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303/410

*** 303 川の民の避難施設 ***

 


 互助会隊は、翌日から4人ひと組の部隊を作って、約350の農村を廻り始めた。

 彼らは大量のパンや穀物粥などを農民たちに振る舞い、避難の勧誘を始めたのである。


 これら小国群では、やはり不作によって小麦の収穫が反当たり5斗以下まで落ち込んでおり、しかもその収穫の全てを税として徴発されていたために、多くの村人たちが冬の全滅も覚悟していたのである。


 しかも自国の軍が隣国の略奪を目的に農民兵も集めていた。

 ということは、隣国の兵もこの村に略奪に来るだろう。

 このように追い詰められていた農民たちは、避難勧告に応じて続々とワイズ王国への避難を開始した。

 旧デスレル属国群約3500の村から合計39万もの農民を避難させた互助会兵たちは、この手の仕事に熟練もしていたのである。




(ダイチさま、川村連合の本部がある村の対岸に向けて兵300ほどが行軍を始めました。

 明日渡河して略奪と徴兵を始めようとしている模様です)


「わかった。

 それではその連合の本部とやらに行ってみよう」


 大地はアイス王太子とギルジ曹長を伴って、川沿いの村近くに転移した。

 尚、ギルジ曹長は、どうしても大地の随行がしたいと申し出たものである。



(ほう、けっこう幅の広い川だな。

 30メートル以上はありそうだ。

 それに河原も広いのか。

 河原の広さと乾いた水苔の様子を見ると、今は水量が少ないんだな。


 そうか、本来なら高原にかけての斜面で雨が降って支流から本流に流れる水の量が増えるのに、斜面上部で雪になってるんで川の水が減ったのか。

 ということは、渡河も出来るということだな……)



 河原の北側には、土の在る場所に細長い畑らしきものがあった。

 そのさらに北側からは高原の地に向けて斜面が立ち上がっており、多くの木々も見える。

 斜面と畑の間には東西に集落が広がっていた。

 家々は細い木と石と粘土で作られており、屋根は藁葺である。


(なんか一昔前の日本の農村風景みたいだな……

 お、あれは竹籠じゃないか。

 ということは、春にはタケノコも採れるのか)



 川に流れ込んでいる小川の畔では多くの火が焚かれ、川魚が焼かれている。

 大勢の女たちが石包丁で魚を捌いて干物も作っていた。

 やや離れたところでは、シイタケらしき茸を干している者もいる。



(やはり竈が川からけっこう離れたところに作ってあるな。

 春の雪解け期にも流されない場所か。


 ん?

 あの魚は……

『詳細鑑定』……


<鮎類縁種 食用可>

<山女類縁種 食用可>


 ま、まさかあの細長くて黒い奴は……


<ニホンウナギ類縁種 食用可。ただし血には毒成分>


「お、おい、シス。

 この川、ウナギがいるぞ!」


(あ、あの美味しいうな丼になるウナギですか!)


(そうだ。

 これは何としてでもこの地を守るぞ!)


(はい!)


(それにしても、この川の魚ってデカいな。

 あのアユもヤマメも尺越えだし、ウナギなんか1.5メートルもあるぞ。

 そうか、南の海の魚も大きかったし羊もデカいし、このアルスの生き物は地球に比べて大型のものが多いのか。

 鮎も1年魚ではなく多年魚なのかもしれないな……)



 大地たちは大きな建物に近づいて行った。

 その建物の入り口前には特に衛兵も立っていなかったが、ちょうど評定が終わったのか、年配の男たちが何人か出て来ている。



「やあ、俺はダンジョン国代表のダイチという。

 ここは川村連合の村長会本部でいいのかな」


「そ、それはそうなのだが、な、なにをしに来た」


「交易の申し入れに来た」


「「「 ………… 」」」



 大地は体は大きいが、服装は普通の服であり武装もしていない。

 アイス王太子は体格は年相応であり、国軍の作業服を着ている。


 だが、ギルジ曹長は迷彩柄の軍服を着ており、その大柄な体も厳つい顔も隠しようが無かった。

 各村の村長らしき男たちの視線はギルジ曹長に集中している。


 自分に視線が集中しているのに気づいたギルジ曹長がにいっと微笑んだが、男たちは後ずさった。

 完全に逆効果である。



「ということで、村長会の代表さんを紹介して貰えないかな」


「ち、ちょっとここで待っていてくれ。

 今村長会の村長たちに聞いて来る」


「よろしく」



 しばらくすると5人ほどの男たちが外に出て来た。

 皆50代から60代ほどに見える男たちである。

 その中央にいる男が口を開いた。


「貴殿がだんじょん国の代表と名乗られる方か」


「そうだ、大地と言う。

 交易の申し入れに来た」


「そうか……

 わしは村長会代表のアロウドという。

 交易を希望しているということだが時期が悪い。

 来年の春になったらまた来てくれ」


(E階梯は1.9か……

 他の村長たちも皆1.5以上だな……)



「見たところ川の幸も山の幸もたくさんあるようだが……

 なぜ時期が悪いんだ?」


「ここ数日で川の水量が急に減ってしまった。

 いつもの年ならば、水量が減るのは12月上旬に雪が降り始めてからになるが、今年は1か月以上も早い。

 きっと斜面の上部では雪が降り始めていることだろう。

 おかげで川を歩いて渡れるようになってしまったのだ。


 そのせいで、この時期にはサウルス平原の国々が略奪に来るのだよ。

 我らはこれより食料を持って女子供を斜面の上に避難させるところだ」


「そうか。

 だがちょっと遅かったようだな。

 既に平原の国が川向こうに集結を始めているようだぞ。

 総勢300ほどの兵がいるようだが、明日には攻め込んで来るだろう」


「な、なんだと!

 お、おい、若い者を3人ほど偵察に行かせろ!

 けっして見つからぬようにな!」


「はっ!」



「なあ、もし交易に応じてくれるなら、俺がその盗賊団を全て排除するけどどうする?」


「たった3人でそのようなことが出来るわけがなかろう!」


「いや、俺は魔法が使えるからな。

 相手が300人だろうが3万人だろうが、撃退するのは簡単だ」


「…………」


「実演して見せようか?」


「う、うむ」


「シス、川向こうの川原に、ヒト型の標的を300立ててくれ。

 この場にも1つ。

 普通の石の材質でな」


(はい)



 対岸の川原に等身大の標的が300現れた。

 男たちがたじろいでいる。

 大地はその場に現れた標的をコンコンと叩いた。


「さて、この標的は、鎧で武装したヒトを模したものだ。

 誰か棒か何かで壊そうとしてみてくれ」


「あ、ああ……」


 村長会代表の指示で、若い者たちが棒で標的を叩き始めたが、標的はびくともしない。


「それじゃあ魔法攻撃で対岸の標的300を壊してみるぞ」


「そ、そんなことが出来るのか……」


「まあ見ていてくれ。

 ストーンバレット上空待機」


 こちら側の川原上空に、直径20センチほどの石が300個現れて旋回を始めた。

 その場の男たちと川原にいた村人たちが、口をあんぐりと開けて石を見ている。


「対岸の標的にロックオン、ストーンバレット発射っ!」


 キュオォォォォ―――っ!

 ズドドドドドド……


 時速1000キロで放たれた石が、対岸の標的を全て粉砕した。


「「「 あ…… 」」」


 村人たちの目と口が限界まで見開かれていた……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ストレー、8人掛けのテーブルと椅子を出してくれ。

 紅茶も頼む」


(はい)



「さあみんな、座ってくれ」


 村長たち5人は恐る恐る席に着いた。

 ギルジ曹長は大地の後ろで仁王立ちになっている。



「ということでだ。

 武装した集団が川を渡って来たら俺が撃退するから安心してくれ」


「だ、だが、この川の流域には150キロもの長さに渡って村が点在していて……」


「今俺の部下にその全域を見張らせている。

 武装集団を見つけたら、待機している兵を差し向けるから大丈夫だ」


「「「 ………… 」」」



「ところで、今年は厳しい冬になりそうだが、村人は大丈夫か?」


「あ、ああ、渇水が早いと冬が厳しいという言い伝えもあるがな。

 それにしても、こんなに早いとは……


 この川は滅多に凍ることはないので、食料は魚を獲ってなんとかなるが、いくつかの小村は雪崩に呑まれてしまうかもしれん。

 これより小さな村の皆を、大村の避難小屋に移動させねばならんようだ」


「なあ、その避難小屋って、大きさや設備は充分なのか?」


「充分とはとても言えないが、雪崩で死ぬよりはましじゃろう……」


「それなら俺が魔法で避難施設を作ろうか?」


「そんなことまで出来るのか……

 もし出来るのなら……」


「シス、畑の無い場所の土手上に高さ8メートルほどの土台を作り、その上に1500人収容の建物を建ててくれ。

 収容人数には余裕を持って、土台にはネズミ返しもつけてな。

 建物全体にはオンドルも頼む。

 建物の北側斜面には、雪崩対策の防壁も建造してくれ」


(はい)



 村の中心部から100メートルほど東に行った場所に、みるみる土台が作られ始めた。

 その土台は、縦40メートル、横は100メートルもある。

 その土台の上に、同じ広さの3階建ての建物が作られていった。


 建物が出来上がると、その北側斜面に山形をした巨大な防塁も出来始めた。

 これならば、万が一雪崩が起きても、雪は建物を避けて川に至るだろう。



「あの建物の北側にはいくつか入り口があるが、頑丈な扉がついているので、明日は村人たちを中に入れ、盗賊団が来たら扉を閉じて籠城してくれ。

 すぐに俺たちが救援に駆け付ける」


 また村人たちの目と口が限界まで開かれていた……



「確か大きな村はここ以外にも4か所あるんだよな。

 そこの村長さんは、誰か村に使いを送って、周りの村も含めて触れを出してくれ。

 同じような避難所をあと4つ作ろう。

 この避難所ならば、たとえどんなに冬が厳しかろうが、安全かつ快適に冬が越せることを保証する。

 まあ、別に冬だけでなく、ずっと住んでも構わんが」


「あ、あああ、ありがとうございまする……」


「それでは建物の中を案内しようか。

 皆ついて来てくれ」




 大地はまず土台の北側に開いた大きな炉を見せた。

 同じような炉は、全部で3か所に作られている。


「この炉で薪を燃やしてくれ。

 薪は1階の倉庫に入れておいた」


「炉が外にあるのですかの?」


「これは暖房用の炉だ。

 中に入ってみれば分かるが、煙突が建物の床や壁の中を通って屋上に通じている。

 ここで火を焚けば建物全体が暖まるぞ」


「なんと……」



「ここは大食堂兼集会室だ。

 隣には厨房も作ってある。

 これだけ広ければ村人全員が一度に食事をすることも出来るだろう」


 村長たちは首をこくこくと振っている。


「こちらは教場になる。

 冬の間は俺が講師を派遣するから、みんなで字を覚えたらどうだろうか。

 その隣にあるのは大浴場だ」


「「「 ??? 」」」


「体を綺麗にして湯に浸かる場所だな」


「そ、そのような贅沢なこと……」


「毎日は無理だが、週に1度ぐらいは体を綺麗にした方がいいからな。

 隣には魔道具を使った洗濯場もあるぞ」


「あ、ありがとうございます……」



「ここは転移部屋にする」


「『てんいべや』ですかの?」


「俺の国から駐在員や講師を魔法で転移させるための部屋だ。

 あと4か所の避難施設が出来たらそことも繋ごう。

 いちいち何日もかけて連絡するのは大変だろうし、冬になって雪が積もったら移動もままならないだろうからな。


 ただし、この魔道具で避難所間の移動が出来るのは、村長とその補佐2名までだ。

 今度俺が来た時に計15名の登録を済ませよう」


「は、はい」


「まあ、細かい使い方は俺が派遣する駐在員に聞いてくれ。

 2階は家族用の部屋で、3階は独り者用の部屋になる。

 部屋の振り分けは俺か駐在員が行う」


「わかりました……」


「ところで……

 念のため聞いておくが、まさかこの川の村々に身分制は無いだろうな」


「あ、あの。

 王や貴族といった身分は無いのですが、大村の農民は自ら上農民と名乗って中村や小村の農民よりも上の立場だと考えておりまして……

 中村の者や小村の者を下農民と呼んで下に見ております。

 魚を獲ったり焼いたりするのは下農民の仕事として一段低い扱いを受けておりますが……」


「そういうのを身分制っていうんだよ。

 わかった。

 俺の避難施設に入れるのは、そういった身分意識を捨てて、民を名乗る者だけにする。


 つまり、建物の中では全員が平等で、上農民や下農民といった区分は廃止するぞ。

 それが嫌な者は避難施設に入るのを禁止しよう」


「えっ……」


「その旨村長は全員に確り伝えておくこと」


「は、はい……」


「まあ、全ては平原の盗賊国共を全て退治してからにするか。

 明日また来るが、念のため村人たちは全員越冬場の建物の1階に避難させておいてくれ。

 窓から見物するのは構わんが、絶対に石など投げずに静かにしているように伝えるように」


「は、はい……」





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