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350/410

*** 350 縛り首 ***

 


 3日後。

 メタボリア伯爵家家宰から、コグラン商会に知らせが来た。

『麦400石を売ってやるので、金貨を持って邸まで取りに来い』というものである。


「すぐにサイグラス・メリアンダス閣下に先触れを出しなさい。

 2刻後に私がご訪問させて頂きたいが、お許し願えないかと」


「はい」



 2日後、コグラン商会は20台の荷車と30人もの人足を連れ、王都から1日の距離にあるメタボリア伯爵領都までやって来た。

 コグランの馬車には小柄な老人が同乗している。


 伯爵邸の庭には、伯爵家家宰のバケベソ・メタボリアが椅子を持ち出して踏ん反り返っており、その横には麦袋が積み上げられていた。

 その後ろには10人の護衛兵もおり、皆石槍やこん棒で武装している。


「バケベソ閣下、本日は麦を400石も売って頂けるということでまかり越しました。

 誠にありがとうございます」


「有難く思え!

 さあ、すぐに麦を積み込んで、代金、あー……」


 徴税吏が家宰の耳元で囁いた。


(金貨54枚です閣下)


「そ、そうだ! 金貨54枚に決まっておるだろう!

 すぐに払えっ!」


「バケベソ閣下、申し訳ございませんが少々お時間を頂戴いたします。

 おい」


「はっ!」


 まずは荷車から豪華な椅子が持ち出された。


「ご隠居さま、どうぞお座りくださいませ」


「ありがとうの。

 コグランや、お前も椅子を出して座りなさい」


「ありがとうございます」


 コグランのためには質素な椅子が持って来られた。


「ごるあぁっ!

 貴様ら伯爵家家宰のワシの許しも無く勝手に椅子に座るかぁっ!」


「お前は誰じゃの?」


「そ、そんなことも知らんのかぁっ!

 ワシはメタボリア伯爵家家宰のバケベソ・メタボリアだぁっ!

 平民ども頭が高いぞぉっ!」


「はて?

 ワシは一応法衣とはいえ男爵ぞ?

 お前のような平民に指図される謂れはないのう」


「な、なんだとこのジジイっ!

 ワシは伯爵家の者だと言ったであろうっ!

 たかが男爵家の者が伯爵家のワシになんという無礼な口を利くのだ!」


「ふむ、お前さん、貴族学校には行っておったか?」


「当然だ! わしはご当主様の甥に当たる貴族だからな!」


「ということは、貴族学校で何も学んでこなかったのか。

 まあ、あそこはカネさえ積めば入学も卒業もさせてもらえるからのう」


「な、なんだとこのジジイ!

 無礼打ちに致すぞっ!」


「あのな、王国法によれば、貴族とはそもそも貴族家当主のみを言い、その係累者は、例え長子であっても貴族ではないのだ。

 まあ貴族家長子として、それ相応の扱いは受けられるが」


「な、なにっ……」


「故に、例えばメタボリア伯爵家が王城の御前会議に列席したとしようか。

 その際に、当主が赴けばもちろん貴族席の中の伯爵席に案内されよう。

 だが、もし代理で当主の長男が行けば、貴族席の後ろにある『貴族家長子席』に案内されるのだ。

 つまり、ワシの席の後ろじゃな」


「な、なんだと……」


「また、もしもお前が代理で行ったとしよう。

 そうなれば、お前は『貴族家長子席』のさらに後ろにある、『貴族家関係者席』という平民用の席に案内されるのだよ。

 その際に、先程のような口をワシに利くと、お前は近衛隊に不敬罪で捕縛されるぞ?」


「な、ななな、なんだと……」


「つまりお前はどれだけ威張ろうが、法律上は平民なのじゃ。

 そんなことも知らんで、よく貴族家関係者などと名乗れるのう」


「ぬぐぐぐ……」



「メリアンダス閣下、それでは確認作業を始めてもよろしいでしょうか」


「それはかまわんが、またあの茶も頂けないかのう」


「はい」


 まもなく侍従が庭の隅で熱の魔道具で湯を沸かし始めた。


「こ、こらっ!

 他人の家の庭で勝手に火を焚くなぁっ!」


「いえいえ、これはある商会から手に入れた熱の魔道具でございます。

 火はいっさい使っておりませんので」


「な、なんだと……

 ま、魔道具だと……」



 10人ほどの男たちが庭に筵を敷き、その上に板を置いて荷車から秤を取り出した。

 片側に2斗と書かれた石を置き、もう一方に麦袋を置いて重さを確認している。


「な、なにをしておるかぁっ!

 さっさと麦を荷車に積んで金貨を払えぇっ!」


「申し訳ございませんバケベソ閣下。

 これは麦札差勅令に定められた確認作業でございまして、今までは手間がかかるせいで省略することが多かったのですが、この度王城の麦取引監査部より必ず全量を確認することというご指示が出ておるのです」


「な、なんだと、勅令だと……」


「はい、ですから、この検査を怠った札差は罰せられてしまいますし、その検査を妨害した者も同じく罰せられます。

 特に麦の売り手が貴族家であり、妨害した者が同じ貴族家であった場合は、その貴族家は良くて降爵、最悪転封になるとも記されておりますのですよ」


「げぇっ!」




 30人もの人足の手によって、重量確認作業は速やかに進んで行った。


「ふむ、どうやら重量はどれも既定に達しているようですね。

 それでは次の作業を始めなさい」


「はっ」



 男たちが麦袋の封印を破いて中身の確認を始めている。


「な、なにをするっ!

 封印を開けるとは何事だぁっ!」


「ご安心くださいませ。

 王家公認の封印証は持参しておりますれば、再封印も容易でございます」


「な、なんだと……」



 人足は続けて麦袋の中身を全て平箱に出した。

 すると、袋の中身は上3分の2ほどには麦が入っていたが、下3分の1には麦藁と石が詰まっていたのである。


「おや、どうやらこの2斗袋には、麦が3分の2ほどしか入っていないようですね」


「な、ななな、なにかの間違いだ!

 そ、そうだ!

 農民共が税を逃れようとしてやったに違いないっ!」


「それはたいへんです。

 このような不正行為は大罪ですので、その村の村長は縛り首になってしまいますな」


「と、当然だっ!

 ワシが命じて必ずや縛り首にしてくれようぞ!」



 人足たちは、平箱から大きな石や藁を取り除き、残りも振るいにかけて麦だけを取り出した。

 その上で麦の重量を計っている。


「ふむ、麦の重さは21キロですか。

 ということは麦1斗と4升ですな」



 麦袋の中身が次々に平箱にあけられ、正味の麦の重さが計られていった。

 バケベソ家宰も徴税吏も蒼い顔をしたままそれを見ている。


 2時間近くもかけて選別作業が終わった。

 その間メリアンダス閣下は、上機嫌で焼き菓子を食べながらミルクティーを4杯も飲んでいる。

 途中で2度もトイレに行っていた。



「お待たせいたしました。

 ようやく確認作業が終わりましたが、麦の総量は267石でございましたので、代金は金貨35枚、銀貨77枚と銅貨50枚になります。

 ただいまご用意いたしますので少々お待ちくださいませ」


「な、なにを言うかっ!

 麦400石分、金貨54枚を払えと申しつけたであろうっ!」


「いえ、実際には麦は267石しかございませんでした。

 ですから、代金は金貨35枚と少々になります」


「貴様、命が要らんらしいな!」


「おや、無礼打ちですか。

 それでは伯爵家ご当主さまとあなたさまとわたくしの相打ちになりますな」


「ぐぎぎぎぎぎ……」



 老男爵が手についたサブレの粉を払って口を開いた。


「のう、平民のバケベソとやら」


「なんだとぉぅっ!」


「そなた、まさか陛下に上納した麦の袋にも、このような石や藁を仕込んではおるまいな……」


「そ、そそそ、そのようなことは無いっ!

 もし何袋かにそのような物が入っていたとしても、それは農民共が勝手にやったことだ!」


「はて?

 陛下に麦を上納するのは貴族家当主であって、農民ではないのだぞ。

 よって、上納麦に欺瞞が有った場合には責任は全て貴族家当主にあるのだが?」


「な、なにっ……」


「やれやれ、これでは陛下に奏上して、メタボリア伯爵家からの上納麦の袋を全て調べなおさねばなるまいて」


「わははは!

 クソジジイが何を言う!

 城の蔵にある麦がどの貴族家が上納したものか、わかるわけがあるまい!」


「いや?

 全ての上納麦は、どの貴族家から上納されたものか、きちんと区分けして保管されておるぞ?」


「げえぇぇぇぇっ!」


「あのな、お前は知らんかもしれんが、今年は歴史的な不作だったのだよ。

 おかげで、全ての貴族家にて、麦を上納して臣下に扶持米を下賜した後は、ほとんど何も残らなかったのだ。

 故に貴族たちは、王城に上納麦の減免を願い出るか、借り麦の申し入れをしておるのじゃ。

 なのになぜメタボリア伯爵家だけは満額上納した上で、余剰麦を麦札差に売ることが出来るのじゃ?」


「あう!」


「3分(3%)以内の異物混入は許される。

 まあ選別もたいへんじゃからな。

 じゃが、それ以上の異物は欺瞞工作と見做され、混入率に応じて罰せられる。

 もしもこの麦袋のように混入率が3割を超えていたとしたら、その貴族家は3段階の降爵になろうて。

 この国には男爵より下の貴族位は無い。

 つまり、メタボリア伯爵家は、全財産没収の上平民に降格だのぅ」



 バケベソは後ろの護衛たちを振り返った。


「そのような奏上などさせてたまるか!

 よいか!

 今日は誰も当家を訪れてはいないのだぞ!

 コグラン商会の一行は、途中で盗賊に襲われて行方不明になったのだ!

 こ奴らを皆殺しにしてどこぞかに埋めよ!」


「「「 ははっ! 」」」


 護衛たちが武器を構えて詰め寄って来た。



 老人が手を挙げた。


 途端に人足たちのうち20人ほどが、平たい箱を開けて中から剣や槍を取り出した。

 メタボリア家の護衛の武器は、貧相な石槍やこん棒だったが、人足たちの武器は見事な青銅製の剣である。


 さらに人足頭と思われる男が大きく指笛を吹いた。


 ドドドドドドドドド……


 遠くの森の陰から騎馬に乗った兵たちが大挙してやってきた。

 こちらは重厚な青銅製の鎧兜までつけている。

 騎兵たちは門番を跳ね飛ばして庭に侵入した。


「な……」



 老人が別人のような迫力のある声を出した。


「貴族兵たちよ!

 ただちに武器を捨ててその場に腹ばいになれ!

 さもなければ、国家反逆罪によりこの場で処刑する!」


 全ての兵が弾かれたように武器を放り出し、その場にバッタのように腹ばいになった。


「き、ききききき、きさま何者だ……」


「まだわからんのか。

 ワシは国王陛下直属の麦取引監査部の長官じゃ。

 ワシに剣を向けたことは、陛下に剣を向けたことになる」


「げええぇぇぇぇ―――っ!」


「バケベソよ。

 お前は、麦取引勅令違反、詐欺罪、王家反逆罪に問われるだろう。

 まあどう考えても縛り首だのぅ」


「ひぃぃぃっ!」


「王家にメタボリア伯爵家が上納した麦袋のうち、実際の麦の中身は7割5分ほどであった。

 これにより、メタボリア伯爵家は、全ての財産と領地の大半を取り上げられて、男爵家となろうの」


「あうぅぅぅっ!」



「麦取引監査部隊部隊長よ」


「はっ! 長官閣下っ!」


「その方らはこれよりこの貴族邸を接取し、伯爵本人とその一族を軟禁せよ。

 また、使用人も外に出してはならん。

 陛下の裁可が下り次第、伯爵家一同は領内の村にでも改易とされるであろう。

 それまでの詮議と監視を任せる」


「ははっ!」



「のうコグランや、わしらはそろそろ帰るとしようか。

 ああ、どうせ伯爵家の財産は全て没収になるのだから、麦は持ち帰って保管しておいてくれ。

 もちろん金貨も持ち帰ってよいぞ」


「ありがとうございました……」


「そうそうコグラン。

 わしの巷での2つ名を知っておるか?」


「は……」


「どうやら、まったく賂が効かぬために『謹厳居士』とか呼ばれておるようだの。

 なので安心せい。

 先ほど食した焼き菓子と『こうちゃ』の委細は、陛下への報告書に記載しておく。

 確か『こうちゃ』4杯と焼き菓子40枚でよかったかの?」


「はい……」

(そんなに食べていたのか……)




 バケベソは王城前広場にて縛り首となった。

 彼は刑が執行される瞬間まで泣き叫び、上から下から前から後ろから体内にある物をすべて噴出して、サイテーの醜態を晒しながら死んでいったらしい。

 だが、その死体はすぐに掻き消えたそうだ。

 この国も既に外部ダンジョンとなっているために、ダンジョン国の牢獄にリポップされたものと思われる。


 また、メタボリア伯爵家は男爵に降爵となり、村ひとつを持つ領主となった。

 その村にはもちろん領主邸などは無く、村長一族を追い出してそこで細々と暮らしているそうである。



 また後日、王城の侍従長がコグラン商会に紅茶と焼き菓子を買いに来た。

 なんでも、あの謹厳居士が2刻ほどの間に40枚も食べた焼き菓子に陛下がいたく興味をひかれたそうだ。

 その後、コグラン商会の焼き菓子仕入れも、たいへんな金額にのぼるようになったそうである……





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