*** 321 海のニンフ ***
シスくんが作った竈の上に大型寸胴が出て来た。
ついでに竈の中には保温用に火のついた薪も少し出て来ている。
「さあソンチョ殿、俺たちの食料も試食してみてくれ」
「か、感謝する。
女たちよ、まずは貝掘りをしている子供たちを呼んで来なさい」
「「「 はい 」」」
(ほう、やはり子供たちから先にメシを喰わせるんだな……)
まもなく波打ち際から80人ほどの子供たちが歩いて来た。
どうやら10歳ぐらいまでの子たちらしい。
皆足や唇を紫色にしている。
「やあみんな、俺は大地という者だ。
みんなが獲った魚や貝を買いに来たんだ。
その代わりにみんなに穀物の粥を売ろうと思っているんで、まずは食べてみてくれ。
だが、その前にみんなそこの風呂に入って体を暖めた方がいいな」
「ふろ?」
「そこの大きな箱に湯が張ってあるだろう。
そこに入ると温かいぞ」
「「「 うん! 」」」
子供たちがベストのような服をぽいぽい脱いで、ふんどし姿のまま湯船に入っていった。
「熱っ!」
「本当はそんなに熱い湯じゃあないんだが、みんなの体が冷えているんで熱く感じるんだ。
もっとゆっくり入ってごらん」
「「「 はーい♪ 」」」
「うわー、あったかーい♪」
「お湯に入るなんて初めてだね♪」
「あー、なんか体が柔らかくなってきた♪」
はは、このぐらいの歳だと男の子も女の子も見分けがつかんな。
みんな髪の毛長いし。
それにしてもほとんど金髪か銀髪か茶髪か。
目の色は青だの灰色だの薄い赤だのいろいろだな。
みんな美形で日に焼けてて健康的だわ。
「ご婦人方、子供たちが暖まったら、この穀物粥を食べさせてやってください。
このレードルで掬ってこの器に入れて。
食べるときはこのスプーンで」
「「「 はい、ありがとうございます♪ 」」」
しばらくすると、もう少し年長の子供たちがウニやホタテやカキが入った竹籠を持って海から上がって来た。
みんなベストを持って漁獲物を岩場の生け簀に入れ、炊事場に歩いて来ている。
(みなさんベスト着ないんですね……
濡れるのが嫌なんでしょうか。
あー、なんかぷるんぷるんしてるよ。
何がとは言わないけど……)
年長の子供たちもご婦人方に言われて湯船に入っていった。
「あー、温かい♡」
「お湯に入るなんてすっごい贅沢だね♪」
「気持ちい~い♡」
一方で小さな子供たちは……
「なにこれすっごい美味しいっ!」
「美味しいねぇ♪」
「あー、体が温まるぅ♪」
年長の子供たちが風呂から上がって食事を始めると、今度は20歳過ぎぐらいまでの男女が浜から上がって来た。
こちらは大分大きな籠にウニ、カキ、ホタテをたくさん入れている。
(今度は上も後ろもぶるんぶるんですか……
眼福ありがとうございます……
それにしても、ダンジョン国もそうだけど、このアルスぐらいの文明だと女性の羞恥心って低いんだよなぁ。
現代地球の男子高校生には厳しい試練だ……
しかもみんなかなりの美形だし……
あー、なんかあの17歳ぐらいの女の子、すんげぇ胸デカいわー。
俺と同い歳ぐらいなのになー。
あんな巨乳、うちの高校にはいないぞー)
炊事場の30代半ばほどの女性の背にいた乳児がぐずり始めた。
巨乳の娘がそれを見て小走りに走り寄って来ている。
もうぶっるんぶっるんである。
そして、乳児を背負った女性からカップに入った水を貰い、乳首を洗うと乳児におっぱいを上げ始めたのだ。
(そうですか、あなたがお母さんで背負っていた女性はおばあちゃんだったんですね。
ずいぶんとお若いおばあちゃんですねぇ。
それにその大巨乳はお母さんのおっぱいだったからなんですかぁ……)
「「「 お兄ちゃんどうもありがとー♪ 」」」
お腹がいっぱいになった子供たちはまた元気に浜に向かって走っていっている。
ぷりっぷりのおしりが実に可愛らしい。
年長の子供たちも美味しい美味しいと言いながら穀物粥を食べていた。
その中でもとびきりの美少女が大地に近づいて来た。
北欧神話の女神が少女だったころのような、まるで芸術作品のような造形美である。
「あの、ダイチさまと仰られるんですか?
暖かいお湯と美味しいお食事をどうもありがとうございます♡」
「い、いえどういたしまして」
(お、お願いですからそんな至近距離に来ないでください……
視線を下げないでいるのがこんなにたいへんだとは……
あっ! そ、それ以上近づくと先っぽが当たるっ!)
「ダイチ殿、これはネレイスと言って14歳になるわしの末娘での。
ダイチ殿ほどのお方であれば、もう妾妃の5人や10人はいらっしゃるだろうが、よろしければその末席にでも加えてやって頂けないだろうか」
(ネレイス、ネーレーイス……
海のニンフ(精霊)か。
本物のニンフって言われても信じてしまいそうなぐらい綺麗な子だなぁ。
箱根の彫刻の森美術館に立ってても違和感無いわぁ)
「まあお父さまったら♪
でも、ダイチさま。よろしければお声をかけてくださいね♡」
ネレイスちゃんは、大地に微笑んでからまた籠を持って海に戻って行った。
こころなしか、後ろ姿のぷるんぷるんが大きくなっている。
(うー、特大級の眼福だわー……
それにしてもだ。
3000人を束ねる村長の娘が、みんなと同じように働いているんだな……
やはり農業をしていない民はまともだということか……)
ご婦人方が食材を持って来た。
先頭の女性は80センチ級のホッケの一夜干しを抱えている。
「ダイチ殿、ご試食はどのように料理してお出ししましょうかの」
「もしよかったら、俺が料理してもいいか?」
「もちろんですとも」
「ストレー、ここに料理台と大きめのバーベキューグリルと炭を出してくれ」
(はい)
大地はグリルの中に炭を詰めたが、端の方には炭を多めに、反対側には少なめに置いている。
そのあとは指先から火球を出して火をつけた。
同時に風魔法を起こして炭を真っ赤に焼き上げている。
海の民たちは皆目が点になっていた。
大地はホッケをグリルの炭が少なめの側にある網の上に乗せた。
ホタテ6個とアサリ11個は炭が多めの方に置いている。
30センチ級アワビは2個受け取り、どちらも殻から外して塩で揉んでから海水で洗った。
(ストレー、このアワビを1個、醤油樽に漬けて5日ほど経たせてくれ。
煮貝にしてみよう)
(はい。
少し樽を揺すっておきますね)
(さんきゅ)
もう一つのアワビは半分を薄く切って刺身にし、残りの半分は殻に乗せて塩を振り、バターを乗せて焼き始めた。
「このタラバガニは、そちらの大鍋に入れて茹でていただけますか。
あと、このアマエビは殻を外して背ワタも取っておいてください」
「「「 はい 」」」
ご婦人たちは海水に真水を混ぜた湯を沸かし始めた。
別のご婦人がアマエビの殻を剥いている。
(ダイチさま、煮貝が出来上がりました)
「ありがとう。
だが、まずはアワビの刺身を食べてもらおうか」
大地は薄く切り分けた生のアワビを11枚の皿に盛っていった。
皿にワサビを少し乗せて、小皿に醤油を注ぐ。
「このワサビと醤油は少しだけつけてな。
さあ食べてみてくれ」
「ふむ、コリコリしていて旨いな」
「これは醤油とよく合うの」
「ふおっ! ワサビをつけすぎた!」
「アワビを生で食べるとは……」
「まあ獲りたての新鮮なアワビだけだがな。
うん、旨い」
大地は濃褐色になった煮貝をまな板に載せて切り始めた。
さすがの30センチ級だけあって、かなりの分量になっている。
それを11枚の皿に分けると、ガリルたちや村長たちの前に置いた。
「アワビを使った『煮貝』という料理だ。
食べてみてくれ」
煮貝を口にすると、ガリル以外の全員が硬直した。
「う、旨い……」
「こ、これがアワビ……」
「あ、アワビにこんな食べ方があったとは」
「この味は何の味なのだろう」
「それは醤油という調味料の味だな」
ガリルだけは、旨い旨いとアワビを口にする総督隊の3人をやや冷ややかな目で見ていた。
(確かに極上の味だが、まだ購入契約も価格交渉も終えていないのに、相手の商品を手放しで褒めるとは……
やはり元軍人は商売には疎いのだな。
だがまあ、ダイチ殿にとっては価格などどうでもいいのか。
総督閣下に於かれては、この海の民が生き延びて幸せになればそれでいいのだろう……)
大地の視線に気づいたガリルが微笑んだ。
「まさかここまで旨い物が喰えるとは思わなかったよ」
貝殻の上のアワビが焼けたようだ。
「今度はアワビの塩バター焼きだ」
「これも旨いっ!」
「同じアワビでも料理の仕方によってこうも違うんだな」
「生のアワビに比べると柔らかくて、噛むと口の中に味が広がるの」
「本当だ。
ただの塩ゆでアワビと比べると全然違う……」
「いやたぶんこれは焼き加減のおかげだろう。
外側はよく焼けている味がするが、中はぎりぎり火が通っている状態だ」
グリルの上のアサリが口を開き始めた。
大地はその中に少量の酒と醤油を垂らした後は、じっとアサリを見つめている。
(それにしても、『料理スキル』は便利だわ。
最適な焼き上げ時間をポップアップで教えてくれるなんてな)
大地は焼き上がったアサリを皿に乗せ、男たちの前に置いた。
「殻をトングで押さえて、中の汁を零さないように食べてくれ。
その汁は少し冷ましてから飲むと実に旨いぞ」
「旨いのう……」
「このぷりぷりした身を噛んだ時に滲み出る味がたまらん」
「なるほどこの汁がまた旨いっ!」
ホタテの口も開いた。
大地は貝柱をナイフで外し、まな板の上で半分に切ってからまた殻に戻して醤油とバターを入れている。
さすがに25センチ級のホタテだけあって、貝柱も実に厚く、半分にしなければ腹がいっぱいになってしまうだろう。
試食はまだまだ続くのである。
ホタテのバター醤油焼きも大好評だった。
「さて、口直しにアマエビを食べてみようか。
これもワサビ醤油で食べよう。
あ、頭は炭火で焼いてみるかな」
「これも旨いのぅ……」
「海の幸とは生で食べられるものが多いのだの」
「まあ獲りたての物だけにしておけよ」
「ダイチ殿、この『しょうゆ』というものも売って頂けるのですかの」
「もちろんだ」
「これは食の幅が広がり申すな」
大地一行はその後もカキやウニを試食した。
どれも旨い旨いと食べる陸の男たちを見て、海の男たちはほっとした顔をしている。
タラバガニが茹で上がったようだ。
大地は脚を外して半分をグリルに乗せた。
残りの足にはナイフで切り込みを入れて剥き、食べやすいようにポーションの形にしてやっている。
どうやら殻を剥いてやるのは母親が小さい子にやってやる作業のようで、ご婦人たちが微笑んでいた。
流石の甲長40センチ越えのタラバで、どの脚も実に太くて長い。
因みに、その後多くのカニは海の民のご婦人たちの手によって殻が剥かれ、いわゆるポーションの形になってから作業費込みで買い取られることになる。
ワイズ王国などで皆に試食させたところ、殻が剥けずに皆が困惑していたからだった。
これにより、高齢のご婦人などの雇用が増え、大地はさらに感謝されることになる。
「さあカニだ。
そのまま喰っても醤油を少しつけても旨いぞ」
「こ、これは……」
「なんという芳醇な味だ……」
「見た目は奇怪な生き物だが、味は最高だのぅ」
大地は甲の殻を外してカニ味噌を小皿に盛り付けた。
「これは好む者と好まない者が分かれるかもしらんな」
「いや旨いではないか……」
「某はちょっと……」
「ならば俺がもらおう」
大地は焼き上がったホッケを大皿に取ってトングと箸で身をほぐし、小皿に分け始めた。
海の男たちはその様子をじっと見つめている。
「ダイチ殿、我らはホッケはけっこうでございます。
いつも食べておりますからの」
「そうか、それでは俺の穀物粥を試してみてくれ」
「頂きましょう」
「おお! この魚も旨いの!」
「海のものは旨い物ばかりだな!」
「それにしても大きな魚だ。
その中にこのような旨い身が詰まっているとは」
「この『こくもつがゆ』も旨い……」
「様々な味わいが詰まっておりますな」
「のうダイチ殿、この穀物粥の上に乗っているものは……」
「そうだ。それはあの海の中にある昆布だ。
よくウニが食べているやつだな」
「ということは、ダイチ殿は既に海の民と取引をしておられるのですな。
あのホッケを見事に取り分けて骨だけにしてしまった手際、ホタテやアワビを料理してみせた技、どれをとっても相当に手馴れておられる」
「村長殿、貴殿はこの海の向こうに大陸があるのをご存じか」
「東岬の突端にある山に登ると、北の方角に微かに陸地のようなものが見えると聞いたことはあり申す」
「それが北大陸だ。
ヒューマノイドが300万人ほど住んでいる。
昆布はその北大陸の民との交易で手に入れたものだ。
俺の転移の魔法で北大陸にも行くことが出来るからな」
「そうでしたか……
それでは彼らとは既に魚介類の取引を」
「いや、昆布以外の取引はまだ始まっていない。
この冬が過ぎて暖かくなったら多少の取引は始まるかもしらんが、今はまだ昆布しか取引は行っていないんだ」
「それにしてもダイチ殿は魚介類やその料理法に詳しくていらっしゃる。
ということは、この海岸沿いの海の民とはもう取引を為されていらっしゃるのですか?」
「いや、まだだ。
俺は今ダンジョン国の代表を務めているが、出身はとても遠い国なんだ。
その母国では漁獲も多く、その料理方法もずいぶんと広がっているんだよ。
そこで得た知識だな」
「それで、我らの漁獲物で買って頂けそうなものはございましたでしょうか……」
(はは、商売の駆け引きはまったくしないんだな。
だったら俺も駆け引き無しでいいか……)




