*** 329 骨曲がり病 ***
大地は森の村の村長に向き直った。
「それで村長殿、越冬場への入り口はどこに作ろうか」
「入り口、でございますか?」
「直径10メートルほどの丸い建物を造って、その中の扉と越冬場を魔法で繋げるんだ。
どうする?
ここに作るか? それとも村の中に作るか?」
「グロリアスや、そなたはどう思うか」
「村の中央広場に造って頂くのがよろしいかと。
さすれば家財道具を持っての移動も楽になりましょう」
「そうか。
それでは村の広場にお願い出来ますでしょうか」
「わかった、案内してくれ」
(ほう、村の周囲はやはり棘のある植物で固めてあるんだな。
村の外に出る道も迷路みたいに作ってあるのか……)
村の家々は、やはり石と粘土で壁が作られていた。
屋根は木の枝を組み合わせたものに樹皮が張り付けてある。
(これじゃあ50センチ以上の積雪には耐えられないだろうな……
それにしても村の中も大きな木が多いな。
上方も樹冠に覆われていてほとんど日光が下に届いてないし。
広場とか言っても狭い上にほとんど日陰じゃないか……)
多くの村人たちが建物の陰から村長一行を見ていた。
村人はやはりO脚やX脚の者が多く、軽度のくる病の者も目立ち、ほとんどの老人の腰も曲がっている。
いや、腰の曲がっている者も、よく見れば50歳前後の年齢に見える。
可哀そうに酷いO脚になっている幼児もいた。
(これはやはりビタミンD欠乏症だな……)
「よろしければこの広場に『入り口』を造って頂けませんでしょうか」
「わかった」
大地が手を挙げると、その場に直径10メートルほどのドームが出来て行った。
入り口は頑丈そうな板で作られており、その上には屋根もついている。
村長や村人たちの口が開いていた。
四阿を造るところを見ていたグロリアス狩長だけがドヤ顔になっている。
大地に先導されて村長たちがドームに入った。
「それじゃあ越冬場に案内するが、その前に。
試しに皆、治癒の光を浴びてみないか。
骨が曲がっているのが治るかもしれないぞ」
「『ちゆのひかり』ですか?」
「まあ効果が無くても害にはならないからやってみようか」
「は、はい」
(念のため治癒系光魔法レベル9を使ってみよう……)
ドームの中が強烈な光に満たされた。
村長たちは皆目を手で覆ってその場に座り込んでいる。
(お、上手くいったようだな)
「さてみんな、立ってみてくれ」
「お、おお! こ、腰が伸びているっ!」
「あ、脚が真っすぐになった!」
「せ、背中が真っすぐに!」
「みんな治ってよかったな。
骨が曲がっていたのは、骨軟化症や骨粗鬆症と言って病気の一種なんだよ。
特にビタミンDというものが足りないと起きる病気なんだ」
その場の全員が平伏した。
「わ、われらの骨曲がり病を治してくださいまして、まことに、まことにありがとうございましたぁっ!」
「ま、まあ治ってよかったな。
それでな、この骨曲がり病はビタミンDの不足から来る病なんだが、グロリアス狩長」
「は、はい!」
「貴殿はあまり骨が曲がっていなかったが、ひょっとしてキクラゲをよく食べていたのか?」
「はい、キクラゲはあのヌルヌルした感触のせいであまり好まれないのですが、乾燥させれば日持ちがします。
それに我が家では父親がよく食べていたもので、子供のころからいつも食卓に出ていました」
「やはりそうか。
あのキクラゲにはビタミンDがたっぷり含まれていてな。
乾燥キクラゲ20グラム、掌に乗るほどの量で1日に必要なビタミンDを摂れるんだ。
そうしてビタミンDは骨曲がりを防いでくれるんだよ」
「なんと! そうだったのですな!」
「それからもうひとつ、ビタミンDは、日の光に当たることでヒトの皮膚でも造られるんだ」
「「「 えっ…… 」」」
(欧州なんかのキリスト教圏では、キクラゲは『ユダの耳』って呼ばれててほとんど食べられていないんだよな。
裏切り者のユダが首を吊ったトネリコの木に生えて来たっていう伝承があるせいで。
あれだけ日光浴信仰を持つ連中だったら、もっとキクラゲ食べればいいのに……)
「と、ところでダイチさま、あ、あの骨曲がりを治す光を、も、もしもよろしければ村人にも……
せめて子供たちだけでも……」
(はは、俺の呼び方が様呼びになったか)
「もちろん後で村人全員に浴びてもらおうか」
「あ、あああ、ありがとうございますぅ――っ」
あー、村長泣いちゃったよ。
これだけまともな指導者層だったら大丈夫そうだな……
「さて、それでは越冬施設を案内しようか。
俺について来てくれ」
ドームの中の扉を潜った先は自然環境ダンジョンの中央部にある小さなドームだった。
「ん? どうしたみんな。
なんで外に出てこないんだ?」
「も、申し訳ありませぬ……」
「こ、このように広い場所……」
「し、しかも日の光がこんなに……」
(あー、こいつら広場恐怖症だけじゃなくって、日光恐怖症まで持ってるのかよ。
このままじゃあ農業なんて出来ねぇぞぉ……
シス、空を曇天に出来るか)
(はい)
「どうだ?
日の光を結構減らしてみたが……」
「すっ、すみませぬっ!」
「まだ広くて恐ろしいですっ!」
(シス、空いたスペースに栗の木を移植してくれ。
なるべく大きなやつな)
(はい)
あちこちのスペースに大きな穴が開いていった。
すぐにその場に栗の巨木が現れて根が土で埋められていっている。
「これでどうだ?」
「こ、これならばなんとか……」
「なあ村長、グロリアス狩長。
村の民の平均寿命は何歳ぐらいだ?」
「は、はい、50歳ほどでございます。
60歳まで生きる者はほとんどおりません」
(やっぱりそんなもんか)
「あのな、キクラゲを食べるだけでなく、日の光に当たってビタミンD欠乏症を治すと寿命も延びるぞ」
「「「 えっ…… 」」」
「すぐには無理だが、10年もすれば村人はみんな60歳までは生きられるようになるだろう」
「そ、そそそ、そうなのですか?」
「それにな、俺が治癒の光で骨曲がりを治しても、今のような生活を続けていれば、またすぐ骨は曲がり始めるだろう。
だからこれを機に少し生活を変えた方がいいんじゃないかな」
「は、はい……」
大地は1時間ほどかけて越冬場の中を案内して行った。
村長一行は全ての施設に驚愕していたが、やはり驚いたのは食料倉庫だったようだ。
「こ、こここ、これが全部食料なのですかの……」
「そうだ、主に小麦とその他の穀物になる」
「たいへんな財産ですの……」
「たった200石だろ、大したことはないぞ。
その他の食材は厨房にある転移の輪で届けられる。
ここで越冬している間は1日2回の食事は保証するし、しかも食べ放題だ。
ただし、倉庫や食堂から家に食料を持ち帰って溜め込むのはやめてくれ」
「は、はい。
ところで、これほどまでのご厚意の返礼として、我らは農業をすればよろしいのですな」
「いや、その前にいくつか大事な仕事がある」
「なんでもご指示くだされ。
こんな素晴らしい施設で越冬させていただければ、村人は誰一人として死なずに済みますので」
「それではまず、村に帰って村人たちの骨曲がり病を治そうか」
「あ、ありがとうございます……」
「このドームだと村人全員は入れないな。
シス、ドームを直径20メートルに広げてくれ。
邪魔な木は少しどけるように」
(はい)
その場のドームが消え、木が2本ほどずずずと音をたててどけられていった。
すぐに直径20メートルのドームが作られている。
「さて、村人を全員この中に集めてくれ。
あの光は狭い室内の方が効果があるんでな」
「「「 はっ! 」」」
すぐにドーム内に村人が集められた。
「それではこれより皆の骨曲がり病を治療する。
立ったままだと倒れるかもしれないので、その場に座ってくれ」
「皆、その場に座って目を閉じるように」
村長が言うと、村人たちは訝しみながらもその場に座った。
「それでは始めよう」
ドーム内に強烈な光が満ちた。
その光が収まると……
「さあみんな立ってみてくれるか」
「あ、ああ…… あ、脚がまっすぐになった!」
「せ、背中も真っすぐになったぞ!」
「ああああ、こ、この子の脚も!」
また村長たちが大地の前に平伏した。
それを見た村人たちもすぐにそれに倣う。
ほとんどの者が泣いており、幼児を抱えた母親は号泣していた。
「ダイチさま、本当にありがとうございました……」
「「「 ありがとうございましたぁ! 」」」
「それに加えてあのような素晴らしい越冬施設と食料まで。
このご恩は我ら生涯忘れませぬ。
どうかこれからも我らをお導きくださいませ……」
「それじゃあ狩り班のみんな、村の人たちを越冬場に案内してあげてくれるか。
村長殿とグロリアス殿は残ってくれ。
これからのことを相談したい」
「「「 はっ! 」」」
大地はドームの隅にテーブルと椅子を出した。
「まず、貴殿たちには村人たちを越冬場に移住させて馴染ませて欲しい。
それが終わったら、この森の中の残り49の村に行って、デスレルが滅んだこと、今年の冬は寒さも雪も酷いものとなることを伝え、俺が村人を越冬させる施設を造るのでそこに避難するよう説得して欲しい。
出来るか?」
「我らはデスレルの馬を狩った際に、余った肉を他の村にも配っておりました。
そのため、全ての村の村長とは知り合いになった上で大変に感謝されております。
説得は充分に出来ましょう」
「それはよかった。
その際には俺の部下が同行し、あの治癒の光を込めた箱を作動させる。
そうすれば、全ての民の骨曲がり病が治るだろう」
「うははぁっ!
あ、ありがとうございまするっ!」
(なんか崇め奉られちゃってるなぁ。
でも、それで避難が順調に進むんならそれでいいか……)
「次に、この村の者は、交代で森に入ってキクラゲを集めること。
キクラゲを手に一掴み毎日食べれば骨曲がり病は再発しにくくなる。
これも他の村に伝えること。
あの食感が嫌いな者には石で粉にしたものを湯に溶いて飲ませてやれ。
特に妊娠したり子に乳をやっている女性には必ずだ」
「ははぁっ! 必ずや仰せの通りにっ!」
「それからだ。
これから一冬かけて、来年の春から農業が出来るよう準備をしてもらいたい。
まずは50の村の避難施設を繋いでハブという大きな場所を作る。
そこに建てる教場で、7歳から50歳までの者全員は読み書き計算を学んでくれ」
「は? 読み書き計算でございますか?」
「そうだ、農業のやり方については俺が本を作っている。
その本を読んで内容を理解出来るようになってもらいたいのだ」
「そ、そのようなこと、我らに出来ますでしょうか……」
「不満か?」
「とっ、ととと、とんでもございませんっ!
命がけで努力致しますっ!」
(別に命かけなくてもいいけど……)
「それからだ。
教場のある場所からは、平原に出る扉も作ろう」
「「「 !!! 」」」
「特に成人は、交代で平原に出て行って広い場所と太陽の光に慣れて欲しい。
なに、春まではたっぷりと時間があるからな。
少しずつ時間をかけて慣らしていけばいいだろう」
「あ、あの……
お言葉に反する気は毛頭無いのですが、何故そのようなことが必要なのか教えて頂けませんでしょうか……」
「まず、諸君にはこれからも食料が必要だ。
だが、森にはもう獲物が少ないしデスレルの馬も来ない。
したがって、食料を得るにはどうしても麦その他を育てていかなければならないのだ。
ここまではわかるな?」
「は、はい」
「そして、麦などが育つためには、太陽の光が絶対に必要になるんだ」
「「 !!!! 」」
「もうわかっただろう。
故に農業は森の中では出来ない。
広い平原で十分に太陽の光が当たる場所が必要になる。
ということは、当然農場で働く者も広くて日の光が当たる場所で働かねばならないということだ」
「あ、あのっ!
も、もしも我らが努力して『ほん』というものを読めるようになり、広い場所で日の光があっても働けるようになったとして……
麦を育てられるようになるものでしょうか!」
「安心しろ。
農場には十分に農業の訓練を積んだ俺の部下を派遣する。
その者の言う通りに動けば、必ずや麦は育つだろう」
「あ、ありがとうございます。
それでは精一杯努力させていただきますです……」




