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369/410

*** 369 インフェルノ・キャット族 ***

 


 10日後。

 ダンジョン国侵略軍がちょうど中間地点に差し掛かったころ。

 従士長閣下が大量のご夕食を召し上がられたところで軍の糧食が尽きた。


「申し訳ございません閣下。

 とうとう食料が無くなってしまいました」


「な、なんだと!

 だ、誰の責任だ!」


「侯爵閣下に30石の兵糧を奏上申し上げたのですが、許されたのは10石だけでしたので……」


「こ、侯爵閣下のご指示か。

 な、ならば致し方ない。

 それでは明日また全員で森に入って食料を探せ!

 それでも手に入らなければ馬を潰すのだ!」


「はっ」


(あの軍議の時にはあんただっていただろうに……)



 この時代のアルスの軍事では、軍馬は戦闘兵器であり輸送手段であり、かつ自走式の非常食でもあった。

 もちろん馬もかなり高価であったが、それでも従士長閣下は自分の食事が無くなる事態を思えば、即座に馬と潰せと仰られたのである。


 侯爵一族にとっては1日5食が当たり前であった。

 それを軍事行動中ということで、1日1食という彼にしてみれば劣悪な環境に耐えていたのである。

 まあその分だけ普段の5倍食べていたが……




「そろそろ頃合いかな。

 ストレー、夜のうちに馬を全頭収納してブラックホース族に預けてくれ。

 それから奴隷と奴隷兵も全員収納してからデスレル平原の休養施設に転移だ。

 互助会隊に任せて体力を回復させてから読み書きを学ばせろ」


(はい!)



 翌朝、朝っぱらからクズナンデスが吼えていた。


「何だとぉっ!

 馬も奴隷もいなくなっているだとぉっ!

 見張りは何をしていたぁっ!」


「あ、あの……

 奴隷を外側に寝かせていましたので、魔獣が襲って来ればすぐに叫び声で分かるということで、夜間当直は置かないことになっていました……」


「だ、誰がそんなことを決めたというのだ!」


「軍略の最終裁可を為されたのは侯爵閣下です」


「ぐうっ!」


「クズナンデス司令官閣下、如何致しましょうか」


「や、奴らは400人もいるのに馬は20頭しかおらん!

 ほとんどの者が歩いているはずだ。

 すぐに探しに行き、ひっ捕らえて来いっ!

 抵抗するようなら処刑せよっ!」


「「「 ははっ! 」」」



 その日の夕刻。


「う、馬は見つかったのか……」


「いえ、1頭も見つかりませんでした……」


「ど、奴隷共は……」


「奴隷も見つかっていません」


「な、なんだとぉっ!

 馬も奴隷も失ったというのかぁっ!

 だ、誰の責任だぁっ!」


「この場合、軍法では司令官閣下の責任になります」


「よ、余は知らん! 知らんぞっ!」


((( 知らなくてもアンタの責任だろうに…… )))



「し、食料は…… 薪は……」


「それもありません……」


「な、なんということだ……」



「如何致しましょうか。

 このままだんじょん侵攻を続けますか?」


「ば、莫迦者ぉっ!

 一時撤退するに決まっておろうがっ!

 食料も薪も無くして如何するというのだぁっ!」


「あの、ヒトは水さえあれば20日は生きていられるそうです。

 また、薪が無くともそもそも調理する食料もありませんので」


「こ、こここ、この莫迦めぇっ!

 侯爵家次男の余に食事も無く焚火もせんというのかぁっ!」


「致し方ありません。

 侵攻は失敗したのです。

 敗軍の将として耐えて下さい」


「ぬががががが……」


「あの、如何致しますか?」


「侯爵領に戻るに決まっておろうっ!」


「それでは侯爵領に向けて進発すると致しましょう」


「は、はやく余を馬車に乗せんかぁっ!」


「あの、馬がいませんので、閣下も歩いていただけますか?」


「な、なんだと!

 侯爵家次男の余に歩けと申すか!

 不敬罪で処刑するぞっ!」


((( 誰が俺たちを処刑するんだ?

 こいつ剣を振ったことってあるのか? )))



「馬車は領兵隊が曳いて行けっ!

 よいか!

 撤退は速やかに行うのだ!

 来る時に倍する速度で進めっ!

 夜も星明りを頼りに行軍するのだ!」


「「「 ………… 」」」



 だが……


「こらぁっ!

 馬車を揺らすなぁっ!

 馬車を揺らさずに急げぇっ!」


((( 無理だよそんなこと…… )))



 翌朝、夜通し行軍した従士と領兵は大休止を取っていた。

 疲労と空腹と寒さにより、もはや動ける者はいない。

 馬車の揺れにも慣れて来た従士長閣下は、馬車の中で熟睡していたためにやや元気である。


「何をしておるかぁっ!

 さっさと進発しろ!

 このようなところで休んでいればいるほど、侯爵領に帰り着くのが遅くなって余が食事を摂ることが出来んのだぞぉっ!」



 ボケマッチョ指揮官がクズナンデス司令官の顔をまじまじと見た。


「司令官閣下」


「な、なんだ……」


「このまま行軍を続ければ我が侵攻軍は全滅します」


「な、なんだと……」


「兵が皆死ねば、閣下もすぐにその後を追うことになるでしょう」


「あう……」


「ですが閣下が死なれずに済むかもしれない方法がひとつだけございます」


「な、なんだ!

 もったいぶらずに早く言えっ!」


「ここに大天幕を張りますので、閣下はここで救援をお待ちください。

 今後は兵全員にて身ひとつで歩いて帰りたいと思います。

 それでも無事侯爵領に帰り着ける者は誰もいないかもしれませんが……」


「な、なんだと……

 そ、そんなことをしたら父上に全員処刑されるぞ!」


「いえ、我らは救援を呼びに帰隊するのです。

 閣下におかれましては、どうか救援隊が来るまで生き延びてください」


「な、ならば余の護衛として兵を50人置いていけ!」


「いえ、兵は60人しかいません。

 この兵全員が徒歩行軍しても、全滅するかもしれないのですぞ」


「!!!」


「そうなれば誰も救援を呼べず、閣下も道連れかと……

 ですから救援を呼ぶ可能性を上げるために、全員で行動せねばならないのです。

 ここに大天幕と毛布と残りの薪を置いておきますので、こちらで救援をお待ちください」


「じ、従僕は!

 余の従僕と料理番はどうしたぁっ!」


「それが……

 昨晩夜通しで閣下の馬車の横を歩いておったのですが……

 兵と違って体力に劣り、寒さと空腹のために8人全員が落伍致しました」


「!!!!」


「今ごろはもう……」


「ええい!

 根性無し共めがぁっ!

 そ、それでは全ての物資を置いて行けっ!

 残った馬車も全て打ち壊して薪にせよっ!」


「はい。

 薪に火はつけますか?」


「と、当然だっ!

 そ、それで救援軍がくるまで何日かかるというのだ!」


「わかりません」


「な、なんだと……」


「今ですら我らはこれだけ空腹な上に酷く疲労しておるのです。

 ですので残念ながら全滅の可能性もあります

 その際は、司令官として部隊と生死を共にしてくださいませ……」


「な、ななななな……」


「それが指令官というものなのです」


「ひぃぃぃっ!」


「それでは我らは救援を求めて進発致します。

 閣下もどうかご無事で……」



 大天幕に一人残されたクズナンデス侯爵家次男は、世の中のすべてを呪い罵っていたが、そのうちに眠りに就いたようだ。

 そして翌朝、すっかり火が消えてしまっている焚火を見て衝撃を受けることになる。


 もちろん彼は火を熾すなどという下賤な者がするような真似はしたことが無かった。

 彼の知る唯一の方法とは『火を熾せ!』と命じることだけだったのである。




 その日の夜。

 凍死したクズナンデスはリポップされてテミスちゃんの(映像の)前に引き出された。


「こ、ここはどこだ……」


「ここは神界の裁判所です」


「そのようなことはどうでもよい!

 は、早く余に食事をもて!」


「食事が出るのはあなたが牢獄に入ったときだけですね」


「な、なんだとキサマ!

 ペストン侯爵家次男の余に向かってなんたる暴言!

 ふ、不敬罪で処刑するぞっ!」


「やれるものならやってごらんなさい」


「な、なにっ……」



 一人では立つことも出来なかったクズナンデスは配下の兵を呼んだが、もちろんその声は虚しく響くだけだった……



「あなたの過去の罪状からして、牢獄に入った場合には終身刑になりますね。

 つまり食事は出ますが牢から出ることは出来ません」


「こ、こここ、この無礼者めがぁっ!」


「もうひとつの選択肢はこのまま元の場所に戻ることですね。

 どちらを選択されますか?」


「よ、余をペストン城まで戻せっ!」


「それは出来ません。

 あくまで元居た場所に戻るだけです」


「な、ならば食料を!

 そ、そうだ、火を熾せる従僕も用意せよっ!」


「それも出来ません」


「な、なんだと……」


「どちらも選択為されなかった場合には元の場所に戻って頂くことになりますが」


「ぐぎぎぎぎぎぎ……」



 こうして元の大天幕に戻されたクズナンデスは、翌日また凍死しておなじことが繰り返された。

 

 そして、3回目の凍死の後は、涙とハナミズを垂れ流しながら牢獄を選択したのであった……

 



「シス、兵たちが衰弱死したり餓死したりしたら同じように選択させろ」


(はい)


「それじゃあそろそろペストン侯爵領に宣戦布告するか」



「にゃあダイチ」


「ん? どしたのタマちゃん」


「あにょね。

 ダイチやみんなが忙しいところすっごい申し訳にゃいんにゃけど、さっきインフェルノ・キャット族の里から族長名で強制一時帰国命令が来たんにゃ……

 もしこれを無視すると……」


「なんだそんなことか。もちろん構わないよ。

 戦の相手はたかが小国の弱小貴族だからね。

 タマちゃんはゆっくり里帰りしておいで。

 ときどき念話をくれたらしばらく向こうにいてもいいんじゃないかな。

 久しぶりにママやパパや弟や妹たちにも会いたいだろう」


「あ、ありがとうにゃ……

 それじゃあ行って来るけど、何かあったらすぐ呼んで欲しいにゃ……」


「うん」




 大地はペストン侯爵に対し宣戦布告した。


 宣戦布告書を届けても侯爵家の者は誰一人として字が読めないために、またも侯爵家応接室に大型スクリーンの魔道具が転移されたのである。



「ピンポンパンポーン。

 今から1刻後、ダンジョン国より宣戦布告放送が行われます。

 侯爵家一同は心して拝聴しなさい」


「な、ななな、なんだとぉっ!」



 急遽従士全員が呼び集められた。

 ペストン侯爵はまずスクリーンの魔道具を破壊するよう命じられたが、レベル3もの結界が施された魔道具は、誰も破壊出来なかったのである。


 1刻後、侯爵とその長男、従士たちの前で再び魔道具が起動した。



【宣戦布告放送】


「我々はダンジョン国である。

 ペストン侯爵を名乗る盗賊一味は、我が国に対したった461名の弱兵により武装強盗を企てたが、その侵攻軍は現在糧食と馬と奴隷の全てを失って壊走中である」


「な……

 クズナンデスの軍が壊走中だと……」


「この犯罪行為を罰するため、3日後の正午よりダンジョン国軍はペストン侯爵家を滅ぼすために進攻する。

 この懲罰戦争は、ペストン家が無条件降伏し、全ての財を差し出して賠償するまで行われるだろう。

 それ以外の和解の途は無いものと心得よ」



「ち、父上、ど、どういたしましょう……」


「ええい! 最先任従士は誰か!」


 ボケマッチョ侵攻軍部隊指揮官の弟である従士が前に出た。


「はっ! わたくしカスマッチョであります!」


「カスマッチョか!

 お前はまず領兵隊を指揮して全員を集めよ!


 その後は従士を近隣寄子貴族家に派遣し、全軍を我が城に参集させるよう侯爵命令を伝えよ!

 さらに領兵隊に命じて近隣の農民兵も徴集するのだ!


 カスマッチョには余の護衛部隊指揮官を命じる!」


「ははぁっ!」



 翌日とその翌日、ペストン侯爵城には近隣の貴族領から続々と兵が集まって来た。

 500年の歴史を持つペストン侯爵邸は、邸というよりは城に近い造りとなっている。

 その全周を巡る高さ3メートルの城壁上には、従士隊、貴族軍、農民兵などが配置され、その外側には肉盾として農民や街民が集められていたのであった。




 決戦前日。

 タマちゃんから大地に念話が届いた。


(ダイチ、今大丈夫かにゃ?)


「やあタマちゃん、インフェルノ・キャット族の里はどうだい。

 里帰りを楽しんでいるかな」


(あにょねダイチ、あちしが呼ばれたのは、族長やママやパパにダイチが惑星総督ににゃったことを伝えていにゃかったからだったんにゃ。

 ついでにあちしが神さまたちから天使見習いにして貰らえるのを断ったことも。

 それでそれを知ってびっくりした族長があちしを呼び寄せたんにゃ)


「なんだそうだったんだ。

 タマちゃん、族長さんに報告してなかったんだね」


(にゃへへへへ。

 それでにゃ、族長とママとパパが大地に挨拶に行きたいって言ってるんにゃ。

 まだ乳離れしたばかりの妹と弟も連れて。

 いいかにゃ?」


「もちろんかまわないけどさ。

 明日はあのペストン侯爵邸に乗り込んで暴れる日なんだよ。

 だから明後日以降ならいいかな」


(ちょっと待っててにゃ)


 大地の頭の中には、なにやらうにゃうにゃと相談している音声が聞こえて来ている。

 暫くすると。


(に、にゃあダイチ、今みんにゃでそこに行ってもいいかにゃ……)


「もちろんいいけど」



 その場が微かに光ると、7匹の猫が転移して来た。

 タマちゃんと巨大な白猫と、その巨猫よりは少し小さな白猫と黒猫、それから掌に乗るほど小さな子猫たちだった。


 まず大きな猫3人がその場に蹲って頭を地につけた。

 子猫たちはそれを見て慌てて真似をしている。


 タマちゃんだけはしれっと座っていたが、巨大猫に尻尾で頭を叩かれておなじく慌てて地に頭をつけた。



 体長1メートル50センチを超える巨大白猫が地に伏したまま言葉を発した。


「ダイチ・ホクト総督閣下、わたくしはインフェルノ・キャット族族長でありますシロルンと申します。

 いつも孫のタマがお世話になっております。

 また、この度の惑星総督ご就任誠におめでとうございます」


「シロルン族長さんもみなさんも、どうか頭をお上げくださいませ。

 わたくしがダイチ・ホクトです。

 こちらこそいつもタマちゃんにはお世話になっています」



 何度か頼むと、ようやくみんなが頭を上げてくれた。

 シロルン族長さんの顔は、座っていても大地の臍ぐらいの高さにある。

 猫の年齢は分かりにくいが、眉毛が長く随分と威厳のある猫だった。


「タマちゃん、妹さんと弟さんに子猫用ミルクと猫缶出してあげて」


「はいにゃ♪」


 2匹の白い子猫と1匹の黒い子猫は、うにゃうにゃとタマちゃんにまとわりつきながらミルクを飲んでいた。

 猫缶を口にした黒子猫が目を丸くしながらむちょむちょと食べ始めている。


「タマちゃんの妹と弟、可愛いね」


「妹はミウリンとミミルンっていうにゃ」


 白子猫たちは名を呼ばれるときちんと座って「みゃー」と鳴いて挨拶した。


「弟はクロロンっていうにゃ」


 クロロンくんは猫缶から顔を上げずに尻尾だけ上げてふりふりして挨拶している。



「ダイチさま、タマの母でマリリンと申します。

 いつも娘がお世話になっております」


(このひとがタマちゃんのお父さんをフロント・チョーク・スリーパーで締め落とすお母さんね……)


「おなじくタマの父でクロスケと申します。

 よろしくお願い致します」


(で、このひとが舌出して気絶してるお父さんか……)



「こちらこそよろしくお願い申し上げます。

 みなさんワーキャットに変化へんげされてお茶でも如何ですか」


「「「 ありがとうございます 」」」



 族長さんはアラフォーぐらいに見える妙齢の美人ワーキャットに変化した。


(大地に限定通信にゃ。

 うちのばあちゃん、これでも2000歳近いんにゃよ)


(アラ2000(ツーサウザンド)……)



 ママのマリリンさんは20歳前後に見える。


(うちのママ、かなりの若作りにゃからにぇ。

 これで1000歳で子供も18人いるにゃ)


(すげぇ……)


 パパのクロスケさんは25歳前後に見えた。


(パパはどうでもいいにゃ)


(パパはどうでもいいのか……)





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