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302/410

*** 302 料理の素晴らしさ ***

 


 シェフィーちゃんはまた3人ほど連れて倉庫に入り、よく冷えた2リットル入りの生クリームの瓶を持って来た。


「この生クリームの入った瓶を思いっきり振って下さい。

 重いので気をつけて。

 そうですね、2分ほど振りましょうか。

 途中で交代して構いませんから。


 それが終わったら、そちらの冷蔵の魔道具に空いている穴に金属製のボウルを嵌めて白い石に触れて下さい。

 そうすると魔道具がそのボウルを0℃まで冷やしてくれます。


 次はグラニュー糖の重さを量りましょうか。

 このカップ1杯が100グラムですので、ボウルに200グラムずつ入れましょう。

 そこに生クリームを注ぎ込んで下さい」


 シェフィーちゃんは泡だて器を3つと砂時計の8分計を取り出した。


「次はこの泡立て器で生クリームを攪拌します。

 こんな風に少し力を入れて素早くかき混ぜましょう」


 厨房にはカシャカシャという音が響いている。



「どなたか交代して頂けますか」


 子供たちが交代で泡立てを始めた。

 時間が経つにつれて生クリームがホイップされて来ているのがよくわかる。

 砂時計の砂が落ちきった。


「攪拌はそこまでにします。

 どうですか、クリームが随分固まって来たでしょう。

 それでは残り2瓶のクリームも同じように振ってからボウルに入れてかき混ぜて下さい。

 最後の仕上げはわたしが行いますね。

 仕上げが終わったら、ホイップされたクリームをこのホイップ袋(地球製)に入れます」



 また8分が経過してホイップクリームが出来上がり、これもホイップ袋に詰められている。

 シェフィーちゃんは、それら3つの袋も冷蔵の魔道具に仕舞った。


「あと少しでプリンも冷えますね。

 その間に、このボウルに残ったホイップクリームと泡だて器についたクリームをまとめておきましょうか」


 小さな器にはボウルや泡だて器に残ったクリームがスプーンで集められている。



「それではみんなで燻煙場に行きましょう」



「まずはこの燻煙場の四方のドアを開け放って、中の煙を外に出します。

 煙が出て行ったら吊るしてあったウインナーを籠に入れ、肉の籠と一緒に厨房に持ち帰りましょう」



「さて、それでは燻製にしたウインナーを試食してみましょうか。

 まずはまた何もつけずにそのまま食べてみてください」


 ウインナーを口に入れた生徒たちが硬直した。

 硬直が解けるとほとんどの者が目を瞑ってウインナーを味わっている。

 男の子たちだけはバクバクとすぐに食べ終えてしまっていたが……


「どうですかみなさん。

 燻製にするとまた違った美味しさが味わえると思います」


「はい……」

「ものすごく美味しいです……」

「煙で燻すだけでこんなに美味しくなるなんて……」

「実際に食べて見なければ誰も信じないと思います」


「それでは肉の燻製も食べてみて下さい」



 燻製肉は、テンダライザーで穴を開け、キウイ液に漬けこんだあと軽く焼いて焼き肉のタレをつけたものだった。

 それが燻煙されたことで表面が乾き、色も焦げ茶色になっている。

 見た目は高原の民が保存食として作る干し肉に似ていた。


 多くの生徒たちが自分の食事用のナイフを取り出している。



「あ、ナイフは必要ありませんよ。

 この様に手で裂くことが出来ますから」


 シェフィーちゃんの華奢な手が肉を簡単に裂くと、皆の目が丸くなった。

 そうして、全員が指で肉を裂いて口に入れたのである。


「「「 !!!! 」」」


「こ、これも美味しい……」

「口の中で肉を噛むと、肉の味がじゅわっと……」

「ぜんぜん固くない……」

「これなら子供でもお年寄りでも食べられる……」


「その分干し肉よりは日持ちがしなくなっていますけど。

 そうですね、燻してから3日以内には食べたほうがいいでしょう。

 どうでしょうか、これもレストランで売れると思われますか?」


 また全員が激しく頷いている。


「それではウインナーや燻製肉を食べてある程度お腹もいっぱいになったでしょうから、デザートにプリンを食べましょうか」



 シェフィーちゃんは101個のプリンの上に、生クリームでデコレーションをつけてあげた。


 そして……

 そのプリン生クリーム乗せを口に入れた100人の生徒たちは、今度こそ本当に大硬直したのである。


「「「 !!!!!!!! 」」」



 どうやら皆声も出せないようだった。

 厨房では夢中でプリンを口に運ぶカチャカチャという音だけが聞こえている。

 特に子供たちは、もう空になった容器から必死でプリンや生クリームを集めていた。


 だが……


 子供たち全員の目が、さっき道具からクリームを掬い取って入れたボウルに集中している。

 いや、ご婦人たちの目もだ。



「このホイップクリームは泡立てを頑張ってくれた人の特権ですよ」


 そう言うと、シェフィーちゃんは9人の生徒たちの器にクリームを分配してあげたのである。

 9人の顔は喜びに輝き、残り全員の視線を浴びながらすぐに食べ尽くした。



 そして、ここに至って全員が納得したのである。

『料理とは素晴らしいものである』と。


 こうして6つの班に分かれた生徒たちは、順番に『料理』を覚えていったのであった。




 シェフィーちゃんが次に生徒たちに教えた料理はハンバーグである。


 羊肉のミンチやタマネギのみじん切りは既に作られているし、これにザルで擦って細かくしたパン粉や羊乳、塩胡椒を混ぜればすぐに出来る。

 まあ、タマネギの炒め加減やハンバーグの成型や焼き方を教えるだけなので、さほど手間にはならないだろう。


 ハンバーグに使うソースは、当初はシェフィーちゃんが調合したものを使い、その後徐々に皆に作り方を伝授していく予定になっていた。



 その次の料理はカレーである。


 これは、各種スパイスを炒めた後に、水と一緒に羊血も使うものだった。

(鉄分+栄養たっぷり!)

 ブラッドウインナーだけでは羊血を全て使い切ることが出来なかったからである。


 クミンシード、ターメリック、カイエンペッパー、コリアンダー、クミン、シナモン、カルダモン、グローブなどのカレー用香辛料については、シスくんの協力で南大陸に類縁種が自生しているのを発見してある。


 南大陸ダンジョン内でこれらを試験的に栽培したところ、良好な結果が得られていたために、現在では現地住民を雇って本格的に畑づくりが始まっていた。


 これらはすべて、大地がけっこうな値段で買い上げることになっており、南大陸の農家も生産を続けてくれるのは間違いないだろう。

 まあ、カレーが飽きられることは有り得ないので、大地も生産余剰の心配はしていない。


 また、ショウガ、ニンニク、トマト、タマネギ、植物油などはもちろんダンジョン国産かワイズ王国産であり、これに高原産の羊肉が加わったマトンカレーのレシピが高原の民に伝授されたのである。


 カレーに入れられるスネ肉は、テンダライザーとキウイ液よる処置に加えて、シスくん謹製の圧力釜で煮込まれることになる。

 軽く噛んだだけでホロホロと崩れていく肉として、皆をさぞかし驚かせると思われた。


 このアルス製マトンカレーに合わせるのは、固めに炊いた麦粥か地球産タイ米になるだろうが、どちらも在庫は膨大だった。


 もちろん、このカレーにはカイエンペッパーを入れずにリンゴの摺り下ろしや麦芽糖を加えた子供用メニューもある。


 カレーが終われば羊ハンバーグを進化させたハンバーガーになり、その後はウインナーを使ったホットドックもメニューに加わる予定だった。



 春になって客が皆放牧に行ってしまっても、このご婦人方や子供たちが失業することは無い。


 来年の冬のための牧草集めがある上に、ここで作られた肉料理はワイズ王国やゲゼルシャフト王国、ゲマインシャフト王国に輸出される予定だった。

 当然供給は絞るが、それでも日々数万食の需要があるだろう。

 なにしろ、王侯貴族を除いて、生まれてこの方肉を口にしたことがある者はいないのだ。

 なにをどう考えても大繁盛は間違いなかった。



 また、エール造りと蒸留酒造りが軌道に乗ったドワーフたちの手により、現在では味噌蔵と醤油蔵で試験的な醸造が始まっている。


 こうした醸造蔵の最大の問題は、麹菌以外の菌を排除して醸造物を腐らせないようにすることだが、シスくんと妖精族の共同開発により麹菌を対象外とする『醸造用クリーンの魔道具』が開発されている。

 これにより、ダンジョン国やワイズ王国では大豆の作付けも増やして、味噌醤油の本格生産が行われる予定になっていた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 高原の越冬場で寡婦や子供たちが料理の練習に励んでいた頃、大地は何をしていたかというと……



(ダイチさま、高原から南に斜面を下った平原に於いて、ほとんどの国が戦争準備を始めているようです)


「その平原も不作だったのか?」


(はい、やはり1反当たりの小麦収量が5斗以下だった模様ですね)


「ったく……

 不作の度に略奪のための戦かよ。

 そんなことしてるヒマがあったら、農業生産性を上げる努力でもすればいいのにな」


(やはり、王や貴族は農民を相当に下に見ているようですからね。

 生産する行為は下賤で、戦って奪う行為こそ高貴なものだと信じ込んでいるのではないでしょうか)


「そうなんだろうな。

 つい75年前までの日本の支配層と同じ発想か……

 ところで、その平原はなんと呼ばれていて、国はいくつあるんだ?」


(現地住民たちはサウルス平原と呼んでいるようです。

 南北250キロ、東西320キロほどの土地に50の小国が乱立しています。

 村の数はおおよそ350、村当りの人口は平均200ですので、合計で約7万5000の人口がございます)


「北海道とほぼ同じ広さの土地に50も国があるんか。

 それに1国当り7つの村しか無いのか。

 本当に小国群だな……

 そんな小さな国で王だの貴族だの威張ってても、阿呆にしか見えんわ」


(はい)


「ところでさっき、ほぼ全ての国で戦争準備と言ったよな。

 侵略を企図していない国もあるのか?」


(国と呼んでいいのかどうかわかりませんが、高原からの斜面を下ってすぐのところに西から東に向かって大きな川が流れています。

 川の上流域には魚止めの滝などがあるために、ほとんど人は住んでいないのですが、中流域から東には少々の堆積平野があって、いくつかの村が出来ています。


 どうやら僅かな麦と山の幸、川の幸を食べて暮らしているようですね。

 この『川の民』たちは国は作っていないのですが、いくつかの村の代表たちが集まって、村長会のようなものを作っているようです)


「ほう。いくつぐらいの村があって、人口はどれぐらいいるんだ?」


(人口200ほどの村が5つ、120ほどの村が8つ、その他人口80前後の小集落が60ほどございまして、総人口は約7000になります。

 その中でも大きな村へは、近隣の国が略奪と徴兵のための部隊を送り込もうとしています)


「わかった。

 平原の小国群の農民避難や川沿いの村連合の防衛のためにも、互助会隊を派遣しよう」




「ということでメルカーフ中尉、ギルジ曹長、サウルス平原小国群の農村に避難勧誘部隊を派遣してもらえないだろうか」


「はは、俺たちの本業だな。

 農民たちの待遇はデスレル属国群と同じでいいのか?」


「もちろんだ。

 ワイズ王国の避難民村で、避難民たちの世話をする者も頼む」


「ダイチ殿、村人の中には既に農民兵として徴用されている者もおるはずです。

 そちらは如何致しましょう。

 軍を襲って農民兵を解放致しますか?」


「いや、それはこちらでやるから大丈夫だ。

 徴用のために脅迫的言辞を弄した場合、もしくは武装して集団で農村などに近づこうとした兵は全て捕獲・収納する。

 村に残って軍に徴用された夫や息子の帰りを待とうとする家族には、避難所で合流出来ると伝えてくれ」


「わかり申した」


「それから、サウルス平原北部の川沿いには80ほどの村々があって、長老会がまとめているようなんだがな。

 この村連合だけは略奪を準備していなくて、逆に周辺の国から略奪と徴兵を受けようとしているんだ。

 この連合も防衛してやってくれないか。

 一番大きくて村長連合会のある村には俺が行くから、その他の村で襲われそうなところは防衛部隊を配備してしばらく守ってやって欲しいんだ」


「了解した。

 それでどれほどの村に何人派遣すればいいかな」


「いや、略奪隊が攻め込んで来そうな場所はシスが見つけて隊員たちを転移させる。

 互助会隊は、本部に5人ずつの分隊100を交代で待機させておいてくれるか。

 略奪隊が300人程度までなら5人の分隊で十分だろう」


 互助会隊の幹部たちが微笑んだ。


「はは、任せてくれ」


「略奪野郎共は殺さなければ多少痛めつけてもいいぞ。

 暴力で奴隷や財物を脅し取ろうとした者は、自分が暴力に遭わなければ身の程が分からないだろうからな」


「なるほど」





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