*** 351 独立内戦軍議 ***
大地がワイズ商会に指示して転送サービスを始めさせた地域は、ワイズ王国を中心に東西南北とも1000キロずつのほぼ正方形の領域である。
その400万平方キロに及ぶ地域には、380の国と480万の人口があり、そのうちの農民の数は約300万人だった。
冬も深まったころになると、その農民の内280万人がワイズ王国に出稼ぎに来るようになっていたのである。
まあ、実際に居住して読み書きを学びながら農業研修をしていたのは、ワイズ王国ではなく旧デスレル領中央部の施設だったが。
その出稼ぎも、家族も食費無料と提示されたために、多くが一家総出での出稼ぎだった。
どうやら村の食い扶持が減るからと、出稼ぎを推奨する村長もいたらしい。
この出稼ぎ農民のほとんどが、春になっても元の村に戻らずに移住を選択すると思われる。
貴族たちにとってはそもそも農民の生死などに興味は無い。
税さえ収めれば、後は飢えようが死のうがどうでもいいことだった。
彼らが固執する貴族としての権勢の中にはその領内の石高も含まれているにもかかわらず、農民や農地の生産性のことを考える意思も知能も無かったのだ。
故に領内の農村の巡回などは全く行われていない。
この農民の大量流出は間違いなく来秋収穫の大幅減収を齎すだろうが、そのときに貴族たちは麦の収穫が不作だった昨年のさらに10分の1以下になっていると気づき、さぞや驚愕することと思われる。
アルスのような古代社会は、必然的に農業モノカルチャーになる。
その社会で台頭し、広範で強大な権力を持つようになった王侯貴族と雖も出来なかったこと。
それは取りも直さず自ら農業を行って食料を生産することであった。
地球の古代社会も含めて、武力によって農地を所有していると主張する者が、農業を知らないと言うのはなんとも皮肉な話である……
この地域の農民たちに対して、一通り出稼ぎと言う名の移住勧誘が終わると、大地はシスくんとストレーくんに命じて地域内全ての奴隷を『収納』した。
この奴隷たちはダンジョン国内の施設で療養した後は、読み書きを教わって模範農村への入植候補者となって行くだろう。
そうした入植予定者を受け入れる新農村はいくらでもあった。
今はデスレル平原に6つの大行政区が準備されているだけだが、その地域には7万2000の収容能力を持つ大行政区があと50ほども造られる予定になっている。
また、念のため病害虫災害も考慮して穀倉地帯の分散も予定されていた。
サウルス平原、旧サズルス王国、旧ヒグリーズ王国、旧ニルギル王国にも30か所ずつの行政区が造られるだろう。
候補地の選定と整地は既に終わっており、必要とあれば全ての行政区が僅か数日で建設されることになっていた。
さらに大地は地域内の全ての奴隷商も捕縛し、そのほとんどの者がテミスちゃんにより終身刑を言い渡されている。
これにより、貴族たちは重税の代わりに農民を奴隷として売ることも出来なくなった。
このため、貴族家では王家への麦上納が不能となる。
国王ももちろん農業には無知であったため、これが不作のためであるとの認識は出来ないだろう。
つまり、臣下であるはずの貴族に舐められたとして激怒することになる。
そうした国王は貴族家の降爵や転封を命じるだろうが、それに反発して内戦を起こそうとする貴族は『幻覚の魔道具』を発動させ、その後はテミスちゃんの神界法裁判により収監されて行くことになる。
そして、麦の上納が未達となり、近衛軍などの臣下に扶持麦を払えなくなった王は、いつものように隣国への略奪を命じるだろう。
そのために各地の王は、やはり『幻覚の魔道具』を発動させた後に忽然と消え失せ、ダンジョン国の牢に収監される。
その後の王位継承を巡って国内で内乱が起きる国もあるだろうが、内乱を命じた王族や上位貴族もまた、幻覚にのたうち回った後に消え失せるのだ。
川の民の村では、その川の恵みもあって、麦が不作でも民は飢えるまではいっていなかった。
つまり、各人が平均して自分たちの食い扶持を稼いでいたのである。
だが、アルス中央大陸ではほとんどの国の民が餓えている。
この違いは何か。
それは働かずに食料を得ている暴力階級の存在であり、その階級は己の権勢増大のためにさらに多くの兵を抱えようとする。
この兵も食物を生産せずに喰うだけの者である。
『武威で他者を脅し、食料を作らせてそれを搾取する』
そして、
『そうした行為こそが己の高貴さの証だと勘違いしている』
大地はこうした思想こそが諸悪の根源である王制、貴族制の本質であると見做していた。
したがって、これからも直接間接に収奪者としての王侯貴族を滅ぼしていく政策が取られることになるだろう……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
年末も近づいた或る日、ゲマインシャフト王国北西部では、ヴェストファーレン伯爵邸に、シュトックハウゼン、ロンメルの2伯爵が集まって独立内戦のための軍議を開いていた。
これら3伯爵家とその寄子である子爵、男爵の領地は、ゲマインシャフト王国北西部に固まって存在しているが、フォッケウルフ伯爵家とその寄子貴族家の領地は王国中央部に近い地にあり、この軍議には参加していない。
さらに彼らの領地の周辺は王家直轄領とケーニッヒ侯爵領に囲まれているために、独立や内戦には及び腰であった。
フォッケウルフ伯爵とその寄子貴族家たちの会合では、苦渋の決断として法衣貴族化を受け入れることになりそうである。
一方で、ヴェストファーレン伯爵邸の軍議参加者は意気盛んであり、借り麦も返さず(返せず)、法衣貴族化にも降爵にも反対だという、極めて独善的な要求を如何に押し通すかという議論が為されていた。
彼らはたびたび軍議を開いていたが、当初は降爵やそれに伴う領地の割譲を拒絶するということについての対策協議が行われているだけだった。
だが、万が一国軍が貴族家資産接収のために進攻して来た場合にはどう対応するかという議論になり、徹底抗戦の上内戦も辞さずという方針になっていったのである。
さらに、場合によっては彼ら伯爵領がその寄子貴族領を引き連れてゲマインシャフト王国から独立し、その後連合王国を築いてはという話にまでエスカレートしていた。
元々は王家に対するブラフであり、ゲマインシャフト王国の領土内で30%近い土地を持つ貴族家連合が独立も辞さずとすれば、王家も折れるであろうという目論見だったのだ。
だが、彼らは気づいてしまったのである。
貴族家というものは、本来建国の際に功があったとして叙されるものなのだ。
故にもしここで新たな王国が建国出来たなら……
貴族家の次男以下である従士長や領兵長は、新たに男爵家として貴族家を興せるかもしれない。
今の男爵家は子爵家になれるかもしれず、子爵家は伯爵家に昇爵出来るかもしれないのだ。
そして、伯爵家は侯爵家どころか王家になれるかもしれないのである。
彼らはこのビジョンの虜になってしまっていった。
『戦いの中で功を立て、爵位や陞爵と領地を手にする』
これこそが、この時代のアルスの貴族ヒャッハーたちの発想であり、自領の民を慮るという思想は、彼らには全く無かったのである。
常に自分に従わせて来た民が、領主さまが陞爵しようとする戦いに反対するなどとはそもそも考えられなかったようだ。
男爵領の民であるよりも、陞爵した子爵領の民になる方が名誉なことであり、民も光栄に思うだろう程度の発想しか無かったらしい。
しかも、通常であればあの精強な国軍やケーニッヒ侯爵の領軍を相手に、独立内戦を仄めかして要求を呑ませるなどということは危険極まりないことである。
万が一負ければ、法衣貴族化どころか、良くて爵位剥奪、最悪は一族郎党縛り首だろう。
だが、ここでもし3伯爵家とその寄子たちが団結して武威を示し、国に対抗する姿勢を見せれば、借金もチャラにして領地も守れるかもしれないのである。
まさに、借金が返せずに抵当に入っている自宅の競売を迫られたことに逆ギレし、貸主に包丁を突き付けて脅す貧乏人の発想であった。
「王城よりの返答はあったのか!」
「いえ、『年末までに法衣貴族になれば借り麦の返済を免除するが、借り麦を返済せず法衣貴族化も拒んだ場合は降爵し、その爵位に応じて領地を縮小させる』という勅令を繰り返して来ただけであります!」
「ふざけるな!
我が栄光あるシュトックハウゼン伯爵家が法衣貴族などになってたまるか!」
「それでは我らも予定通り計画を進めようではないか」
「うむ、我ら3伯爵が独立を宣言し、ゆくゆくは連合王国を興した後に旧デスレル領に侵攻して領土を広げよう」
「その連合王国に於いては、当初は3伯爵が合議による統治を行い、そのうちには3家持ち回りで王位に就くとしようか」
もちろん3伯爵とも、後に他の伯爵家を滅ぼして自分の血統に王位を独占させようと考えている。
「だが、あのケーニッヒめが易々と独立を認めるとは思えんな」
「いや、奴も王家も内戦は望んでいないはずだ。
降爵や転封を前面に出したブラフであろう。
我らが一致団結して独立を宣言すれば、奴らも腰砕けになるに違いない」
「それで、もし借り麦返済免除を認め、法衣貴族化も免除と折れて来た場合には如何するか」
「その場合には当面は今のままでよろしかろう。
ただ、国王への麦上納は停止すると通告しようか」
「なるほど、それで浮いた麦でさらに軍備を整え、数年後には完全独立を果たそうというのだな」
「当然だ。
旧デスレル領には広大な土地が残されているからな。
いずれは我が連合王国も、ゲマインシャフト王国など遥かに凌駕する大国となるだろう。
我らは祖王として歴史に名を残すのだ!」
「それでは軍の配備計画を進めるとしようか。
まずは3伯爵領とその寄子貴族領の領軍の配置をどうするかだ」
「我が領に於いては、領軍を配置して国軍共の進攻に備えるために、まず周囲の男爵領とゲマインシャフト領との領境を固めることにした。
主要街道の自領側にある関所を砦として、ここに寄子貴族家の領軍を配置する」
「それが妥当なところだろうの。
我らの領と寄子領が固まって存在しているおかげで、ゲマインシャフト領と接している部分は領境の半分程度になっておる。
その分軍を手厚く配備出来るの」
「それに加えて伯爵領の領境や伯爵家周辺の防備も行わねばならん。
各々方、進捗状況は如何か」
「既に各地に小砦を配置し、馬や薪や糧食の配備も終わっておる。
このように準備を終えておる我らに対し、国軍共は全てを輸送しながら進軍せねばならん。
地の利は圧倒的に我らにあるの」
「この地では既に雪が積もり始めておるが、その辺りは如何か」
「それも我らに有利に働くの。
我が領軍は砦におればいいのに対し、あちらは進攻軍を移動させる必要がある。
雪は深ければ深いほど我らに有利となろう」
「偵察兵隊隊長、国軍の集結状況はどうか」
「はっ、通常の哨戒の範囲内であり、特に集結を始めている様子はございません」
「我らが法衣貴族化などに応じるとでも思っているのか?」
「それでは新年を期して、王都別邸の従士に我らの独立宣言書を王城に届けさせよう」
「はは、奴らの慌てる様が目に見えるようだの」
「ところでフォッケウルフ伯爵家は如何しておるのかの」
「かの領地は寄子も含めて王家直轄領とケーニッヒ領に囲まれておりますからの。
この軍議への参加もままならないようですな」
「そうか、奴は法衣貴族になるかもしれんの」
「腰抜けは勝手に領地を手放しておればよい!
領地が無くてなんの貴族ぞ!」
「それでは各自、自領に帰って周辺の防衛体制を固めておくとしょう」
「次の会合は1月10日だな」
「そのときは独立を祝って盛大にやるか!」
「「 うむ! 」」
そして大晦日前日。
ゲマインシャフト王国王城内に作られた作戦本部には、大地とジュリアス国王陛下、ケーニッヒ宰相が詰めていた。
他には国軍の連絡将校が2名いるのみである。
部屋の正面には巨大なスクリーンが置かれ、その周囲には2つの中型スクリーンと4つの小型モニターが置いてあった。
その正面スクリーンでは、5日前に行われていた反乱伯爵たちの軍議の録画映像が流されている。
そのような物を初めて見た国軍の将校たちの口があんぐりと開いていた。
「ということでシス、敵は3伯爵家が3つに分かれたまま独自に行動するようだ。
よって作戦はプランCだな」
(畏まりました)
「それでは明日夜中の午前0時から作戦を開始せよ」
(はい)




