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*** 352 プランCフェーズ1 ***

 


 大地はゲマインシャフト王城作戦室に転移の輪を設置し、ストレーくんの時間停止倉庫と繋いでいた。

 そして、全員に倉庫内の宿泊施設使用を許可していたために、各自睡眠を必要とするときには自由に席を立って休息に行けるようになっている。

 これにより、現実時間でほんの数秒の間にいくらでも睡眠が取れるようになっていたのである。



「それにしても魔法というものはすごいものですね。

 相手の軍議の様子がすべて見えてしまうとは。

 これでは偵察兵や間諜もまったく必要無いではないですか……」


「あの時間停止倉庫の魔法も、実に便利なものです」


「ええ閣下。

 あの倉庫にいれば、例えそこで1年過ごしたとしても、元の場所の元の時間に戻って来ることが出来ますからね。

 睡眠不足になることはありません。

 私も鍛錬や休息にはいつも利用しています。

 おかげでわたしは見た目は16歳ですが、生活年齢は28歳なのですよ」


「あの倉庫内では歳は取らないのですか?」


「実はわたしは神界の加護によって成長や老化はほとんどしません。

 ですが、残念ながら皆さんはそうではないのです。

 あの時間停止倉庫に10年いれば、元の場所に戻って来た時の肉体は10歳分歳を取ってしまっているでしょう。

 ですから、普段はあまり使用しない方がいいかもしれません」


「なるほど。

 ですが、今のように有事の際には実に便利ですな。

 実時間では休息も睡眠も必要とせずに、いくらでも働けるのですから」


「そうです。

 それ以外にも、あの空間では生物以外の時間は停止していますので、食料も腐ることがありません。

 熱い物もいつまで経っても熱いままです。

 おかげで、膨大な量の食材や料理を保存することも出来ています」


「いつもながら素晴らしいお力ですな……」




 その日の夜遅く。

 作戦室にはまた主要メンバーが集まっていた。


(ダイチさま、まもなく午前0時となります。

 プランC作戦フェーズ1の最終発動承認をお願い致します)


「承認する」


(畏まりました。

 プランCフェーズ1を発動致します)



 指令室の時計が0時になった瞬間、スクリーンに変化が現れた。


 まず、3伯爵領とその寄子貴族家の領地を示した広域地図に、太く白い線が引かれ始めたのである。

 同時に別のスクリーンでは、空から見た俯瞰図の中で巨大な城壁がみるみる伸びていっており、5分ほどでその城壁は3伯爵領と寄子貴族領周辺を全て囲い終わった。


 3つの伯爵領とその寄子貴族領全てと言っても約3500平方キロしかない。

 埼玉県の面積よりやや小さいぐらいである。

 その程度の広さであれば、シスくんにとってはなにほどの作業でもなかった。


 こうして、独立内戦を目論む伯爵領と寄子領は、高さ50メートル、厚さ20メートルもの城壁で覆われてしまったのである。



「これで万が一にも反乱軍が逆進攻して来る可能性は無くなりました。

 シス、ストレー、テミス、フェーズ2を開始せよ」


((( はいっ! )))



「陛下、閣下、次の作戦の実行はシス、ストレー、テミスに任せて進めますが、明朝までにはデータをお渡ししますので、各伯爵家当主と遠隔通話をお願い致します」


「うむ、了解した」


「その間の作戦は我々で進めておきますので、明朝まではごゆっくりお休みください」


「いや、もしよろしければこのふぇーず2作戦も少し見学させて頂けないだろうか。

 明日に備えて少々休ませてもらうのは、その後にさせて頂きたい」


「もちろんご自由にどうぞ」




 画面上では特に変化は見られなかったが、現地では作戦のフェーズ2が発動されている。

 それはまず、各伯爵家領内と寄子貴族領内にいる人々のうち、貴族家当主以外の全ての(・・・)人々の完全時間停止倉庫への収納から始まったのである。

 その人数は全域で合計約1万1000人近くにも及んでいた。


 完全時間停止倉庫に収容された人々は、ひとりずつ通常の時間停止倉庫に転移され、眠っていた者は『目覚め』の魔法をかけられた。

 その後はテミスちゃんの映像によるヒアリングを受けたのである。




「ノーキンさん、あなたはトリカブト子爵家の副従士長の方ですね」


「こ、ここはどこだ!」


「ここは、内戦が始まろうとしている今、3伯爵連合の兵や民の方に聞き取り調査を行っている場所になります。

 あなたはこのまま子爵領に留まり、内戦に参加されますか?

 それともゲマインシャフト王国に避難・移住されますか?」


「莫迦を申すな!

 トリカブト子爵家への我が忠誠は絶対である!

 断じて避難などせんわっ!」


「わかりました。

 それでは元の場所に戻させていただきます」


 ノーキン副従士長はいったん完全時間停止倉庫に戻された。

 後程一斉にヴェストファーレン伯爵邸に転移させられるだろう。



「マリアンヌさん、あなたはトリカブト子爵家副従士長ノーキンさんの奥さまですね。

 これから3伯爵連合とその寄子貴族家による独立内戦が始まりますが、その前に聞き取りをさせて頂いております。

 あなたはこのままトリカブト子爵領に残られますか?

 それともゲマインシャフト王国に避難・移住なさいますか?」


「移住するとどうなるの?」


「簡単な読み書き計算の検定試験を受けて頂き、その後は自由に職業を選んで頂きます。

 職業がお決まりになるまではゲマインシャフト王国の移住者用宿舎で暮らしてもらうことになりますが、その間の住居と食事は保証されます」


「わたしは若いころ国軍の軍属でしたの。

 そのとき軍学校で読み書きを習って優等の成績だったのよ。

 計算は少し苦手だったけど」


「でしたら模範村に入植出来るかもしれません」


「そう。

 ところで私の娘夫婦と息子夫婦はどうなるのかしら。

 孫たちも」


「ここと同じように今聞き取り調査でご希望を聞いています」


「娘たちや息子たちと相談させてもらえないかしら」


「ノーキンさんにはご相談しなくてよろしいのですか?」


「あのひとは間違いなくトリカブト領に残るでしょう。

 なにしろ戦が好きで好きでしょうがないですからね。

 でも戦で犠牲になるのはいつも農民兵やわたしたち女性や子供ですから」


「それでは少々お待ちくださいませ。

 ただいま息子さん一家と娘さん一家をお呼びします」


 ノーキン副従士長夫人のマリアンヌとその娘夫婦と息子夫婦は迷わず避難・移住を選択した。




「ジョナスさん、あなたはヴェストファーレン伯爵家の領兵で間違いありませんね」


「ん、んだ……

 こ、ここはどこだの……」


「ここはあなたにゲマインシャフト王国への避難移住をお勧めする場です。

 あなたの雇い主であるヴェストファーレン伯爵は、ゲマインシャフト王国に反旗を翻して独立戦争を起こします。


 あなたはこのままヴェストファーレン領に留まってゲマインシャフト王国の国軍と戦いますか。

 それともゲマインシャフト王国への避難・移住を希望されますか」


「お、おら戦には出たくないだよ。

 せっかくデスレルが滅んだんだから、もう戦は懲り懲りだぁ」


「ではゲマインシャフト王国への移住を希望されますか。

 ゲマインシャフト王国に移住されれば、戦争に狩り出されることはありません」


「でもおら、王国に行って働き口があるかどうか……」


「あなたは読み書き計算が出来ますか?」


「うんにゃ、おら元々農民だし、ちぃっとばかし体が大きいもんだから領兵になれって連れて来られたんで、読み書きは出来ないんだぁ」


「でも大丈夫です。

 王国では学校で読み書き計算を教えて貰えますし、その間の住居と食事は保証されていますから」


「ほ、ほんとけ!」


「そしてある程度の読み書きが出来るようになったら、ゲマインシャフト王国の軍属として模範村に入植出来るかもしれません。

 その場合の賃金は月に銀貨6枚です」


「そ、それって麦だとどれぐらいかの」


「7斗と5升ですね。

 年当たりだと9石になります」


「ふえっ!

 そ、そんなに貰えるだか……

 伯爵家の領兵になったら年に2石の麦が貰えるって誘われただども、実際には7斗しか貰えなかったんだわ。

 伯爵閣下への忠誠の証としてそれで我慢しろって言われて……」


「たったそれだけですか。

 酷い話ですねぇ」


「んだば、おら一生懸命働くだで、その『いじゅう』っていうのをさせてもらいてぇんだども。

 でも村に残してきたお父とお母と妹のことも心配なんだぁ」


「それなら、今ここにあなたのお父さまとお母さまと妹さんをお呼びしますので相談してみられてはいかがですか」


「そ、それはありがてぇの」



 若い領兵とその両親と妹は、少しの相談の後もちろんゲマインシャフト王国への移住を希望した。

 誰も内戦を起こそうとしている領などにはいたくなかったのである。

 彼らはゲマインシャフト王国内に作られた移住者用宿舎に転移して、そこでの素晴らしいホスピタリティーを噛みしめながら、読み書き計算を一生懸命学ぶことになる。




「デカシリーナさん、あなたはヴェストファーレンさんの奥さまですね」


「無礼者めっ!

 妾や伯爵閣下の名は敬称を付けて呼べっ!

 しかも頭が高いっ!

 速やかに跪けっ」


「あの、わたくしはダンジョン国に属し、現在はゲマインシャフト王国にて仕事をしている者です。

 ゲマインシャフト王国の法によれば、年末までに王家からの借り麦を返せず、また法衣貴族化も受け入れなかったヴェストファーレン家は、年末をもって爵位を剥奪されて平民となりました。

 わたくしがあなたに跪く謂れはありませんよ?」


「な、ななな、なんじゃとこの無礼者めがぁっ!

 不敬罪で縛り首にするぞ!」


「あなたは今までそうやって不敬罪と言って5人もの侍女を殺させ、8人の侍女に傷害行為を働くよう従士に教唆しました。


 この面談は、あなたにゲマインシャフト王国に移住されるか否かを問うためのものですが、あなたの場合、もしゲマインシャフト王国に移住されたとしてもその罪の重さにより牢獄にて終身刑になります。


 どうされますか?

 このまま反乱軍に留まられますか?

 それともゲマインシャフト王国に移住して刑に服しますか?」


「ええい、何をわけの分からんことを言うておるっ!

 移住などという下賤な真似を妾がするとでも思うたか!」


「それでは元の場所に戻させて頂きますね」


 伯爵夫人は、同様にいったん完全時間停止倉庫に送られた。

 やはり後程、残留を望んだ全員と共に一斉にヴェストファーレン領に帰されることだろう。




「あなたはシュトックハウゼンさんの娘さんですね。

 あなたとそちらの1歳の息子さんは、このまま旧伯爵領に留まられますか?

 それともゲマインシャフト王国に避難移住為されますか?」


「そなたは何を言うておるのじゃ。

 高貴なる伯爵家令嬢である妾が、移住などと言う下賤な行為を行うわけはあるまい」


「わかりました。

 それでは元の場所に戻させていただきます。

 ただし、伯爵家の侍従侍女の方が全員ゲマインシャフト王国への避難移住を希望されています」


「な、なにっ……」


「ということは、息子さんの育児を手伝ってくれる方はいなくなるということなのです」


「な、なんじゃと……」


「あなたが息子さんの育児を放棄され、息子さんが危険な状態に陥ったときには、息子さんだけゲマインシャフト王国の孤児院に収容されますのでご承知おきくださいませ」


「な、なんじゃとこの無礼者めがぁっ!」


「それではさようなら」




「ファンダングさん、あなたは旧伯爵領都で雑貨屋を営んでいらっしゃいましたね」


「あ、ああ。ここはどこなんだ?」


「ここは旧伯爵領内の方々に、ゲマインシャフト王国に避難移住されるか、それとも元の場所に戻られるかをお聞きする場所です」


「そ、そりゃあ内戦なんか起こそうとしている領にいたくはないが……

 家族や従業員を放って移住なんか出来るわけ無いだろうに。

 それに店の商品だってあるし」


「もしご家族や従業員の方が移住を希望されれば、もちろん一緒に移住出来ます。

 どうやらみなさん移住を希望されていらっしゃるようですね」


「それならもちろん俺も移住するけど……

 でも商品を置いていったら無一文になっちまうし」


「ご安心ください。

 あなたが移住を希望された場合、あなたの店の商品も全てゲマインシャフト王国の倉庫に移されます。

 移住後はその商品をお売りになるか、新しくお店を開かれたらいかがでしょうか」


「それはありがたい。

 こんな内乱を起こそうとしている領なんかにいたら、殺されちまうかもしれないからな。

 命あってのものだねだよ」




 テミスちゃんは、そのマルチタスク機能をフルに発揮し、こうして同時に1000人以上の民たちとのヒアリングを続けていた。

 その全ての内容が録画記録されている。

 後日、陛下や宰相閣下に見て頂くことになるだろう。



 このヒアリングに於いて、貴族家係累者や副従士長、領兵の指揮官、村の村長一族などの上位階級は全員が伯爵領や寄子貴族領内に残ることを強く希望した。


 だが、街民、末端の領兵、農民兵、一般農民たちは、ほぼ全員が戦禍を恐れて避難移住を希望したのである。

 従士や領軍幹部の家族たちも、その全てが移住を希望している。


 どうやら、領軍内の階級や村長などという既得権益を持つ者ほど残留を希望し、持たない者ほど移住を希望したようである。


 そう……

 戦争を欲するのは、アルスでも地球でも常に支配層なのであった。


 日本に於いても、太平洋戦争開戦が御前会議で決議されたとき、その場にいた大日本帝国重鎮たちは誰も戦場には出て行かなかったのである……





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