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*** 361 国営商会プレオープン ***

 


 翌日正午前からゲゼル総合商会本店のお披露目式が始まった。


 大地にしてみれば、ゲゼル商会とゲマイン商会のオープニングセレモニーをするにあたって、どちらを先に行うかは悩みどころだった。

 だが、あの3伯爵領のゴタゴタで大地に手間をかけさせたと恐縮しているゲマイン国王陛下とケーニッヒ宰相が、快く先にゲゼル商会のオープニングを譲ってくれたのである。




 ゲゼル国王陛下と王族方、宰相閣下、法衣貴族たちは、まずそれぞれの馬車に乗って王都南門外に作られた巨大なロータリーに集合した。


 そこからは、招待客たちは王家の馬車を先頭に各々の馬車で商会本部に向かうことになっている。


「ダイチ殿、あの馬車寄せ場にある巨大な馬車は……」


「陛下、あれは明日からの一般開放の際に、子供連れや老人たちを商会まで送迎してやるための乗合馬車です」



 その馬車は、地球の路線バス並みの大きさがある6頭立ての超大型馬車だった。

 4つの大型車輪はゴム製で、内部には座席が40ほどもある。


(因みにこの車輪は、地球で廃棄された古タイヤを『錬成』の魔法で溶かして再生したものであった)


 やはり隠された場所に重力制御の魔道具もついているために、満載時でも馬の負担はそれほどでもない。

 外面は艶のある黒色に金のモールディングが施された超高級仕様だった。

 側面から天上の一部までが、大きなガラスの窓になっている。



「あ、あの、ダイチ殿……

 よ、よろしければ……」


「陛下、もしお差支えなければ商会送迎用馬車をご視察頂けますでしょうか」


「あ、ありがとう……」



 王族方とアマーゲ宰相閣下が送迎用馬車に乗り込んで座った。

 もちろんどの席もクッションが効いている。

 陛下の妹殿下は、初めてダイチを見て最初は驚いた顔をし、その後は少し頬を赤らめていた。

 どうやらあのデスレルを滅ぼした大将軍と聞いて厳つい大男を想像していたらしい。

 大地は体こそ大きいが、見た目は優し気な少年である。



 陛下も閣下も最前列の席に座り、見るからにワクテカになっていた。

 御者席は日本の観光バスと同じく低い位置にあるため、最前列からは前方の景色がよく見える。


 国王陛下一行全員が乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。

 シスくんが舗装した道路とゴムタイヤのおかげで振動はほとんどない。

 それに続く貴族家たちの馬車は、長年の使用で木製の車輪そのものが削られてやや歪な形になっていたために、上下左右に揺れながら走っていた。



 馬車は広大なロータリーを廻ったあとは、ゲゼル商会への直通道路に入った。

 この道路は間に中央分離帯を挟んだ4車線道路である。

 その両脇には幅15メートルもある歩道があり、その半分は屋根で覆われていて、ところどころにベンチも設置してあった。


 この道は、王都から出て1キロほどは緩い下り坂であり、最下点で橋を渡った後は緩やかな上り坂になっている。

 最初から最後まで見事な直線道路になっているために、見通しは実に良かった。

 道の両側の野原には、薄っすらと雪も積もっていたが、道路には何故か雪はまったく見られない。


 馬車は途中時速30キロほどの巡航速度になり、ゲゼル総合商会本店が近づいて来た。

 建物の上にある観覧車の巨大さが迫って来ている。

 馬車の隊列はまもなくゲゼル商会本店前に到着した。


 こちら側の道路も広大なロータリーに繋がっていて、途中からは馬車置き場や厩のある広場への道も分岐している。

 国王陛下と宰相閣下は名残惜しそうに巨大馬車を降りた。

 すぐに他のVIPを乗せた馬車も到着している。



 短い距離ではあったが、国王陛下と宰相閣下にはこの馬車の乗り心地は衝撃的だったらしい。

 これにより、国内幹線道路整備計画にやや懐疑的だった2人も、積極推進派となっていく。



 商会本店前には揃いの制服を着た従業員たちが整列していて、入り口前にはテープカット用のテープが張られていた。


 国王陛下の短いスピーチのあと、陛下と宰相閣下には金色に輝く鋏が渡されてテープカットセレモニーが行われた。

 テープが切られると大きな拍手の中で建物正面の自動ドアが音もなく開いていき、どよめきが広がっている。


 大地の案内で国王陛下と宰相閣下がまず中に入られた。


 2人は護衛を連れていない。

 2人とも大地の実力は知っているし、店員の中には顔を知っている総督隊の将校もいた。

 それになによりシスくんの監視と護衛があるのだ。

 この場が例えデスレル軍30万に包囲されても自分たちは無事であろう。

 その状態で近衛の護衛など必要どころか邪魔である。



 貴族たちは躊躇った。

 もちろん自分の従士である護衛は連れて来ているが、陛下が護衛を伴わずに建物に入って行かれたのだ。

 ということは、自分が大勢の護衛を連れて行くのは僭越であり、なによりも謀意有りと思われかねないのである。


 このため、貴族たちは皆自分の護衛に建物の外で待つよう申し付け、建物に入って行ったのは貴族家当主とその奥方、子息令嬢たちだけだった。



 入り口を入ると、そこは3階まで吹き抜けの広大なロビー空間になっている。

 その左右には階段の代わりに緩やかなスロープが曲線状に設置されていた。

 さすがにまだエスカレーターは導入しなかったらしい。


 だが、この大きな空間を取り囲む曲線状のスロープは実に美しかった。

 現代日本の最新のショッピングモールにも劣らない建築物である。


 天上からは大きなシャンデリアが下がり、壁の各所に光の魔道具も配置されているために実に明るい。

 その豪華さに、日ごろ贅沢な生活を誇示している貴族家関係者も足が竦んでいる。



 一行は陛下と宰相閣下と大地を先頭に店舗を廻り始めた。


 実はこの建物の店舗街は実際にはさほどに広くない。

 せいぜい3000人も客が入れば『やや混雑』程度の広さであろう。

 なにしろこの国の人口は3万人ほどでしかないのだ。

 王都の住民が全員来店しても2000人ほどだろう。


 ただ一軒一軒の店舗は大きかった。

 1階にある店はほとんどが服やバックやアクセサリーなどを売っている。

 エントランスホールに近い店舗はその中でも高級品を売る店だった。


 大地は地球で古着を1トン3万円で購入していたが、それをアルスに持ち込んで、高級品と中級品と廉価品に仕分けをしていた。

 主に、日本、アメリカ、欧州から輸入しているため、着古してボロボロになった服などはほとんどない。

 どれも数回着ただけで気に入らなかったものや、買ったきり着ていないものなどだった。


 尚、大地が輸入した古着の総量は10万トンに及んでいる(30億円相当)。



 仕分け担当として雇われたのは、元王家や侯爵家の侍従侍女さんたちである。

 彼らの目で見て、まずは高級品と思われる服を仕分けし、それをサイズ別にまた分けていく。

 元侍従さんも元侍女さんたちも、服のあまりの素晴らしさに皆ため息をつきながら服を分けていた。


 高級品の選別が終わると、次は中級品、廉価品と選別が行われ行く。

 たまに紛れ込んでいるビンテージ級ジーンズは、全て廉価品か廃棄品に分類されていた。

 まあお約束である。




 筆者の友人は、8万円も出して買ったビンテージジーンズを穿いていたのだが、田舎の実家に帰省した際に、或る日朝起きると、枕元に綺麗に洗われて破れた穴も全て繕われたジーンズが畳んであって泣いたそうである。

 彼の母親は得意げな顔でお礼を言われるのを期待していたらしい。


 どうやら汚れて穴も開いたようなズボンを穿いたままの息子が、村の連中に極貧の生活を送っているらしいと同情されていると聞いたからだったそうだ。

 ファッションというものは、時と場所と、それから見せる相手を選ぶのである。


 田舎あるある閑話休題。




 エントランスホールからメインストリートに入る右側は超高級宝飾店だった。

 ショーウインドウの中心でスポットライトを浴びて燦然と輝いているのは真珠90個を使った3連のネックレスであり、お値段はなんと金貨3000枚(≒30憶円、地球での購入価格300万円也)である。

(法衣子爵年金100年分!)


 小声で夫人に強請ねだられて、顔面蒼白になっている伯爵がいた。

 どうやら夫人は数字の意味が分からなかったらしい。


 この商品は、例え王族でも上級貴族でも、世の中には手に入れられないものがあるということを知らしめることを目的にしていた。

 家柄や武力や石高だけではどうにもならないものはたくさんあるのだが、そのことが理解出来ない貴族もまた多かったのである。



 その他エントランスホールに面したところには、婦人服、紳士服、子供服の超高級品ショップがあった。

 これらの店の正面は、ほとんどウインドウディスプレイになっていて商品が飾られている。

 その全てに小さく値段が表示されているが、どれも目が眩むような値段であった。


 店舗入り口は、何故か両サイドが白い大理石の円柱になっている重厚なドアであり、やや入り辛い雰囲気になっている。

 そのドアの内側にはドアマンが立っていて、客が入店しようとするとドアを開けてくれた。

 もはや貴族街の貴族専門店並みの店である。




 因みにだが……

 筆者の伯父が、昔出張でパリに行った際に、現地のフランス人の友人に『せっかくパリに来たんだから、○○○○(宝飾品超高級ブランド)の本店にでも行って、奥さんにプレゼントでも買ってあげたら』と言われたそうだ。


 それで伯父は地図を見ながら友人に教えてもらったその本店まで出向いたのである。

 その店は歴史ある石造りの建物の中にあり、そのウインドウディスプレイも、それはそれは素晴らしかったそうだ。

 だが、どれにも値段が書いて無かったので店内に入ったのである。


 伯父が小さなドアの前に立つと、中にいたドアマンがドアを開けてくれた。

 伯父は一応スーツを着ていたのだが、もし普段着であったなら中に入れても貰えなかっただろう。


 だが……

 店内のどこにも商品が置いて無かったそうなのである。

 有るのは5つほどのテーブルセットと、その後ろに座っている店員と引き出しのたくさんあるチェストだけだったそうだ。


 困惑して立ち竦む伯父にドアマンが近づいて来た。


「お客さま、当店ではいかほどの金額の商品をお求めになられるのでしょうか(英語)」


「あ…… さ、300ユーロ(≒4万円)ほどのつもりです。(英語)」


「当店にある商品は、最も安いものでも1500ユーロです。

 また、ほとんどの商品が1万ユーロ以上で、それもオーダーメードになります。

 どうぞお帰り下さいませ」


 ドアマンはそう言ってまたドアを開けてくれたそうだ……



 翌日伯父は会社で同僚に文句を言った。

 同僚は、

「ええっ! 本当に行ったのぉ!

 やっぱり日本人は金持ちだなぁ!」と答えたそうである……


 どうやら99.9%のフランス人にとって、生涯入ることの無い店だったらしい……



 これは、パリだけでなく、ロンドンのリージェントストリートやニューヨーク5番街などの超高級店でも同じである。


 日本人は、一般にウインドウショッピングというと、買う気も無いのに店内に入って行き、展示されている商品を見たり、その価格に驚いたり、場合によっては手に取って眺め、手脂をベタベタつけたりすることだと思っているであろう。


 だが、他の先進国では、ウインドウショッピングとは文字通りウインドウのディスプレイを見て楽しむ行為なのである。

 特にドアが小さく頑丈で、ドアマンがいる店にその傾向が強い。


 今日も多くの日本人が、『お、ドアマンがいる店なんかカッコいいな、よし入ってみるか』と入店し、すぐにドアマンに『お帰りくださいませ』と言われていることだろう……


 要は入り口が自動ドアになっているような店舗は、ブランド名につられてやってきた客に、廉価品や売れ残り品を高額で売りつけようとしている店だということである。


 貧乏人閑話休題。




 ゲゼル商会本店では、エントランス近くの超高級店を越えて通路を進むと、中級衣料の店が現れる。

 よく見ればこちらの店の入り口にも白い円柱の装飾がある。


 通路の左右にはやはり紳士服、婦人服、子供服の店が並んでいた。

 また、マフラーや手袋、毛糸の帽子などのショップもある。

 それらの価格表示も超高級店ほどではないが、まだ相当に高い。


 その奥になると、ようやく普通の品を売る店が現れるが、それでも服1着銅貨40枚である。

 一般的な民の給料2日分だった。


 まあ日本でも平均的なバイトの賃金は日に8000円から1万円だろう。

 そのバイトくんたちが平気で2万円近い服を買っていくのだから、それほどおかしな価格ではない。



 もとより大地は、このモールで商品を売りまくって大儲けをするつもりはなかった。

 ここは、民に夢を与える場所なのだ。


 これら商品を見た民たちが、より一層頑張って働いて、超高級服は無理としても、いつかはあの綺麗な服を買えるようになりたい、妻や子供たちに買ってやれるようになりたいと願う場所なのである。


 そのためにはどうしたらよいか。

 そうだもっと読み書き計算を学んで中級資格や上級資格を取り、更に給料のいい仕事に就けばいいのだ。

 そう思ってもらうための施設なのである。



 そして、大理石張りの通路の左右に並ぶ商品の色彩は圧倒的だった。

 まだアルスの民は自然界に存在する色しか見たことが無い。

 これは民だけでなく貴族も王族も同じだった。


 そうした者たちが現代地球製の色彩に溢れた服を見せつけられたのである。

 王族の姫さまですら感動に震えていた。


 この姫さまは、後にワイズ王国に留学し、『農業・健康指導員資格』を得た上で、母国の国立学校にて上級教室を受け持つ教員になる(日給銅貨40枚)。

 そして、自分が働いて得たお給料で、思う存分外食や買い物を楽しむようになるのであった……





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