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*** 362 観覧車試乗会 ***

 


 招待客ら一行がスロープを昇って2階に行くと、そこにはありとあらゆる雑貨があった。


 まず目につくのは高級家具売り場である。

 ソファもベッドもテーブルも椅子も全て木製であり(ダンジョン国製)、高級品のテーブルセットには精緻な彫刻まで彫ってある。

 猫足のチェストや色鮮やかなテーブルクロスにカーテンまで揃っているのだ。

 もちろんお値段も目が飛び出るほどのものだったが。


 また、美しい食器を売っている店もあった。

 金銀や多くの色彩を使い、ショーケースに入ったティーセット(地球製)のお値段はなんと金貨5枚である(≒500万円)。

 その他にも金貨1枚のティーセット、銀貨20枚のティーセットもあった。


 食器の価格帯も広い。

 上は5枚セットで金貨3枚の飾り皿から、下は銅貨20枚の白陶器の皿まで多様である。


 その隣には金属製の鍋を初めとするキッチン用品の店もあった。

 土魔法製のナイフも1本銀貨5枚(≒5万円)で売られている。


 その隣の店では魔道具を売っていた。

 水の魔道具、光の魔道具、暖房の魔道具、熱の魔道具。

 いずれも金貨が必要になるお値段だった。

 招待客たちからもため息が漏れている。



 その店を越えて進むと奥にあるのは高級食料品店である。

 まず目につくのは紅茶であり1キロ銀貨10枚で売られている。

 白砂糖(ダンジョン国製)は、100グラム銀貨10枚、黒砂糖(南大陸産)は銀貨5枚である。

 ミルクティー用の瓶入りミルクはおよそ10杯分で銀貨1枚であり、黒胡椒も白胡椒も1キロ銀貨10枚で売られていた。


 この日は特別に砂糖も入ったミルクティーの試飲も行われた。

 国王陛下と宰相閣下は大地のおかげで飲み慣れたものだったが、初めて飲む貴族家の連中は皆目が丸くなっている。


 毒味もしていない飲物を出すのかと騒ぐ貴族がいるかと思えたが、国政最高顧問でもある大地がそのまま飲んだこと、国王陛下も宰相閣下も続いて飲んだことで、誰も文句を言えなかったらしい。


 この店では、アルスでは超高級品扱いの果物も売られていた。

 ダンジョン国産のリンゴ、ナシ、オレンジ、イチゴ、キウイ、マスカット、メロン、マンゴー(南大陸産)、パパイア(同)などである。

 イチゴは10粒で銀貨1枚、マスカットは一房で銀貨1枚だったが、それ以外は皆1つ銀貨1枚である。

 こちらの試食コーナーも大盛況だった。



 3階は広大なフードコートである。

 中央部と周辺部には各種料理を提供するブースがあり、客はそこで料金を払って料理を受け取り、フリースペースのテーブルについて食べることになる。


 今日はオープニングの招待客ばかりだったので、特別に料理ブースにはウエイターやウエイトレスがついていた。

 招待客がメニューの写真を見て注文すると、テーブルまで持って行ってくれるのである。


 そこに並んでいる料理は、まずは味噌ラーメンと五目チャーハンから始まって、焼きそば、餃子、肉まん、ジャガイモのガレット、フライドポテト、ピザ、サラダ、ウインナーセット、焼き肉セット、カレー、ハンバーグ、ハンバーガー、ホットドック、コンソメスープ、柔らかいパン、マグロの刺身、アサリ焼き、アワビの刺身と煮貝、アマエビの焼き物、ホッケ焼き(半身)、茹でカニ、山女の塩焼き、麦とろと超絶多彩であった。


 それ以外にも各種フルーツジュースに加えて、エールにドワーフエール、ショットグラスに入ったウイスキーもある。


 また、デザートコーナーには、かき氷、ホイップクリーム乗せプリン、各種ケーキ(ダンジョン国産)、焼き菓子(同)に加えて紅茶とコーヒーも置いてあった。

 ついでにプリンには『大ファミリー向けバケツプリン(8人前)』まである。



 上級貴族の当主たちはワイズ王国の迎賓館で見たことのある料理もあったが、生まれて初めて見る料理も実に多い。

 その奥方や子息令嬢にとっては初めて見るものばかりである。

 しかも、どれもシェフィーちゃん監修の料理であって、実に美味しかった。



 1時間ほどの試食会は最初こそ大人しめに始まったものの、次第に鯨飲馬食の場になった。

 中にはウイスキーを10杯飲んだ貴族家当主や、ケーキを8個食べた貴族令嬢もいたらしい。


 彼らはこれらの商品の虜になったようだが、今後その価格を聞いて目が飛び出るだろう。

 3種類あるウイスキーの内、最も高額なものは1瓶金貨1枚(≒100万円)もするのである。


 いや……

 数字ではその価値がわからずに、あっという間に貴族年金を食い潰し、従業員への賃金支払いが滞って、また降爵や王都邸競売の憂き目を見る者が続出することになるかもしれない。


 計算が出来ないどころか数字も数えられないことが、どれほど危険なことか。

 つまり、この無料試食会も大地の罠だったのである。



 その後一行は渡り廊下を通って本館から第1別館に移動した。

 この第1別館には、大浴場と診療所とマッサージルームがある。


 貴族と雖も入浴などしたことが有る者などほとんどいない。

 薪の貴重なアルスでは、盥に湯を張って行水することでさえも贅沢なのである。


 貴族連中は、一度に50人は入れる巨大な浴槽に満々と湛えられている湯を見て愕然としていた。

 またしても圧倒的な財力を見せつけられて、中には額に青筋を立てている者もいる。



 第2別館は遠方からの来訪者のためのホテルになっていた。

 併設されているレストランは、小さいながらもフードコートとほぼ同じメニューが揃っている。


 第3別館は劇場施設である。

 当面はあの巨大紙芝居が上演されることになるだろう。

 そのうちに地球産映画も上映されるかもしれない。



 これらの見学が終わると、いよいよ今日のメインイベントと言っていい観覧車の見学である。


 大地は乗り場前に集まった皆を前に説明を始めた。


「ご覧のように、この観覧車とはゴンドラに乗って上に上がり周囲の景色を楽しむためのものです。

 高さは最上部で建物の高さも入れて140メートルありますので、かなり遠くの景色まで見えるでしょう。


 観覧車全体を回しておりますのはあちらにおります動力要員でして、彼らは半刻交代で仕事をしてくれています」


 感嘆のどよめきが上がった。

 たった3人の人力でこのような巨大構造物が動いているのに驚いたのだろう。



「ダイチ殿、この『ごんどら』というものには、なにやら等級があるようですな。

 初心者用に初級者用に中級者用ですか……」


「ええ閣下、その上に上級者用と勇者用もありますが、今は勇者用は封印しています」


「何故封印されたのですかな?」


「初めての方は上級者用でも十分恐ろしい思いをされるでしょうが、勇者用はさらに遥かにその上を行きますので」


「それはそれは……

 ダイチ殿がそこまで仰るほど恐ろしいのですか」


「ええ、ですが初心者用や初級者用はほとんど恐くはありません。

 初心者用から順番に試されてみませんか?」


「これは楽しそうだ」



 国王陛下は他の王族方とご一緒に初心者用ゴンドラに乗られた。

 宰相閣下も家族と共に次の初心者用に乗った。


 どうも、ゴンドラの形状が馬車に似ているために、さほどの違和感は無かったようだ。

 ゴンドラが上がるにつれて楽しそうな歓声も聞こえて来ている。



「最初は初心者用でなければならんのかな?」


 大柄な伯爵が聞いて来た。


「いえ、特にそういった決まりはありませんが」


「ふむ、それでは我が一族は初級者用とやらに乗るとしようか」


 堂々たる態度の伯爵とその奥方、18歳ほどと15歳ほどの少年と、12歳ぐらいと8歳ぐらいの少女が『初級者用』ゴンドラに乗り込んで行った。


 また別の伯爵一家が、ワクテカ顔の奥方を先頭に『中級者用』ゴンドラに入っていっている。

 蒼い顔をした伯爵家当主が最後に乗り込んで行った。


 こうして、居並ぶ貴族家一行は、それぞれが思い思いのゴンドラに乗り込んで行ったのである。


 皆の乗ったゴンドラが上方に昇って行くのにつれて、大きな声も聞こえて来た。


 中には『ふんぐおおおぉぉぉ―――っ!』とか『ヌペランポーっ!』などと、貴族女性が出してはイケナイ音声や意味の分からない音も聞こえて来ている。



 国王陛下一行や宰相閣下一行が乗った初心者用ゴンドラが1周回って降りて来た。

 どうやら皆相当に楽しかったらしく、またすぐ今度は『初級者用』に乗り込んでいる。



 あの大柄な伯爵一家が乗った初級者用ゴンドラも戻って来た。

 窓からは後ろ向きに座った奥方とご令嬢たちの楽しそうな顔が見える。

 末の令嬢は、窓ガラスに顔を押し付けていたために変顔になっていた。


 係員がゴンドラの扉を開けると、男性陣がゴンドラの床で丸まってダンゴムシになっていた。

 そのまま四つん這いでゴンドラから降りて来たが、ベルトウェイに降りても四つん這いのままだった。

 どうやら腰が抜けたらしい。

 伯爵閣下とその子息2人は、そのままベルトで運ばれて行ってベルトウェイの終点で積み重なっている。



 こうして一行は、初めて経験する観覧車というものを、存分に楽しんだのである。


 尚、中級者用と上級者用ゴンドラには、大地の指示でクリーンの魔道具も設置されている。

 濡れたパンツのまま帰らなくてもいいようにという大地の配慮だった。




 現地解散する前に、各貴族家にはこの商会のガイドブックが配られた。

 その表紙は、ゲゼル国営商会の正面がカラー印刷されたもので、中のページは全て店舗や商品、レストランのメニューなどの紹介である。

 あの真珠のネックレスや、フードコートのメニューも、光沢のある上質紙にカラー印刷されていた。


 ただ……

 最後のページには、『ご注意事項』と書かれたページがあり様々な注意も記してあったのである。

 もちろん貴族たちは読めないだろうが、その末尾には『陛下ご指示の下に発布・施行された国営商会法による』とも記載されていたのであった……




 夕方になり、解散した一行が馬車に乗ろうとしているとき、観覧車の光の魔道具が起動した。

 それらはまるでLED照明のように多彩に輝き、観覧車の外周部分とスポーク部分を彩ったのである。

 その光景を、全員が口を開けて見上げていた。


 この光はもちろん王都からでもよく見えた。

 大歓声と共に王都の住民全てが道に出て来て観覧車を見ている。


 もちろんその中心付近の時計も良く見えていた。

 これで王都の民も、日付や時刻に馴染むことが出来るようになっただろう……




 翌日からゲゼル商会本店が一般開放された。


 朝9時の開店を前に、王都の住民たちはいっせいに動き出している。

 このままでは昼前に王都が無人になってしまいそうな勢いだった。


 ゲゼル商会本店に向かう歩道は人で溢れており、途中にたくさん設置してあるベンチに座って超豪華送迎バスを眺めている家族連れも多い。




 或る伯爵邸では。


「家宰よ」


「はっ、閣下!」


「あのゲゼル商会の者を呼び寄せ、商品を大量に持って来させよ」


「ははっ!」



 1時間後。


「あ、あの…… 閣下……」


「どうした、商会の者が来たのか」


「そ、それが、商会に赴きまして閣下のご命令を伝えたのですが、かの商会は外商を行っていないと言うのです。

 それも国王陛下の勅令だそうで」


「なんだと!」


「そ、それで、どうしても外商を希望される場合は、陛下に直接抗議申し上げて勅許を頂戴しなければならないそうでして……

 あの、如何いたしましょうか。

 王城に閣下がお出ましになられる先触れを出しましょうか……」


「こ、こここ、この莫迦者がぁっ!」


「ひぃっ!」




 王都南門前広場には、送迎馬車乗り場に長蛇の列が出来ていた。

 なにしろ平民は商会の幹部でもなければ馬車になど乗ったことが無い。

 乗ったことがあるとしてもそれは荷馬車である。


 だが送迎馬車は乗用馬車だった。

 それも如何なる貴族の馬車よりも、王家の馬車よりも遥かに豪華な馬車である。

 しかも無料なのだ。

 王都の住民たちはテーマパークのアトラクションに並ぶのに近い感覚で列を作っていたのである。



 と、そこへ王都の中から馬に乗った従士に先導された貴族馬車がやって来た。


 騎上の従士が叫ぶ。


「ゲゼルシャフト王国法衣上級男爵ダイオキシン家である!

 商会の者前に出よ!」


 後ろの貴族馬車からは法衣男爵を筆頭に男爵家の者たちが降り始めている。


 商会の制服を着た互助会隊の将校が前に出た。


「何か御用でしょうか」


「よろこべ。

 ダイオキシン上級男爵閣下とそのご一統さまが、こちらの馬車にお乗りくださるとのことだ。

 即刻お貴族さま専用の馬車を用意せよ!」


「いえ、残念ながら送迎馬車にお貴族さま専用のものは無いのです。

 列に並んで順番に乗合馬車にご搭乗くださいませ」


「な、なんだとぉっ!

 な、何故お貴族さま専用馬車を用意しなかったのだぁっ!」


「王命でございます」


「な、なにっ……」


「国王陛下のご指示によって、ゲゼル商会法が施行されました。

 その第6条に記載がございます。

 昨日お配りさせて頂きました冊子にもその旨の記載がございますが」


「ええいそれがどうしたぁっ!

 ならばこの馬車をダイオキシン上級男爵家専用馬車にするっ!

 中の平民共を即刻外に出せっ!」


「それも出来かねます。

 この馬車は乗合馬車でして、その乗車は先着順でございますれば、どうぞ列に並んで順番をお待ちくださいませ」


「な、なんだとぉっ!

 そ、そのようなことを誰が決めたというのだぁっ!」


「国王陛下でございます」


「な、なに……」


「もし陛下のご指示にご不満がある場合には、まず王城のアマーゲ宰相閣下にお申し出くださいませ。

 その後宰相閣下が陛下の御前に同伴され、ダイオキシン男爵さまのご不満開陳の場を設けてくださいます」


「な、なんだと……」


「それではただいま王城に向け、ダイオキシン閣下が国王陛下の命にご不満有りとして抗議に出向かれるとの先触れを出しましょう。

 登城のお許しが出るまでこちらで少々お待ちくださいませ」


「ひぃっ!」


 後ろで蒼白になっていたダイオキシン上級男爵は、慌てて再び自分の馬車に乗り込んだ。

 そのまま御者に命じて馬車を発進させ、喚き散らしていた従士長は民たちの笑い声の中その後を追って行ったのである……





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