*** 306 越冬場のルール ***
「それでは俺から民全員にこの越冬場のルールを説明する。
大村の避難所にいる中村と小村の住民を呼んでくれ」
「あ、あの……
そ、その前に今越冬場にいる大村の者たちが、ダイチ殿に話があるそうなのです」
「ん? なんの話だ?」
「それが……
この素晴らしい越冬施設は大村の上農民だけが使い、中村や小村の下農民は既存の避難所を使えばいいと言うのです」
「俺は、この避難所に入居出来るものは、大村だの上農民だのという差別意識を捨てた者だけだと言ったはずだが」
「も、申し訳ありません……
ですが大村の住民のほとんどがそう申しておりまして、わたくしでは抑えることが出来ず……」
「そうか、それでは俺が話をしよう。
大村の住民を全員食堂に集めてくれ。
村の避難所にいる中村と小村の住民は、全員集会室に入れておくように」
「は、はい……」
しばらくして大地が食堂に行くと、大村の住民約200名が揃っていた。
何人かは険しい顔をして大地を睨んでいる。
「俺は大地という。
この冬は非常に厳しいものになることが予想されるために、このような越冬施設を造った。
ここで越冬すれば安全に快適に冬を過ごせるだろう。
そして、この建物に入居する際には、上農民だの下農民だのという幼稚で莫迦げた差別を捨てた者のみという条件を付けたはずだ。
お前たちの中にはそれに不満を持つものがいるそうだな。
それは何故だ」
大村の民たちの顔が険しくなった。
「なんだとこの若造が……」
「なんだとこのジジイが……」
「なっ……」
「早く俺の質問に答えろ」
「い、如何にこのような建物を建てたからと言ってもここは川の民の大村だ!
そして、川の民には上農民と下農民という地位の差がある。
我らは上農民として当然のことを言っているだけだ!」
「ふむ、やはりお前たちは頭が悪いようだな」
「な、なんだと!」
「それでは聞こう。
なぜお前たちは上農民なんだ?」
「そ、それはもちろん俺たちが大村に住んでいるからだ!」
「ということは、この建物に住んで越冬する民は全員上農民になるんだな」
「ち、違う!
古くからこの大村に住み着いている一族だけが上農民だ!」
「お前たちのように体を洗ったことも無いような小汚い民が上農民とは笑えるな。
しかも莫迦ばっかしだし」
「なっ……」
「この大村はお前たちの祖先が住み着いて作った村だろう」
「そうだ!
だから俺たちは上農民なのだ!」
「確かに祖先たちは頑張ったな。
こんな村を作ったんだから」
「その通りだ!」
「では聞くが、何故祖先が頑張ったからと言って、お前たちが偉いんだ?」
「な、なんだと……
祖先が偉かったのだから、その子孫も偉いのは当然だろう!」
「だからなんでそれが当然なのかって聞いてんだろ。
お前らマジで頭悪いな」
「な……」
「祖先は頑張って村を作り畑を切り開いたから偉いのはわかる。
だがお前たちは何にもしていないだろう。
だから偉くないと思わないのか?」
「俺たちは畑で作った麦を村に供出している!
その麦で下農民たちを養っているのだから、何もしていないわけではないぞ!」
「それはお前たちがこの平らな大村の畑を独占しているからだ。
もしも中村や小村の農民に土地を分けていれば、彼らも自給出来たはずだ。
つまり畑を独占していたお前たちが悪い。
食料を中村や小村に分配するのは当然だ」
「な、なんだと……」
「ここらでよぉーく考えてみろ。
お前たちは祖先がここに畑を作ったという功績の上に胡坐をかいて上農民を名乗っている。
後から来た農民たちや2男3男たちに畑を分け与えずに村から追い出し、中村や小村を作らせていたわけだ。
つまり自ら畑を開墾した中村や小村の農民の方が、畑を作っていないお前たちよりずっと偉いだろう」
「えっ……」
「そんな何もしていないお前たちが上農民を名乗るなら、彼らは特上農民だな」
「な、ななな、なんだと……」
「特上農民さまと一緒の建物で越冬させて貰えるんだ。
彼らに感謝して暮らせ」
「御託はもうたくさんだ!
何と言ってもここは川の民の地なのだからな。
俺たちは俺たちの思う通りやらせてもらおう!」
「そうか、どうしても上農民や下農民という意識を捨てられないか」
「当たり前だ!」
「それでは差別意識を捨てられず、中村や小村の農民をここに受け入れることに反対する者は前に出て来い」
200名の大村住民の内、120名が出て来た。
中には拳を握り締めて大地の間近に迫って威嚇している者もいる。
「ところでお前たち。
俺がここ1週間ほどで何をしていたか聞いているか?」
「2の村や3の村でも越冬場を建てていたんだろ」
「へっ、ご苦労なこった!」
「この越冬場は俺たちが頂くから、お前ぇはとっとと消えな!」
「なんだ、やはり知らなかったのか。
俺はこの1週間で、このサウルス平原にあった50の国を全て滅ぼしてきた」
((( ……えっ?…… ))
「王族と貴族は全て捕縛して平民に落とし、餓えていた農民は全員俺の避難所に移送させてメシを喰わせてやっているところだ。
つまり、ここサウルス平原を今統治しているのは俺だ。
そして、俺はこの川の民の地も統治することにした」
「な、ななな、なんだとこの若造がっ!」
「お前みたいな餓鬼にそんなことが出来るはずはないだろう!」
「ん?
俺は既に一国の代表だぞ。
その国の広さは川の民たちの村々どころか、サウルス平原の3倍を超えているし、民の数は30万で石高は100万石だ」
((( ……??…… )))
「やはりお前らは阿呆よな。
大村村長、この川の民の地の石高はどれほどだ」
「あ、あの……
今年は3000石ほどでございました。
3年前までは6000石だったのですが……」
「そうか。
100万石って言うのはな、3000石の333倍だ」
「「「 !!!! 」」」
「加えて俺が滅ぼした国の数は全部で56、その国の民100万も養っている。
まあ、この中央大陸最大の勢力だな。
その地を統治している俺にとって、こんなちっぽけな地を統治するのは何ほどのものでもない。
今日以降は俺の配下の代官を置いて統治させるものとする」
「な、なんだと……」
「そして、サウルス平原の強盗団を撃退し、安全な越冬場を用意してやった俺の恩を忘れて公然と逆らったお前たちは、俺の民として必要無い」
大地が手を挙げると、詰め寄っていた120の民が全て宙に浮いた。
「うわっ!」
「な、なんだこれはっ!」
「まあこの大村にいることぐらいは許してやるが、この建物に近寄ることは許さん。
冬は大村の避難小屋で過ごせ」
農民たちが消えた。
あとの80名の大村住民たちは呆然としている。
「それでは大村村長、別室にいる中村と小村の住民たちを呼んでくれ。
これから、この越冬施設で暮らす上でのルールを説明する」
「は、はいっ!」
(互助会隊の皆、全員転移の輪を潜ってこの場に来て貰えるか)
((( はっ! )))
「それでは全員揃ったところでこの越冬施設で暮らす上でのルールについて説明する。
まずは……」
こうして、1の村周辺の中村や小村を含めた住民1280名が、全て越冬施設で暮らすことになったのである。
一方で退去を命じられた自称上農民120名は、ストレーくんの倉庫内で宙に浮かされ、遮音の魔法もかけられていた。
その前にテミスちゃんの映像が現れる。
「さて皆さん、皆さんはダイチさまより越冬施設からの退去を命じられてここにいます。
これより、今後の暮らし方について説明いたしましょう。
まず皆さんは、魔法によってもう越冬施設に近づくことは出来なくなりました。
この冬は避難小屋かご自宅でお過ごしください。
ただ、避難小屋は一応の安全措置が取られていますが、ご自宅の保護措置はありませんので、避難小屋のご利用をお勧めさせて頂きます。
次に、今後は『他人に暴力を及ぼす行為』『暴力を匂わせる恫喝によって従わせようとする行為』は、厳しく罰せられます。
もしこれに違反した場合には、初回は『幻覚刑』、2回目は『変身刑』に処されることになります。
それでも罪を重ねた場合には、その罪に応じた『禁固刑』が課されますのでご注意ください。
それではみなさま、厳しい冬が予想されますが、健やかにお過ごしくださいませ……」
120名の差別主義者たちは、全員が避難小屋に転移させられた。
そうして、激怒のあまり顔を真っ赤にした男たちは、手に手にこん棒や石槍を持ち、大挙して越冬場に押しかけて来たのである。
だが……
「ん? なんだ? なんか痛ぇぞ……」
「「「 ぎ、ぎゃあぁぁぁ―――っ! 」」」
「「「 ぐあぁぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」
およそ60名の男たちが、その場で30分ものたうち回っていた。
そうしてようやく激痛が収まっても、そのうちの血の気の多い半数は……
「ち、ちくしょう!」
「あ、あの餓鬼、ぶっ殺してやるっ!」
そう、また武器を持って走り出してしまったのである。
すぐに彼らは消え失せ、そして『変身刑3年』の判決を受けて元の場所に戻って来た。
もちろん彼らの身長は50センチになっている。
「な、なんだ! なぜ急にこん棒がデカくなったんだ!」
「い、石槍もだ!」
「重すぎて持てねぇっ!」
「おい…… デカくなったのはこん棒や石槍だけじゃねぇぞ……」
「道も川原も広くなってやがる……」
「ち、違う!
こん棒がデカくなったんじゃねぇっ!
俺たちが小さくなったんだっ!」
「「「 !!!!!! 」」」
「ま、まさか、これがあの女が言っていた『へんしんけい』なのか……」
「お、おい、どうするんだよ……」
「どうするってお前ぇ……」
「これじゃああの餓鬼を襲撃しても返り討ちに遭うだけだ……」
「下農民共を痛めつけようにも、逆に俺たちがやられちまうぞ……」
「と、とにかく一旦家に戻ろう。
さっきの痛みも半刻で収まったし、しばらくしたらこの体も元に戻るかもしれねぇからな」
「お、おう……」
「なっ! どうしたんだい父ちゃんっ!」
「あの餓鬼をぶちのめしてやろうとしたら、急に体が縮んじまったんだ……」
「なんだってぇ!
あ、あたしが文句言ってくるっ!」
だが、追放された大村の元上農民たちは、越冬施設にあと100メートルに迫ったところで見えない結界に阻まれた。
「な、なんだいこれはっ!」
『あなた方はダイチ総督閣下より、越冬施設からの追放を命じられています。
これ以上施設に近づくことは出来ません』
「なんだって……」
身長50センチになってしまった男たちも、避難小屋に転移させられた彼らの家族も、皆仕方なく一旦自宅に戻った。
元からあった村の避難小屋は下農民のための施設であり、彼らは到底そのような下賤な場所に住もうとは思わなかったからである。
避難施設では大地の説明も終わり、住民たちの部屋割りが始まっていた。
民たちは、それまでどの村に住んでいたかなどは一切考慮されることなく、家族の人数に応じて互助会隊の兵から部屋を割り当てられていた。
「あの、俺たちは実は10人家族でして……
今はここに5人しかいないんですけど、あと5人は村に荷物を取りに行っていやして。
ですから10人用の部屋にしてくださいや」
「そうか、それでは家族全員が揃うまで外で待ってろ」
「えっ……
い、いや俺たちは先に部屋に入って荷物を片付けていようかと……」
「それは認められん。
部屋の割り振りは、我らが家族の人数を確認してからだな。
もちろん人数を胡麻化して、より広い部屋に住もうとする不届き者を排除するためだ。
早く外に出て行け。
それとも俺に嘘をついたのか?」
「い、いやそんなことするわけねぇですよ、はは……」
大地は民たちの世話を互助会隊に任せ、村長たちに向き直った。
「ところで、交易の話を始めさせてもらってもいいかな」
「よろしくお願い致します」
「まず、俺が買いたいものはここの川の魚と山の幸だ。
山の幸は茸やタケノコだな。
それでみんなは何が欲しいんだ?」
「それはやはり塩でございます。
我らはいつも『塩不足病』に苦しんでおりますので」
「そうか。
今まではどうやって塩を得ていたんだ?」
「ここから北に斜面を登り、高原の民に麦と塩を交換してもらっていました。
ですがやはり塩は高価であり、10倍の重さの麦と交換しなければならないのです。
ですがまあ、高原の民も片道1か月近くかけて塩の採れる山に行っているそうなので仕方がありません。
彼らは、我らにも塩山の場所を教えてくれるというのですが、我らは馬もヤーギも持っておりませんので」
「そうか、それなら塩を売ろうか」
「本当ですか!」
「ところで麦は要らないのか?」
「もちろんお持ちなら売って頂きたいです。
川の魚はそれなりに獲れますがすぐに腐ってしまいますし、冬の山に分け入って茸を採るのは大変です。
ですからやはり保存の効く麦も欲しいです」
その場に塩の10キロ袋と小麦の2斗袋が出て来た。
「こ、これはどこから……」
「俺の『収納』という魔法の部屋に入っていたものだ」
「「「 ………… 」」」




