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308/410

*** 308 竹林 ***

 


 大地の前に5人の竹細工職人たちがいた。

 村長たちや村人たちはその周囲を囲んでいる。


「まず聞きたいんだが、竹はどうやって切り出しているんだ?」


「へぇ、まずは石桶に水や砂を用意した後に、切り出す竹の根元で焚火をしやす。

 それで一番下の節が爆ぜたら、竹を曲げて先を地面に着け、もう少し焚火で炙るんでやす。

 それから冷ました後に石斧で叩いて切り離し、また中ほどを焚火にくべて2~3本に分けやす。

 その後は石鉈で裂いて細くしてから籠に編んでいやすね」


「そうか、それはたいへんな作業だな」


「へい、5人がかりでも中ぐらいの竹籠を作るのに2日、大籠でしたら5日はかかっておりやす」


「それではこの道具を貸そう」


「これはなんですかい?」


「まずこれは竹用の鋸だ。

 この鋸を切りたい竹の根元に当てて、こうやって前後に挽くんだよ」


 大地が鋸を動かすと、その場にみるみるおが屑が溜まっていった。


「「「 !!! 」」」


 大地の力のおかげで、太さが20センチもある大きな竹が、ものの30秒ほどで切り倒されている。


「「「 ………… 」」」


「な、これ便利な道具だろ。

 さて、使いたい長さにこの竹を切ってみてくれ」



 男たちは慣れないながらもなんとか竹を切り分けて行った。


「すげぇ……」

「あっという間にこんなに太い竹が切れちまった……」

「いつもなら半日以上かかるのに……」


「これで竹籠もたくさん作れるようになっただろう。

 ついでにこの小鉈も貸してやる。

 石鉈よりもずっと割り易いぞ」


「な、なんてぇ切れ味だ……」


「この鉈なら、こうやって竹の内側の繊維も剥がせるぞ。

 竹材が薄くなれば火を使って曲げる必要も無く、籠を作るのも楽だろう」


 男たちが口を開けてこくこく頷いている。


「ただし、この道具を貸してやるに当たって2つ注意がある。

 1つめは、並んで生えている竹を切らないこと。

 竹っていうもんは、その地下の根が非常に強いおかげで土砂崩れを防いでくれている有用植物なんだ。

 竹林を丸坊主にしたら、そこから山が崩れるからな」


「へ、へい……」


「もう一つは、この道具は絶対に竹細工にしか使わないこと。

 万が一喧嘩のときに武器なんかにしたら取り上げて罰するぞ」


「わ、分かりやした」


「あんたが竹細工職人の親方か。

 それではこの道具は親方が責任をもって管理すること。

 職人以外には触らせないように」


「へい」


「ところで春には筍掘りもしてるのか?」


「いやまあ、3つほどは掘ってわしらで食べていやすが、あれは掘るのも茹でるのも大変でやすから。

 1刻ほども茹でねぇと、固くって苦くって食べられやせんし……」


「そうか、それじゃあこの道具も渡しておこう」


「なんですかいこりゃ?」


「これは筍を掘るためのスコップだ。

 このスコップで筍の周りの土を掘って、スコップの先で筍を切り放すんだよ」


「べ、便利そうですな……」


「まあ春になったらみんなで100個ぐらいは筍を掘り出して食べようか。

 あれも貴重な食料だからな」


「へ、へい……」



「さて、それではみんな、簗の上にある土手に行こう」



「シス、ここに斜面の小川から水路を引いて、1メートル×3メートル、深さ1メートルほどの生け簀を5つ作ってくれ。

 生け簀には常時水を通して、入り口と出口には金網をつけるように。

 あと、生け簀の脇に道具小屋も作って、中に柄付きの網も入れておいてくれ」


(はい)



「さて村長さんたち、これは簗で獲った魚をいったん入れておくための生け簀だ。

 鮎や山女が21尾獲れたとき、俺に20尾売った残りの1尾はこの生け簀に入れて翌日に廻せばいいだろう。

 つまり、1つは鮎用、もう1つは山女用の生け簀だ。


 だが、泥魚用の生け簀は3つある。

 例えば今日獲れた泥魚はこの1番目の生け簀に入れてくれ。

 明日獲れた分はこの2番目の生け簀で、明後日獲れたものは3番目だ。

 そうして、俺に売る泥魚は必ずこの生け簀に3日入れておいたものにしてほしい」


「あの、それは何故なのですかの」


「そうすることで、泥魚の中から泥が出て行くんだよ」


「「「 !!! 」」」



「また、俺に魚を売る際は、この箱に水を入れてその中に魚を入れ、生きたままで売って欲しい。

 箱は多めに用意するので、5尾ぐらいずつを越冬場1階の買い取り場に運んでくれ」


「わ、わかりました」



「それから、さっきも言ったように、このまま魚を俺に売れば鮎と山女は1尾銅貨2枚で泥魚は3枚だが、魚を〆て鱗や内臓を取ったら銅貨3枚と5枚になる。

 どうする?」


「あの、出来れば処理したものをお売りさせて頂きたいのですが……」


「わかった。

 それでは料理人見習いを募集しよう。

 この見習いに採用されて仕事をした者には、1日につき銅貨10枚を払う」


「えっ……」


「充分に練習を積んで見習いから料理人に昇格した者は銅貨20枚だな」


「あ、あの。

 見習いでも日に銅貨10枚頂けるということは、それで麦1升が買えると……」


「そうだ。1人前になれば2升だな。

 そしてこのカネは、見習い料理人個人に帰属するものとする。

 村のものとして取り上げることは許さん」


「は、はい……」

「ですが、それでは料理人希望が殺到致しますぞ」


「いや、殺到は出来ない。

 なぜなら、料理人見習いに応募出来るのは、教場で読み書き計算を覚えて初級検定に合格した者だけになるからな」


「え?」


「春になったら川向こうの新農村に入植希望者を募るが、この入植者は中級検定に合格した者だけにする。

 もちろん新農村の村長は俺が任命する」


「は、はい」



「シス、シェフィーの意見を聞いて、生け簀の近くに厨房を作っておいてくれ」


(畏まりました)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 時間は少々前に遡る。


 高原の民の9割が越冬場に入居し、残りの全員も後数日で到着する頃。

 また、シェフィーちゃんが寡婦や子供たちに料理の指導を始めていた頃に、高原の越冬場では少々の混乱が起きていた。



 越冬場の規模と設備を見たある程度以上の年齢と地位の男たちが、氏族の幹部である大攬把たちから話も聞いて、その所有する羊のうち13歳以上の羊を全て売ろうとした。

 それも一切代金を受け取ろうとせずに。


 おかげで高原商会の屠畜場が大混乱に陥ったほどである。

 なにしろ、8歳を過ぎると徐々に羊の数が減り始めるとは言っても、羊全体が150万頭もいるのである。

 13歳以上の羊だけでも8万頭近くいたのだ。


 義理堅く誇り高い彼らは、これほどまでに素晴らしい越冬場にタダで入らせてもらうことに大いなる抵抗を感じているらしい。



 各氏族の攬把たちから相談を受けた大攬把たち12人は、総攬把も含めて中央政務庁で大地への談判に臨んだ。

 だが、大地は羊をタダで受け取ることを断固として断ったのである。



「前にも言ったが、俺の国には『ヒトの命に関わることで商売をしない』という俺が決めた掟がある。

 掟を決めた俺がその掟を破るわけにはいかない」



 こう言われて、大攬把たちはたじろいだ。

 目の前にいる男がただの若者ではなく、だんじょん国なる場所では総攬把として扱われていることに思い至ったのである。

 それも国民がそろそろ30万人を越えんとする超大国である。

 庇護している避難民や囚人も含めれば、その数は軽く100万人を突破するのだ。

 それほどまでの大国の総攬把の言は重い。



「例えばだ。

 高原の地での掟と言えば、デスレルのような外敵が攻め込んで来た時には、全ての高原の男たちが団結して戦士として戦うということだろう。

 国の掟というものは、それほどまでに大事なものなんだぞ」


 こう言われては、高原の民を纏める総攬把や大攬把たちも黙るしかなかった。



「ということで、羊の代金は予定通りきっちりと払わせてもらおう。

 だが、その代わりと言ってはなんだが、いくつかお願いしたいことがある」


「なんでも言ってくだされ……」


「まずは、15歳以上23歳までの、まだ13歳以上の羊を持っていない者たちを、今まで通り雇わせて欲しい。

 働くのは週7日のうち何日でも構わない。

 日給は牧草集めのときとおなじ日に銅貨25枚だ」


「それは我らとしても願ってもないこと。

 だが本当によろしいのかの。

 その年齢の者であれば8000人近くはおるぞ。

 給金は日に金貨20枚にもなるだろう」


「仕事は山ほどあるので問題は無い」


「「「 …… 」」」



 もちろん大地にとって銅貨や銀貨などは何ほどの物でもない。

 シスくんが今でも南海岸で毎日せっせと資源を『抽出』してくれており、既に銅貨、銀貨、金貨は数億枚ずつ貯め込んでいる。


 それよりも、8万頭の羊の肉の方が遥かに価値があった。

 あれだけの大きさの羊であれば、過食部位は120キロを超えるだろう。

 その肉や内臓が8万頭分手に入るのである。

 つまり約1万トンの肉であった。


 これは、高原の地以外では目も眩むような財になる。

 安く叩き売っても10倍以上の値で売れることは間違いない。




 若い男女が合計8000人雇われた。

 そのうちの女性1000人は、4か所の越冬場のレストランに配属されている。


 ここでは、ダンジョン国料理工場からストレーくんの時間停止倉庫に運ばれて蓄えられていた料理が、ストレーくん直結の転移の輪により運ばれている。

 メニューは主に穀物粥、ラーメン、チャーハンとジャガイモ料理であり、各レストランの従業員は、この食事を銅貨と引き換えに客に渡したり、食器を洗うことが仕事になる。


 レストランは、日本のフードコートのように客がカウンターで料理を受け取ってカネを払い、自分でテーブルに持って行って食べる形式になっていた。

 レストランで食事をするなどという経験の無かった高原の民は、これが当たり前だと思ってくれたようだ。



 因みに、ダンジョン国の料理工場では、良子の指揮の下実に5万人が働いており、十分な生産余力がある。

 また、淳が地球から水力発電設備を持ち帰って来たために、ダンジョン脇を流れる川の下流には小規模なダムが建設され、近々発電も始まる予定だった。

 これにより、製麺機も購入されて、当初は地球からの輸入に頼っていたラーメンの麺も、アルス産のものになっていく予定である。


 かん水については、地球では元々塩湖のアルカリ塩水が使われていたこともあり、海水からの抽出は容易だった。



 特大の自転車を100台並べて自転車発電を提案したシスくんの意見は、残念ながら却下されたらしい。

 その代わりに、子供用自転車を買って貰ったシスくんは大喜びで乗り回している。

 ダンジョン国の幼稚園や小学校にも、2万台の自転車が寄贈されることになったそうだ。


 静田自転車製造は、過去最高益を更新するらしい。

 大柄な種族や小柄な種族の子供たちのためには、またシスくんが魔改造してあげている。



 また、大地は地球で静田にいくつかのお願いもしていた。


「畏まりました大地さま。

 ご要望の物品はすぐに揃えさせていただきます」


「いつもすみません」


「とんでもございません。

 これこそが我が使命でございますので。

 ところで、この超大型紙芝居についてなのですが、著作権などのこともございますし、紙芝居を作っている児童出版社に出資するか、いっそのこと買収してしまってはいかがでしょうか」


「なるほど。

 それではよろしくお願いします」


「お任せくださいませ。

 ところで大地さま、ひとつご相談がございまして」


「なんでしょうか」


「おかげさまで弊社も大分大きくなって参りました。

 それで社内外から東京証券取引所に上場しては如何かという声が上がっておるのです。

 それで大株主であらせられる大地さまにご意見を伺ってみようかと思いました」


「うーん、静田さんはどう思われていらっしゃるのですか?」


「この会社の存続目的はもちろん大地さまのお役に立つことでございます。

 まあ、ここまで大きな会社になってしまいますと、従業員たちの生活のためという目的も加わって来ておりますが。

 仮に上場したとすれば、大地さまやわたくしの持ち株を少々公募株として売り出すことになりましょうが、その際には大地さまも莫大な売却益を手にすることが出来るでしょう」


「わたし個人の財産については全く必要としていません。

 アルスのための資金もアルスの金を売ることで調達出来ていますし。

 ですから、出来れば上場はしないでおいて頂ければありがたいのですが。

 上場してしまえば、アルスとの取引やわたしの任務の事が漏れないとも限りませんので」


「畏まりました」


「それに、前から思っていたのですけど、『上場』はメリットが少ない割にデメリットが大きいですよね。

 メリットは知名度上昇と創業者一族の利益や名誉、それから資金調達が容易になることでしょうか。

 あとは従業員持ち株会を通じて従業員に報いてやることとか。

 

 ですが、一方で株式を上場するということは、誰でもカネさえ積めばその会社のオーナーに成れるということを意味していますよね。

 中には上場時の売り出し株を絞ってオーナーが社主であり続けようとしている会社もありますけど、あれは欺瞞だと思うんです。

 そういう企業ほどTOBを掛けられるとオーナーが激怒していますけど、自己矛盾に気づいていないですよね。

 誰でも株が買えるのならば、誰でもオーナーになれるのが当然でしょうに」


「さすがです……

 まだお若いのにそこに気づいていらっしゃいましたか……」


「もしご資金調達が必要であれば仰って下さい。

 僭越ながらわたくしが増資に応じますので。

 また、静田さんご自身や従業員の方々には、役員報酬や賞与の増額をお願いしたいと思います。

 わたしへの株主配当は最低限で結構ですから」



 静田は大地の顔を見て頼もしそうに微笑んだ。

 ちょっと涙ぐんでもいる。


「畏まりました。

 幸之助さまもきっと同じことを仰られたでしょう。

 幸いにも大地さまのおかげもあって業績は極めて順調です。

 上場はせずに、従業員には特別賞与を支給することにさせて頂きます」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 高原の越冬場で雇われた8000人の若者のうち、2000人は屠畜場に配属された。

 残りの5000人は全てサイレージの運搬係である。


 なにしろ全体では150万頭もの羊がいるのである。

 これら羊の平均体重はおよそ150キロ。


 当初は毎日その体重の5%のサイレージを食べると予想されていたのだが、羊たちはサイレージがよほどに気に入ったのか、6%近くを食べるようだ。

 つまり、1日に消費されるサイレージは、150キロ×6%×150万頭。

 実に日に1万3500トンのサイレージが消費されるのである。


 4か所ある越冬場の中央棟付近には、ストレーくん直結のサイレージ供給棟があった。

 ここではストレーくんが風に当てて無酸素状態から戻してくれたサイレージが、日に3500トンも供給される。


 それを各越冬場につき1250人の男たちが羊舎に運んでいくのである。

 1人当たり3トン近い輸送量になるが、ダンジョン国から貸与された大型リヤカーが大活躍しており、それほどの重労働にはなっていないようだ。

 もちろん越冬場内道路の積雪は、ストレーくんが毎朝『収納』してくれている。


 男たちが運んで来たサイレージは、越冬場ひとつにつき720ある羊舎に運ばれた。

 羊舎の窓の外に積み上げられたサイレージを窓から中に落として羊に食べさせるのは、入居している者たちの仕事になっている。


 まだ胃の小さな幼羊や子羊は、日に3回それぞれ2時間ずつほども食事をしなければならない。

 しかも幼羊や子羊は、お腹がいっぱいになるとすぐにその場で寝てしまうのである。


 羊のオーナーたちは、大人の羊にも食事をさせてやるために、子供たちを起こして外に出さなければならなかった。

 そして、その子供たちは……

 少しでも暖かい場所で寝ようとして、外に座っている大きな羊たちの上によじ登ってその上で寝ようとするのである。


 大きな羊たちも背中が暖かいらしくまんざらではないようで、子羊たちが遠慮なく乗ってくれるように、羊舎の出口に尻を向けて互いにくっついて座っていた。

 そこにあくびをしながら小羊たちがもそもそとよじ登っていくのである。

 場所によっては3段重ね4段重ねになっているところもあったようだ。

 

 こうした羊ピラミッドがあちこちに見られる光景はなかなかにシュールであった……




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