*** 304 王立強盗団 ***
翌朝。
大地が転移すると、主だった村長たちが全員揃っていた。
「やあみんな、おはよう」
「あ、あの……
あなたさまが仰られた通り、川向こうにはボケカス王国の兵が300もおりました……」
(酷ぇ名前の国だなおい!)
「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……」
「俺に任せておけ。
さあ、みんなは建物の中に避難して、扉を閉ざしておくように」
「はい……」
(シス、建物横の土手の上に、大きめの台を作ってくれるか。
そうだな、高さは5メートルほどにしよう)
(畏まりました)
大地とアイス王太子とギルジ曹長が台の上に上がった。
「念のために2人には『防御』の魔法をかけておこう」
「「 ありがとうございます 」」
大地はついでに越冬場の建物に『隠蔽』の魔法もかけている。
間もなく対岸に300名の兵たちが現れた。
2名は銅鎧を身に着けて銅剣を佩き、騎乗している。
その周囲は革鎧を着て同じく銅剣や銅槍を持った者たち20名が固めていた。
それ以外の者たちは、こん棒や弓や石槍を持っただけの兵である。
全員が無精ひげを生やして薄汚れていた。
(雑兵たちのみぞおちにロックオン……
エアバレット第1波280弾上空待機……
革鎧たちのみぞおちにロックオン……
エアバレット第2波20弾上空待機……)
兵団は号令の下に渡河を始め、間もなく全員が川を渡り終わったようだ。
40歳ほどに見える騎乗兵の1人が前に出て来た。
その周囲は革鎧5名が固めている。
もう一人の15歳ほどの若い騎乗者は後方におり、その周りにはやはり15名の革鎧がいる。
先頭の騎乗者が声を張り上げた。
「我々はかの栄えあるボケカス王国の近衛兵団である!」
(この薄汚いのが近衛兵かよ……
どんだけビンボーな国なんだ……)
「畏れ多くもボケカス12世国王陛下の御意思により、この川村は陛下の直轄地に編入されることになった!
男は全員を兵として徴用するっ!
女も輜重兵として召し抱えてやるっ!
陛下の御恩寵に感謝し、併せて兵糧として食料を全て差し出せっ!」
「なあおっさん」
大地の声は『拡声の魔法』で全員に聞こえている。
「おっさ……」
「そのボケカスはなんの権限があって、ここを勝手に自分の領地だってホザくんだ?」
「こ、こここ、ここな無礼者めがぁっ!
こともあろうに陛下を愚弄するかぁっ!」
「だから、そいつはなんで勝手にここを領地にするとか言ってるんだって聞いてんだよ」
「こ、この下賤者めがぁっ!
よろしいっ!
特別にこのマヌケン子爵様が無知な下賤者に教えてやろうっ!」
(マヌケン子爵……)
「それは至上の御存在であらせられる今上陛下がそう仰られたからであるっ!
さらに陛下は、陛下に服わず、自ら王を僭称する隣国デベソンの賊を討伐為される御意思を固められたっ!」
(隣国デベソン……)
「貴様ら賤民もその先兵として陛下の兵として召し抱えてやるとの仰せであるっ!
泣いて感謝せよっ!」
「ところで、あの後ろにいるエラそーな奴は誰だ?」
「き、キサマ、畏れ多くもボケカス陛下の御嫡男アホダリア殿下に向かって……」
(アホダリア殿下……)
「なあ、お前ぇはそのボケカス王に子爵に任じられたのか?」
「当然だっ!
我が先祖がその功によってボケカス1世陛下より貴族位を賜ったのである!
これからは我が言を拝跪して聞け!」
「それじゃあそのボケカス王は誰から王位をもらったんだ?」
「なんだと!
もちろん初代様がこのサウルス平原を統一されるべく、自ら王をお名乗りになられたのだ!
その至上のご意思に従えっ!」
「でもよ、お前らの国はこのちっぽけな平原に50もある弱小国のひとつだろ。
12世代もかけてまだ弱小国のひとつだってぇこたぁ、平原の統一とか夢のまた夢だよな。
しかも、隣国を服わせるとか言って、単に不作だったからって隣国に強盗に行こうとしてるだけなんだろ。
国だの貴族だのって言っても、強盗団と一緒だぁな」
(日本の大和朝廷とかも同じようなもんだったんだろうなぁ……)
「な、なんだとこの下郎めがぁっ!
不敬罪で処刑するぞぉっ!」
「それにしても、勝手に王を名乗って、やろうとしてることは単なる暴力での脅迫と略奪かよ。
お前ら、それが完全に盗賊団と同じだってわからんか?
そこんとこはどう思ってるんだぁ?」
「な、なななな……」
「よし!
それじゃあ俺はこのちっぽけなサウルス平原どころか、この中央大陸全体の『総督』を名乗ろう。
全ての王は俺の配下とする」
アイス王太子が微笑んだ。
(ははは、まさかそう言われて、ダイチ殿が本物の総督だとは思わないだろうな……)
「な、なんだと!」
「だが、お前らのような醜悪な強盗団には王族貴族を名乗らせることは出来んな。
これよりボケカス王国の王族と貴族は全員平民落ちを命ずる。
さっさと帰って王を名乗る愚か者にそう伝えよ」
「も、もう許せんっ!
皆の者、この下賤者をぶち殺せぇっ!!」
「「「 おおおおっ! 」」」
(エアバレット第1弾、全弾発射……)
ズドドドドドドド……
「「「 ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁ―――っ!!! 」」」
「な……」
「あーあ、やっぱ強盗団は人数を嵩にきるだけで弱っちいなぁ。
誰も避けらんないんかよ」
「じ、上級近衛隊突撃せよっ!
こ、この無礼者を処刑するのだぁっ!」
「「「 お、おう…… 」」」
(エアバレット第2弾、全弾発射……)
ドドドドドド……
「「「 ひぃぎゃぁぁぁぁ―――っ!! 」」」
「な、なんだと……」
兵が全員打倒されたのを見て、後方にいたアホダリア殿下は馬首を巡らして逃げ出した。
(2人の馬、鎧、武器、衣服を全て収納……)
「ぎゃっ!」
マヌケンは馬から落ちてケツをしたたかに打っている。
既に川に差し掛かっていたアホダリア殿下は川に落ちて流され始めた。
「うわぁっ! げぼげぼっ!
し、子爵よっ! ぐぼぐぼっ!
よ、余の救援を命ずるっ! ぼごごごご……」
(あー、しょうがねぇなぁ……
『念動』……)
川から持ち上げられた殿下は対岸に放り投げられた。
「ぎゃっ!」
マヌケンも慌てて逃げて行っている。
「おーい!
王や他の貴族に、お前ら平民落ちだってちゃんと伝えるんだぞー」
川原では自称近衛兵たちがまだ転がって呻いていた。
「ストレー、この雑兵たちを全て収納せよ」
(はい!)
「テミス、こいつらに罪状に応じた処罰を」
(はい)
「シス、この平原全域に『幻覚の魔道具』を発動させよ。
あ、括約筋解放はナシで」
(はいっ!)
大地たちは越冬所に戻っていった。
「さて村長さんたち。
強盗団は追い払ったぞ」
「「「 あ、あああ、ありがとうございます…… 」」」
「ところで、建物内部で開放されているのは1階部分だけだったが、越冬場はどうだったかな」
「素晴らしい場所としか言いようがありませぬ……」
「それにしても、なぜこのように暖かいのでしょうか」
「俺の部下が外の炉に火を入れていたからだな」
「ということは真冬でも」
「そうだ。
もっと火を焚けばさらに暖かくなる」
「すばらしい……」
「それにあの『こくもつがゆ』という食べ物、なんと旨かったことか……」
「たぶんあのかゆには塩がたっぷり入っていたからだと思われますが」
「そうだ。
だが塩だけじゃないぞ。
ほかにもいろいろと入っている」
「しかもあのたくさんの木の椅子やテーブル、なんという贅沢な環境でしょう」
「使い方が分からない施設もたくさんあったのですが」
「それはまあおいおい説明しよう。
俺はこれからこの平原の国を全て滅ぼして来る。
川の民たちはいったん家に戻して、この建物で越冬するための引っ越しの準備をさせておいてくれ」
「「「 はい…… 」」」
しばらくの後。
城に向かって逃げ帰っていたアホダリア殿下とマヌケン子爵の足は、荒れた地面のせいで血塗れになっていた。
「マヌケンよ、余を背負って行くことを命ずる!」
「…………」
「どうした! 早くしゃがめっ!
余を背負わねば降爵させるぞ!」
「やむを得ませんな。
殿下は勇敢に戦われた後、討ち死になされたと陛下には伝えましょう」
「な、なんだと……」
「なあに、死体は川に流せば見つからないでしょうから……」
マヌケン子爵の手がアホダリア殿下の首に伸びた。
「ま、待てっ!」
「ははは、あの川村は全軍を差し向けて滅ぼし、敵は取って差し上げますので、安心して戦死してくださいませ殿下」
だが……
「ん? なんだ?
ぎゃあぁぁぁぁ――っ!
い、痛い痛い痛いぃっ!」
マヌケン子爵はその場でのたうち回り始めた。
「ふはははは!
どうやら天は余の味方らしいな。
戦死するのはその方だぁっ!」
アホダリア殿下は、地を転がりまわるマヌケン子爵の頭を大きな石で殴りつけようとした。
だがやはり……
「ん? なんだ?
ぎゃあぁぁぁぁ――っ!
い、痛い痛い痛いぃぃぃぃ――っ!」
30分ほども転がりまわって痛みも治まった後に、子爵と殿下はストレーくんの倉庫内にある説諭部屋に転移させられた。
正面のスクリーンにはテミスちゃんの姿が見える。
「まずはマヌケンさん……」
「馬鹿者ぉっ!
マヌケン子爵閣下と呼べぇっ!」
「いいえ、あなたはこの惑星アルスの総督閣下であらせられるダイチさまにより平民とされました。
つまり、もう貴族ではないのです」
「な、なんだと!」
「そして、あなたには強盗未遂1件、強盗殺人15件、強盗傷害25件、殺人教唆25件、殺人13件という重罪行為がありますので、終身刑を申し渡します」
「なっ……」
「牢獄で一生かけて反省して下さい。
それではさようなら」
マヌケンが消えた。
「アホダリアさん、あなた方は他人に暴力を振るおうとした罪で、刑罰として『幻覚刑』を受けました。
まだ成人したばかりのせいか他に犯罪行為は無いようですが、もしもう一度同じようなことをすれば、次の刑罰は『変身刑』もしくは『禁固刑』になります。
これに懲りて、2度と暴力で他人を従わせようとしないように」
アホダリアはまた元の場所に転移させられた。
「わけのわからんことをホザいていた女がいたが……
マヌケン子爵も消えたことだし、王城に帰るとしよう……」
アホダリア殿下は石ころだらけの道を歩き始めた。
「くっ、それにしても足の裏が痛い。
確かこの先に我が国の村があったな。
そこで靴を挑発して王城に……
いや、村の者を王城に走らせて、馬を連れて来させるか……」
殿下が村の入り口に着くと、村内では空腹のあまり村人たちがあちこちで寝転んでいた。
みな、細く裂いた樹皮や麦藁を編んで作った服を着ている。
「おい村人ども!
余はボケカス国王陛下の嫡男であるアホダリア王子である!
早急に靴と衣服、それから食事とワインを用意せよ!」
村人たちの何人かが薄眼を開けて王子を見たが、めんどくさそうにまた目を閉じた。
「何をしておる! 靴と衣服と食事を用意せよと命じたであろう!」
30歳ほどに見える男が体を起こした。
「煩ぇガキ!
そんな莫迦でも分かる嘘をついて、メシを集ろうったってそうはいかねえぞ!
とっとと失せろっ!」
「な、なんだと! 余は王子であるのだぞっ!」
「かー、やっぱ莫迦だわお前ぇ。
王子サマがひとりで裸で歩き回ってるわけねぇだろうがよっ!」
「あ……
だ、だが余は確かにボケカス国王陛下の第1王子であって……」
「まだ言うかっ!
この村の喰いもんは、その王サマがみぃんな持ってっちまったんだ!
あんまり煩ぇとぶちのめすぞっ!」
男は棒を持って立ち上がり、怒りの形相のまま殿下に近づいて来た。
「ひ、ひいぃぃぃぃ―――っ!」
殿下は走って逃げ出した。
デコボコの地面には、足の裏の傷口から出た血の跡が転々とついている。
しばらく走ったあとに後ろを振り返ると、男はまた元の場所に戻って寝転んでいた。
(そ、そうか……
行きにこの村を通ったときには、村人たちは全員拝跪して顔を伏せていたか……
王族や貴族の顔を見るのは不敬罪に当たるからな。
だから誰も余の顔は知らんし、衣服や鎧が無ければ王侯貴族と雖も下賤なる民と見分けがつかんのか。
ま、まあいい、次の村ではもう少し丁寧に王城への使いを命じるとしよう……」




