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*** 348 コグラン商会 ***

 


 或る国の伯爵家にて。


「おい、徴税隊隊長を呼べっ!」


「はっ」


「お召しにより参上いたしました家宰さま」


「追加の徴税はどうなっておる!」


「は、領内7か所の農村を廻り、村に残った種麦を全て徴集して参りました」


「それで納税分は足りたのか!」


「わずかながら足りなかったために、村人を何人か奴隷商に売り飛ばし、その代金で商人から麦を買って帳尻を合わせております」


「ならばよろしい。

 万が一税収未達の場合は、ご当主さまからこのワシが家宰を解任されてしまうからな」


「あの、ところで家宰さま、ひとつ気になることが……」


「なんだ!」


「種麦を全て徴集したために、来年の春に畑に撒く麦の種がございません。

 このままでは来年の税収がゼロになってしまうかと」


「莫迦を申すな!

 そんなものは、農民共に風で飛んだ麦の実を拾わせろ!

 それでも足りなければ、また農民を奴隷に売ってその金で種麦を買わせろ!」


「ははっ」


「ところで関所税はどうなっておる」


「は、例年通りの目標額が徴集出来ております」


「だが、このままではワシの懐に入る分が無いではないか。

 よし、今の関所税は確か荷の2割だったな。

 それを倍の4割にしろ!」


「あ、あの……

 そのようなことをすれば、行商人共が我が領を通過しなくなって、却って関所税が減ってしまうかもしれませぬ」


「お前は阿呆か!

 我が栄えあるブチャイク伯爵領を通過出来るのだぞ!

 行商人共も喜んで関所税を払うのは当たり前だろうに!

 もちろん税を倍にすれば、税収も倍になるのだ!

 お前は徴税吏のくせにそんな簡単な算術も出来んのかっ!」


「は、畏まりました。

 仰せの通りに」


(あー、そういえばこいつ、伯爵閣下の甥っていうだけで読み書きも出来ないアフォ~だったわ……)



 1か月後。


「どうだ、関所税の徴集の具合は。

 ワシが言った通り倍になっておるだろう」


「それが……

 関所税を倍にしてから、税収がゼロになっておりまして……」


「な、なんだと!

 領境の徴税隊は何をしておったのだ!」


「念のため各街道の関所の数を倍にして領兵の巡回も増やしたのですが、行商隊が一切この領に入って来なくなったのです」


「な……

 ならば、行商人共に命じて我が領を通過させろっ!」


「あのぉ、たぶん行商人共はこの領を迂回して、他国や他の領を通っているはずです。

 領兵隊に領境を越えさせて行商人共に命令させると、他国や他領への侵攻と思われて戦になってしまいますが……」


「な、ななな、なんだと……」


「どういたしますか?

 他国、他領に侵攻するにはご当主さまのご許可が必要になりますが……」


「そ、そのようなことが出来るわけなかろう!

 戦費の方が関所税より遥かに巨額になるのだぞ!」


「はい」


「で、では関所税を元通りにしろ!」


「あの……

 行商人共がこの領を通らなくなったということは、関所税を元通りにしても誰にもわからないと思いますが……」


「!!!!」



 もちろん、同じような会話は、ワイズ王国を中心とする東西南北2000キロの地域の全ての貴族邸で行われていたのであった……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 或る国の王都にて。


「よう、コグラン会頭はいるかい?」


「これはこれはサイルス会頭さま。

 少々お待ちくださいませ、ただいま会頭の都合を聞いて参ります」



 会頭室に通されたサイルスは、この王都随一のコグラン商会の会頭と向き合っていた。


「久しぶりだなサイルス、なんでもお前の商会は王都の店を畳んだそうじゃないか。

 おかげで冥加金が足りなくなった商業ギルドが、俺たち王都内の商会に冥加金値上げを通告して来たんだぞ」


「そういった苦情は商業ギルドに言ってくれ」


「それもそうだ。

 で、お前の商会はこれからどうするんだ」


「王都外の自由市場での営業権を買った。

 王都内だと冥加金を金貨50枚も取られていたが、自由市場の営業権は銀貨1枚だからな。

 これでもう稼ぎ放題だ」


「だが、どんな商会も王都の大店になるのが目標だろうに」


「いや、実は俺ぁ商会の本店をワイズ王国ってぇところに移したんだ。

 そこで大店に入居出来たんでな。

 もう十分に満足している」


「なんだと……

 それじゃあ今のお前は……」


「そうだ、もう俺はワイズ王国民だよ。

 この王都の店など比較にならない大きな本店も手に入れたしな。

 家族も従業員も喜んでるし、俺も大いに満足している」


「ということは、これから行商一本で商いをしていくのか……」


「そうだ。

 その方が儲かりそうだからな」


「だがそのワイズ王国とやらから商品を持って来るのは大変だろうに」


「ああ、だから手持ちの馬車8台に加えて、とんでもなくデカい馬車も3台借りたんだ」


「そんなに馬車を使って自由市場で何を売るつもりなんだ?」


「俺が仕入れをしているワイズ商会にはなんでもあるがな。

 まあ、最初は麦と塩を売ることになるだろう」


「いくらで売るつもりだ」


「小麦は1石銀貨20枚、塩も1キロ銀貨20枚で売る」


「な、なんだと!

 この王都では、今小麦1石は銀貨30枚で売られているんだぞ!

 塩だって1キロ銀貨30枚だ!」


「だから今日は昔世話になったあんたの所に寄らせてもらったんだ。

 今日から当面は麦も塩も仕入れない方がいいぞ。

 仕入れたとしても、俺が売る値段以下にした方がいいな」


「…………」


「だが、それだけじゃない。

 あんたの商会には俺が麦1石を銀貨16枚で卸そう。

 塩も1キロ銀貨16枚だ」


「なんだと……

 し、仕入れ値はいったいいくらなんだ!」


「あんたは昔、駆け出しの商人だった俺に、仕入れ値だけは絶対に誰にも言うなって教えてくれたよな」


「う、そういやぁそうだったか。

 それで、どれほどの量があるんだ」


「とりあえず麦は100石だ。

 塩は1000キロだな」


「そんなにあるのか……」


「だが、取引は全て現金と引き換えだ。

 俺の仕入れ先も、現金取引しかしねぇ商会だからな」


「わかった。

 だが念のため麦袋の中を確かめさせて貰うぞ」


「当然だな」



 コグラン会頭は麦確認専門の手代を呼んだ。

 その手代の部下たちが検査場に麦と塩の袋を運んでいく。

 会頭とサイルスも検査場に向かった。


 麦100石といえば、2斗袋で500袋になる。

 手代とその部下が、慣れた手つきで天秤秤で袋の重量を計り始めた。

 全ての麦袋が2斗よりも若干重いことを示している。


 手代と丁稚たちは、次に1つの麦袋の中身を大きな箱にあけ、その麦を平らに均して吟味を始めた。

 コグラン会頭も麦を凝視している。


(これは……

 石どころか砂粒や藁くずすら入っていないのか。

 よほどに丁寧に脱穀したとみえる……)


 検査を終えた麦は、また袋に詰められて重さが計られたが、その重量は先ほどとほとんど変わっていなかった。

 もし砂などが混入されていた場合、砂は箱に残って重さが変わるはずだが、箱の中には麦同士が擦れて剥がれ落ちた殻が少し残っているだけである。


 検査員は麦を数粒取って指先で殻を剥き、その粒を目の近くに持って行って吟味した。

 目視確認が終わると麦の粒を口に含み、しばらく舌の上で動かした後に噛み砕く。



 検査員が会頭の顔を見た。


「お前の評価を正直に言いなさい」


「特上級、いえ麦粒が大きいのでさらにその上の極上級になります。

 香りも素晴らしく、このような麦はわたしも見たことがありません」


「そうか……」


 コグラン会頭も殻を剥いた麦を口に入れ、しばらくすると噛み砕いて味わっている。



 次は塩の袋が開けられた。

 塩が箱に入れられると、検査員たちから微かにどよめきが上がった。


(なんという白い塩だ……

 わたしも麦や塩を扱って50年近くになるが、この白さは始めて見るの……)



 手代はまず少量の塩を口に入れ、次に貴重なガラスの器に塩を入れて水を注いでかき回し始めた。

 かなり丁寧に混ぜたあとは、目を近づけて凝視している。


「不純物が全く入っていません……

 また、苦みもありません。

 この塩も特上級のさらに上の極上級です」


 コグラン会頭も塩を口に入れ、ついで塩水も少し飲んだ。


 会頭はサイルスに向き直った。


「それでは全部買わせてもらおう」


「追加は要るかい?」


「追加も出来るのか……」


「ああ、今日の夕刻までに、麦も塩もあと1回分追加出来る。

 明日なら2回だ」


「ならばあと5回の追加をお願いする。

 それ以上の量を買い取りたい場合には……」


「俺は王都門外の自由市場でも店を開くからな。

 追加の注文の場合は使いの者を寄越してくれ」


「上限はあるのか?」


「いや、無い」


「わかった……」


 コグラン会頭はここで初めて微笑んだ。


「それにしても、いい仕入れ先を掴んだものだ。

 それも商人の才覚の内だな……」


 サイルスも微笑んだ。


「ああ、その通りだ。

 ところで大量購入の礼にこれを受け取ってくれ」


 サイルスは大きな紙の箱をテーブルに乗せた。

 その蓋を開けると、中に入っていたのはワイズ商会で売られているティーセットだった。


「こ、これは……

 なんという美しい茶器だ……」


「はは、あんた昔から茶を喫するのが好きだったろう」


「これもその仕入れ先から買ったものか」


「そうだ。

 ついでに箱の中には『紅茶』という茶と、その淹れ方を書いた冊子が入っている。

 この紅茶は砂糖とミルクを入れても旨いのでな。

 箱の中には砂糖と瓶入りの専用ミルクも入っているので、試してみてくれ」


「この茶器も卸してもらえるのか?」


「ああ。

 だがさすがに高いぞ」


「いくらだ」


「砂糖もミルクも入れてその箱ひとつで銀貨30枚だ。

 言っておくが、その値段でも俺はほとんど儲けていないぞ」


「砂糖だけでそのぐらいはするだろうに……

 これもあと5セットほど売ってくれ。

 1セットにつき銀貨40枚払おう」


「わかった。

 今度持って来よう」


「ところで、荷下ろしをさせている間にこの『こうちゃ』とやらを淹れてくれるか」


「それじゃあ、鍋に湯を沸騰させたものを入れて持って来させてくれ。

 出来るだけ沸騰してすぐのものがいいな」



 サイルスはコグランのために紅茶を2杯淹れた。

 1杯はそのままのストレートティー、もう1杯はミルクティーである。


「なんという美しい茶だ……

 しかも素晴らしい香りだな」


「砂糖とミルクを入れた方はどうかな」


「なんだこれは……

 なんでこんなに旨いのだ……」


「これは茶受けの焼き菓子だ。

 こいつも試してみてくれ」


「こ、こここ、これはぁっ!」


「どうだい、旨いだろう。

 俺も俺の家族も従業員たちも、この菓子の虜になっているんだ」


「この菓子はいくらなんだ?」


「売り値は銅貨30枚だ」


「1枚銅貨30枚か。

 それでも安いな」


「いや、この箱に20枚入って銅貨30枚だ」


「な ん だ と……」


「どうする?

 この焼き菓子も卸そうか?」


「ああ、出来るだけたくさん頼む」


「まいどあり」


「なあサイルス、その仕入れ先商会には他にも美味い物があるのか?」


「その商会には食堂もついているんだがな。

 そこでは王も貴族も喰えないような美味なものが山ほど出て来るんだ。

 それも、毎月のように新しいものが出て来るしな」


「まさかお前、そこでメシを喰いたいがために本店を移したのか」


「ははは、流石はコグラン会頭だ。

 たぶんその通りだよ」


「…………」



「それでな、その俺の仕入れ先商会は、最近大々的に移住農民を集め始めているんだ。

 しかもそいつらのために入植する農村や街まで作ってやっているんだよ」


「何人の農民を集めようというのだ」


「今は50万人ほど集めているらしいな」


「なんだと……

 いくらなんでもそこまでの農民が集まるわけはあるまい。

 だいいち領主が農民の逃散を防ぐために武力を行使するだろうに」


「それがな、その絵図を描いた親玉が、戦ばっかしやってた国の王族や貴族をみぃんな捕まえて牢に入れちまったらしいんだ。

 その数なんと60カ国以上だとよ。

 でも、残された農民たちがあまりにも腹減らしてたんで、今メシを喰わせてやってるんだ」


「…………」


「それで、その農村ではとんでもねぇ農法も教えてくれるんだよ。

 なんでも1反の畑から年12石の麦が得られるそうだ」


「そんなことがあるわけないだろう」


「いや、ワイズ王国では実際に12石の収穫が得られているんだ。

 俺もこの目で見たし、話を聞いた農民も全員がそう言っていた」


「…………税は?」


「入植してから3年間は無税だそうだ。

 それ以降は1反につきわずか2斗だ」


「それでよく貴族が納得したな……」


「いや、ワイズ王国には貴族はいないんだ。

 全員を平民に落として追放したそうだよ」


「…………」


「ただ、そんなとんでもねぇ農村に入植するのには一つ条件があってな。

 教場に行って読み書き計算を学んでからでないと入植させてもらえねぇんだ。

 まあ、教場に行ってる間の家もメシもみんな国が負担してくれるそうなんだがな」


「信じられん……」


「その気持ちはよくわかるよ。

 俺も自分の目で見なけりゃ絶対に信じなかっただろうし。

 それでな、そうした連中が首尾よく読み書き出来るようになったら農村に入れるんだが、だいたい800人から1000人の村を7万人分ほどまとめて代官に任せるらしいんだ」


「それはもはや国、いや大国ではないか……

 そこまで入植希望者が集まるわけはなかろう」


「だがもう既に50万人が読み書きを習ってるしなぁ」


「…………」


「そうした『ぎょうせいく』ってぇもんを10も20も作るんだとさ。

 それでそこに街も作って商会を誘致する計画もあるそうなんだよ。

 そのときにはとんでもねぇ範囲の国から商会を集めて見学させてくれるっていうんで、そのときはあんたも連れていってやりたいんだ」


「ああ、ぜひ声をかけてくれ……」




 サイルスは金貨を受け取って帰って行き、コグラン会頭は頭取番頭を呼んだ。


「頭取よ。

 昔馴染みの商会から、麦100石と塩1000キロを買った。

 麦は1石銀貨16枚、塩も1キロ銀貨16枚だ」


「そのように安く買えたのですか」


「そうだ。

 品質は先ほど調べたが、どちらも特上級の上の極上級だったぞ。

 特に塩は一切の混じりけの無い真っ白いものであった」


「それはそれは、おめでとうございます。

 それで追加の購入は出来るのでしょうか」


「うむ、特に上限は無いらしい。

 あまり過剰在庫を抱えてもなんだが、取り敢えず麦500石と塩5000キロを注文しておいた。

 どちらも現金取引だ」


「畏まりました」


「今日から麦と塩の店頭表示価格を下げておけ。

 麦の買取りは1石銀貨15枚で、売値は銀貨20枚だ。

 塩の売値も1キロ銀貨20枚とする。

 うちに商品を卸したサイルス商会は、王都外自由市場で同じ値で売り出すそうだからな」


「はい」


「もちろん店頭価格変更の届け出もしておくように」


「畏まりました。

 それでは、届け出の終わった後に、手代や丁稚に得意先を回らせて注文を取って来させましょう」


「そうしてくれ。

 一般の街民は自由市場で買い物をするだろうが、王都内の得意先は押さえておきたいからな」


「はい」


「それから、麦札差仲間の商会にもこの麦と塩を一袋ずつ持って行ってやれ。

 麦は1石銀貨19枚、塩も1キロ銀貨19枚で売ると言ってな。

 ただし月当たり麦は100石まで、塩は100キロまでだ」


「畏まりました」





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