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*** 342 兵たちの将来 ***

 


 やや不満げな表情の伯爵が発言した。


「ということは、全てはあのデスレルの奴らめのせいだったということになるのではないでしょうか。

 あ奴らめのせいで、我らには軍を構えること以外の余裕が無かったわけですから」



 ケーニッヒ上級法衣侯爵は、寄子の貴族たちを微笑みながら見渡した。


「本当にそう思うか?」


「も、もちろんです」


「そなたたちも、我らの国が元々は500年前に建国されたシャフト王国という名の国だったことは知っておろう。

 その国は、今の我が国の10分の1ほどの国土しかない国だったのだ。

 それが周囲の地に武力で侵攻し、その地を併呑して今のゲマインシャフト王国とゲゼルシャフト王国を合わせた大国になったわけだな。

 ということは、我らの祖先もデスレルと全くおなじ侵略者だったのだぞ」


「そ、それは祖王陛下や我が祖先に対する侮辱になりますぞ!」


「事実なので仕方が無い」


「なっ……」


「そして約200年前、当時の国王の崩御と共に王子と王弟の間で内乱が起きた。

 その結果シャフト王国は2つに分裂し、ゲマインシャフト王国とゲゼルシャフト王国という2つの国になったわけだ。

 この内乱では、多くの民の血も流されている。


 それからもこの両国の間の戦乱は続いた。

 それぞれがシャフト王朝の正当な後継者であると主張して、お互いを攻め滅ぼそうと戦いを続けていたのだ。

 両国が停戦の上和平を結ぶに至ったのは、50年前からデスレル帝国が侵攻して来たからに過ぎないのだよ。


 つまり、我らの祖先も戦に明け暮れていたせいで、肝心な食料生産は全くと言っていいほど進歩しなかったのだ。

 我らの祖先の行動は、デスレルと全く変わりは無かったということになる」


「「「 ………… 」」」



「話を少し転じてみよう。

 貴卿らは、サウルス平原と言う地をご存じか」


「確か我が国から南東方向に馬で10日ほど行った地であるとか。

 そこには我が国とゲゼルシャフト王国を合わせたほどの土地に、50もの小国が乱立していると聞いております」


「そう、そのサウルス平原の北部には大河が有って、そこから北に向かって斜面が立ち上がり、あのデスレルが撃退された高原の民が住む地に至っている。

 そして、この秋にはそのサウルス平原の地でも不作が広がっていたのだ。

 どの国でも1反当たりの収穫は5斗以下だったらしい。

 我が国と同じだな」


「「「 ………… 」」」


「そこでその小国群では、全ての国が国軍や貴族軍を集めて隣国に略奪に行くことを企てていたそうだ。

 まあ、この大陸の国々の間では在り来たりなことだが。


 だが、その小国群の中でも大河の北側には多くの小さな村々があったのだ。

 それら村々は河沿いの平坦地が少ないせいで、実に東西500キロに渡って点在しているために、国を造れなかったらしいのだが。


 この大河は乾季の冬にしか渡ることが出来ない。

 おかげで、この河沿いの村々はサウルス平原の国々に併呑されることなく存続していたそうだ。

 まあ冬に入って大河の水量が減り、河を渡れるようになると平原の国々が略奪に来るので、その際には斜面を登って避難していたそうだが。


 この河沿いの地には、村々の連絡会のようなものはあるが、王も貴族も軍もいないそうだ。

 そして、この冬が55年ぶりに厳しいものになると知ったダイチ殿が、これら河村連合を訪れて避難所を作ってやったそうなのだよ。


 そのときにダイチ殿が食料を援助してやろうかと申し出たところ、その河村連合の長は『僅かながら麦の蓄えもあるし、河の魚も獲れるので食料はなんとかなる』として謝絶したそうなのだ」


「「「 ………… 」」」



「よいか、サウルス小国群は食糧不足により略奪以外に生き延びる途は無かった。

 つまり隣国の食料を奪ってその地の民を飢え死にさせることでしか自らが生き延びることは出来なかったのだ。

 だが、河村は畑の収穫が半分になっても生き延びられるという。

 この違いは何だと思う?」


「ま、まさか……」


「そう、そのまさかだ。

 小国群と河村の違いは、王と貴族と軍がいるかいないかということだけだ。

 まあ、河村は河に面していて河の食料は得られるが、平原の他の国にも河はあるからな。


 つまり王も貴族も職業軍人も、食料を生産することなくそれを喰い潰しているだけなのだ。

 そして、王や貴族は、自らがいるせいで食料不足になったとは考えもせず、他の者を飢え死に追い込んでまで生き延びようとする者だったのだよ」


「「「 ………… 」」」


「それでダイチ殿は、ますますもってこの中央大陸には王と貴族と軍は不要とご判断為された」


「「「 !!!! 」」」


「かのお方によれば、国が抱えることの出来る職業軍人は、人口の20分の1までが限界だそうだ。

 それ以上になると、略奪や侵略の必要が出て来るらしい」


「「「 ………… 」」」


「故に、対外的な軍備が不要になった今、通常の国軍は大幅に縮小されることになった。

 それでも国内の治安維持のために、国軍は事実上衛兵隊となり、その総数も1000人ほどに縮小される」


「なんと……」


「それでの。

 話はサウルス平原に戻るが、ダイチ殿は僅か7日の間にサウルス50カ国の王族と貴族を全て捕縛されたそうだ。

 また、餓えていた民は、魔法の力で全員ダンジョン国に避難させて食事を与えておられるという」


「な、なんですと……」


「かのお方によれば、これらの国の行動は盗賊団と全く違いは無いとのことだ。

 単にその首領が盗賊団の頭と名乗っているか、王と名乗っているかの違いだけだとな。

 そもそも500年以上前には、このアルス中央大陸の地には平民しかいなかったのだ。

 いてもせいぜい豪族であり、王も貴族もいなかったのだよ」


「なんと……」


「それが武力をもって他者を殺し、あるいは脅して食料その他の財を奪って大きくなって行ったそうだ。

 ということで、我らの祖先はすべからく盗賊団の首領だったのだよ。

 たぶんそのことを内心で恥じていたからこそ、自分たちで勝手に王だの貴族だのという階級を作って名乗り、尊敬すら求め始めたのだ」


「「「 …… 」」」


「諸卿らは貴族には武威が必要と思っているようだが、それも当然だな。

 武威の無い盗賊団など愚かさの極致だからの。

 別の言い方をすれば、自分たち貴族には武威が必要と思うその心こそが、自らを盗賊団と見做していることになる」

 

「「「 !!! 」」」

 

 

「不作のために、サウルス平原ではそれら盗賊国の略奪行動が目に余ることとなった。

 故にかのお方は民のために盗賊と変らぬ王侯貴族を全て捕縛されたのだよ」


「「「 ………… 」」」



「今後は、民たちに腹いっぱい食べさせて英気を養わせた後には、読み書き計算を学ばせ、新農法を教授した上でサウルス平原に農村を作ってやるそうだな。

 現にデスレルとその属国群の民40万は、現在それらを学びつつあり、デスレル平原に新たに造られた模範村に入植を始めようとしている」


「で、ですが、そうした民の中から徒党を組んで武威で他の民を脅し、王や貴族になろうとする者も現れて来るのではないでしょうか」


「それは『暴力による脅迫』という罪になり、盗賊団と変らぬ行動だ。

 おかげでそうしたことを試みた民たち3万人が既にダンジョン国の牢に収監されている」


「えっ……」


「そ、そんなことをしていると、民が全員いなくなってしまうのでは!」


「それでも構わんそうだ」


「「「 !!! 」」」


「なにしろ、かの国の牢はすべて独房だからな。

 罪人同士殺し合うことも出来ん。

 そうして、中央大陸2500万の民のうち、たとえ2400万人が牢に入れられ、子孫を残すことも出来なくなったとしても……

 残りの100万の平和な民が争いの無い地を作り上げてくれればそれでいいそうだ。

 そして、その候補となる争いを知らぬ民は、現在手厚く保護されておられるそうだの」


「「「 ………… 」」」



「もちろん、デスレルの民が入植する地には、ダイチ殿配下の代官が派遣される。

 その税は、統治のための費用として、1反当たり僅か2斗になるそうだ。

 この代官が武威によって民からさらに収奪しようとすれば、ダイチ殿によって捕縛されるだろう」


「あ、あの……

 かのお方は何故にそのようなことを為されているのでしょうか……」



 ケーニッヒ閣下はまた微笑まれた。


「貴殿は夜の空に多くの星が瞬いているのを見たことはあるか」


「は、はあ……」


「あの星々は、全てこのアルスと同じような世界なのだそうだ。

 正確にはあの光っている星はすべて太陽であり、我らのようなヒト族はその周囲を回る暗い星に住んでいるそうなのだが」


「…………」


「あのダイチ殿は、それら星々を束ねる神界により、このアルスを統治するために別の世界から呼ばれた御存在であらせられる」


「「「 !!!!!! 」」」


「その目的は、このアルスから戦乱を無くし、民が寿命以外で死なないようにし、併せて飢えることなく幸福に暮らせるようにすることだそうだ。

 そのためにダイチ殿がお考えになられた最善な方法は、まず王族と貴族を排除することだという」


「「「 !!!!!!!! 」」」


「これでわかったろう。

 貴族としての権勢だのに拘っていると、かのお方に捕縛されて残りの一生を牢で過ごすことになるぞ。

 あのワイズ王国も、既に貴族は全員追放されているであろうに」



「お、お言葉を返すようですが、そのような施策も長くは続けてはいけないでしょう。

 如何にあのお方が若いと言っても、あとせいぜい50年の寿命しかないでしょうに。

 50年経ってあのお方が亡くなれば、この地もまた元通りになるのでは……」


「あのお方が神界の命によりこのアルスの総督になられたとき、同時に5000年の寿命も賜ったそうだ」


「「「 !!!!!! 」」」


「故に今の施策も300年ほどかけてこの地に浸透させていく方針だそうだよ」



「あの……

 我らは法衣貴族となることにより、貴族年金を得た上で家名を残すことも出来るようになりました。

 そのようなことは、かのお方の慈悲だと仰せですか?」


「そうだ。

 紛れもなくかのお方の慈悲である。

 だが、この貴族年金もあと100年しか続かないのだぞ。

 その後に残るものは家名だけかもしらん……」


「な、なぜ我らにはそのような慈悲をかけていただけたのでしょうか」


「それは褒美だそうだ」


「褒美…… でございますか……」


「我らがデスレルに抗してその侵攻を防いだことにより、我が国から南西に位置する多くの国々がデスレルの奴隷とならずに済んだ。

 その褒美だとのことだな」


「「「 ………… 」」」



「ヴェストファーレン伯爵を筆頭に、4伯爵家が借り麦の返済も法衣貴族化にも強く抵抗していると聞きました。

 場合によっては独立や内乱も辞さないと。

 彼らはどうなるのでしょうか……」


「借り麦返済期限である年末までに、返済も法衣貴族化にも同意せずに兵を準備していた場合、貴族位剥奪の上で平民となる」


「それでは内乱が始まるのでしょうか……」

「それまで領兵を維持している必要があるのでは」


「いや、4家とも貴族家に連なる者は全て魔法で追放されるだろう。

 あの伯爵4家は狭い土地に封印されて、それ以外のほとんどの領地は国の直轄地になる。

 その作業は多分数時間で終わり、民の血は1滴も流れないだろうの」


「ま、魔法の力とはそれほどですか……」


「忘れたのか?

 かの御仁とその重臣お二方は、たった3人でデスレル全軍30万を捕縛したのだぞ。

 たかが4000の伯爵連合軍など嵐の中の木の葉のようなものだな」


「「「 ……………… 」」」



「最後になるが、我が法衣侯爵家について述べておこう。

 貴卿らも知っての通り、旧ケーニッヒ侯爵領には1000名の領兵がいた。

 いずれもデスレルとの戦いに於いて主力となった強兵である。


 だが、我が貴族家では元々侍従や侍女の数は少なかったのだ。

 侍従侍女合わせて20名しかおらん。

 そのために我が妻も娘たちも皆炊事が出来る。

 息子たちもだ。

 そして、法衣侯爵となった今、我が家臣団は護衛兵10名と侍従侍女20名の、併せて30名とする」


「「「 !!! 」」」


「法衣国王となられる陛下も同じ30名だ」


「「「 !!!!! 」」」


「そ、そんな……

 領兵を全員解雇するというのですか!」


「領兵が不満の声を上げていませんか!」


 

「諸卿らは領兵に扶持麦をいくら与えていたか」


「う……」


「我が侯爵領では、扶持麦は名目上年2石であった。

 だが度重なる不作によって、1石しか下賜出来なかったのだ。

 領兵や領兵の家族は、それでもデスレルに滅ぼされるよりはましだとして耐え忍んでくれていた。


 だがの、ダイチ殿の思し召しにより、この国には新たに12もの模範村が作られる。

 場合によってはもっとだ。

 そして、今まで現役兵としてデスレルと戦っていた領兵や国軍の兵は、希望すれば全員がこれら模範村に入植出来るのだ。

 この模範村は今までと同じ軍の施設となるが、その入植者の俸給はやはり国法により日に銅貨20枚となる。

 この俸給で麦を買ったとすれば、それは年に9石となるのだぞ」


「「「 !!! 」」」

 

「さらに入植者の働きによって、反当たり5石以上の収穫があった場合には、褒賞として銀貨40枚、麦にして5石が与えられるのだ」


「「「 !!!!! 」」」


「兵たちの暮らしは、今よりも遥かに豊かなものになろうの……

 しかももう戦死の懸念は全く無いのだ。

 我が領兵たちは泣いて喜んでおったぞ。

 これも全てダイチ殿のおかげである」


「「「 ………… 」」」



「それでも我が配下から離れて農民となることを嫌がる兵もいたが。

 彼らには、模範村とは国軍の施設であり、我が領軍から国軍への出向だと言ったところ、納得しておったわ。

 ついでに年に1度、旧ケーニッヒ領で従士・領兵の集まりを催すことにしたために更に安心しておったぞ」


「「「 ……………… 」」」





 全くの余談だが、小説のジャンルには俗に『王朝絵巻』と呼ばれるものがある。

(特に『なろう』では女性に好まれるジャンルのようだ)

 だが考えてみて欲しい。

 その王朝の設立は全て殺戮と脅迫によって為されたものなのである。

 王国や帝国を名乗る以上、当代の王も貴族も皆大量殺人者の子孫なのだ。

 しかも自ら生産は行わず、民の労働の成果を武威で脅して収奪し、宮廷で贅を尽くしながらやれ好きだの嫌いだの惚れたの振られたの言いながら盗賊団内の権力闘争のみを行っているのだ。


 こうしたお話を読むたびに、みんな他人を武力で脅して財を奪い、自ら働かない暮らしに憧れているのかなぁと背筋が寒い思いをするのである……



 


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