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*** 346 出稼ぎ勧誘 ***

 


 ミマス会頭は早速村行商を始めた。

 まずは大型馬車の転移回数を稼ぐつもりのようだ。

 互助会隊の護衛も、最初とあって3人も付いている。


「なあ隊長さん、あんたの隊での階級は?」


「ん? 俺は大尉だな」


「そうか、将校か」


「うちの隊では曹長から将校になる時を除いて、その階級と俸給は強さで決まるんだ。

 だからまあ、それほど大した階級でもないな」


「それだけみんな強ぇってぇことか……」



「それにしてもこの街道には結構な数の盗賊共がいたんだが、今日は全く出て来ねぇな……」


「ああ、別動隊が掃除・・してくれたからな」


「掃除?」


「俺なんかよりも遥かに強い兵が、行商人が着るような服を着て、荷を満載にした荷馬車を曳いて街道を歩き回ったんだよ。

 おかげでこの地域の盗賊共はあらかた捕縛して牢に押し込めたそうだ」


「そ、そうか……

 それじゃああんた方の役割は……」


「俺たちは万が一盗賊の取りこぼしがあった時のためだな。

 ついでに掛け売りをしてもらえないとわかった村人たちが盗賊に豹変したときの備えだ」


「なんにせえ、あんたらほど強い男たちが護衛についてくれると安心だ。

 ありがとうよ」


「いや、これも俺たちの任務だからな。

 俸給分の働きをしているだけだぞ」


「そうか……

 お、そろそろニギラ村だな……」



「おーい、我らは行商隊だぁ。

 この村に行商に来たぞぉ!」


 村人たちがわらわらと集まって来た。

 ほとんどの村人が麦藁を編んで作った筵に穴を開けた貫頭衣を着ている。

 足も藁草履を穿いているが、子供たちは皆裸足だった。


 2人だけ古着を来ている者が出て来たが、どうやら村長とその長男らしい。


「行商隊か。

 麦は持っているのか?」


「ああ、あるぞ」


「どれほどあるのじゃ」


「1石あるぞ」


「そうかそうか、よし、わしが全て買ってやろうではないか。

 ありがたく思え」


「それでは麦1石で銀貨20枚だ」


「カネは来年秋の収穫が終わった後に払ってやる。

 そのときに取りに来い」


「いや駄目だ。

 俺たちは掛け売りはしない。

 商品は全てカネと引き換えになる」


「な、なんじゃと!

 キサマ、村長であるワシの命令が聞けんのかっ!」


「お前はこの村の村長かも知らんが、俺はこの商会の商会長だ。

 なぜ俺がお前の命令など聞かねばならんのだ?」


「ぬぐぐぐぐ……

 そ、それでは村奴隷を売ってやる!

 ひとり銀貨50枚だ!」


 村長の息子らしき男に腕を掴まれて、ガリガリに痩せた少年が前に出て来た。

 やはりボロボロの貫頭衣を着ていて、頭髪は伸び放題、体は垢で黒ずんでいる。


「なぁおっちゃんたち。

 おいら一生懸命働くからさ、高く買ってくれよ」


「君はいくつだ」


「今は14歳だけど、来月15歳になって成人するぞ」


「奴隷として売られてもいいのか?」


「ああ、どうせ今だって村奴隷だからな。

 それに、麦をたくさん持ってるおっちゃんたちのとこで奴隷になれば、2日に1度ぐらいはなんか喰わせて貰えるかもしれないしな」


「いや、ワイズ商会という商会に雇われれば、メシは日に2回だ。

 しかも喰い放題だぞ」


「ほ、ほんとか!」


「ただし、うちの商会もワイズ商会も奴隷は買わないんだ。

 だが、その代わりに出稼ぎに来ないか?」


「『でかせぎ』?」


「ああ、住むところも用意してもらえるから、俺たちと一緒に行ってワイズ商会に雇ってもらえ。

 14歳のうちは給金は日に銅貨10枚だが、15歳になったら銅貨20枚になるぞ」


「な、なあ、それって、麦だとどれぐらいになるんだ?」


「俺たちの売値だと、銅貨20枚で1斗だな」


「そんなにもらえるのか!」



「よ、よし!

 お前はその『でかせぎ』とやらに行って来い!

 そのかわり賃金は前払いで村長のわしに渡せ!」


「おいジジイ、うるせぇからすっこんでろ」


「な……」


「俺たちは売掛けもしねぇし、給金の前払いもしないんだ。

 だいたいなんでこの子が働いた給金をお前に渡すんだ。

 この強欲ジジイめ!

 そんなにカネが欲しかったら、お前も出稼ぎに来い!」


「な、なんじゃとぉっ!

 村長であるこのワシになんという暴言!

 しかもこのワシを働かせようというのかっ!」


「働く気が無いんだったら黙ってろ!」


「おいお前たち、何をしておる!

 はやくこいつらをぶちのめせ!

 麦を奪えば粥を喰わせてやるぞ!」


 村長の長男らしき男とその取り巻きたちがこん棒を持って出て来た。

 どうやら武器は前もって用意していたらしい。



 だが……


「な、なんじゃ?

 なぜ体が痛むのじゃ?」


「「「 ぎゃあぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」

「「「 痛い痛い痛いぃ―――っ! 」」」


 村長と男たちがその場でのたうち回り始めている。


 大尉が前に出て来た。


「シス殿、こ奴らが煩いので村の隅に放ってやって頂けませんでしょうか」


(はい)


 村長たちが宙に浮いた。

 そのまま村の隅に運ばれて行ってポイされている。

 他の村人たちはただ硬直しているだけだった。



 大尉はややかがんで少年に目を合わせた。


「ところで君はなんで村奴隷になんかなったんだ?

 両親はいないのか?」


「いいや、俺は次男だからな。

 次男以下や次女以下の子は全員村奴隷にされるんだよ。

 分けてやる畑なんか無いって言って」


「そうか……」




 実は、こうした非長子差別は日本の伝統でもあった。

 紀元前2000年ほどから農耕が始まって以来、つい70年数前まで非長子には相続権は無く、日常生活でも長子とは大きく差別されていたのである。


 例えば、中京地方では今でもタワケという言葉が使われている。

 この言葉は、阿呆や間抜けと同じく相手の知性を貶める罵倒言葉であるが、漢字で書けば『田分け』である。

 つまり、自分の田を分けて長子以外にも相続させてやるような行為は、馬鹿者のする行為だと蔑まれていたのである。


 こうして長子は自作農を引き継ぎ、長子未満は小作農へと分化が進んでいたのであった。

 近代民法制度下で、非長子差別が撤廃されてから、まだたったの70年少々しか経っていないのである。


 いや、婚活女子が結婚相手に求める条件の内、長男以外などという条件をつけている以上、こうした差別意識(逆差別)はまだ残っていると言えるだろう。




 全くの余談だが、筆者は以前婚活支援企業が29歳の女性に対して行ったアンケート結果を見て驚愕したことが有る。

 そのアンケートでは、まず『結婚を望んでいる、もしくはいずれ結婚を望んでいる』と回答した女性は96%だった。


 そうして、次の質問内容は『結婚相手に望まないこと(・・・・・・)』というものだったのである(複数回答可)。


 その望まないことの中では、『相手の両親との同居』が第1位に燦然と輝いていた。

 結婚相手として長男が忌避されるのは、長男のヨメであれば、その両親と同居するか老後の面倒を見る必要があるということを意味しているのだろう。

 この点でも逆の意味で非長子差別意識が残っていると考えられる。


 現代日本人は、その全てが『自分は差別意識など持っていない!』と考えているのだろうが、実はほとんどのヒトがこうした意識を持ち続けているのである。



 また、望まないこと第2位は『相手の趣味を押し付けられること』、第3位は『自分の趣味を否定されること』だったのだが、まあここまでは常識の範囲内である。

 だが、第4位になった『望まないこと』を見て、筆者は驚愕したのだ。


 その第4位になった望まないこととは、『相手との同居』だったのである!


 この『結婚したい、いずれは結婚したい』と考えているお嬢さんたちは、気づいているのだろうか……


 もし結婚後に同居せず生活費を貰っていれば、それは『妾』である。

 また、貰っていなければ、それは『偽装結婚』なのであり、自分は結婚出来た女であるというトロフィーを欲しただけということに……


 やはり29歳婚活女子とは理解不能なヒトだと認識した次第である。

 ここにも『負け組差別』の意識は存在していたのであった。


 差別閑話休題。




 ニギラ村で奴隷として扱われていた少年は、総督隊の将校を真剣な目で見つめた。


「なあ、本当に毎日メシを喰わせてもらえるのか?」


「ああ本当だ。

 ただし一生懸命働かないと、すぐにこの村に戻されてしまうぞ」


「メシさえ喰わせてもらえれば、いくらでも働くぞ!」


 大尉は微笑んだ。


「そうか」


「な、なあ、連れて行って貰えるのは俺だけか?」


「ん? 他にも連れて行って欲しい奴がいるのか」


「ああ、他に村奴隷仲間が12人いるんだ。

 もしよかったらみんなも連れて行ってくれないかな」


「あのな、もちろん連れて行ってもいいが、そんなにすぐ俺たちを信用してもいいのか?」


「だ、だってさ。

 もし騙されて奴隷として売られても、今とほとんど変わらないだろ。

 だったら、綺麗な服を着ていて麦もたくさん持っているおっちゃんたちと一緒に行った方がまだましだろうからな」


「そうか。

 お前は頭がいいな。

 きっと将来優秀な商人になれるだろう」


 大尉は子供たちを見渡した。


「いいか、誰かに命令されるんじゃあなくって、自分のことは自分で決めるんだ。

 この中で出稼ぎに行きたい者は前に出て来てくれ」


「あ、あの!

 妹も連れて行っていいですか!

 まだ3歳で働けないですけど、その分私が働きますからっ!」


「ああいいぞ」


 12歳ほどに見える少女が妹を抱いて前に出て来た。

 それにつられて10人の子供たちも出て来ている。


「15歳以上の者はいないのか?」


「村奴隷は、成人すると街の奴隷商に売られちまうんでいないんだよ。

 14歳までの子供奴隷は売値が安いけど、15歳になると大分値が上がるからな」


「そうか……」


 大尉は子供たちを見渡した。


「それじゃあお前たち、出稼ぎに行くことは自分で決めたんだな」


 全員が頷いている。

 3歳の子も姉を見て頭を下げていた。


「よし、それじゃあ行こうか」


 村人の1人が声を上げた。


「ま、待ってくれ!

 村奴隷たちは春になったら本当に戻って来るんだろうな!」


「いや?

 行くのもこの子らが自分で決めたことだし、帰って来るのもこの子達次第だな。

 まあ、どう考えてもワイズ総会の待遇の方が遥かに上だから、こんな村には間違いなく戻って来ないだろうが」


「な、なんだと!」

「そ、それじゃあ誰が麦を育てるんだっ!」


「ん? お前たちに決まってるだろう」


「そんな…… 今まで喰わせてやって育てて来たのが無駄になっちまうのか」


「おい。

 ワイズ商会で働いていれば、14歳以下でもメシに加えて日給は銅貨10枚が当たり前だぞ。

 つまり麦5合だ。

 お前たち、それだけの給金を払っていたのか?

 喰いたいだけメシを喰わせていたのか?」


「う……」


「ならばもう十分に元は取ったろう。

 後は自分たちで働け」


「「「 あぅ…… 」」」




 子供たちを連れた行商隊一行は、しばらく林の中を進んで行った。


「商会長さん、この辺りでいいでしょう」


「そうだな。

 おーいお前たち、この馬車の周りに集まってくれ」


「「「 は、はい…… 」」」


「これからワイズ王国に転移するぞ」


「『てんい』ってなんだ?」


「ここからワイズ王国までは馬車でも6週間かかるんだがな。

 魔法の力で一瞬で移動させて貰えるんだよ」


「「「 えっ…… 」」」


「まあ、少しふらつくかもしれないが、目を閉じていれば大丈夫だぞ」


「「「 は、はい…… 」」」


「それじゃあ転移してもらうぞぉ」


 商会長は転移の魔道具の石に触れた。

 途端に景色が変わって、皆は馬車ごと白い大きな建物の前に立っていた。


「すげぇ……」


「それじゃあ大尉さん、後はよろしく」


「商会長さん、ありがとうございました」



 商会長は、これで大型馬車の転移サービスを42回も受けられると思ってご機嫌だった……


 しかも、あの子供たちもワイズ商会の商会員になるのだから、どう考えても今までより格段にいい生活が出来るだろう。


 商会長も子供たちの笑顔を思って幸せな気分になっていたのである……





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