*** 324 森の村 ***
村長の説明が一区切りついたようだ。
お茶も配られていて、皆が一息つきながら期待を込めた目で大地を見つめており、やや離れた周囲にいる20人ほどの村人たちも大地を見ている。
大地もお茶を頂いた。
(お、これ緑茶に近い味がするな……)
「マルジ村長殿、この村と子村や孫村を合わせて村人は何人ぐらいいるのかな」
「この村には孫村は無いのですが、4か所の子村も合わせますと980名ほどがおりますです」
「そうか。シス、1000人用の避難所はすぐ用意出来るか?」
(はい)
「村長殿、この広場の隅に避難所の入り口を建ててもいいかな」
「も、もちろんでございます……」
「シス、直径20メートルのドームを建てて、それと1000人用避難所を繋げてくれ。
避難所内には養鶏場も頼む」
(はい)
その場にみるみるドーム状の建物が出来ていった。
ガリルたち以外はやはり目が点になっている。
「ソンチョ村長殿たちとガリルたちは、この村の皆さんに越冬施設を見学させてあげてくれ。
マルジ村長殿、出来ればこの村の養鶏場を見せてもらえるかな」
「それではムルジ、こちらのダイチ殿を養鶏場にご案内しなさい」
「はい村長」
養鶏場は森の中を歩いて5分ほどのところにあるようだ。
「ムルジ殿はマルジ村長殿の息子さんなのかな」
「はい」
「ということは、アルセイスちゃんのお父さんか」
「はい、村長にようやく初孫の顔を見せてやれてほっとしています」
(ふーん、ずいぶんと真面目そうな奴だな。
これなら後継者も安泰か……)
「ところで鶏は喰うために飼っているのか?」
「歳を取った鶏は捌いて食べておりますが、主に卵を食べるために飼っております」
「そうか、それで鶏を飼っているのはこの村だけなのかな」
「マルジ村の小村では飼っておりません。
ここ親村だけでございます」
「近隣の別の村は?」
「ほとんどの親村では飼っているようです。
この辺りには昔はたくさんの野生の鶏がいたのですが、冬の食料としてほとんど食べられてしまいまして、今では各村の囲いの中で飼われているものだけになってしまっているのです」
「そうか……」
(中央大陸のヒト族居住地域でイノシシ系の獣がほぼ絶滅しつつあるのと同じだな。
イノシシは穴掘りが得意なせいですぐ脱走するから飼育が難しかったんだろう。
それに、今の住民たちには資源保護なんていう概念は皆無だったろうしな……)
「それで、村人たちは鶏やその卵以外には何を食べているんだ?」
「主に栗やキノコなどの森の恵みです。
春には竹林で筍も採れますし。
あとは海の村の塩や魚と薪を交換していました。
ですが、南の平原の村からもう塩は買い取れないと言われてしまったのですよ。
どうやら彼らもさらに南の民から買い取りを断られたそうでして」
「やはりそうだったのか……
他に森の恵みはあるか?」
「後は、森というよりは木の数が少なく林のようになっている場所では、ソバの実や『むかご』が見つかります」
「『むかご』か……
その下にある自然薯は掘り出さないのか?」
「あの芋は地面深くに生っていまして、掘り出すのが非常に大変なのですが、まあ30センチぐらいは掘り出して食べています。
それも最近ではあまり見つからなくなって来ていますし」
「そうか……」
(もったいないな……
ハンドオーガやシャベルがあれば掘り出せるのに。
シス、ハンドオーガやシャベルは作れるか?)
(シャベルはたくさん作ってあります。
ハンドオーガの大きさは如何致しましょう)
(そうだな、径10センチで長さ1メートル50センチのものを作ってくれ)
(ヒト族が扱うには大き過ぎませんか?)
(シャベルで穴を掘ってから使うから大丈夫だろ)
(なるほど)
(オーガを少し作っておいて、後で村に帰ったら出してくれ。
あとは暇な時に量産しておいてくれるか)
(はい)
養鶏場の前には石と小枝と粘土で作られた小屋があった。
養鶏場そのものも同じような壁で囲まれている。
「ダイチ殿、この皮のズボンを穿いていただけますか」
「ありがとう」
(まあ俺はいくらつつかれても大丈夫だが、好意には甘えておこうか)
養鶏場の中では10歳ほどの男の子が、鶏用らしき容器の水を取り替えていた。
「あ、ムルジ兄ちゃん!」
「やあモルジ、今日はお客人をお連れしたんだ。
暫く鶏舎を見学させてもらうぞ」
「うん!」
大地はムルジと共に養鶏場の中を歩いていた。
「あのモルジはわたしの末の弟で、鶏の世話をさせています。
祖父の代にはここには500羽近い鶏がいたのですが、ここ最近の食料不足で50羽ほどに減ってしまいました。
モルジは随分と鶏たちを可愛がっているのですが、このままでは遠からず鶏たちは死に絶えてしまうでしょう」
「それでは俺が鶏にエサをやっても構わないか?」
「も、もちろんですが、ダイチ殿は鶏のエサをお持ちなのでしょうか」
「持っている。
ストレー、穀物粥の素を餌箱に入れてやってくれ」
(はい)
2つほどある細長い餌箱の中に空中からざらざらと穀物が落ちて来た。
ほぼ全ての鶏が餌箱を見ていたが、すぐに慌てて走って来て猛然と穀物を啄み始めている。
「シス、ダンジョン国でデントコーンって作っていたかな」
(はい、馬人族や牛人族、それから平原の国にいた馬たちが好んで食べるために、ジュンさまのお指図で大量に作り始めています)
「それ鶏が食べやすそうな大きさに砕いて餌箱に入れてやってくれ」
ほとんどの鶏が夢中でエサを食べている中、よたよたと歩いていた雌鶏が、その場でばたりと倒れ、苦しそうに羽をばたつかせている。
「あー、また卵が割れたか……」
ムルジくんは、そう言うと手を水で濡らした後に倒れて苦しんでいる鶏の下へ走って行った。
そうして、慣れた手つきで肛門に手を突っ込むと、中から卵の破片を掻き出し始めたのである。
雌鶏は大人しく為すが儘にされていた。
「さあ、破片は全部掻き出したぞ。
お前も早くエサを食べに行けよ」
雌鶏はよたよたと餌箱に近づいていったが、そのうち猛然と穀物を食べ始めた。
「もともとこの鶏たちの卵の殻は薄く割れやすかったのですが、最近ではさらに薄くなって生む途中で割れてしまうことが多くなってしまったのですよ。
ですから雛も生まれにくく、この村の鶏たちももうおしまいでしょう……」
(うーん、それどう考えても卵の殻の材料不足だよな……)
「ストレー」
(はい!)
「川の村で取った魚のウロコと高原の羊の骨があったよな。
出汁を取った後の奴」
(たくさんございます)
「それを細かく砕いて粉にしてくれ。
それから浜辺でフノリを採って鍋に入れ、茹でてノリを作ってくれるか。
そのノリを使ってウロコ紛や骨粉を8ミリほどの団子にしてくれ。
ああ、周りには粉をつけてくっつかないようにな」
(はい!)
5秒後。
(カルシウム団子が出来ました!)
「早いな!」
(時間停止倉庫で作業しましたので!)
「そ、そうか。
それじゃあカルシウム団子用の餌箱を作って、鶏たちにやってみよう」
(はい!)
穀物の入った餌箱からやや離れたところにカルシウム団子の箱が出て来た。
雄鶏は一口食べた後に興味無さそうに穀物箱に戻って行ったが、雌鶏は違った。
穀物は確かに猛然と食べていたが、今度のカルシウム団子はそれこそ嵐のように食べている。
(すげぇなこの雌鶏たち。
このカルシウム団子を食べれば卵の殻が厚くなって割れなくなるって本能的に理解したんか……
これなら団子に他の穀物を混ぜてやる必要も無いな)
「あの、ダイチ殿。
雌鶏たちが食べているあの白っぽい団子は……」
「あれは魚のウロコや動物の骨をすり潰したものをフノリで固めた団子だ。
卵の殻の原料になるカルシウムという物がたっぷりと含まれているんだよ」
「『かるしうむ』…… ですか……」
「この分だと3日もすれば厚い殻を持った卵が生まれるな。
そうすれば雛もたくさん孵って鶏もすぐに増えるだろう」
「そ、そうなんですか!」
「ところで、この鶏たちの卵なんだが、有精卵と無精卵の区別はつくのか?」
「それはなんですか?」
「有精卵とは、親鳥が暖めているとそのうち雛が孵る卵だ。
無精卵は、いくら暖めていても雛が生まれない卵だな」
モルジくんが大きな声を出した。
「それならわかるよ!」
「ほう、どうやって見分けるんだ?」
「あのね、鶏たちはわかっているみたいなんだ。
だから『ゆうせいらん』はいつも暖めてるけど、『むせいらん』は誰も暖めないんだ」
「そうか、鶏たちは頭がいいんだな」
「でも、たまに『ゆうせいらん』を暖めている雌鶏が餌を食べたり水を飲んだりしに行くんだ。
そのときにうっかり『ゆうせいらん』に触れると、飛んで帰って来ておいらのこと突っつくんだよ。
だから、誰も暖めてない卵でも、しばらく見ていて雌鶏が帰って来ないのを確認してから籠に入れるんだ!」
「そうか、鶏も賢いが、君も賢いな」
「えへへへ……」
モルジくんは世話をしていた鶏たちが元気になったのが嬉しいらしく、ご機嫌だった。
「それでモルジくん、鶏の世話をしているのは君だけなのかな」
「いや、あと6人いておいらが世話の仕方を教えてたんだけど、最近は水を換えてやるだけなんで、おいらひとりで世話をしてたんだ」
「そうか、これからはあっという間に雛が増えるし、エサもやらなきゃなんないからな。
7人全員で作業した方がいいかもだ。
外の道具小屋の隣に倉庫を建てて、エサとこの白い団子を入れておくから毎日鶏にあげてくれ」
「うん!」
「それから、鶏が卵を暖めるのにもっと柔らかい草がたくさんあった方がいいな。
みんなで森から採って来てくれるか。
それからな、冬になって雪が積もり始めたら村のみんなには越冬施設っていうところに避難してもらうんだ。
そこには養鶏場も作ってあるから、俺が鶏たちも避難させるからな」
「わかった!
兄ちゃんどうもありがとう!」
大地と案内役のムルジが村に戻ると、ちょうど村長たちも視察を終えたところだった。
マルジ村長が大地に深く頭を下げている。
「ダイチ殿、素晴らしい越冬施設をありがとうございました。
それにあの膨大な量の食料。
これで我らは冬の間に餓えることはありますまい」
「頭を上げてくれマルジ村長殿。
その代わりと言ってはなんだがいくつか頼みがある」
「なんなりとお申し付けください」
「まずは、この村だけではなく、この辺りの海沿いにある森の村にも同じような避難施設を造っていきたい。
それで俺の部下を連れてそうした村を訪ねて欲しいんだ。
そして、出来ればそうした村の村長も同じように避難勧誘団に巻き込んで、さらに周囲の村々にも越冬施設を造っていきたいのだ。
お願い出来るか」
「この周囲の村々ならば知り合いの村長も多いです。
必ずや皆を説得してみましょう」
「それはありがたい。
勧誘をしてくれた者たちには、日当として日に銅貨20枚も払うのでよろしく頼む」
「そんな、日当などと……」
「そうしたカネがあれば、俺の店で食料も買えるからな。
よろしく頼む」
「はい……」
「シス、この海岸に近い森の村を繋ぐ道路を作ってくれ。
邪魔な木があったらストレーの倉庫に収納して、ダンジョン国で薪にしてもらえ」
(はい)
「それからマルジ村長殿、鶏たちには俺が餌と卵の殻を丈夫にするものを与えて来た。
これからも俺がそれらを供給するから、雛が孵らない卵のうち半分を俺の店に売って欲しい。
そうだな、卵ひとつ当り銅貨1枚払おうか。
少し安いかと思うかもしれないが、エサは俺が負担するので許して欲しい」
「無料でお渡ししてもよろしいですのに……」
「まあ、こういうものは貨幣を通じてやりとりした方がいいんだよ。
将来的には俺からエサを買ってくれるようになれば、その分卵の買取価格は値上げしよう」
「はい……
ありがとうございます」
「ところでこの村では木を切って薪を作っているのかな?」
「あの、木を切り倒すのは大変なので、嵐の後などに落ちている枝を拾って薪にしています」
「そうか、それでは鋸をいくつか渡しておこう。
ストレー、シスが作った鋸を3本出してくれ」
(はい)
「こ、これは…… 金属の道具なのですか?」
「いや、土魔法で作ったものだ。
だから元は石や土だな」
「こんなに硬そうなのに……」
「この道具を貸し出そう。
これならば落ちていた枝を適当な大きさに切るのが楽になるだろう。
竹や細い木なら伐採することも出来るぞ」
「重ねてありがとうございます……」




