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*** 343 商会移転勧誘 ***

 



 ゲゼルシャフト王国では旧公爵領都と王都に設置された職業紹介所が活動を始めた。

 尚、ゲマインシャフト王国では、年が明けて伯爵家4家を排除してから職業紹介が始まる予定になっている。



 冬の寒さが厳しくなり、各地に積雪も見られるようになった今、多くの者たちが各村や街の避難施設に入居を始めており、一般開放された転移の輪を通って旧領都や王都の職業説明会場に足を運んでいた。


 民たちは、模範村見学会の際に職業紹介所についてや新国法についての簡単な説明も受けているが、ここでは職業別にさらに詳しい説明が行われる予定になっている。


 この日は特に、最近改易されて断絶した元貴族家の関係者が多く集められているようだ。

 当主や嫡男などの幹部はその多くが収監されているため、上は家宰から下は侍従侍女や下男までの雑多な集団である。



 壇上に総督隊の上級将校が立った。


「みなさん本日はようこそ職業説明会にお越しくださいました。

 この説明会では、まず就職までの流れについてご説明致します。

 それから各種職業についての簡単な説明を行い、その後職種に分かれて詳しい説明が行われます。

 みなさんは、そうした職業の中から興味を持たれた業種について説明を聞いて下さい。

 業種によってはワイズ王国の同業種の見学会に行くことも有ります。


 また、この説明会は週に1度、国内3か所で開催されますので、ご興味がある職業についての説明は何度でも聞くことが出来ますし、さらには個別相談の場も設けられますので、そちらもご利用ください。


 それでは就職までの流れについてご説明しましょう。

 まずはみなさんに読み書き計算の検定試験を受けて頂きます」


 どよめきが起きた。


「あ、いえご心配は要りません。

 検定試験には、初級、中級、上級と段階がありますが、その合格認定レベルは軍学校のレベルとほとんど変わりは無いのです。

 したがって、軍学校で学ばれた方は、まず問題なく合格出来るでしょう」


 安堵のため息が広がった。

 この国のほとんどの民は軍に所属した経験があり、その際に軍学校で初歩の読み書き計算を学んでいる。

 例外は貴族家係累者だけだった。



「この職業紹介所が仕事を斡旋出来るのは、初級合格者以上の方だけになります。

 初級資格をお持ちでない方は、ご自分で職を探さなければならないので、出来れば資格を取得為された方がいいでしょう。


 そして、得た資格が中級、上級と上がるにつれて職業の幅が広がります。

 例えば、初級資格の方にご紹介出来る職は、商会の人足、清掃員、厩舎員、工事人足、料理人見習いなどになります。

 このうち料理人見習いは、料理学校の入学試験を受ける必要もありますが。


 中級資格を取得されると、皆さんがご見学された模範村農村に入植出来るようになります。

 また、国営商会の店員や国営交通会社の職員の職もあります。


 そして、上級資格を得られた方は、国の役人になるための文官試験の受験が可能になるのです。

 この文官試験も初級、中級、上級と段階が分かれておりまして、初級職に就きながら学習を続けて中級職や上級職を目指すことも出来ます。

 上級職ともなれば、各省庁の大臣に成れる可能性も出て来ますので、皆さんどうぞ目指してみて下さい。


 また、上級資格を取得された方は、国営商店などで実地の仕事をした後に、各店舗の支配人や、国営学校の教員などになることも出来ます。


 さらに、上級資格者はワイズ王国の『農業・健康学校』への留学も可能になり、この学校を修了して『農業・健康指導員』の資格を得た方は、今後作られる模範農村に於いて村長見習いになることが出来ます。

 見習いとして順調に経験を積めば、将来の村長や代官候補にもなるでしょう。


 以上が職業紹介のおおよその流れになります。

 この後は、大きく分けて商業、農業、運輸業の説明会が開かれますので、各説明会の場所に移動してください」



 会場の皆は席を立ってぞろぞろと移動して行った。


 だが…… 

 その説明会場に後から入り込んで来た者もいたのである。


「ごらぁっ!

 なぜ貴様らは貴族用の部屋を用意していないのだっ!

 不敬罪で無礼打ちにするぞっ!」


「どなたさまですか?」


「そんなことも知らんのかこの賤民めがっ!

 わしはシュピーゲル伯爵家の家宰であるボケナシアス・シュピーゲルぞ!」


「あの、シュピーゲル伯爵家は勅令違反の罪で改易され、一族の皆さんも平民になられましたよね」


「な、なんだとぉっ!

 500年の歴史を持つシュピーゲル家の高貴な血をなんと心得るっ!」


「お気の毒に……

 その500年の貴族の歴史が、当代の当主が盗賊行為を働いたせいで途絶えてしまったのですね」


「こっ、こここ、ここな無礼者めがぁっ!

 無礼打ちにしてくれるわぁっ!」


「いえ、新国法では、例え法衣貴族家の方と雖も不敬罪による無礼打ちは禁じられました。

 もしそのようなことを試みれば、あなたは捕縛されて一生牢で過ごすことになりますよ」


「な、ななな、なんだと……」


「ましてやあなたは今や平民ですからねぇ」


「う、うぅぅぅぅぅぅぅっ……」




「おいっ!

 なぜこの施設には貴族用の部屋が無いのだっ!」


「どちらさまですか?」


「我はムチャブリン・ザイツベルガーであるっ!」


「はて、ザイツベルガー伯爵家は改易されて無くなりましたよね。

 では今は単なるムチャブリンさんですか。

 それで本日はどのような御用でしょうか?」


「な、なんだと……

 な、なぜわしを貴族用の部屋に通さぬかと聞いておるのだっ!」


「この国営職業紹介所には、そもそも貴族用の施設がありません。

 それにあなたも今や平民ですからね。

 特別扱いしないのは当然ですよ」


「な、ななななな……

 そ、それでは特別に許してやるっ!

 早くわしに相応しい職を紹介するよう命じるっ!

 少なくとも配下の下僕が300人はおり、年俸は金貨30枚以上の職だっ!」


「そのような職はありませんね。

 なにしろこの国の宰相閣下ですら、年俸は金貨18枚ですから」


「な、ならば、宰相で許してやる!」


「あの、あなたは読み書き計算の初級資格をお持ちですか?」


「なぜそのようなものが必要なのだっ!」


「読み書きが出来ないと部下の報告書も読めませんよ?」


「そ、そのようなものは、下僕に読み上げさせればいいだろうにっ!」


「その下僕が虚偽を読み上げたらどうします?」


「な、なにっ!」


「宰相閣下やそれに準ずる上級公務員になるためには、読み書きの上級資格を取得したあと、公務員試験にも合格する必要があるのです。

 これも新国法に定められていますね。

 まずは読み書きの資格を得た上で新国法をよく読んで理解し、その後で公務員試験を受けてください」


「よ、読み書きなどは高貴な身には不要であるっ!」


「それはあなたが言っているだけですね。

 この職業紹介所で職を紹介して欲しいのならば、せめて読み書きの初級資格を得てから来てください」


「うぎぎぎぎぎぎぎ……」




 ゲゼル国営商会就職説明会場にて。


「あの、わたくしは平民用の店舗などではなく、お貴族様用の店舗に就職したいのですが、説明会場はどちらなのでしょうか」


「ゲゼル国営商会には貴族用店舗は無いんです」


「えっ……

 そ、それでは貴族家の方はどこでお買い物をされるのでしょうか……」


「平民も訪れる一般用店舗ですね。

 国営商会では出張による外商販売もありませんし」


「そ、そんな……」


「ところであなたは今までどのような仕事をされていたのですか?」


「子爵さまのお邸で侍従長をしていました」


「あなたは国営商会に就職したとして、平民のお客様相手に『いらっしゃいませ』『お買い上げ誠にありがとうございました』と頭を下げながら言えますか?」


「そ、そんな……

 お貴族様でもない平民ごときにそのようなことは言えません!」


「それは残念です。

 読み書きが出来る方が国営商会に就職を希望されるときの最初の試験は、一般の平民の方に頭を下げながらそうした言葉を言えるかどうかなのです。

 あなたは商業には向いていないようなので、農民か荷馬車の御者をお勧めさせて頂きます」


「う、うぅぅぅぅぅぅぅっ……」




「あなたは伯爵邸で侍女をされていたそうですが、国営商会に就職したとして、平民のお客様に頭を下げながら、『いらっしゃいませ』『お買い上げ誠にありがとうございました』と言えますか?」


「伯爵家では、如何なることがあろうとも平民に頭を下げてはならないと教わりました」


「それは残念です。

 国営商会には平民用店舗しかありませんし、店員としてお客様にはご挨拶と御礼を言わねばならないのです」


「そ、それでは貴族家での侍女の職を紹介して下さい」


「この国では18家もの貴族家が改易されて無くなりましたからね。

 残った貴族家も法衣貴族になることで、侍女や侍従を大勢解雇しているのです。

 ですから、新たに募集している侍女の職は無いんですよ」


「それではわたくしはどうしたらいいのでしょうか……」


「いくつかの途があります。

 まずは、あなたも平民なのですから、お店に来てくださった平民の方に御礼を言うのは当然のことだと思えるようになることですね」


「…………」


「それ以外では、努力して読み書きの中級資格を得て模範農村に入って農民になる途があります。

 また、初級資格をお持ちでしたら、料理人見習い試験を受けてみることも出来ますね」


「そ、そうですか……

 それでは考えてみます……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ゲマインシャフト王国で就職説明会が行われていた頃、ワイズ総合商会では各所に掲示が出されていた。


「なんだこりゃ?」


<ワイズ国営総合商会からのお知らせ>


 各商隊の皆さまへ


 商隊本店をワイズ王国に移転されては如何ですか?

 ワイズ王国内に本店を移された商会様の冥加金は、年間金貨1枚になります。

(もう高額の冥加金を母国に払うのは止めましょう!)


 その他特典多数!


<特典例>


・移転される商会の皆さまがご希望された場合、ワイズ王国民になることが可能です。


・本店設備、在庫、人員とそのご家族の移転は、ワイズ総合商会が格安にてお引き受けさせていただきます。


・商会本部、倉庫、商会員の方々とそのご家族の住宅も格安でのご提供!


・本日午後1の刻より、ワイズ総合商会本店会議室にて移転説明会が開催されます。

 本日以降は3日に1度の開催となりますので、ご都合に合わせてご参加くださいませ。


<主催:ワイズ国営ワイズ総合商会  後援:ワイズ王国王宮府>



「なんだと……」


「そうか、商会本店をワイズ王国に移せるのか……」

「冥加金がたったの金貨1枚だと……」

「ワイズ商会に引っ越しを依頼出来るのか……」

「商会本部、倉庫や住居にかかる費用はいくらなのだろうか……」



 12月も中旬になった現在、ワイズ総合商会には多くの行商商会が集まっていた。

 特に北方の国々ではこれから積雪に見舞われる可能性があり、その場合には荷馬車が立ち往生してしまうことも有り得る。

 このため、多くの商会が冬前の最後のひと稼ぎのためにワイズ王国に参集していたのである。


 説明会の会場には100ほどの商会の商会長やその補佐たちが集まっていた。



「みなさま、本日はワイズ王国への本店移転説明会にようこそお集まりくださいました。

 わたくしはこのワイズ総合商会本店の副店長を拝命しておりますワイラス・ブリュンと申します。

 よろしくお願い致します。


 さて、実は私共は、多くの商会さまより本店をワイズ王国内に移したいとのご要望を頂戴しておりまして、このたび王宮府とも相談した上で正式に移転制度を発足させて頂くことになった次第です。


 それではこの制度の具体的な内容をご説明させて頂きましょう。


 まずは、ワイズ王国内に本店所在地を移された場合、その商売に係る冥加金は一律年間金貨1枚になります」


 どよめきと共に何本かの手が挙がった。


「どうぞ」


「あー、従業員1人の小さな商会から100人の従業員を抱える大商会まで、一律に金貨1枚ということか?」


「はい」


「大商会ほど有利だってぇことか……」

「まあ、ワイズ商会のおかげでたんまり儲けさせてもらったから、どの商会も従業員は最低10人はいるだろうがな」


「だが、本店をこの地に構えるとして、土地は貸して貰えるのか?」

「それに建物はあるのか?」


「移転された商会さまの本部や皆さまの住居、それから倉庫や厩などについては、このワイズ商会の南側に新たに造られます商会街にご用意させて頂きます。

 区画は45メートル四方で、『邸宅と厩のみ』『邸宅+従業員宿舎と厩』『+倉庫』などの様々なご要望にお応え出来るでしょう。


 既に商会街の区画整理は終わり、いくつかのモデル住宅も建っておりますので、ご希望の方には後程ご見学会も開催させて頂きますね。

 尚、1区画につき建物付きで金貨1枚で永年貸与の予定でございます」


 またどよめきが起きた。

 アルスでは街内に於ける新築物件などほとんど無いが、もし新築の建物を借りるとすれば、それは到底金貨1枚などでは借りられないだろう。

 通常は年間で金貨10枚、最低でも金貨5枚はかかるはずである。

 それがたったの金貨1枚で事実上ずっと借りられるというのである。


「ただ、残念ながら家具調度はついておりませんので、今お持ちのものをお使いになるか別途ご購入頂くことになります。

 ワイズ商会では新たに家具調度品販売部門を造りましたので、よろしければそちらもご利用くださいませ」



「な、なあ、年額金貨1枚の賃貸ではなく、ずっと貸してもらえるのか?」


「はい。

 ただし、本店の賃貸権の転売などはご遠慮ください。

 もし賃貸物件を手放される際には、当商会による半額での買い取りになります」


「そ、そうか……」





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