*** 339 ビーチク ***
料理学校は順調だった。
まずはあの試食の場に呼ばれた者たちは、捕縛されたゼルゴーたち以外全員が入学を希望した。
その後の人生のキャリアアップになるだけでなく、あの素晴らしい料理を自分で作れるようになるかもしれないからである。
読み書き計算や、各種食材の栄養や、食に起因する各種病については、大地が派遣した『農業・健康指導員』が教えた。
料理の前に体を綺麗にすることや衛生概念については、ワイズ王国のパダン厨房長が教えた。
そうして、各種食材の扱いや下拵えについては、なんと校長であるエルメリア姫殿下が教えて下さったのである。
もちろん料理実習は一代女性男爵であり、名誉大佐でもあるシェフィーちゃんの担当だった。
生徒たちの熱意も最高潮である。
この分なら、3か月後には10人ほどの料理人が誕生し、1年もすれば半数が料理師資格を得ていることだろう。
まもなく街の食堂の店主やその家族を対象に、生徒の2次募集も始まる予定である。
次に大地は高原の地を訪れた。
驚くべきことに積雪は12メートルに達し、南側の城壁の内側には雪庇まで出来始めていた。
最低気温はマイナス35度を記録している。
「シス、ご苦労だが城壁を高さ20メートルまで伸ばしておいてくれ。
15メートルの高さから落ちて来る雪庇はさすがに危険だからな」
(畏まりました)
(あの、ダイチさま。
雪庇が出来ましたらわたくしが収納しておきましょうか?)
「おおストレー、それは助かる。
頼めるか?」
(はい♪)
この城壁増築は高原の民を喜ばせた。
そり遊びの高度差が大きくなった結果、よりスリリングな遊びになったのである。
民たちは毎日美味しいものを食べ、晴れている日はそりで遊び、吹雪いている日には相撲大会や紙芝居上演会を楽しんでいる。
羊たちも、毎日栄養豊富なサイレージを食べまくっていたおかげで丸々と太っていた。
大地はドルジン総攬把を初めとする高原の重鎮たちから要請を受けた。
「これほどまでにダイチ殿の恩を受けておきながら、さらにお願いなど申し上げるのは心苦しいことなのだが。
春になったら、我らに農業を教えては頂けないだろうか。
そうすれば、来年の冬には、せめて我らが作った作物を食べて越冬出来るだろう。
その代わりと言ってはなんだが、取れた作物の半分は税としてダイチ殿にお渡しさせて頂きたいのだ」
「そうか……
それでは少し俺の話を聞いてもらえないだろうか」
「もちろんだ」
大地は高原の首脳部に農業の功罪を説いた。
食料を大量に得られる代わりに飢饉に弱くなること、土地の所有の概念から身分制や軍制などが発生してしまうこと、平原の地が戦に明け暮れているのは農業に頼っているからだということなどである。
「なるほどのぅ。
農業とは食料確保という素晴らしいものの裏に、そのような害悪も抱えていたのか……」
「まあ貴殿らは大丈夫だろう。
だが、50年後100年後の指導者たちのことはわからん。
貴殿らの子孫が、土地を巡って戦をするのは避けたいと思うんだ」
「その通りですの……」
「ですが、ダイチ殿は神界から使徒さまに任じられた結果、数千年ものご寿命を手になされたとか。
ならば、ダイチ殿に監視して頂ければ大丈夫なのではないでしょうか」
「もちろん戦は防げるだろう。
だが、いくら使徒でも民の心の内は強制出来ないんだ。
階級意識や差別意識は心の中の問題だからな」
「なるほど……」
高原の重鎮たちは目に見えて肩を落としていた。
「だが、確かに少しぐらいは畑が有ってもいいか。
春になったら、この越冬場の南に5キロ四方ほどの野菜畑を作ろう。
そして、その畑は高原の民全員のものとすればいい。
そこでの野菜の作り方はもちろん俺の部下が伝授する」
「「「 おお! 」」」
「そこで出来た作物の半分はダイチ殿に税としてお渡しすればよろしいのですな」
「いや、実は俺の国には税は無いんだ。
だから、俺が税を受け取ることは出来ない」
「なんと……」
「その代わり、出来た作物のうち余った分はダンジョン商会に売って欲しい。
適正な値で買い取ることを約束する」
「そ、それでよろしいのですか?」
「もちろんだ。
それから、もし本格的に農業をしてみたいという者がいたら、俺が南の平原に作る農場に働きに行けばいい。
普段は給料制にして、収穫物は分配しよう」
「何から何までありがとうございます……」
(これで高原野菜が手に入るようになるかな。
とくに白菜やキャベツは重量当たり栄養評価でベスト10に入る優良作物だし。
ダンジョン国は赤道に近い分、高原野菜の生育がイマイチだからな。
はは、これで北の海沿いで鶏肉も手に入るようになれば、来年の冬には鍋料理も喰えるようになりそうだ。
ギョーザやお好み焼きもアルスの食材だけで作れそうだな……)
次に大地は北の海の民たちを視察に行った。
既に海氷は湾の入り口に達し、徐々に湾内にも侵入し始めている。
海の民たちは、家財道具を持って越冬施設に引っ越しする一方で、海氷の接岸まで漁を続けていた。
「村長殿、だいぶ寒さが厳しくなってきたが大丈夫か?」
「この程度でしたら問題ありませぬ。
例年の冬と同じでございますからな」
「そうか」
(くっ、それにしても女性陣は相変わらずのぷるんぷるんにぶるんぶるんか……
ここに1週間ほど滞在してたっぷりと鑑賞……
い、いやいやダメだ!
そうだ、古着の中にTシャツがあったぞ!
あれは安いから、女性たち全員にプレゼントしてもいいな……)
こうして大地は『防寒着』と『おっぱい隠し』としてのTシャツを試してもらうことにしたのである。
村長は娘のネレイスちゃんを呼んだ。
そうして、ネレイスちゃんは白いTシャツを着てみたのである。
(し、しまったぁぁぁっ!
ぶ、ブラが無いぃぃぃっ!)
そう、古着には下着は無いのである。
ネレイスちゃんが着たTシャツの胸部には、くっきりはっきりとビーチクが浮き出ていたのだ!
(い、いかん……
こっちの方がハダカよりインパクトがあるかも……
し、色即是空、空即是色……)
「うわぁ♪
ダイチさま! この服とっても暖かいですぅ♪」
ネレイスちゃんは感激のあまり大地に抱き着いて来た。
あの美乳が大地の腹の辺りで潰れている。
(般若波羅蜜多…… 羯帝羯帝波羅羯帝……)
もちろん、いくらTシャツを着せても胸ポチは健在だった。
それどころか、ぷるんぷるんもぶるんぶるんも健在だったのである!
全然関係無いのだが……
以前NHKのMLB放送を見ていた時のことである。
その日はNYのサブウェイ・シリーズの日であり、試合前にレポーターの女の子が、メッツのシティ・スタジアムから地下鉄に乗って試合会場のヤンキースタジアムまでを案内する趣向になっていた。
その娘は日系のハーフらしく、美人な上に実に流暢な日本語を話していた。
『ニューヨーク』とか『ヤンキース』とかいう英語部分だけは完璧な英語の発音である。
さすがNHKだ、美人な上に最高のレポーターを用意したな、と思って見ていたのだが……
(ん?
ま、まさかこの娘…… の、ノーブラだぁぁっ!)
そう、テレビ画面には、Tシャツに浮き出るビーチクどころか乳暈までくっきりと映っていたのであるっ!
何故か私とテレビ画面の距離が1メートルに縮まった。
(そ、そうか、製作は現地製作会社か……
現地ではこれが当たり前の視聴者サービスなのかも……
それにしても大丈夫かよこれ。
なんかハダカよりエッチく見えんぞ。
あー、歩くたびにぶるんぶるんしてるわー)
だが……
次の場面はヤンキースタジアム内のグッズ売り場だったのだが……
その子は季節外れの超分厚いヤンキースのトレーナーを着せられてしまっていたのである!
許すまじヤンキース・トレーナー!!!
(製作現場にはNHKのスタッフもいたのか……
たぶん地下鉄のシーンは撮り直す時間が無かったんだろうな。
それにしても余計な事しやがって……)
許すまじ閑話休題。
大地は北部海岸沿いの村も視察したが、強欲な村長やヒャッハーが全て牢に収容されてしまっているために、こちらも順調だった。
避難施設のハブに設けられたダンジョン商会の支店には、その日も大量の鶏卵が持ち込まれている。
それらはもちろんストレーくんの時間停止倉庫に入れられた上で、クリーンの魔道具によるサルモネラ菌の滅菌も行われていた。
続いて大地はデスレル平原北部の村に行った。
この越冬施設のハブに作られた学校では、その日もたいへんな熱心さで読み書き計算の授業が行われている。
既に1000名近い村人が初級検定をパスし、この分なら春までに全員が中級検定にも合格しそうだという。
大地は安心してアゴラフォビア&ヘリオフォビアの克服訓練を見学に行った。
「おお、ダイチ殿!
われらもかなりの時間広い平原で太陽の光の下にいられるようになりましたぞ!
見ていてくだされ!」
そう言うとグスタフ狩長は新農村の広場に飛び出して行った。
「「「 いーち、にーい、さーん、しー…… ごじゅうっ! 」」」
狩隊のメンバーたちが数を数えている。
計算の授業の成果であった。
狩長がドームに走って飛び込んで来た。
「ぶはーぶはーぶはー。
い、いかがでしょうか、50数える間外にいられましたぞ!」
「さすがは狩長殿だ!」
「今までの新記録だな!」
「な、なぁ狩長、なんで目を瞑っていたんだ?」
「太陽の光が目から体に入って来ないようにしておりましたっ!」
「そ、そうか。
それじゃあなんで息を止めていたんだ?」
「太陽の光が口から体に入って来ないようにするためでありますっ!」
「…………」
(な、なあシス、なんかいい方法無いかな)
(あの、サングラスとマスクを与えてみられたら如何でしょうか)
(まあ害にもならないからやってみるか……
ストレー、サングラスとマスクを50個ずつ出してくれ)
(あ、あの!
サングラスの在庫は、ダンジョン国の大柄で日差しに弱い子供たち用のものしか無いんです!
それも女の子用の!)
(ん?
ヒト族の成人が掛けられるんならそれでいいぞ?)
(そ、それが、残っているものはフレームがピンク色で形もハート型なんです!)
(そ、そそそ、そうか……
で、でも試してみるだけだからそれでもいいぞ……)
(あのっ、マスクの形は普通なんですけど、幼稚園の園児たちのために絵が描いてあるものしか無いんですっ!)
(どんな絵なんだ?)
(ニコちゃんマークの口の部分の絵なんですぅ!)
(…………。
ま、まあいいや、それも出してみてくれ)
(は、はい……)
「なあ狩長、これはサングラスと言って、太陽の光が目から入って来ないようにするための道具なんだ……」
「「「 おおっ! 」」」
「それからこれはマスクと言って、おなじく太陽の光が口から入って来ないようにするためのものなんだよ……」
「「「 おおおおおっ! 」」」
「なるほど! 口の絵が描いてありますが、きっちり閉じた口ですな!」
「そ、そうだな。
た、試しにこれを着けて外に出て、目を開いて呼吸もしてみてくれないか?」
「そ、そんな素晴らしいものをお与え下さるとは!
畏まりました! 勇気を振り絞ってやってみましょう!」
サングラスとマスクを着けたグスタフ狩長が外に出た。
目をかっと見開き、ぶはーぶはーと息をしている。
拳は固く握りしめられていて、脚は生まれたての小鹿のように震えていた。
だが、狩長は部下たちが100まで数える間、耐えきったのである。
その後はふらふらとドームに戻って来てその場に倒れ伏していた。
「だ、ダイチ殿……
あ、ありがとうございました……
この『さんぐらす』と『ますく』のおかげで、太陽の光は体に入り込んで来ませんでした……」
「「「 おおっ! 」」」
(いつも入って来てねぇよ……)
「そ、そうか、よかったな」
「皆の者!
この恩寵品を使って更なる特訓を行うのだっ!」
「「「 おおおおお―――っ! 」」」
(まあこれでいいか……
それにしてもピンクのハート型グラサンとニコちゃんの口が描かれたマスク姿で働く厳ついおっさんたち……
なんてシュールなんだ……)
そう、これこそが、その後1500年に渡ってアルスに於けるメガネの全てがハート形になり、マスクの全てにニコちゃんの口が描かれていることになった発端だったのであるっ!
そして覚えておられるだろうか。
高原の民にとってハート型とは『子作り』を意味している。
数十年後、初めてこの地を訪れた高原の民は、ここの農民たちを色情狂だとカン違いし、特に女性たちは森の男たちから逃げ回っていたのであった……




