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*** 338 反逆罪 ***

 


 大地はまた厨房部員たちを見渡した。


「それから、行軍訓練の後などに、夜中に脚が攣って目が覚めてしまうことがありますでしょう」


 大勢の厨房員たちが頷いている。


「あれは体内の水分と塩分が足りないことを知らせてくれる危険信号なんです。

 ですから、塩を舐めて水を飲むとすぐ収まりますよ」


「そうだったのか……」



「さて、次はラーメンとチャーハンを試してみて下さい」


 各人の前に小さな丼に入ったラーメンとチャーハンが出て来た。


 ワイズ王国の料理人以外はそれらを口にするたびに盛大に硬直している。


「な、なんだこれは!」

「なんでこんなに旨いんだっ!」


「ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の国王陛下と大将軍閣下は頻繁に模範村に視察に行かれていることと思います。

 ここだけの話、実はみなさまこのラーメンが大好物でいらっしゃいましてね。

 視察の理由の半分は、模範村でラーメンを食べられることだったんです」



 ゲゼルシャフト王国の侍女が声を出した。


「あ、あのっ!

 ここの料理学校で学べば、わたしたちにもこの『らあめん』が作れるようになるのでしょうか!」


「ええ、作れます。

 ただし、このラーメンのスープは、最上級料理師が作ったものでして、これと同じものを皆さんが1から作れるようになるには半年はかかります。

 新たな味のものを開発するには5年や10年はかかるでしょう。

 ですが、このスープの素はこの学校の卒業生ならば手に入れられますので、ラーメンそのものを作れるようになるには3か月で十分ですね」


「そ、そうすれば陛下にも大将軍閣下にも、王城で『らあめん』を召し上がっていただくことが出来るようになるんですね……」


「ええ、みなさま大いにお喜びになられるでしょう」


「あ、ありがとうございますっ!」



「それでは今日の試食会の主餐とデザートの前に、口直しを召し上がって頂きましょうか」


 各人の前に小ぶりのガラス鉢に入ったかき氷が出て来た。


「こ、これは……」


「砕いた氷の上に、イチゴという果物を潰したものと、羊の乳に砂糖を混ぜたものをかけたものです。

 そうですね、『練乳いちごかき氷』とでも名付けましょうか」


「なんだこれは……」

「あ、甘くて冷たくて旨いっ!」

「口の中が洗われるようだ……」


「今は季節外れですが、来年の夏にこれを出したら王城の皆さんも喜ばれるのではないでしょうか」


「で、ですが、夏に氷などと……」


「今高原の地では雪が10メートル以上も積もっています。

 そのために箱に水を入れて外に置いておくと、一晩で凍ります。

 今その氷を氷室に入れて溜めていますので、夏でもこのかき氷は作れますよ。

 エールも冷やして出したら皆喜ぶでしょうね」


「す、すごい……」



「さあ、それでは最後の料理をお出ししましょうか。

 予め申し上げておきますが、この料理は固めに炊いた麦粥の上に、あの泥魚を焼いたものを乗せたものです」


「なんだと若造っ!

 俺たちにあんな不味いものを喰わせるというのかっ!」


 どうやらゼルゴー料理長は、あらゆる機会を利用して大地にイチャモンを付けたいらしい。

 そうすることでマウントを取ろうとしているのだろう。

 現代日本でも、実力も威厳も無い中間管理職が部下に対してよく試みる行為である。



「ははは、あの魚を不味いなどと言うのは、シロウト丸出しの発言ですねぇ。

 専門家として料理を作っている方の言い分とは思えません」


「な、なんだとぉっ!」


「まあ食べてみて下さい。

 料理人とは、軍人と違って勤続年数ではなく、その腕のみで評価されるべき職ですので」


「ぬがががが……」



「うっ、旨いぃぃっ!」

「旨い旨い旨いっ!」

「こ、これがあの泥魚……」

「これが『料理』……」

「す、凄まじい腕だ……」

「これが最上級料理師の料理……」

「こ、このスープがまた旨ぃっ!」

「す、すげぇ……」



「残念ながらこの鰻丼という料理を作れるのは、今のところその最上級料理師1人しかいません。

 また、その泥魚に塗ってあるタレは特別なものでして、これを作るにはさらに難しい技術を必要とします。

 そうですね、毎日練習しても、多少なりともまともな鰻丼を作れるようになるには5年はかかるでしょう」


「あ、あのっ!

 おいらみたいな若い奴でも、5年頑張ればこんな旨い物を作れるようになりますか!」


「ええ、誰も作ったことが無い料理ですから、若い方も厨房員生活40年の方も、出発点は同じですからね」


「あ、ありがとうございますっ!」



「それでは最後にお茶とデザートをお出ししましょう。

 デザートとは食後に食べる甘い菓子や果物のことですが、今日のデザートの名前は『プリン・ア・ラ・モード』と言います」



「なんと美しい……」

「これはなんだろう」


「まあ食べてみて下さい」


 皆恐る恐るデザートを口にした。


「「「「 !!!!!! 」」」」



 やはり皆無言でスプーンを口に運んでいる。

 若い子たちは涙目になっていた。



(ダイチさま、ただいまアマーゲ閣下より連絡が入りまして、捜査、逮捕、尋問とも全て終了し、証拠も揃ったそうでございます)


(シス、ありがとう)



「それでは、本日の素晴らしい料理を作って下さった、最上級料理師の方をご紹介させて頂きましょう。

 この方には、もちろんこの料理学校の最高主任講師を務めて頂きます。

 つまり、あなた方はこの方から料理の技術を学ぶことになります。

 シェフィーさん、立ち上がって皆さんに御顔をよく見せてあげてくださいますか」


「はい。

 シェフィーと申します、みなさんよろしくお願い致します」


 シェフィーちゃんはぺこりと頭を下げた。



 ワイズ王国の厨房長を初めとする厨房員たちが、立ち上がって盛大な拍手を始めた。

 彼らは、大地のことを料理の神だと思っているが、シェフィーちゃんのことはその第1の使徒だと思って尊崇している。


 一方で、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国から来た厨房員たちは完全に固まっていた。

 なにしろシェフィーちゃんは見た目12歳ほどの子供なのである。


 いや、ゲマインシャフト王国のビスケル厨房長が立ち上がって笑顔で拍手を始めると、その場のほぼ全員が立ち上がってそれに倣った。

 見事なスタンディング・オベーションである。


 真っ赤な顔に青筋を浮かべたまま座っているのは、ゼルゴー厨房長とその配下の副厨房長たちだけだった。



 シェフィーちゃんが座るとようやく拍手が下火になってきた。


「次にご紹介申し上げるのは、この料理学校の学校長になられる方です。

 この方は、パダン厨房長さんと並んで料理師資格まであと一歩のところまで来ていますね。

 特にその素材を見極める目と舌は素晴らしいものがあり、シェフィー最上級料理師さまの1番弟子になります。

 それではメリアさん、お立ちになられて皆さまに御顔を見せてあげてください」


「メリアと申します。

 このたびこの料理学校の学校長を拝命させて頂きました。

 皆さまよろしくお願い申し上げます」



 またもや最初はワイズ王国の厨房員たちが立ち上がり、盛大な拍手を始めた。

 他の国の厨房員たちも一瞬呆然とした後は、すぐに立ち上がって拍手に参加している。


 ゼルゴー厨房長たちは、さらに顔を真っ赤にして額は青筋だらけになっていた。



「おい若造っ!

 下らねぇ冗談カマしてるんじゃねぇっ!

 厨房はメスガキどもの遊び場じゃあねぇんだっ!」


「おやおや、厨房の序列こそはその腕だけで決まるんですよ。

 そうですね、その腕を軍の階級に例えてみましょうか。

 このシェフィー最上級料理師さんの腕を大将軍とすれば、ゼルゴー厨房長さんの腕は二等兵ですかね。

 いやそこいら辺の洟を垂らしたガキ並でしょうかぁ」


「な、ななな、なんだとこの野郎ぉぉっ!」


「今召し上がった料理と、先程の塩粥を比べてみれば、その差は一目瞭然でしょうに。

 そんな実力の違いもわからないほど、あなたには料理がわかっていないということですねぇ♪」


「き、貴様チンピラの分際でこの俺を、ゲゼルシャフト王国王城の厨房長にして予備役大尉のこのゼルゴーさまをそこまで侮辱するか……

 覚悟は出来てるんだろうなぁ!

 これは外交問題になるぞぉっ!」


「おいジジイ」


「ジ……

 な、なんだとぉぉぉ―――っ!」


「ジジイで悪けりゃクソジジイか?」


「なっ……」


「おいクソジジイ、お前ぇ不思議には思わんかったんか?

 お前ぇたちは『貴族病』と『亜鉛不足病』に罹ってるって教えてやったなぁ。

 だが、『慢性アルコール中毒』の話は出てなかったろうが。

 お前ぇたちゃ、この病のせいでそろそろおっ死ぬんだぞぉ」


「あぅ……」


「もう手足が震えて、何もないところに虫が這いずり回る幻覚が見えているだろう。

 それはこの病の末期症状だ。

 もう手遅れだな」


「あぅあぅ……」


「この病はな、それこそ何年にも渡って毎日毎日それこそ浴びるように酒を飲んでたときに罹る病だ。

 なんでお前ぇたちみてぇな貧乏人がそこまで酒を飲めたんだぁ?」


「そ、そそそ、そのように酒を飲んでいたことはないっ!」


「それからなぁ、お前ぇたちは今朝突然城の衛兵長に言われてここに来ただろう。

 お前たち以外の全員は、3日前にここに来ることを知らされていたんだぜぇ。

 なんでお前ぇたちには知らされなかったかまぁだわからんか?」


「し、知るかそんなこと!」


「やっぱ悪党は頭も悪りぃな」


「な、なんだと!」


「お前ら厨房横の食糧庫を改造して、『士官室』とか言って自分たちの溜まり場にしてたろうが」


「そ、それの何が悪いんだ!

 軍に士官室があるのは当たり前だろうっ!」


「お前ぇたちはその士官室とやらで、自分たちだけの料理を作っていたよな。

 城の職員には麦の全粒で作った粥を出してたくせに、自分たちだけは脱稃した白い麦の胚乳で作った粥を」


「それもどこが悪いっ!

 士官が兵よりいいものを食べるのは常識だろうがっ!」


「お前ぇたちが『亜鉛不足病』と『貴族病』に罹っていたのは、その麦の胚乳粥しか喰っていなかったからだ。

 その2つの病気を治す特効薬は、お前ぇたちが捨てていた麦の殻と胚芽にしか含まれていねぇからな」


(他にも亜鉛は牡蠣やら肉やらにも含まれてるけど、こいつらそんなもん喰ったことないだろうし)


「ぇっ……」


「つまりだ。

 お前ぇは、自分で勝手に白い麦粥だけを喰ってたせいで病に罹り、それであの酷ぇ塩粥を城の連中に喰わせてたんだよ。

 そこんとこわかってんのかぁ?」


「そ、それは単なる過失だ……

 し、知らなかっただけだ!」


「ははは。

 それに、お前ぇたちが毎日浴びるように飲んでた酒は、お前ぇが必要な食料を過大に申告して得たものだろう。

 出入りのロペス商会とツルんで、実際に納入される食料よりも5割も多い分のカネを払い、その差額で酒も納入させてたんだろうが」


「し、食料の量を申告するのは厨房部だが、実際に買って金を払うのは資材調達部だ!

 そ、そんなことが出来るわけはなかろうっ!」


「資材調達部長のバゴンは、お前ぇと同じ村の出身で、軍への入隊も同期だったそうだな」


「!!!!」


「過大申告した分のカネと酒はバゴンと折半してたんだろ」


「な、ななな、なんの証拠があって……」


「まぁだわからんか。

 今朝突然集合させてここに来させたのは、お前ぇたちに証拠を隠させないようにするためだろうに」


「「「「 !!!!!! 」」」」



「王城の衛兵隊がその士官室とやらを捜索して証拠を見つけたそうだ。

 ついでにバゴンとロペス商会長も衛兵隊に捕縛されて、アマーゲ閣下の前で全てを白状したそうだな。

 お前ぇに唆されて横領に参加したってな」


「げえぇぇぇっ!」


「これでお前ぇたちは軍籍剥奪の上、王城の牢獄入りだ」


「お、俺は予備役としてまだ軍に籍がある!

 そ、そそそ、そのようなこと、軍が許すとでも思っているのか!

 コトを明るみに出さないためにも、必ずや隠蔽に力を貸してくれるはずだ!」



「あーあ、やっぱ阿呆だわお前ぇ」


「な、なんだと……」


「お前ぇたちの罪状は、国王陛下に対する反逆罪・・・なんだぞ。

 なにしろ陛下のカネを盗んで酒に換えて飲んじまってたんだからな」


「げぇぇぇぇぇぇ―――っ!」


「軍が最も嫌う罪は反逆罪だろうが。

 お前ぇを庇ってくれるような奴なんざぁ、もうどこにもいねぇぞ」


「あ、あぅぅぅぅぅぅっ……」


「まあ今回は特別に『不敬罪』だけは許してやろうか」


「……あ?……」



「お前ぇがメスガキ呼ばわりしたこちらのシェフィーさまは、ワイズ王国、ゲゼルシャフト王国、ゲマインシャフト王国3カ国の国王陛下から正式に叙爵された一代女性男爵(バロネス)閣下だぞ」


「「「「「 うげぇぇぇぇぇっ!!! 」」」」」


 ゼルゴーたちだけでなく、その場の全員が仰け反った。



「ついでに3カ国からはその功績を称えられて、軍の『名誉大佐』に任命もされてるな」


「「「「「 ずげぇぇぇぇぇっ!!! 」」」」」



「そして同じくメスガキ呼ばわりしたこちらのメリアさんの本名は、エルメリア・フォン・ワイズ、つまりこのワイズ王国の王女殿下だ。

 因みに王位継承順位は第2位な♪」


「「「「「 ふんげぇぇぇぇぇ―――っ!!!!!! 」」」」」


 ワイズ王国の者たちだけはうんうんと頷いている。



「この悪党共は帰国と同時に捕縛投獄される。

 最低でも15年は牢の中だろう。

 主犯のゼルゴーは終身刑だろうがな」


「「 !! 」」


「だが安心しろ。

 牢獄のメシはお前らが作っていたモノよりは遥かに栄養豊富だから、貴族病と亜鉛不足病は3月ほどで治るだろう。

 それに牢では絶対に酒は出ないからな」


「「 !!! 」」


「よって慢性アルコール中毒で死ぬことも無い。

 ただ、禁断症状は地獄の苦しみだそうだからせいぜい頑張って寿命まで生きるように」


「「 あうぅぅぅぅぅ―――っ 」」



「ということでゲゼルシャフト王国の厨房部員諸君。これからは安心して働けるぞ」


「「「 は、はいぃぃぃぃぃ――っ! 」」」




「あの、ダイチさま。

 わたくしにも発言させて頂いてよろしいでしょうか……」


「もちろんですよエルメリア姫殿下」


「あなたが若造とかこの野郎とかチンピラなどとお呼びになられていたこちらのダイチさまは、そもそもはダンジョン国という超大国の国家代表でいらっしゃいます。

 まあ我々の国で言うところの国王陛下ですね」


「「「「「 ずどげぇぇぇぇ―――っ!!! 」」」」」



「ダイチさまがひとことお命じになられれば、35万の民が一斉に動きますし、国の石高は100万石に達しています」


「「「「「 どんげぇぇぇぇぇ―――っ!!!!!! 」」」」」



「さらにわたくしの命の恩人でもあり、大尊敬するお料理のお師匠さまでもあります。

 また、ここにいらっしゃる皆さんの国3カ国の国王陛下や大将軍閣下の御友人でもあり、国政最高顧問でもあらせられますね♪」


「「「「「 ずどどどんげぇぇぇぇぇぇぇ―――っ!!!!!! 」」」」」



「そして、この御方さまが民を虐げていた国王と貴族の国を亡ぼされた数は56カ国、それらによってお救いになられた民の数は400万人を超えています。

 もちろん、あのデスレル帝国を部下の方たったお2人とで滅ぼされた大英雄将軍でもあらせられるんですよ♡」


「「「「「 ………(ぁぅ)……… 」」」」」



 微笑むワイズ王国の厨房員たちを除くその場の全員が、白目になって倒れていたそうな……



 そっかー。

 大地クンは、肩書と実績を羅列すると、こんなにガクブルな奴だったんだー。

(棒読み)





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