗教の内2つまでも厳格な一神教の教義を持っていますからね。
イスラム教徒だけでなく場合によってはキリスト教徒までもがテロリズムに走るやもしれません。
ですが、神界の存在は現実であるのです。
まあどちらの勢力も世俗の権力を得るために創り上げられたものですので、説得するのは無理でしょう。
そこで、ご協力をお願いしているタイ国民の皆さんをそうした狂信者から守るために、いくつかプランをご用意させて頂いています。
恐縮ですが今しばらくのお時間を頂戴して、わたくしのプランを説明させて頂けませんでしょうか」
その場の全員が真剣な表情で頷いた。
大地がその安全のためのプランを説明するにつれ、皆の表情には驚愕と衝撃が広がって行った。
だが、それも次第に歓喜の表情に変わって行ったのである……
「ということで一応の対策はご用意させて頂いています。
また、皆さまからのご提案も大歓迎ですので、これからもご指摘をお願い申し上げます。
また、わたくしの対策にはかなりのコストがかかりますが、そのコストまでご負担頂くのはわたくしどもの本意ではありません。
そのために50憶ドルをご用意させて頂きましたので、もしダンジョン設置をご了承頂けるのならばお使いください」
その場の全員が仰け反っている。
なにしろ今提示された資金はタイ王国の国家予算の5%近くに匹敵するのであった。
ラーム10世国王陛下が一同を見渡して口を開いた。
「もしそなたら閣僚や議員の代表がこの計画を了承し、議会もまたこれを承認したならば、ダンジョン入り口用の土地は王宮の一角をご提供しようと考えておる」
「ということは、陛下もこの計画にご賛同為されていらっしゃるということなのですね……」
「この神界のご恩寵は、地球人類に信じがたいほどの幸福を齎すものである。
そのために我がタイ王国が少しでもお役に立てるとあらば、これに勝る喜びはない。
わたしは、アスラさまのご計画を全面的に支持し、必要とあらば王室財産の提供も辞さないであろう」
「「「 う、うはははぁぁぁぁ―――っ! 」」」




