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353/410

*** 353 通告放送 ***

 


 ヴェストファーレン伯爵邸は、デスレル軍の侵攻に備えて半ば要塞化されていた。

 小高い丘にあるその建物は、居住区そのものは邸宅であったが、丘の周囲は2重の城壁に囲まれている。

 その敷地内には大きな倉庫や兵が駐屯する宿舎も建てられていた。



 新年初日の朝。

 邸の豪華な寝室で目覚めたヴェストファーレン伯爵閣下は、ベッドサイドの鐘を鳴らした。

 だが、普段であれば隣室に控えているはずの侍従からの返事が無い。


 伯爵は苛立たし気にまた鐘を振った。


「誰かある! 水を持て!」


 だがやはり反応が無い。


 激怒しそうになった伯爵は、窓から差し込む日の出の光を見て心を落ち着けた。


(今日は1月1日だ。

 夜中に伝令が来なかったところをみれば、ゲマインシャフト王国の軍も大人しくしていたとみえる。

 はは、これで我が領は独立し、わたしはヴェストファーレン王国の国王となるのだ。

 このめでたき門出の朝に、怒鳴り散らすのはやめておこうか……)



 そのとき、階下からチャイム音と共に大きな声が聞こえて来た。


「ヴェストファーレンさんにお知らせします。

 ただいまより半刻後に、ゲマインシャフト王国国王陛下、並びにケーニッヒ宰相閣下から伝達事項を放送致しますので、応接間にてお待ちくださいませ。

 繰り返します……」


「な、なんだと……」


 伯爵閣下は慌てて軍服に着替えたが、いつもは侍従に手伝わせているためにやたらに時間がかかってしまっている。


 階下の応接室は臨時の作戦本部になっていたが、大きな音声はそこから聞こえて来ていた。

 伯爵閣下がその応接室に入ると、既に軍服に着替えた子爵2名が大きな板のようなものの前で立ち尽くしている。

 尚、寄子の男爵家3領は外廓に位置しており、それぞれが兵と共に自領の砦で国軍の侵攻に備えていた。


 だが、日の出前には全ての避難移住希望者のゲマインシャフト施設への転移が終了し、僅かな残留希望者たちもヴェストファーレン伯爵邸周辺へ転移させられている。

 同時に伯爵邸領域を囲む城壁の建設も終わっていた。


 もちろん他の2伯爵領付近でも同様な措置は終了している。




「なんだこれは……」


 応接室にはいつの間にか巨大なスクリーンが設置されていた。

 その画面には、『まもなくゲマインシャフト王国国王陛下からのメッセージが放送されます』という言葉が表示されている。

 伯爵も子爵たちも字は読めなかったが、どうやら『ゲマインシャフト』という言葉だけはかろうじて読めたようだ。



 伯爵と子爵たちが驚愕に立ち竦む中、老女の怒鳴り声が聞こえて来た。


「ミアンヌ、ジェルシー、どこにいるの!

 鐘を鳴らしているのが聞こえないの!

 すぐに来ないとまた鞭打ち刑にするわよっ!」


 しばらくすると、怒りに顔を真っ赤にした伯爵夫人が、その巨大な尻を振り廻しながら応接間に入って来た。

 侍女がいなかったせいか、髪も服もやや乱れがちである。


「あなた!

 侍女がいないのよ!

 きっとまたどこかでサボっているんだわ!

 はやく侍従に言って掴まえて来てくださいな!

 それから従士に鞭打ちの罰を与えるように命じて頂戴っ!」


「待ちなさいデカシリーナ。

 今はそれどころではない。

 応接室にいつの間にかこのような板が置いてあったのだ」


「まあ! それでは侍従たちも鞭打ちで罰せねばっ!」


 重度ヒステリー症&ドSな伯爵夫人は、ぷりぷり怒りながら部屋を出て行った。

 侍女の名を呼ぶヒステリックな声が徐々に遠ざかっていっている。



 応接間には伯爵の長男と次男、3男である従士長、4男の領兵長がいた。

 加えて子爵2人と子爵の護衛である従士長たちもいる。

 伯爵閣下は息子たちや子爵たちに向き直った。


「昨夜男爵領からの早馬は来たか」


「いえ、3つの男爵領のいずれからも連絡はございませんでした」


 これは単なる確認である。

 もしゲマインシャフト王国の国軍が領内に侵入して来たならば、すぐに松明を灯した騎馬伝令兵がやって来て伯爵閣下を起こす手筈になっていた。



「やはり国王もケーニッヒも腰抜けでしたな。

 我らの武威を恐れて軍を動かすことも出来ないとは」


「いやあ残念です。

 国軍を押し返し、逆侵攻して村のひとつも奪ってやろうかと思っておりましたのに」


「伯爵閣下、いっそのこと今より我がヴェストファーレン軍を再編成して周辺の村を奪いに行きましょうか」


「まあ待て待て。

 今日は我がヴェストファーレン王国の建国が為されるめでたい日だ。

 ゆるりと祝杯でも挙げようではないか。

 逆侵攻は明日からでも遅くあるまい」


「おお!

 それではさっそくワインを準備させましょうぞ」


 4男の領兵長が卓上の鐘を鳴らした。

 だが、いくら待っても何度鐘を鳴らしても誰も来ない。


「侍従や侍女はどこにいったのだ!」


「まったく、肝心な時にいないとは!」


「仕方あるまい。

 インキーン従士長とタムシーン領兵長よ、ワインの樽とゴブレットを人数分持って参れ」


「「 はっ 」」



 だが、2人とも領主の息子だけあって、厨房にも食糧庫にも入ったことは無かった。

 食糧庫には独立内戦のために多くの食料が積み上げられており、ワインの樽を探し出すにも相当に手間取っているようだ。


「ったく、なんで俺たちがこのようなことをせねばならんのだ」

「兄上、これは侍従や侍女を厳しく罰せねばなりませんな」

「その通りだ!」



 インキーンとタムシーンがようやくワイン樽とゴブレットを見つけ出して応接室に戻ったとき、ちょうどスクリーンの画面が切り替わった。


「旧ヴェストファーレン領とその旧寄子領のみなさま、大変長らくお待たせいたしました。

 ただいまよりゲマインシャフト王国より、ジュリアス・フォン・ゲマインシャフト国王陛下の通告放送を始めます」


 画面にジュリアス国王の姿が映った。

 伯爵閣下はワイズ王国や王城で数回見たことがある映像だったが、子爵たちや息子たちは初めて見るものであるため、痺れたように硬直している。



「新年おめでとう、チンボラーゾ・フォン・ヴェストファーレン()伯爵よ。

 早速だが、そなたは王家からの借り麦を返済せず、また年末までに法衣貴族家になることも拒否した。

 このため、先日施行された新国法により、そなたと寄子の貴族家は全てゲマインシャフト王国の爵位を剥奪され、平民となった。

 故にそなたは今ただのチンボラーゾである」


「それがどうした!

 我らは一致団結して独立を宣言する!

 よってワシはヴェストファーレン国王であるのだぞっ!」


「あまつさえそなたらは、国内で独立内戦を起こすために兵を集めた。

 さらに逆侵攻してゲマインシャフト王国の村落を襲って自領にすることすら計画していた。

 先ほどまでのそなたらの会話は、すべて聞かせて貰ったぞ。

 侍従も侍女もいないとは難儀なことだな」


 応接室の皆が硬直した。

 向こうの音声と映像をこうして届けることが出来るのであれば、こちらの音声と映像もあちらに届けられるのだろう。

 まさかこの板がそのような機能を持っているとは思ってもいなかったようだ。



「だが、我らが新たに施行した新国法には、民の自由というものを尊重することが明記されている。

 この自由のうち、特に重視されているのは居住の自由と職業選択の自由である。

 このため、諸君らの独立の意思を一応は尊重し、そなたらの独立をゲマインシャフト王国として認めることにした」


「ふん、腰抜けめが!

 どうせなら戦って独立を阻止してみろ!」


 国王陛下は皮肉気に微笑んだ。


「やはりそなたらは独立がしたいのではなく、単に戦がしたかっただけだったのだな。

 大方、独立内戦が成功すれば自らの爵位をお手盛りで陞爵出来るとでも思ったのだろう。

 領地が増えないにもかかわらず、爵位だけ上げてどうするのだ?」


「な、なんだと!」


「内戦を企図するような戦闘狂は新生ゲマインシャフト王国には不要であるので、独立は丁度よかった。

 そして、そのような犯罪者は平民落ちの上追放が相応しい」


「な、なに!」


「それでは独立を認めるに当たっての詳細は、ケーニッヒ宰相から申し伝える」



 画面がケーニッヒ宰相の姿に切り替わった。


「チンボラーゾとその一党よ」


「な、なんだと!

 ヴェストファーレン国王陛下と呼べっ!」


「いや、我が国は国法に基づき貴様らの独立の意思は尊重するが、その国を承認したわけではない。

 よって我が国から見れば、お前はチンボラーゾと言う名の一介の平民に過ぎん」


「ぐぎぎぎぎ……」


「さて、今国王陛下が仰られたように、我らは民の自由を尊重する。

 そこで昨日、貴族家当主を除く旧ヴェストファーレン伯爵領とその寄子領の全ての民を対象に、魔法による対面調査を行った」


「な、なにっ……」


「その調査とは、このまま領内に留まって内戦に巻き込まれるか、それともゲマインシャフト王国に避難・移住して戦火を逃れるかを問うことである。

 ここで避難・移住を希望した者は、全員を魔法で我が国に避難させた」


「な、なんだと……」


「その結果、まず3つの貴族家では領主の親族64人のうち半数の32名が避難を希望した」


「「「 !!! 」」」


「内訳は、そのほとんどが女性と子供である。

 どうやら戦好きな当主の無謀な内戦から子供を守ろうとする選択のようだ。

 また、貴族家に仕える侍女侍従下男145名の内、避難・移住を選択した者は144名であった。

 つまり残留を希望したのはたったの1名である」


「「「 !!!!! 」」」


「当初は侍女頭や侍従長は残留を希望していたのだが、自分以外の侍女侍従が全員避難すると聞いて、意思を変えたらしい。

 おそらくは、自分たちだけが残って貴族家にコキ使われることを恐れたのであろう」


「「「 ………… 」」」


「次に旧貴族家の従士たち68名であるが、そのうちの62名が家族ともども避難を選択した。

 避難を拒んで残ったのは、貴族であった従士長以外は副従士長だけだ。

 尚、彼らの家族204名も全員避難を望んで我が国に転移している」



 その場の全員が伯爵閣下の3男であるインキーン・ヴェストファーレン従士長を見た。


「そ、そんな……

 まさかあの忠実なる従士たちが……」



「従士たちが忠実だったのは、忠実なふりをしないとお前たちに暴力を振るわれて最悪処刑されるからだ。

 暴力で支配されていた者たちが支配者に忠誠心を持つわけがなかろう」


「…………」


「さらに領兵については、旧貴族領全体で680名いたうちの副領兵長を除く674名が避難を希望し、その家族もろとも既にゲマインシャフト王国の避難施設に収容されている。

 尚、副領兵長の家族も全員避難を希望した」


「「「 !!!!! 」」」


 旧伯爵家4男で領兵長であるタムシーンがやはり硬直している。



「また、旧領内に13か所あった農村の民と農民兵1303人のうち、移住を希望したのは1264名であった。

 残留希望者は村長とその妻と長男だけである」


「な、なんだと……」


「最後に街民だが、総数640名の内、大手商会の会頭とその家族以外の624名が避難を希望した。

 つまりだ。

 旧ヴェストファーレン領とその寄子領には昨日まで4462人のヒトがいたが、現在残っているのは106人だけということになる」


「「「 !!!!!!!! 」」」



 伯爵長男が叫んだ。


「き、虚言だ!

 我が栄光ある伯爵領の民が、独立を前にして避難するなどということは有り得んっ!」


「お前が勝手に思い込んでいる栄光は、民にとって何の価値も無かったということだな」


「なっ……」


「民は皆喜んで避難移住に応じていたぞ。

 普段から貴族や領軍を養ってやるための重税に喘いでいただけでなく、己の虚栄心のために領地を戦場などにしようとする身勝手な貴族に、ついに愛想が尽きたということだ」


「な、なんだ……と……」


「民はお前たちの武力に怯えて税を払っていただけだ。

 農民は勝手に領を離れれば逃散の罪で殺されると思って、嫌々ながら村に留まっていただけだろう。

 それが安全に移住出来るとなれば、それを希望するのは当然だな。


 要は、お前たちは武威で民を脅していただけで、人望も尊敬も何も受けてはいなかったということだ。

 まあ、民にとっては盗賊団に脅されて金品を奪われるのとおなじことだ。

 盗賊の被害者が盗賊を尊敬するわけはあるまい」


「「「 !!!! 」」」



「それではそなたらの興す国とやらの範囲について通告する。

 旧ヴェストファーレン領とその寄子領の総面積は694平方キロであった。


 だが、今やそなたらの新独立国は人口106人の超弱小国になり果てている。

 人口が97.6%減ってしまったので、貴様らの新独立国は公平を期すために16平方キロにすることにした。

(半径2.3キロの円の面積とほぼ同じ。端から端まで歩いても約1時間強)」


「「「 ………… 」」」


「先ほど旧ヴェストファーレン邸を中心にこの面積の範囲を囲む城壁を建設した。

 だが安心せよ。

 この地域内には農村がひとつある。

 また、川も流れているし井戸もある。

 106人程度を養う作物は充分に作れるだろう。

 まあ、作るのは貴様らだが」


「「「 …………… 」」」


「尚、諸君ら以外の伯爵領とその寄子領に於いても、同様の措置が取られていることを伝えておこう」


「「「 ………………… 」」」





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