*** 370 ペストン城陥落 ***
紅茶のカップを置いたシロルン族長さんが、涙目で大地を見た。
「それにしても……
ダイチさまの余碌に与ったとしても、うちのタマが神界より天使見習いに任ぜられようとしていたとは……
今後、ダイチさまがこの地を平定為された後に天使威を得られた際、もしタマも天使見習いにさせて頂けたなら、それはインフェルノ・キャット族にとって、2万年ぶり2度目となりまする。
これも全てダイチさまのおかげ……」
(あー、族長さん泣いちゃったよ……)
「我らインフェルノ・キャット族は本よりダンジョンマスターさまをお助けするのがその使命。
かくなる上は我が一族を挙げてダイチさまのお役に立ちたいと思うておりまする。
如何なることでもお命じ下さいませ」
「ま、まあ族長さん、そんなに固くならずに。
わたしだけでなく、わたしの祖父までタマちゃんには助けて貰っていましたし」
「も、もったいないお言葉ありがとうございます。
あなたさまでしたら安心してタマを預けられまする……」
「それでみなさん、申し訳ないんですけど、明日はわたくし少々外せない用事がございまして。
案内の者をおつけしますので、みなさんダンジョン国を楽しんで行ってくださいね」
「あの、そのことについてなのですが、なんでもダイチさまの国に、あろうことか戦を仕掛ける慮外者がおるとか。
明日はその成敗に御動座なされるのですね」
「ええ、なにしろ正午に戦を始めるって宣戦布告してしまったものですから」
「その戦、我らにお任せ願えませんでしょうか」
「ええっ!」
「我らはそもそも神界の戦闘要員でもありまする。
ダイチさまの手足として使って下さいませ」
「で、ですが、わたしは殺人はしないという誓いを立てておりまして……」
「聞くところによれば、この中央大陸は全域が既に外部ダンジョンとなっており、寿命以外で死した者はリポップされるとか」
「え、ええ」
「ならば神界法でもそれは殺人には該当致しませぬ」
「そ、そうなんですか?」
「ましてや我らが行う戦闘行為は教唆されたものではなく、神界に任命された惑星総督閣下の怨敵に為す征伐になりますので。
このことはツバサさまを通じて神界のご了解も頂戴しておりまする」
「ええええっ!」
「ダイチさまに於かれましては、戦闘などという行為はその手下である我らにお任せくださいませ」
「は、はい……」
(にゃあダイチ、うちの族長は戦闘形態になるとレベル580にゃよ♪)
(げげげげげ……)
(にゃにしろ、惑星生命を脅かす小惑星を破壊殲滅するために神界に仕える戦略兵猫にゃからにゃあ♪)
(せ、戦略兵猫……)
(本気ににゃったらこの惑星の全生命が10分で絶滅するにゃ♪)
(げーげげげげげげげ……)
「あ、あの、シロルン族長さん」
「はい」
「そ、その……
明日は戦闘員以外には被害が出ないようにして頂けますでしょうか……」
「畏まりました……」
(あの、それからこれは族長さん限定通信なんですけど、族長さんにひとつお願いがありまして……)
(なんなりとお申し付けくださいませ)
(あの……
タマちゃんのしっぽと、タマちゃんのお姉さんのミユシャさんのお尻にあるハゲを治してやっては頂けないものでしょうか……)
シロルン族長の口が開いた。
額にはだらだら汗が垂れて来て、ついでにしっぽが盛大に膨らんでいる。
(これ、罰としてハゲが治らないような魔法をかけたの忘れてたな……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、侯爵邸であるペストン城では早朝から戦闘準備が整えられていた。
侯爵一族の女性や子供たちは城の奥深くにある『籠城の間』に避難している。
ここは分厚い石壁で覆われた部屋で、大量の水と食料が備蓄してあった。
入り口はむろんひとつしか無く、城門並みの堅牢さを誇っている。
ペストン侯爵とその長男は、金属鎧に身を固めた上で広大な2階バルコニーの奥に陣取っており、その姿は青銅で出来た巨大な球体のようだった。
その周りはこれも大仰な鎧を身に着けた直属の従士たちが大盾を持って囲んでいる。
本当はペストン侯爵も籠城の間に入りたいところだったが、寄子貴族たちを集めた手前、見栄が優先したようだ。
城の前庭には、周辺の寄子領から搔き集めた貴族軍がその司令官たる貴族家当主と共に蝟集しており、その数は3500人にも達していた。
根が臆病なペストン侯爵の緊急招集に応じなければ、降爵どころか処刑も有り得ると焦った貴族家は、領兵に加えて農民兵までをも動員しようとした。
だが、既に領兵の半数以上は行方不明になっており、またほとんどの農民たちは出稼ぎに行ってしまっている。
そのために、多くの街民も兵として動員されていた。
城を囲む城壁の上にも残された侯爵領兵たちが鈴なりになっている。
しかもその城壁の外側には、肉盾として近隣の街民の女子供までを配置していたのである。
尚、街道や領都の門に配置された兵はいない。
全てが侯爵本人とその一族や財産を守るための布陣であり、街道には騎乗した哨戒兵しかいなかった。
ペストン侯爵の臆病さと独善性を遺憾なく発揮した鉄壁の布陣である。
「哨戒兵からの報告は!」
侯爵閣下のご下問に対し、その正面を守るカスマッチョ従士指揮官が答えた。
「はっ!
どの方面の街道沿いにも異常は見られないとのことです!」
「父上、やはりあの宣戦布告はただのはったりだったのではないでしょうか。
それとも奴らの密偵が、この侯爵軍の威容を見て怖気づいたのかも……」
「まあ待て。
予告にあった正午を過ぎた後は、各貴族家当主を集めて軍議を行う。
その上で前派遣軍に数倍する侵攻軍を組織してくれようぞ!」
「おお!」
時刻は正午になった。
その瞬間、侯爵城の城門前が白い光に包まれたのである。
(ストレー、この城門と楼閣を『収納』せよ。
楼閣上にいる兵も一旦収納しておけ)
(はっ!)
その場の門と門を囲む建造物がごっそりと消え失せた。
そうして、その城門跡地に立っていたのは、18歳ほどに見える少年と7匹の猫だったのである。
(大地は、その体格により実年齢よりも年上に見られることが多い)
「も、門が消えたぞ」
「て、敵が来たのか」
「「「 ………… 」」」
「あれが敵か?」
「なんかガキと猫が何匹かにしか見えないんだが……」
カスマッチョ指揮官が大声を出した。
「ぶわぁっはっはっは!
なんだお前らは!
まさかダンジョン国の軍勢とか言うのではあるまいなぁ。
うわぁっはっはっは!」
「タマや、まずは爆裂火魔法でこの邪魔な壁を全て破壊しなさい」
「はいにゃ族長」
「ま、待ってください族長さん!
城壁の周囲には罪の無い人々が大勢いますので、破壊すると怪我人が出るかもしれません。
城壁はこちらで『収納』して、城壁跡地に結界を張ってから攻撃をお願い致します!」
「畏まりました。
ダイチさまはお優しいですねぇ♡」
「ストレー、侯爵城の周囲城壁上の兵を収納し、その後に城壁も収納せよ!」
(はっ!)
「シス、城壁跡から上に向かって広いドーム状の結界を張れ。
味方の攻撃魔法は通るようにな。
それが終わったら、城内の金銀財宝と食料にロックオンして念動魔法で浮かべ、俺の前に移動させよ」
(ははっ!)
……何故かシスくんたちの口調も軍隊調になっている……
まず城壁が上に乗った兵もろとも消え失せた。
「「「「 !!!! 」」」」
大地の目には、その城壁があった場所から大きなドーム状の結界が張られているのが見えている。
その後、城内からの悲鳴と共に、金貨銀貨や家具調度品に加えて麦袋などがふよふよと浮かびながら出て来た。
それらは列を作って大地たちの上空に集結したのである。
「わ、ワシの財宝がががががが!」
「お待たせしましたシロルン族長さん。
それではお手柔らかにお願いいたします」
「畏まりました。
それではまず子猫ちゃんたち。
最近の火魔法練習の成果をおばあちゃんに見せてちょうだい♪
あの2階にいるデブをよーく狙って撃って御覧なさい」
「「「 にゃーい♪ 」」」
(…………)←大地やや呆れ。
まず白い子猫たちが前足を上げた。
「ええーい!」 ぽひゅ……
「やぁぁっ!」 ぱひゅ……
直径5センチほどの火の玉がふよふよと飛んで行く。
黒い子猫くんは前足を上げたままなにやらぶつぶつと呟いている。
「万物に宿りしマナの精霊よ、我が右前足に集いて敵を滅せ!
獄炎火球!」
ぷひゅ……
(右前足て……)←大地かなり呆れ。
その場の全員が見守る中、3つの火の玉が侯爵閣下めがけて飛んで行った。
その前に指揮官カスマッチョが立ち塞がる。
「わははははははは!
なんだこのヘロヘロ弾は!
サトシーの火魔法の半分も無いではないか!
このようなもの、ワシが叩き落してくれるわ!」
カスマッチョは先頭の火の玉を手で払いのけようとした。
ボン!
(あー、あれただの火球じゃなくって炸裂弾だったんだー。
あーあーあーあー、指揮官の右手肘から先が消し飛んじゃったよ……)
「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!」
カスマッチョ指揮官の右腕から血が噴き出している。
あまりの激痛に硬直しつつもカスマッチョが左手で右の二の腕を押さえているところに次弾が着弾した。
ボン!
その火球は銅鎧もろともカスマッチョの腹を爆散させた。
粉砕された全ての内臓がその場にボトボトと落ち、正面からは脊髄が見えている。
カスマッチョは周囲に散らばった自分の内臓を見ながら口を開けて硬直していた。
「……ぁ……」
周囲にいた農民や街民も含めれば5000人を超えるヒトが硬直しながらカスマッチョを凝視していた。
その衆人環視の中、驚愕に口を開けた指揮官のその口の中に第3弾が吸い込まれていく。
ボガン。
カスマッチョの頭部は瞬時に細かい破片となって飛び散り、体から噴出した血が噴水のように吹き上がった。
脳ミソの残骸と共にその血は後ろにいた侯爵閣下とその長男に雨のように降り注いでいる。
侯爵家長男アホナンデスは白目を剥いて気絶した。
(さ、さすがはインフェルノ・キャット族……
乳離れしたばかりの幼児のくせに凄まじい戦闘力だ……)
「子猫ちゃんたち、よく出来まちたねー♡
とーっても素晴らしいインフェルノ・ファイアーでちたよー♡」
「うにゃん♡」
「にゃおん♡」
「にししし♡」
(…………)←大地すごく呆れ。
「マリリン、クロスケ、この庭に溢れるダイチさまに敵対する愚か者共を殲滅しなさい」
「「 はい族長! 」」
タマちゃんのママとパパが前足を挙げると、侯爵城上空に直径50メートルほどの火の玉が2つ浮かんだ。
「ま、マリリンさん、クロスケさん、ち、ちょっと待っててください!」
「「 はい♪ 」」
先ほどの火の玉など比較にならない超巨大な火の玉を見て、兵たちは恐慌状態に陥った。
「「「「 うわぁぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」」
まずは侯爵閣下を守る従士たちが逃げ出している。
「お、お前たち!
よ、余を置いて逃げるでない!」
侯爵閣下も逃げようと立ち上がったが、脚が体重を支え切れずにその場でコケた。
「だ、誰かある!
よ、余を助けよっ!」
だがバルコニーにいるのは涙やら鼻水やらその他体内から出せるものを全て噴出していらっしゃる侯爵閣下と、気絶している長男だけだったのである。
さらに庭を埋め尽くす兵たちが、城の裏門めがけて逃げ出した。
「「「「 うひいぃぃぃぃぃぃ―――っ! 」」」」
貴族家当主やその一族たちは、重厚な銅鎧で身を固めていたために走ることが出来ない。
装飾過多の全身鎧とは、戦う歩兵が身に着けてはいけないものなのである。
床几に座ったままの大将か、せいぜい騎兵が身に着けるものなのだ。
兵たちはこの鈍重な貴族たちを鎧ごと踏み潰しながら逃げて行った。
「ストレー!
逃げ出した敵兵たちを片っ端から収納せよっ!
城の中の者たちもだ!」
(はっ!)
「タマちゃんのお母さんとお父さん、お待たせしました……」
「「 うにゃん♪ 」」
上空の巨大火球がゆっくりと円を描いて回り始めた。
その大火球からぽろぽろと小さな火球が零れ落ちている。
パンパンパンパン……
パパパパパパパパパパパパパパパパ……
(うっわー、あれ全部インフェルノ・ファイアーかよ!
宙に浮いてたのはクラスター爆弾の親爆弾だったんだ……)
総計数万発に及ぶ小爆弾が庭に降り注いでいる。
その場に倒れている貴族たちの体ごと石や建物や土が粉々になって吹き飛んでいった。
(すげぇ……)
ようやく立ち上がったペストン侯爵は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のままこの惨劇を見ていた。
(ダイチさま、城内の生物と目ぼしい財物は全て収納し終わりました!)
(ストレーご苦労)
「それではあの城はわたしが壊すとしましょうか……」
シロルン族長さんが前足を挙げると、上空にまた大きな火球が現れた。
だが……
(なんだよあの火球……
なんであんなに青いんだよ……
あー、あれ青色巨星の色か……
1万度近いんじゃねぇか?
結界が無かったら、俺も含めて全員チリになっとるわ……)
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
(シス、あの豚侯爵と長男を『念動』で浮かべ、結界で覆って庭の隅上空に避難させろ。
城が滅ぶ姿を見せてやれ)
(はっ!)
青い火球が高度を下げ始めた。
じゅおぉぉぉぉぉぉぉ―――っ!
その火球が近づいただけで城の物見櫓が蒸発している。
小さな爆発が無数に見られるのは、岩石が気化するときの岩石蒸気爆発であろう。
「あ……あ……あ……あ……あ……あ……」
宙に浮かんだ侯爵閣下とその長男の前で、ペストン城が溶融蒸発していった。
兵も財も失った侯爵閣下は、城までをも失ったのである……




