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*** 328 デスレル平原北部の森の民 ***

 


「ま、待ってくれ!」


 狩り小屋のある木から、するすると男が降りて来た。

 なめし革で作った靴と衣服を身に着け、手も顔も革の面と手袋で覆っている。

 背には弓矢、腰には青銅製の短剣があるが、今は手にしていない。

 どうやら武器を持っていない大地を見て、多少警戒を緩めているようだ。


「な、なんであんたこの毒罠の地で動けるんだ?」


「俺には毒は効かないんだ。

 ということは、やはりここはあんたらが棘のある植物を植えて、その棘に痺れ毒を塗っていたんだな」


「そうか、毒の効かないヒトもいるんだな。

 だがその方向には俺たちの村がある。

 なんのために村に行こうとしているのだ」


「あんたらの村長さんに話を聞いてみたくてな。

 もし村長さんに会わせてくれたら、礼として麦を渡すぞ」


「あ、あんたはデスレルの使いか?」


「いや違う。

 ワイズ王国という国からの使いだ」


「だがしかし、あんたは麦など持っていないだろうが」


「いまここに麦を出そうか」



 大地が地面を指さすと、小麦の2斗入り袋が5つ出て来て積み重なった。


「な、なんでいきなり袋が出て来たんだ!」


「俺の魔法で収納庫から出しただけだ」


「ま、魔法か……」


「挨拶代わりにこの麦は進呈しよう」


「わかった。村長に話をつけてくるから、ここで待っていてくれ。

 だが、流石にこれだけの麦は持って行けないな」


「いや、周りにお仲間が5人いるだろう。

 ひとり一つずつ村に持って行き、あんたが俺を見張っていればいい」


「な、なんで周りに仲間がいることがわかったんだ!」


「これも魔法だ。

 ほら、あそこの木とあの木とあの木の上にもいるだろう。

 それにしても、うまい具合に隠された狩り小屋だな。

 居心地もよさそうだ」


「ふう、魔法って凄いんだな」



 男が指笛を吹くと、あちこちの木から5人の男たちが降りて走って来た。


 指笛の吹き方があるのだろう。

 全員が警戒しているというよりは、急いでいるだけだった。


(うーん、なんかこいつらO脚やX脚が酷いな。

 軽度のくる病を患っている奴もいるし。

 まさかこれってビタミンD欠乏症か?

 あ、そうか、こんなに全身を皮の服で覆ってるせいで日光に当たらないからかも……)



「お前たちはこの麦を持って村に帰れ。

 村長に会合場所まで客人を連れて行くと伝えろ」


「「「 はっ! 」」」


 男たちが麦袋を持って走り始めた。

 全員が異なる方向に去って行ったのはさすがである。



「俺の名はグロリアスという

 狩班の長をしている」


「俺は大地という」


「ダイチはこんなところまで何をしに来たんだ?」


「いくつかの理由があるが、まずはデスレル帝国が滅んだと伝えようかと思ってな」


「な、なんだと……」


 グロリアス狩長は目に見えて肩を落とした。


(なんかすげぇガッカリしてるみたいだぞ?

 なんでだ???)



「なあ、デスレルが滅ぶと困ることでもあるのか?」


「ああ……

 狩りの獲物が激減してしまうからな……」


「どういうことだ?」


「まあ村長との会合場所まで案内するから道々話そうか」


「わかった」




「俺たちは元々この森で主に狩りをして暮らしていたんだ。

 獣道に棘のある草木を植えて、その棘に痺れ毒を塗ってな。

 まあ、あんたには効かなかったが、ボアやウサギにはよく効くんだ。

 ボアの毛皮は固いが、鼻周りの皮膚は柔らかいから」


「弓矢や剣は使わないのか?」


「ウサギは小さくて速いし、ボアは夜しか行動しないからな。

 大昔には弓やナイフを使っていたそうだが、あまり獲物は獲れなかったようだ。

 だが、痺れ毒を使うようになって、随分と狩りの効率も上がったんだよ。

 俺たちは交代で樹の上の狩り小屋に潜んで、獲物が痺れて倒れるのを待っていたんだ。

 この毒は6刻ほどの間獲物を動けなくさせるからな」


「それで獲物が倒れたら樹から降りて来て屠殺していたのか」


「いや、獣道でそれをすると、獲物が近寄らなくなってしまうから、みんなで近くの小川まで引きずって行って屠殺するんだ。

 その方がすぐ肉も冷やせるし」


「なるほど」


「でも今度は肝心の獲物が減ってしまったんだよ。

 それで10年ほど前までは、みんな喰い物が少なくて苦しんでたんだ。

 若い連中や女たちは、頑張って森の草の実や栗や茸を集めてくれていたが。

 でも10年ぐらい前からは、デスレルの連中がたくさんの馬を連れて来てくれるようになったんだ」


連れて来てくれる(・・・・・・・・)???)



「特に金属の鎧を身に着けた奴は必ず馬に乗って来るからなあ。

 そういう馬はすぐに痺れ毒でぶっ倒れるし、上に乗っていた者も落馬した時に棘に触れて痺れてやはり動けなくなるんだ。

 歩いていた連中も同じように痺れて動けなくなってるし。

 それで皆が動けなくなったら、俺たちが降りて行って馬を頂いてたんだ」


「そ、そうだったのか」


「まあ、ついでに服や鎧や剣も貰ってたけどな。

 ほら、俺が持ってるこの弓も剣も、デスレルの連中が持ってたものなんだ」


「ま、まさか……」


「ん? いやヒトは殺さなかったぞ。

 俺たちは食べるもの以外は殺さないんだ。

 ヒトを食べるのは固く禁じられているし」


「そ、そうだったのか……」


「それにしてもあの馬は旨かったなぁ。

 大きいから喰いでもあるし、干し肉にも出来て冬の食料にもなったし。

 しかも背に麦の袋を乗せている奴までいたしな。


 それでこの近くの村の皆も、同じようにして馬を狩るようになったんだけどな。

 でも、デスレルは喰いきれないほど馬を連れて来てくれたんで、もっと奥地の村の連中にも分けてやったんだ。

 みんなから随分感謝されたよ」


「そ、そうか……」


(で、デスレルって、森の民と戦争してたんじゃあなくって、狩られちゃってた(・・・・・・・・)んだ!!!)



「な、なあ、それで痺れて倒れてた連中はどうしたんだ?

 6刻経って動けるようになって逃げようとしても、またすぐに痺れて倒れちゃうだろ?」


「ん?

 馬を連れて来てくれた礼に、痺れ毒の無いところまで引きずっていってやってたぞ。

 さっきの場所の南側に広場があったろ。

 あそこが痺れたヒトの置き場で、あの広場から南側には痺れ罠は無いんだ。

 だからあそこに寝かせておいてやると、しばらくして痺れが抜けてからみんな帰って行くんだよ。

 まあ背中に背負ってた食料は頂いたけど」


「な、なあ、それでも連中があんたたちの格好を見たら、真似をして次は全身を皮で覆って来たりしなかったのか?」


「あの痺れ毒はかなり強力なんでな。

 痺れた奴は、目も見えないし耳も聞こえなくなるんだよ。

 だから誰も俺たちの姿は見てないんじゃないかなぁ」


「そ、そそそ、そうだったのか……」


(あ、そうか、そうやって助けられて逃げ帰った連中のうち、将校連中は奴隷兵に殺されちゃってたのかもしれないな。

 それで死体を隠した後に奴隷兵たちは逃亡してたのかも……

 それに将校が無事逃げ帰っても、大敗した罪ですぐに投獄されて、まるで話を聞いてもらえなかったのかもだ。

 だいたい本人は、なんで動けなくなったのかわからんわけだし、あのデスレルのことだから敗因分析とか全くやっていなかったんだろうしなぁ……)



「さあ着いた、ここが会合場所だ。

 もうすぐ村長も来るだろう。

 済まんが俺たちは余所者を村に入れることはないんだ。

 村の場所も秘密だしな」


「なあ、ここにテーブルと椅子を出してもいいか?」


「そんなことが出来るのか?」


「ああ」


「そ、それなら頼むよ」


「ストレー、ここに大きめの四阿とテーブルと椅子を出してくれ」


(はい)



「うわっ! な、なんだこれはっ!」


「さあ、ここに座って待っていようか。

 茶は飲むか?」


「茶も出せるのか……」



 グロリアス狩り長は、革の面貌を外して寛いだ。

 面の下は40歳ほどに見える穏やかそうな男の顔だった。



 大地たちが茶を飲んでいると、森の中から大柄な老人と先ほどの5人の男たちが出て来た。

 全員が四阿を見て固まっている。


 老人の顔をよく見れば50代前半ほどの歳に見えるが、その腰はかなり曲がり始めていた。



「ダイチ、あちらが村長のクルップだ。

 村長、こちらがダンジョン国からお見えになったダイチだ」


 村長たちも面貌を外した。


「村長のクルップですじゃ……

 まずは挨拶の品忝い」


「ダイチだ。

 まあほんの手土産だから気にしないでくれ」


「と、ところでこの建物はどうされたのですかな」


「俺が魔法で作ったんだ」


「魔法でですか……

 素晴らしいお力ですな」



「それで村長、ダイチ殿から伺ったのだがの。

 あのデスレルは滅んでしまったというのだ」


「な、なんとっ!」


 クルップ村長はその場で地面に手を着いた。

 所謂orzの形である。



「お、おかしいとは思っていたのじゃ……

 毎月のように大量の馬を連れて来てくれたデスレルが、あの食料を貢いでくれたデスレルが……」


(デスレル…… 食料を貢がされていたのか……)


「それが2年前からパタリと来なくなって……

 心配はしていたのじゃが、まさかあれほどまでたくさんの馬を届けてくれたデスレルが滅んでいたとは……」


「そ、それでダイチ、デスレルは何故滅んだんだ?」


「あー、ワイズ王国っていう国に全軍で侵攻したんだがな。

 その国に将兵が全員掴まっちゃって、その罪でデスレル本国の王族も貴族も捕縛されちゃったんだ」


 村長が復活した。


「なんと!

 ということは、デスレルの馬は今はすべてそのワイズ王国というところにいるのですな!」


「ま、まあそうだな……」


「そのワイズ王国の兵は、馬に乗ってこの地に攻めて来てはくれませんかの……」


「いや、あの国は攻められた時は戦うが、自分たちから他所の地を攻めることはないぞ……」


「そ、そんな……

 それでは我らはもう馬は食べられないのですか……」


(ここに来るときは絶対に馬は連れて来ないようにしよう……)



「ま、まあみんな座ってくれるか」


 大地は見るからに落ち込んでいる男たちを茶とサブレでもてなした。



「それで、もうひとつ悪い知らせがあるんだがな。

 今年の冬は酷い寒波に見舞われそうなんだ。

 この森にもけっこうな量の雪が積もるかもしれない」


「こ、この上寒波や雪まで……」


「なあ、あんたたち冬の間の食料や薪は大丈夫か?」


「この通り森の中ですので薪はなんとかなるでしょう。

 ですが、今年の森の恵みはかなり少なかったのですよ。

 栗ですら例年の半分ほどしか実を落としませんでしたし」


(やはり栗に依存してたのか。

 デスレルの襲来はボーナスステージだったんだな)


「我らはもうおしまいです。

 いったい何人の村人が命を落とすやら……

 仕方が無い。

 グロリアスよ、狩長のお前に村長の座を譲ろう……

 村の年寄りは全員で姥捨てに行くこととする」


「「「 そ、村長っ! 」」」


「その代わり子供たちは死なせぬようにな……」


「「「 う、ううぅぅぅぅっ…… 」」」



「ま、待て待てっ!

 クルップ村長、グロリアス狩長、俺の提供する仕事をしてみないか。

 見返りに冬の間の食料を提供する。

 ついでに越冬施設もだ」


「そ、それはどのような仕事ですかの!」


「春になったら、ここから少し南に行った平原で農業をしてみないか?」


(まあ、俺たちが農業指導員を派遣して確り教育すれば、こいつらも農業の弊害に染まりはしないだろう)


「農業ですか、そのようなことはやったことがありませぬ。

 それに我らは身を隠す木の無い平地では恐ろしくて暮らせぬのです」


広場恐怖症アゴラフォビアかよ……)


「村長、あんたさっき姥捨てに行くと言っていたよな。

 死ぬ気になれば何だって出来るんじゃないか」


「そ、それもそうですの」


「それで、あんたの村には何人の村人がいるんだ?」


「300人ほどでございます」


「この辺りの森全体では、いくつぐらいの村があるんだ?

 それから、それぞれの村には何人ぐらいの人がいる?」


「おおよそ50の村がありまして、それぞれの村の人数はやはり300人ほどでございます。

 我らは300人を超えると村を分けていましたので」


(デスレルは、たった1万5000の連中に文字通り喰い物にされてたのか……)



「その近隣の村同士で争ったりすることはあるか?」


「いいえ、ありませぬ。

 我らは元々同じ村から分かれた村ですし、縁戚関係も多いですから。

 それに我らは食べるため以外の殺しはしませんので」


「そうか。

 越冬場は300人用を50か所にするか?

 それとも3つの村が集まった1000人用を15か所にするか?」


「もしよろしければ村単位の300人用であればありがたいかと」


「シス、300人用って確かけっこう作ってあったよな」


(はい、既に200か所ほど造ってあります)


「それ、51か所用意して、1つはハブにしよう。

 50の村とハブを転移の輪で繋げられるようにしておいてくれ。

 ハブには読み書き計算の初級・中級過程用の学校も作ろうか。

 ついでに各村の周囲には栗の木を植えてくれるか」


(畏まりました)


「あ、確か栗って虫媒花で自家受粉出来なかったよな。

 蜂も必要になるか」


(あの、このアルスの栗は風媒花で自家受粉も出来る種のようです)


「それはよかった。

 それじゃあ受粉期には少し風も吹くようにしてやってくれ」


(はい)





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